狼犬(ヤマト)
主人公である狼犬(大和)は、妻と子供を養うために、町のスーパーの閉店時間を狙い、山道を下りて行った。ここで廃棄した食料を集め帰ろとした時、突然三人の男に襲われた。店で通報したのだ。仕方なく一人の男に襲いかかり、倒れたすきを見てその場を逃げた。
狼の血を引く(大和)7歳は、濃い緑の中を、身体を鍛えるため、雨が降ろうが、雪が降ろうが、ランニングを欠かした事はない。飼犬とは違い父として、大切な家族を守る為に他ならない。筋肉質で身体が大きいが、右へ左へとしなやかに身をひるがえし、身体の動きを確かめるようにジグザグに走ったりした。自分で言うのもおかしいが、フットワークも軽やかで美しかった。
◇
僕の家は、生垣に囲まれた山の見晴らしの良い場所にあった。今は冬で寂しいが、春になれば四季の草花がところ狭しと咲き乱れる。そんな中、父は四季を問わず毎日何やらトレーニングをしていた。何故そんな事をしているのか? 幼い僕には分からなかった。
「ねぇーお母さーん――――! どうしてお父さんは、毎日あんなに走り回っているの?」と不思議そうに家の窓から見える父親を指差し、息子が母に聞いた。
「それはね。私たちの為に、お父さんは一生懸命身体を鍛えているのよ」と窓から軽いフットワークで走る我が愛する夫の姿を、誇らし気に見ながら言った。
息子は首を傾げ「どうして」と、更に聞いた。
母は向き直ってしゃがみ、両手で僕の顔を挟んで「それはね。悪い人が来たら素早く逃げたり、相手と戦う為よ。だから将来貴方にもお父さんのように強くなって欲しいと願って『北斗』と名付けたのよ」と言い聞かせた。
まだ幼い息子には意味が分からず、不満そうにほっぺを膨らませた。
「でも――――? 悪い人が逃げるんだったら分かるけど――――何も悪い事をしていないお父さんが、なぜ逃げるのぉ?」と最もと言えば、最もな話しを可愛い顔で更に聞いた。
「私達野犬は飼犬とは違い、人から食べ物を与えられてる訳ではなく、何とか自分達で食料を調達しなければならないの。生きる為には手段は選べず、力ずくで手にしなければ生きては行けないの。だから仲間同士であっても食料や女を巡っての力関係は最も重要なのよ」
父をリーダーに持つ女の私でも理解してきたが、そんな事を幼い息子に上手く説明が出来るはずもなく「あなたがもう少し大きくなれば分かることよ」と曖昧に言葉を濁し、僕の頭を撫で逃げるように台所に行った。
母も父と同じように運動神経が良いらしく、何をするにも行動が素早かった。しばらくすると父親が帰って来たらしく、表で「バシャバシャ」と水を飲む音がした。ドアを開け入って来るなり「ああ疲れた!」と言いながら、椅子に腰を下ろした。
「お父さ――――ん! 今日はどこまで走ったのぉ!?」と黒目をクルクル回しながら、息子が愛らしい顔で聞いてきた。
父は顔の目から頬にかけ深い傷はあるが、均整が取れたたくましい体をしている。いつか母から聞いた事があった。何でも群れのリーダーをやっていたその時に母知り合ったそうた。母は以前のリーダーの娘だったらしい。いつだったか父が僕に話した事があった(お前も将来お母さん見たいな美人と結婚したかったら強くなれよ)何て自慢話をした事もあった。そんな父ががひとつ咳払いをして話し始めた。
「今日は――――! あの丘まで走ってきた。坂が多くてきつかったが! お前とお母さんを守る為にも日頃から身体を鍛えておかないとお前達や仲間を守ってやれないからな!」と言って僕の頭を『ポン』と叩いた。
そこに美形の母が足音も立てずに来て、「あなた! ご苦労様」と甘い声で父に声をかけ、母がご飯をよそおいながら愛する夫に目を配りながら僕に言った。
「そうよ。あなたも男の子なんだから寝てばかりいないで! そろそろお父さんのように身体を鍛えて、強くならないとね」と僕を見て微笑んだ。
理由も分からずに、息子が応えた。
「そうだね! 僕も明日からお父さんと一緒にあの丘を走ろうかな!?」と父の真似をして家の中を、グルグル走り回って見せた。
『ハッハッハ』と豪快に父が笑い「お前と一緒に走るの? 楽しみだな。でも! もう少し大きくならないとな」と父が嬉しそうに目を細めた。
僕は、両親が言う意味は良く分からなかったが、ひとつ分かったことは、父親のように、身体を鍛え、強くなって家族を守らなければいけない』と言うことだけは理解出来たが、子供の僕にはそれ以上のことは良く分からなかった。
父は昼間は寝ているが、夜になると町のスーパーで働いている。母と僕に食べさせるために――――!
