〈第四十五話 生理的に無理なものは無理です〉
「じゃあ、死ねば」
相手を凍り付かせそうなほど冷たい目で、私は男を見下ろす。
ハンターは魔物を殺し、その命を財貨に替える。
魔物は人間を殺し、その血肉を己の血肉に替える。
常に、命のやり取りをしているのだ。真剣に。命を賭けてーー
「……貴方を二十階層まで連れて行く。その後は死ぬなり、生きるなり好きにしたら」
私は男を突き放す。正直、これ以上、男の姿を見るのは不愉快だった。今の男の姿は、命を賭け、結果散っていった者の骸に、唾を吐きかけている行為のように思えたからだ。
辛いのは分かる。その死を受け入れたくないのも、理解出来る。だが、死んでいった者たちを辱しめる行為をしていることに、男は気付いていない。それが、一番腹が立つ。
ホムロ山にランクAのシルバータイガーが四頭出没した時だ。男のように自分だけが生き残った者がいた。その人は、涙を堪え、最後までハンターとして村を護ったのに。
怒りで顔を歪める私を、何か言いたそうにミレイが見ている。ミレイの目が悲しげに、優しげに揺れた。シュリナたちは何も言わない。男に視線すら合わせようとはしない。私以上に不愉快に思っているようだ。
「突き放すなら、置いて行けばーーゲホッ……ウッ」
男は最後まで暴言を発することは出来なかった。私が蹴り上げる前に、ミレイが男の腹を蹴り上げたからだ。今度は男が、水筒のようにコロコロと転がる。
同情はしない。
「勘違いしないで。正直、私は貴方が生きようが、死のうが関係ないし、興味もない。二十階層まで連れて行くのは、私の勝手。このまま置いて行ったら、私の良心が咎めるから助けるだけなの。だってそうでしょ。このまま置いて行ったら、確実貴方は死ぬ。貴方が大きな声で怒鳴ったから、魔物たちは私たちの存在に気付いてるしね。助けられる人を助けないなんて、ハンターの前に人として駄目でしょ。例え貴方が、口先だけの死にたがりだっとしてもね」
きっぱりと、私は言い放つ。〈口先だけの死にたがり〉に。
ーー口先だけの死にたがり。
私は男のことをそう呼んだ。
「キャーーーーーー!!!!!!」
十九階層も後半まで進んだ時、あれが木の上から姿を現した。
瞼のない目が私を見詰めている。舌先が二つに分かれた赤い舌が、チロチロと動いていた。それが何か認識した瞬間、私は今だ嘗てない程の悲鳴を上げていた。
ダンジョン内で大声を上げることは、出来る限り、避けなければならないって分かっているが、生理的に無理な時があることを、私はこの時身にしみて知った。
「ムツキ様!!」
「「ムツキ!!」」
突然の悲鳴に皆が驚く。
サス君が悲鳴と同時に、体長一メートルぐらいの蛇の頭をスパッと切り落としていた。ポタッと落ちる三角の頭。木の枝に巻き付いたままの胴体。
「もう、大丈夫ですよ」
サス君が誉めて欲しそうに、私を見上げている。
全員、私が何に驚き悲鳴を上げたのか分かった。
「……ムツキ様?」
(誉めてあげたいけど、無理。絶対無理!!)
硬直している私の肩にミレイが触れた瞬間、私は弾かれたように、ミレイに抱き付いた。ギュッと抱き締める。
「ムツキ様!?」
突然のことに焦るミレイ。
「無理、絶対に無理!! 蛇だけは生理的に無理!!」
だだっ子のように、私はミレイにしがみ付く。涙目だ。
(も~~やだ!!)
ボロボロ涙が溢れてきた。
「サスケ!! 足下のそれ、どうにかしろっ!!」
ココがサス君を怒鳴り付ける。サス君は慌ててそれを、草むらに捨てた。枝はシュリナが切り落とし、それも草むらに捨てる。
「ムツキ様、もう大丈夫ですよ。アレはもうどこにもいません」
背中を擦り宥めるミレイ。涙をこぼしながら、私は恐る恐る顔を上げる。
「ヒック……ヒック…………ほんとに?」
「はい。もうどこにもいません」
にっこりと微笑む顔を見て、安心した私は、ミレイの体を解放する。
「大丈夫か? ムツキ」
「もう大丈夫だから。……それにしても、よっぽど苦手なんだね」
シュリナとココが、優しく、安心させるように声を掛けてくる。
「……すみませんでした」
そんな中、サス君の声だけが力なく小さい。犬って狩りをした時、飼い主にわざわざ見せにくるって話を聞いたことがある。飼い主に誉めてもらいたいからだ。
私は目元を乱暴に拭うと、微笑みながら、銀色の頭を撫でる。
「ありがとう、サス君」
私はガシガシとサス君の頭を、力を込めて撫でた。
通称、口先だけの死にたがりさんは、私の豹変についていけず、ただ、ただ、呆然とし立ち尽くしていた。
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




