熱に浮かされて
その後、自力で神社まで戻ったものの、自宅の玄関まで来たところで僕は意識を飛ばした。過度の疲労に加えて、雨に濡れたおかげで風邪を引いたらしい。高熱が出ていたようだ。
倒れた僕は宝稀に抱えられて寝室まで運ばれたらしい。
そんな意識のない中で、僕は夢を見ていた。
――その夢の中で、僕は森の中にいた。
暗い木々に囲まれて、立ち尽くしていた。ふとそこで気付いたのは、自分の髪が赤いこと。腰まで伸びたその髪は、燻った赤色をしていた。
まるで血の色だ、と思った。鮮やかではないからこそ、毒々しくそして生々しい色。
森には僕1人だった。
誰の気配もなく、淡々とした空気。
この森を僕は知っている気がする。左の方角へこのまま進めば、少しひらけた場所に出るはずだ。そこにきっと、宝稀がいる。
妙な既視感にとらわれながら、僕はその知識に従った。
獣道を道なりに歩いていくと、少し先の方に明かりがぼんやりと見えた。幾人かの人影と声も聞こえる。
「そこに誰かいるのか」
ふと、背後から男の声がした。先程まで誰の気配も感じなかったその場所に、いつの間にか宝稀は立っていた。
いや、僕が実際に知っている宝稀ではない。
僕が知っている宝稀は、肩くらいまでしか髪を伸ばしていなかったはずだ。
そこに立っていたのは、宝稀の顔をして、僕と同じように腰まで髪を伸ばした『酒呑童子』だった。
妖怪の頃の宝稀。僕が知りうるはずはないのに、何故かすぐにそうとわかった。
「なんだ、真瀬か」
嬉しそうにはにかむ宝稀に、僕はどう見えているのだろうか。
――真瀬。
宝稀は僕をそう呼んだ。
ちがう、ちがうよ宝稀。僕は――
「ぼくは、汐だ」
と。自分の掠れた寝言で目が覚めた。
「ん、知ってる」
僕が寝ている布団のすぐ近くから、宝稀の声がした。
被っていた布団から顔を出して声のする方向を見ると、宝稀は壁にもたれて座っていた。
「気分はどうだ?まだ熱下がらないから、何か食えるようなら食って薬飲んどけ」
僕の汗ばんだ額に宝稀のひんやりした手が乗っかる。気持ちいいけど、触られると少し緊張する。多分、昨日一緒の布団で寝ていた夢を見たからだと思う。
「宝稀、ごめん。迷惑かけたよね」
ボーッとする頭と気怠い身体に鞭打つように無理矢理起き上がる。
「汐、命令。横になってなさい」
宝稀は僕のオカーサンか。
でもなんだか『命令』なんて表現を使う宝稀が可愛く思えてしまって、大人しく横になることにした。
「粥とかなら食えるか?今あっためてくるから待ってろ」
キッチンへ足を向けようとした宝稀を、僕はまわらない頭と口調であわてて引き止めた。
「ほまれ!もうすこし、そばにいて」
舌っ足らずな子どもみたいな口調になってしまって、恥ずかしくなる。
「……汐、そんな顔でそんなこと言うな。なんかいろいろたまんなくなるから」
どういう意味だろう。宝稀は赤面しながらも元の位置に座り直してくれた。
ゴホン、とひとつわざとらしく咳払いをして、宝稀は
「腹減ったら話の途中でぶった切ってでもいいから言えよ?それまで少しだけ、お前に隠していた『昔話』でも聞かせてやるから」
と言い、ある話を聞かせてくれた。
昔々の、妖怪たちのお話である。
宝稀は懐かしそうに目を細めながら、穏やかな声で話し始めた。