◇
季節も初冬へと変わり、夜になって気温がぐんと下がり雪が舞い、とても寒かったが父は休むことなく、自慢の白い毛皮をまとい、背の高いススキをかき分けながら、暗い夜道をさっそうと出かけて行った。
職場は辺りの暗さとは対象的に、眩しいくらい明るかった。さすがに客はまばらだった。俺は明かりを避けるように、店の裏口に回った。
閉店近くになると裏口のドアが乱暴に開き、従業員の男が大きな袋を俺の前に、投げ捨てるように置いて行く。それを素早く持ち帰るのが俺の仕事だが、俺たちにとっては毎日が命がけの仕事だった。
しかし、この店の従業員の男は、俺達の事をあまり快く思っていないようで、たまに目を合わせると睨みつけたりする。
そういう態度を取られれば俺だって気分が悪い!『この野郎?! 殴ってやろうか!』と何度も思ったが、しかし、妻と子供のため怒りを抑え|食料をかき集めていた。
その時、他の店で働いている仲間が、黒と白のまだら模様の服を着て、袋を担いで他のグループのリーダが通りかかった。普段はあまり仲が良くないが、「最近、仕事はどうだ!?」と俺に話しかけてきた。
「ああ――――ここのところ、あまり良い物が無いな! それにここの従業員は性格が悪いし、何を考えているか分からない」と手を動かしながら応えた。
仲間が俺に忠告した「仕事に夢中になるのもいいが! この辺りも最近治安が悪くなってきたから、油断するな! 気をつけろ!」と言い、長居は無用と言わんばかりに足早に去って行った。
元々口数が少なく、無愛想な奴だが、俺は奴の忠告をありがたく聞いた。
◇
その後、感の良い俺は何か背後に殺気を感じ振り向くと、白衣を着た男が三人が、俺を取り囲むように立っていた。手には棒と縄を持ち、俺を拉致しようと身構えていた。
「しまった! ちっくしょう! 店の奴! 通報しやがったな――――?!」俺は舌打ちしたが、もう敵は両手を広げ迫って来た! 俺は咄嗟に身を交わし、見事に逃げたが、いくら慌てていたとは言え、大事な食料をそのまま置いて来てしまった!
しかし、このまま立ち去るわけにはいかない! 俺は立ち止まり、物陰に身を潜め、男たちの動向を鋭い眼光で睨んでいた。店の明かりは消え、
この夜は月は無いが、満天の星が輝いていた。しかし、俺にはしっかり奴らは見えていた。
男たちは俺を見失い、辺りをウロウロしながら、捜し回っていた。以前仲間がこいつらに連行され、リーダーである俺が不甲斐なく守ってやれなかった。その為に責任を取って俺はリーダーの座を降りた。その時に負った顔の頬の傷と共に、今でも心の中でくすぶっていた。だから片目は見えない。
昔の俺なら? 迷わず、こんな非情な奴らと闘う事も、やぶさかではなかったが、家では腹を空かし待つ妻と息子のために、絶対に失敗は許されない。このままでは食料を片付けられてしまう――――俺は、しばらく隠れて様子を伺っていた。少しでもタイミングがずれたら必ず失敗する。これは今までの経験から分かる。
しかし、奴らはいっこうに立ち去る様子もなく、腕組みをして何か? 話し込んでいる。仲間を呼べば来てくれるが、今回の相手は少し手ごわそうだ。昔の記憶が蘇り、巻き添にはしたくない。必ず一人で成功させなければ――――!
