死の恐怖
魔族の男は市民に襲い掛かり始めた。
爪で手あたり次第肉を引き裂き、瞬く間に命を奪う。
「出ろ」
残っている右腕には死者の指輪がはめられており、そこから魔族の霊が飛び出して来た。
俺は光の剣を握りしめ、駆け出した。
「うおおおおおおおおっ」
市民の亡骸に取り憑こうとする幽霊を片っ端から切り伏せていく。
「ヒロキ…… お前は不死身か?」
そう言って俺に向き直り、腕を振り上げた瞬間、市民の中から2人の人影が現れた。
ドーモ君と、原始人のゲンジである。
ドーモ君は剣を、ゲンジは槍を持っている。
「今だっ!」
俺の掛け声を合図に、俺を含めた3人で一斉に斬りかかった。
だが、魔族の男は腰に携えていた氷の剣を鞘から引き抜くと、こちらの攻撃を全ていなし、回転斬りを放った。
その攻撃を受け、みなその場に凍り付けになってしまった。
「嘘だろ……」
パキパキパキ、と体が少しづつ凍っていく。
しかし、なぜか首から上だけは凍っていない。
「最後に言い残すことは?」
どうやら体が全て凍る直前に剣を鞘に納めたらしい。
そうすることで凍り付かせるのをキャンセルできるのか。
魔族の男がゲンジの体に手をかけた。
「おい、やってみやがれ…… てめえを殺す……」
パリイイイイイイン……
ゲンジの体が粉々に砕け散った。
「うわあああああああああっ」
ゲンジの体が砕ける瞬間は直視することができず、思わず目をそむけた。
見た目の印象とは違い、この男は間違いなく魔族だ。
こんなことを普通の人間が顔色一つ変えずにできるわけがない。
「次は、お前だ」
ドーモ君の体に手をかける。
「ひ、ヒロキさんっ……」
俺は恐怖にかられ始めていた。
何も言葉を発することができない。
その様子を見て、魔族の男が満足そうにしゃべった。
「そうだ。 今お前の中にある感情、それは恐怖だ。 人間は人の死に触れる機会は少なく、いざ周りの誰かが死んでもどうリアクションを取ればいいのかさえ分からない。 仲間が殺された怒りで覚醒するなど、所詮漫画の世界の話でしかなく、自分に死の恐怖が近づいた時、声すら出なくなる」
パリイイイイイイイイン……
ドーモ君の体も粉々に砕け散った。
仲間が2人もやられた。
そして、次は俺の番だ。
魔族の男の言う通り、俺の中には怒り、悲しみの感情より、圧倒的に恐怖が沸き起こっていた。
すぐに逃げ出したいが、どうすることもできない。
「ヒロキ、主人公補正もここまでのようだな」
死ぬのか?
もう切り札はなかった。
土壇場で隠された力が目覚める、なんて到底ありそうにない。
くそ、ここまでかよ……
そう思った時だった。
「待て」
この声は……
「諦めた瞬間、そこで戦いは終わる」
それはおっさんだった。
おっさんは戦闘能力がないため、戦いには参加しない予定だった。
しかも丸腰で魔族の男に向かっていく。
「どこかに打開する箇所が必ずある」
捕鯨の時にも同じことを言っていた。
神様は人に試練を与えて、それを乗り越えた人間を選ぶ。
その試練は、無理難題のように見えて、実はどこかに打開策がある。
それがおっさんの理屈だった。
「諦めない者がいるのなら、そいつから殺していくとしよう」
魔族の男は、俺から離れておっさんに飛びかかった。
俺は、目をつぶった。
それは、目を背けるわけではなく、この状況を打開するためだ。
外部の情報をシャットアウトして、冷静になる。
この凍り付いた状態から、どうすればやつを倒せる?
俺はあることを思い出した。
……除雪剤。
気が付くと、胸ポケットに入れっぱなしになっていた除雪剤が溶けだしていた。
魔族が凍り付くのをキャンセルしたおかげで、体の芯までは凍っていなかった。
この状態で思いっきり力を込めたら、抜け出せるかもしれない。
目を開けると、既におっさんの命は絶たれた後だった。
魔族の男が俺の方に向かって歩いてきた。
そして、俺の体に手を触れた。
「これで最後だ」
パリイイイイイイイイン……
氷が砕ける音がした。
しかし、それは俺が砕けた音ではなく、氷から抜け出した時の音だった。
「なんだと……」
俺が全力で振った光の剣をもろに浴び、切り口から血が噴き出た。
そして、魔族の男はその場に伏せた。
「おおおおおおおおおおおおおっ」
その光景を見ていた市民は喝采を上げた。
俺は魔族の亡骸なんてどうでもよかった。
倒れているおっさんの所に向かう。
「……うぐっ」
俺は声にならない嗚咽を漏らした。
おっさんは死んでいた。
「仲間はみんな死んだ……」
その時、市民の中から声がした。
「おい! 魔族のポケットから何かが飛び出して走っていったぞ!」
……!
まさかジェイムズ!?
「どこに向かっていった?」
俺が事情を聞くと、あっちだ、と市民が指さした。
その先にあったのは、階段だった。
「逃げたんじゃないのか…… となると、やべえっ……!」
俺は階段を駆け上り、登頂部の部屋の扉を開けた。
そこには、装置のリセットボタンに手をかけたジェイムズの姿があった。




