〈第四十三話 餌場〉
「ムツキ様、その角を左に曲がった先が、十九階層に続く通路です!! 通路を出た所に、簡易のセーブポイントがあります。とりあえず、そこで休憩をとりましょう」
すぐ横を走るミレイが指示をだす。
(簡易のセーブポイント?)
そんなものがあるんだね。十九階層だから? ここまで、ダンジョンのどこにもなかったはずなのに。
私はチラリとミレイの整った横顔に視線を移す。相変わらず、表情は読みにくい。表情は読みにくいが、まだまだ余裕だってことは、その横顔を見れば分かる。ミレイは汗ひとつ、息を乱さずに走っているからだ。大の男をお姫だっこし、背中に大きな荷物を背負ったまま。
反対に、自分の荷物しか持っていない私が、汗をかいている。蒸し暑いからだけじゃない。息こそ切れてないけど、余裕がなくなってきた。五日間の疲れが、じわじわ出てきたのも影響している。
……マジ、情けない。一か月は潜り続けるパーティーもざらだって聞いたのに。たった五日でーー
ミレイは、エルフと人とのハーフでシルバーカード保持者。そして、レベル三十五。主に剣と打撃専門の戦闘メイド。【ステータス】で得た情報だ。人族だけど、他種族の血が混じっているからか、力が人よりもあるのかもしれない。けど……それだけじゃない。それだけの修行を積んだからこそだ。
階級は私の方が高い。でも本当の実力は、私よりミレイの方が強い。下手したら、ブロンズの人よりも……
そんな考えが頭を過る。私は無意識のうちに、下唇を噛み締めていた。
十九階層に繋がる通路の手前で、サス君が足を止めた。上体を低くし、「グルルル」と唸り声を上げる。
「……囲まれたみたいだね」
周囲から、殺気を感じる。当然、後ろからも。両側は壁。前後から魔物の気配。どこにも逃げ場はない。
「仕方ないですね」
サス君がめんどくさそうに言う。
「そうですね。逃がしてくれなさそうだし」
「逃がしてくれるわけないじゃん。ここはおそらく、あいつらの餌場のようだしね」
……餌場ね。
オブラートも何もないけど、まさにココの言う通りだ。
何かのアクシデントが起きた時、まだ十七階層なら、十五階層に引き返すことは出来た。でも十八階層まで探索の足を伸ばしていたなら、引き返すことを躊躇したはずだ。私も判断に悩む。進むべきか、引き返すべきかとーー
歩く距離、ダンジョンの探索時間が増えれば、その分、危険性がグンと上がるからだ。なら、十九階層入口近くにある、簡易のセーブポイントを目指す方が、まだ危険性が少ないと、判断してもおかしくない。
少なくとも、ここまで来たパーティーは、疲れてたり、怪我をしたり、或いは道案内人に酷い目に合った人もいたはずだ。
必ず通る場所で、弱ってるハンター(餌)がいる。餌は攻撃力も守備力も弱くなり、魔力も底につきかけている。そんな状態で、後ろと前を塞げば餌は逃げられない。
魔物にとって、そこは無理なく人間を狩れる場所だった。
「シュリナ、ミレイとココをお願い」
シュリナは頷く。しかし、ミレイは従わない。主を戦わせて、メイドである自分が、下がっていることが許せなかったからだ。
「私も戦えます」
背中に背負っていたリュックを、そっとミレイは下ろす。気絶している男は、やや乱暴に床に下ろした。
「ミレイ。皆を守って」
再度、私はミレイに命ずる。だが、ミレイは引かない。私はミレイに顔を向けず前方を見据えたまま、お願いした。
「シュリナも、ココも私の大切な仲間なの。家族のようなものなの。だからミレイ、お願い」と。
こう言われたら、ミレイは「……分かりました」と答えるしかなかった。
「シュリナ、全部で何頭か分かる?」
「前から四頭、後ろから三頭だ。この臭いは魔狼だ」
「魔狼ね……」
(七頭の魔狼か……)
魔狼だとしたら、連携がとれてるはず。なら、それを崩せば、勝機は十分ある!!
「ココ、【幻影】宜しく!」
「OK!!」
ココは妖精猫だ。
黒猫の容姿だが、れっきとした妖精だ。妖精はよく悪戯を人間や動物に仕掛ける。それは笑えるものだけど。そんな悪戯の中で、一番得意なのが【幻影】だ。自分が思い浮かべた映像を【幻】として、相手に見せることが出来る。
予想通り!!
今まで目に見えていた存在が、かき消されたことに混乱したのか、二頭が飛び出してきた。鼻や耳を屈指すれば、幻影に惑わされることはない。でも、一部を削げば混乱する。意外と、目からの情報は大きいのだ。
飛び出してきた二頭に、私はすかさず【ウィンドボール】をぶつける。突然の攻撃に、二頭は逃れる術はなかった。サス君の方も【風牙】を仕掛け、仕留めたようだ。
「すごい……」
あっという間に、Bランクの魔狼を三頭倒した。それも一撃でだ。ミレイはその華麗な戦い方に目を奪われる。思わず、感嘆の声が漏れでた。
しかし、幻影で混乱させられるのは、最初の一回だけーー
魔狼は知性が高い魔物だ。続けざまに同じ作戦は効かない。
『セッカ、ナナ。行くよ!!』
『『はい!!』』
私は残り二頭が混乱しているうちに、近くにいた一頭の懐に飛び込んだ。そして、左手のダガーで魔狼の喉元を切り裂く。血を吹き出しながらも、魔狼は鋭い爪で私を攻撃してくる。私はそれを避け、そのまま背後に回り込み、右手のダガーで魔狼の首筋に突き刺した。
これで、残り一頭ーー
おそらく残ったのが、この群れのリーダーの魔狼だろう。
奥にいながらも、その威圧感はひしひしと私の肌に伝わってくる。
(Bランクじゃない。おそらくAランク以上かぁ)
直感的にそう感じた。声に出さずに呟く。
騒がしい背後が静かになった。サス君が私の隣にくる。
『怪我は?』
『怪我? 雑魚相手にですか?』
サス君はニヤリと赤く染まった口元を歪める。
……サス君、噛み殺したんだね。
さて、揃ったことだし、始めましょうか……
お待たせしました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




