第二話 異世界に放り出されました
少し肌寒い風が頬を撫でていく。
髪が私の顔をくすぐる。雨が止んだばかりなのか、濡れた土の匂いがした。
「……あれ? 硬い……もしかして着いた?」
靴底に硬い感触を感じた。コンクリートのような硬い感触じゃなくて、何か硬くて小さな物がでこぼこしている感触だ。砂利道かな。
眩しかった光も消えてたので、恐る恐る目を開けてみる。
するとそこは、砂利道の真ん中だった。
「……まぁ、そうだよね。って事は、ここは異世界?」
まさか、あの魔法書が【界渡り】の媒介になってたなんて、思ってもみなかったよ。にしても、酷くない。何の説明も無しに普通落とすか!? マジ、戻ったら、ぶん殴る!!
取り合えず落ちつこう。異世界に来てしまったものは仕方ない。
伊織さんが言ってた通りだとすると、レベル十五にならないと戻れない。
だとしたら、やるべき事はレベルを上げる事だよね。でも、どうやってレベルを上げるの? ラノベの世界のように冒険者になるとか? そもそも冒険者が狩るのは……まさか……。
「…………もしかしているの? 魔物……」
いやいや、まさかね。そんな危険な場所に、さすがの伊織さんでもド素人を落としたりしないよね。そこまで鬼畜じゃないよね。じゃあ、どうやってレベルを上げるの?
「ハッハハ……」
乾いた笑みが出る。否定したいけど、否定出来ないのが悲しい。すっごく悲しい。
「いますよ。魔物」
「やっぱり、いるんだ~~」
思わず天を仰いだよ。
「大丈夫ですか?」
「平気。ちょっと現実逃避してただけだから」
(……ん? 誰? 誰と会話してるの、私? 幻聴? 下から声がするんだけど……)
恐る恐る足下に視線を移すと、そこにいたのはお利口にちょこんと座っている、トイプードル程の大きさの犬だった。
銀色の毛に朱色のしめ縄のような首輪をしている。真っ黒な目に黒い鼻。超可愛い容姿をした犬は、赤い舌を出して、私を潤んだ目で見上げていた。
「サッ、サスく~~~~ん!!」
膝を付くと、サス君を抱き上げギュッと抱き締める。
「伊織さんに呼ばれた時、一緒じゃなかったから、一人だって思っていたよ~~。すっごく嬉しい!! 良かった~~。サス君がいてくれて、本当に良かったよ~~~~」
涙目のまま、サス君の頬をスリスリする。いつもの肌触りだ。モフモフとした毛並みが頬に当たる。日向の匂いがした。サス君の匂いだ。それだけで、不安だった心が落ち着いてくるよ。
もう少し、現実逃避してもバチは当たらないよね。
だけど、力を入れ過ぎたのか、サス君が暴れたので泣く泣く下ろす。もう少し、艶やかな毛並みを味わっていたかった……。因みに、サス君は普通の犬じゃないよ。最高位の霊獣狛犬の分身体だから。
「現実逃避は構いませんが、さすがの伊織さんも、そこまで鬼じゃありませんよ」
(いやいや、十分鬼畜です)
相変わらず私の相棒は、容姿に反する大人の話し方だ。まぁ、しょうがないんだけどね。本体がこの話し方だから。でも、このアンバランスさが可愛いと思ってるのは私だけかな。
元々サス君は、サス君(本体)の分身体だ。
私にとって、サス君はもう一人の師匠的存在。心情的には兄さんに近いかな。
サス君は、最高位の霊獣であるサス君が私に付けた護衛兼御守りだった。
誘拐されたり、殺されかけたりしたせいか、何か色々カスタマイズされてるらしい。そこら辺は私もよく分からない。知ろうとも思わない。何となく、知っちゃいけない気がするんだよね。
通常時はトイプードルぐらいの大きさだが、戦闘時はセントバーナードぐらいの大きさになる。
「鬼だよ。鬼。サス君は甘い。普通、魔法ひとつ使えない状態の人間を魔物のいる世界に落とす!? ましてや、戦う術も教わってないのに」
怒りは治まらない。サス君に当たっても仕方ないんだけどさ。
「大丈夫ですよ。戦う術はこれから習うとして、まずはこれを受け取って下さい」
(何これ? 冊子? って、何処から出したの?)
疑問に思いつつ、私はサス君の足下にある冊子を拾った。キラキラした目でサス君は見上げている。
「……もしかして、今すぐ読めって言ってる?」
サス君が大きく頷く。
伊織さんの事もあってちょっと怖かったけど、サス君なら大丈夫かな。これ以上悪い事は起きないだろうし。躊躇してても先に進めないし。読むしかないか。
改めて見ると、表紙は何も書かれていなかった。思い切って表紙を捲ってみる。
捲った途端、冊子は消えた。
綺麗さっぱりと消えた。
光ることなく。
「…………どういう事?」
ちょっと声が低くなる。
「これで、この世界の基礎知識はインストール出来ましたよ」
(はぁ~~!?)
