神の行動
目の前には凶器を持って狂気に満ちた女、煙々羅が文字通り煙のように揺蕩っていた。
恍惚とした表情を浮かべて。
手に持つ刃物は、あれは確か何かのマンガに出てきたから見覚えがある。所謂、鎖鎌というやつだろう。
手持ちの部分からジャラジャラとした鎖が伸びていて、それが鎌の部分に繋がっている。
「ご存知でしたか?真瀬姫。カマイタチとは、妖怪の名前ともされていますけれど、実際は妖怪が使うワザの名前なのですよ?」
ソウダッタノカー。
じゃなくて!
危ないじゃないかこの女!どんな神経してんだ刃物なんか振り回して!
「宝稀様に見つかる前に、一気にカタを付けたいものですわね」
いちいちわけわかんねーこと言いやがる。いい加減話が見えなくてイライラしてきた。
「僕はテメェに殺されるために来たわけじゃねえんだよ。鎌鼬だかオコジョだか知らねーけど、要件ぐらい聞く耳持ったらどうなの?オバサン」
イライラに身を任せたら身を滅ぼす。これは父から教わったことだったか。オトン、すまん。僕はきっとその身を滅ぼすクチだわ。
僕の挑発に乗ってくれたらしい煙々羅は、青筋をこめかみに浮き上がらせて言った。
「ほう?要件とは何でしょうな?それを聞いたところで守る保障なぞないことをわかっておいででありながら」
「言うことに意義があんだよババア。たたりもっけが神隠しにした子ども達を返せ」
ババアという単語に反応して、煙々羅の青筋ははち切れんばかりに痙攣する。
「巡り神様に託してございます故、まだ生きてはおりますけれど。ふふ、あの迷い路に入れられたら屍になるまで彷徨い続ける以外ありますまい」
巡り神。聞いたことがある。
方角の感覚を違わせ、人を迷路のような空間に連れ込む妖怪。神とついているのは、やはりこいつが宝稀同様に神として祀られている存在だからだ。
巡り神のようにその地に封印されているわけではない、容易に自らの存在を動かせることの出来る神もいるというのは、亡き祖父から聞いてはいるが。
それがまさか敵側にいるとなると、これは厄介なことになるかもしれない。
「戯言はこのくらいにしておきましょう。あまり長話をすると、死んだあとにこの世に未練が残って霊化してしまいますものね?」
ふふ、と怪しい笑みをたたえて、煙々羅は鎖鎌を構え直した。
「姫、お死にあそばせ?」
言葉と同時に煙々羅は僕に向かって飛びかかってくる。
――と。
――リンッ
と音が響いて。
僕の持っていたカバンにつけていた、宝稀から貰った鈴が、紐から切れて地面に落ちた。
この鈴は、宝稀が僕に呼びかけるための鈴。
遠くにいても繋がっていられるようにと。
地面に転がった鈴を見やると、それを拾い上げる者が背後に立っていた。
「だからこの鈴は大切にしろっつったのによ」
いつの間にか、煙々羅は襲いかかろうとしていたのが嘘だったかのようにその場に跪いていた。
「汐、危ないことすんなつったろ」
「――ほ、まれ。何で」
何でここに。
何でここに宝稀がいるのだろう。
振り向けばそこには、僕と同じように雨でずぶ濡れになった宝稀が立っていた。
宝稀は、白鬼神社から出られないはずなのに。
――なんで。