記憶に嫉妬
宝稀の話には続きがあった。
「俺が率いていた山賊の集団にはな、生きる場所を失った、人間の子どもも混じっていたんだ。それが、お前が会ったたたりもっけの正体だよ」
布団の中で宝稀の話を聞いている僕には、その言葉の意味がよく理解出来ないでいた。
「俺には、当時西の方にな、一方的に俺のことを好いているやつがいた。そいつの名が清姫というんだが、現代でいうストーカーのようなやつでな。蛇の妖怪だった。俺に一目惚れしただの何だので、付き纏われていたんだ」
あぁ、宝稀さん妖怪におモテになるのね。
「清姫は俺が真瀬と親密になっていると知り、赤鬼の一族に真瀬を止めるよう仕掛けてきたんだ。真瀬が一族殺しを行った引き金を引いた、薄氷の行動。俺の手下たちを殺すという暴挙。これは薄氷と清姫が結託してやったのだと、後から聞かされた」
なるほど。清姫は宝稀を愛するあまり、狂愛しちゃったわけか。
「その薄氷と清姫が殺したやつらの中に、たたりもっけも人間としていたわけだ。たたりもっけは恐らく薄氷にやられたんだろう。それを、同じ赤鬼の一族だからってことで、赤鬼の姫が自分を殺させたんだと思い込んでいるらしい」
なるほど、勘違いなのか。
「そして、今。まだ清姫は俺を狙い、真瀬の生まれ変わりを殺そうとしている。つまり汐、お前だ。たたりもっけは清姫に上手く利用されて、お前を恨むよう仕組まれているんだ」
モケ。純粋そうだったもんな。
「しかし今のお前に真瀬のときの記憶はない。だから殺す決め手がないんだろうな。たたりもっけは今きっと困惑しているだろうよ。『本当にあのおねえちゃんは真瀬の生まれ変わりなのか』ってな」
「……宝稀」
「ん?どうした、腹減ったか?」
「……真瀬のこと、今でも好き?」
湯呑みのお茶を啜ろうとしていた宝稀は、危うく吹きそうになっていた。
「んな!何聞くんだよバカ!」
赤面しながら湯呑みをテーブルに置く宝稀を見て、僕は少し残念に思った。
「……宝稀は、真瀬が好きなんだね。汐である僕じゃなくて、真瀬がいいんだね」
たとえばこの感情に名前をつけるとしたら、嫉妬、かもしれない。記憶があったらこの気持ちも少しは違っていたのだろうけれど。
「汐、そんな可愛いこと言ってると喰うぞ?」
真面目な顔して何言ってるの、このカミサマ。
「俺は今のお前が、汐が今までで一番大事だ。記憶があろうとなかろうとな」
目を合わせずに宝稀は僕の髪をグシャグシャと撫で回した。