ちょっと待って。じゃあ、これって。
「あの冊子な何かのアプリか、何かって言うの」
「アプリというよりは、パソコン、スマホが近いですね」
「どういう事?」
首を傾げる。
「睦月さん。ちょっとここからは遠いですが、城壁が見えますよね。あの町知ってますか?」
(えっ!? いきなり何? 知ってる訳ないでしょ)
なのに、予想に反したことが起きた。
「グリーンメドウ」
すらすらと口から町の名が出てくる。あまりの事に戸惑う私に、重ねてサス君が質問をしてきた。
「グリーンメドウの別名は?」
「はじまりの町」
「何故、そう言われるようになった?」
「世界を救い、後に残された民のために魔王と呼ばれる道を選んだ英雄が、初めて訪れた町だから」
出てくるね~~。次々と。パソコンって言った意味が分かったよ……気持ちわるっ。慣れるのに時間が掛かりそう。でもこれから先、大いに役に立つけどね。さすが魔法使い。やることが斜め過ぎるよ!!
「頭痛とかしませんか?」
「……それ、今訊く? 今のところ大丈夫だよ。ただ、頭が少し重たいくらいかな」
そう答えると、サス君が吃驚したように目を見開く。
「どうかした?」
「(普通、一日動けなくなるんですが)……さすが、睦月さんだと感心しました。……ところで、睦月さん。この辺はギルドのおかげで魔物の出没は少ないですけど、安全とは言えませんから、先に進みませんか?」
あっ、そう言えば、魔物の事完全に忘れてたよ。
「そうだね。これが、私の旅の始まりの第一歩だよ!」
私はサス君と共に、グリーンメドウに向かって歩き出した。
数百メートル程先に、土色の城壁が幽かに見える。道なりに行けば、迷うことなく着きそうだ。
「グリーンメドウには、ハンターギルドの本部があるんだよね」
「はい。最初にするのは、ハンタ資格を取ることですね」
この世界には魔王は存在しないが、代わりに、魔物が存在している(インストール済み。旅の手引き書から)。
その魔物を討伐する専門職が、ハンターだ。
意外な事に名誉職。憧れの職らしい。ただ面倒な事に、ハンターの登録は各支部で行ってはいなくて。ここはラノベと違うよね。つまり、本部でしか登用していないのだ。これも、インストールされた知識から。
裏を返せば、ここまで辿り着けない者に、ハンターの仕事は無理って事なんだよね。シビアな世界だ。まぁ考えてみれば、これが登用試験なのかもしれない。
遠くから来る者もいれば、私のように苦難も無しに辿り着ける者もいる。運も実力のうちって事なんだろう。まぁなったとしても、その先に歴然と差が出ると思うけどね。
そんな事を考えながら歩いていると、不意にサス君の足が止まった。自然と私の足も止まる。サス君は戦闘サイズになり、草むらに向かって唸り声を上げている。
途端、ガサガサと草むらが不自然に揺れる。それも、四つ程の塊だ。
(ひえっ!! まさか!! 早速、魔物が出たの!?)
当然慌てふためく。レベル1だよ。レベル1。攻撃が当たったら、間違いなく即死だね。
「……睦月さん、ここから動かないで下さい」
小声だが、やや強い口調で指示を出す。その声の鋭さに、私は少しだけ落ち着きを取り戻した。
「……分かった」
そう答えたと同時ぐらいに、草むらから、黒い影らしきものが僅かにだが見えた。私とサス君に緊張が走る。だが草むらから聞こえて来たのは、ガチャガチャという金属音のような音と、何かの言語のようなものだった。
「……サス君?」
断定は出来ないけど、これはあくまで勘だけど……草むらに潜んでいるのは魔物じゃないような気が……。
それはサス君も同様だったらしく、いつしか唸り声は止んでいた。サイズはそのまま。しかし、警戒は解かない。それは私もだ。私の場合は全速疾走で逃げる準備をするだけだか。
「そこに誰かいるの?」
思い切って尋ねてみた。
直ぐに反応が返ってきた。
草むらから出て来たのは、ロールプレイングゲームに登場するような衣裳や装備を身に付けた人間だった。どうやら、魔物や泥棒ではなさそうだ。良かった~~。
「やっぱり、人がいた!! ヒッ!!」
戦士だろうか、胸と腰に鎧を身に付け刀を装備している若い男が、歓喜の声を上げた。問題はその後、サス君を見て短い悲鳴を上げた。他の仲間たちも、サス君を見て悲鳴を上げる。全員、小刻みに震えているよ。
「「「「…………フェンリル……」」」」
勿論、そう呟いた声も震えていた。
(フェンリル?)
サス君はイヌ科だけど、狼じゃないよ。狛犬なんだけど……。訂正したかったが、到底言える雰囲気じゃなかった。ガチに震えてるよ。
それが、この世界に来て、私とサス君が初めて出会った人間たにだった。
この人たちが、後に私とサス君と深い関わりを持つことなるなんて、この時は思いもしていなかった。
大幅に加筆修正しました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m




