〈第四十八話 イノシカ亭〉
宿屋にチェックインを済ました私は、軽く汗を流して着替える。腰にダカーを携帯しただけの軽装で、ダンさんが夕食に指定したお店へと皆でやって来た。
店の名前は〈イノシカ亭〉
本筋から一本、脇にそれた道沿いに、そのお店はあった。
温かい明かりが店内から漏れている。ドアノブに手を掛けた私の耳に、騒がしいけど陽気な声が飛び込んできた。その声を聞いて、ふと懐かしくなる。ジュンさんのお店、〈うみねこ亭〉を思い出したからだ。
(翠の大陸から戻って来たら、一度、帰ろうかな)
そんなことを思いながら、ドアを開けようとした時だった。反対側から引っ張られて、ドアが開いた。
「場違いな嬢ちゃんがいるぞ。やっと、バイトを雇う気になったのか?」
帰ろうとしていたお客の一人が、私を一瞥すると、意地の悪い笑みを浮かべながら、ドアノブを握っている獣人に話し掛けた。どうやら、その獣人は店員のようだ。彼女は膝下までのチェック柄のワンピースを着て、白いエプロンをつけている。その頭に二本、短い角と焦げ茶色の小さな耳がを生えている。
(シカの獣人かな? イノシカ亭だし。にしても、場違いねぇ……)
内心、私は溜め息をつく。
確かに場違いだった。それは認める。
二十階層は、今までのセーブポイントとは明らかに違っていた。城門からそうだけど。
ここまで潜って気が付いた。階層を進むごとに、セーブポイントが姿を変えていることに。最初は村だった。それが町になり、小さな街になった。そしてついに、城下街へと変貌した。それも、王都バーミリオンの城下街に、どことなく似ていた。
その街を歩くのは、最低シルバークラスのハンターたちだ。
他の大陸からも来ているようで、人族以外の人種も多くいる。屈強な戦士。立派なローブを身に纏った魔術師。大きな斧を背負った者。皆、如何にも出来ます感が全面に出た集団ばかり。
いやぁ、実際出来る人たちなんだけどね。そんな街中を、子供が歩いている。伝説級の従魔を引き連れて。これって、すごく目立つ。実際目立っていた。ものすごくね……。動物園のパンダ状態。それはまだいい方で……
(この人たち、シュリナの姿が見えてないのかな? それとも、見えてて場違いって言ってる? もしかして、喧嘩売ってるの? だったら、買うけど)
私を見下ろす、そのお客の目は、明らかに私を小馬鹿にしたものだった。街中では、このお客のように、小馬鹿にした視線を私に送ってくる者も大勢いた。
この場所に私がいる時点で、最低限、シルバーだって分かっているはずだ。ゴールドだと知ってるかは分からないけどね。なんせ、通常一度潜ると、一か月は潜り続けることはざらだ。だから、知らない者も多いだろう。それを抜きにしても、彼らはこう思っている。伝説級の生き物を従魔にすることに成功したから、シルバーカードを手に入れ、今の地位を得たのだと。
叩き上げの世界では、よくあることだと思う。事実は逆だけどね。シルバーやゴールドになってから、一緒に旅をするので仕方なく、私は彼らを従魔登録したのだ。
「違いますよ。……それで、可愛いお嬢さん。うちにご飯を食べに来てくれたのかしら?」
最初の台詞は出て行く客に、後半は私に向かって、シカの獣人は話し掛ける。コロコロと笑いながら。どことなく、気品を感じた。
「ええ。ダンさんと待ち合わせしてるんですが、彼来てますか?」
「ダンさん? 彼ならまだ来てないわ。すぐに席を用意するから、中で待ってて」
そう言うと、シカの獣人さんは、私たちを開いた席へと案内してくれた。難癖を付けてきた客の男と目があったが、当然無視した。関わるだけ馬鹿らしい。
席に座ってからも、視線を感じる。正直、不快だ。
「出ますか?」
ミレイが顔をしかめ尋ねる。私を気遣い、小馬鹿にしている視線に怒っているようだ。不謹慎だけど嬉しかった。サス君たちは我関せずだ。ただ、『馬鹿共はほっておけ』と、シュリナが念話で私を諌めた。
『そうだね』
私は大きく息を吐き出す。その時、シカの獣人さんがメニューを持ってきた。
「ミレイは何にする?」
「ダンさんが来てからで」
「そう」
私もミレイと同じく、ダンが来てから頼むとして、まず先に従魔トリオの分を頼んでおこう。涎が垂れてるしね。
彼らはやっぱり肉だ。野菜より、肉。ご飯より、肉。肉、肉、肉。肉が全てだ。
五階層で食べたような、メガ盛りは置いてなかったので、ウコッコ鳥の香草焼きを五人前。サッダー牛のコロコロステーキは六人前。サッダー牛百パーセント肉汁ハンバークを三人前頼んだ。飲み物は勿論、ココリのジュースだ。それをジョッキで五人前。勿論、サス君とココは特別にボウルにいれてもらう。結構な量だが、これでも控えめだ。この量を頼んだのに、シカの獣人さんは驚かない。
「待たせたな! ムツキ」
従魔トリオのメニューを頼み終えた時、ダンが大きな声で私の名前を呼びながらやって来た。店内がざわつく。
(あれ? 今名前呼ばれた?)
店内のざわめきが気になりつつも、ダンが名前を呼んでくれたことが嬉しくて、素直に喜ぶ。いつもは、嬢ちゃんだったから。
「ううん。私も今来たところだから」
「なら、よかった。カリン。とりあえず、ワシは麦酒をジョッキでくれ! こいつも同じで」
「すぐ、持って行くわ」
(ん? こいつ?)
ダンの後ろに隠れるように、ドワーフが立っていた。気が付かなかった。ダンよりも少し体が小さい。ドワーフというよりも、小人に近いかな。髭も顎下ぐらいしか伸ばしてないし。若いのかも。でも、ダンさん麦酒を頼んでたよね?
「ムツキ、こいつも一緒にいいか?」
「いいよ。食事は皆で食べた方が美味しいし」
ダンと連れのドワーフが席についたところで、タイミングよくカリンが飲み物を運んできた。皆でジョッキを持ち上げ、「「「「乾杯!!」」」」と挨拶を交わしながら、ジョッキをぶつけ合う。
「うっまーーい!! ココリのジュース最高!! 染みるわ~~」
(生きてることに感謝だね)
ジョッキの三分の一まで一気飲みしてから、私もミレイも料理を頼む。勿論、ダンたちもだ。料理がくる前に、ダンが隣に座る同胞の自己紹介を始めた。
「……こいつは、レンだ。ワシの従兄弟でな、マジックバックを作らせたら、右に出る者はいねぇな」
そう自己紹介するダンは、どこか嬉しそうだ。
(マジで!?)
私は、まさかこんなところで、マジックバックの職人に会うことが出来るなんて思ってもみなかった。
お待たせしました。
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