しかし、もうこれ以上は待てない!! よし。こうなったら強行手段に出るしかない。
決して若くはないが、体力ならまだ自信がある。奴らは手に兇器を持っていて、油断は出来ない。俺は一か八かに賭けた。顔の古傷は伊達じゃない!
相手は三人だが、あんな奴らには俺は負けない。俺は仮にも以前には、リーダーを名乗っていた。俺の牙はまだ錆びてはいない。いざとなったら俺は逃げない。堂々と、奴らと闘うつもりだ! 肩の筋肉がピクピク盛り上がった。(息子よ! 俺に何かあったら、お母さんを頼むぞ! 良く見ていろ?! 俺の闘う姿を)と、心の中で呟き、闘いの火蓋を切った。
よし。今だ! 俺は覚悟を決め、奴らの不意をつき、闇の中から音も無く飛び出し、全力で走り、男たちの前で唸り声を上げ、白い牙を剥いた。男たちは驚きのあまり、白目を剥き三人共その場に無様な格好でひっくり返った。
まさか?! 向かって来るとは思わなかったろう? その隙に俺は男たちの間をくぐり抜けたが、一人の男が立ち上がり向かって来た。俺は素早く後ろに回り込み足に牙をぶち込んた。男は悲鳴を上げ、その場を転げ回わった。
俺は食料を奪い、身をひるがえして他の敵の攻撃を見事に交わした。
それはほんの一瞬の事だった。俺は小高い場所から、奴らのぶざまな姿を見下ろし、苦笑いをした。
俺の素早さに男たちは、なすすべがなく、その場でじたんだを踏み、持っていた棒を地面に叩きつけながら悔しがっていた。
「フゥ。危なかった」まだ息は上がっていたが、胸を撫で下ろした。この危機を乗り越えられたのも、ひとえに日頃から身体を鍛えているたまものであることを実感し、自分で言うのも何だが、もう若くはないが、実に見事な勝利だった。俺はまだまだやれる。身体の中から自信がみなぎった。しかし、こんな事は日常茶飯事で、明日はどうなるかわからなかった。
そして俺は何事も無かったかのように、腹を減らし帰りを待つ妻と息子の元へ、冬枯れの草が生い茂る山道を、足早に自宅へと急いだ。
◇
「ただ今!」と、ドアを開けると同時に「お帰りなさーい」と、寝ていた息子が飛びついて来た。
息子が「お父さーん今日は何?」と聞いて袋の中を覗き込んだ。
「ワーイ。僕の好きなハンバーグ弁当だ!」と、喜び、部屋の中を走り回った。
俺は何があっても、この瞬間が一番。幸せを感じた。
妻には今日の出来事を聞かせた。それは成長して行く息子に教訓として伝えて欲しかったからである。
「あなた? 本当に危なかったわね?! 無事で良かった」と、涙ぐんだ。
「あぁ大丈夫だ! それより息子が腹を空かしてる」
「ごめんなさい私――――」と言い色白で美しい妻が、微笑み腕で涙を拭き、テーブルに遅い夕食を並べた。
さっそく「いっただきまーす!」と、息子が手に取って、「あっ! このお弁当。賞味期限が――――切れてる?」と、生意気なことを言った。
「馬鹿だな――――? 食べ物は賞味期限が切れた時が、一番、美味しいんだよ」と、父が言い聞かせた。
「なぁんだ! そっか?」と言い、口いっぱいにハンバーグを頰張った。
「あら!――――あなたの分は?」と困惑して妻が聞いた。
「ああ、俺は腹が減ってない。気にしないで食べなさい」と、言い、妻と息子の顔を見て幸せを感じた。
俺は、家族の幸せそうな顔を見るのが何よりも嬉しかった。だからこそ、これからも負けるわけにはいかない。その為にもまた明日から身体を鍛えなければ――――!! と、夜空を|仰《あおいで自分に誓った。
◇
犬の成長は早い。北斗も今では俺と変わらない立派な成犬に成長していた。ある日成長した北斗が俺に言った。
「お父さん、お願いがあるんだ!」と遠慮がちに言った。
「何だ? 早く言って見ろ!」
「俺――――お父さんに、敵との戦いを教えて貰いたいんだ!」
「何?――――戦い?」
「そうだよ! 戦いだよ」側で母も聞いていた。
父はしばらく考え「よし、分かった。表に出ろ?」心配そうな母だったが、そこは以前のリーダーの娘である。そうやって敵との戦い方を覚えなければならない事は知り尽くしていた、
最強の夫に教えて貰うのは一番だ。夫との息子の勝負をを見る為に、私も表の広場に出た」
「よし! 北斗、どこからでも遠慮なくかかって来い。その代わりお前が相手でも手加減はしないぞ!」
「俺は本気で牙を剥き父に飛びかかったが父に触れる事も無く、いとも簡単に身を交わされ、地面にひっくり返った。
「何だ! そのざまは? それでは仔犬にも勝てないぞ」
父との練習はこの日から続いた。
そして数日が過ぎた時の事だった。いつもの北斗ではなかった(強い! 本当に北斗は強くなった。この日俺はかろうじて勝ったが、内容は息子に軍配が上がっただろう? 息子に負けそうだったが、かろうじて俺に花を持たせてくれたに違いなかった。この勝負は俺の負けだ! 俺には分かった。最後に北斗が手下限してくれた事を――――!)俺と互角に戦えるまでに心身共に成長してくれた息子を熱い眼差しで見た。
◇
今では父も徐々に体力も落ちたような気がしたが、リーダーの座こそ譲ったが、今でも群れの中では最強であり、純白の毛皮をまとった父の姿は凛々しく迫力があった。
◇
(よし、今度からは父の代わりに俺が仕事に行く! 父は必ず反対するだろうが、この時、俺の腹は決まっていた)
「お父さん――――!! 今日から僕が仕事に行くよ!」
「な、何?!―――――お前が? 止めろ! お前にはまだ危険過ぎる無理だ! や止めろ!」と、片目を光らせ、今まで見せた事のない白い牙を俺に向け怒鳴ったが、俺は聞かなかった。すでに体力は父を越え戦闘能力も十分備わった。将来父のように群れの最強のリーダーになるんだ。父が心配する気持ちは痛いほど分かるが、父に恩返しをするには父より強くなって家族を守るしかない。今なら最強と言われた父と戦っても勝てる自信はあるが、力で制しようとする父を振り切り、「お父さん! 俺だって狼の血を引くお父さんとお母さんの子だよ! 何があっても負けないよ」と言い、止める父を振り切り、父譲りの純白の身体をひる返えした。
口ではあんな事を言ったが、それはいつになっても息子を思う気持ちだった。それは北斗だって分かってくれているはず。今の北斗なら十分任せられるいるはずだ。立派に成長した北斗を見送る父と母の目には、息子の無事を祈る熱い涙が光っていた。
俺は振り向かず足早に暗い夜道に消えて行った。今まで可愛いがってくれた父と母を守るために!)
(北斗、ありがとう。今のお前なら途中で誰に襲われても勝てるだろう? そして自分の強さを皆んなに見せつけるんだ! きっとお前なら俺を越え、群れの立派なリーダーになれるだろう? 息子の無事を祈り妻と二人で見送った。
父を師として戦いを学んだ北斗。将来群れのリーダーを目指し、強さと優しさを胸に歩み始めた狼犬。是非夢を叶えて欲しいと、願いながらラストにしました。
※ 読んでいただき、ありがとうございました。