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ただゲームがしたくて

 その日は朝から天気が荒れていた。空は分厚い灰色の雲に覆われていて全体的に景色が薄暗くどんよりとしていて気分まで沈むような空気の中、気は進まないが今日も学校に行かなければいけない。

「6時50分......そろそろ出るか」

 身支度を整え階段を下り玄関で黒の革靴を履き扉の鍵を閉め、目的地へと出発する。

 道幅の狭い道路の片隅をイヤホンを耳に付けて自分の世界に浸る。周りなど知る者か......

 ワゴン車、オートバイは騒音を立てて横切っていくが気にとめることはない。

 学校を目前にして細かい粒雨が降り出すと俺はいつもより余計に登校意欲を削がれた。

 こんな思いをしてまで学校にいく意味があるのか、言い訳ばかりを募らせていつもの人気が少ない道で小言を垂らす。

 成武高等学校、それが今俺が目指している場所である。

 成武の校舎は坂を登らなければならない。とにかく俺は面倒事と疲れる事が嫌いだ。なぜ俺がそこまでする必要がある......いや、ない。けれどもするのは行かなければ面倒が生じるからだ。それはあの女、瀬名芽衣が原因だ。瀬名芽衣は俺の所属するクラス、1年B組の委員長、本当にこいつは厄介だ。

 朝の挨拶を無視すれば、まず何を入れてるんだと言わんばかりにパンパンに詰まった学生鞄を投げつけてくる。まずそれが死ぬほど痛いのだ、そして問題の登校拒否に関してだが、彼女の委員長としてのプライドに賭けてそれは不可能だ。入学式から三日後、委員長を含め委員会が決まった日に奴は目の前に現れた。


 入学式の日を含め三日間俺は登校を拒否した、学校には熱があると嘘をつき商店街の裏にある行きつけのゲーセンでその日半日を過ごす生活をしていた。

 その三日目の事だ、日が良く照った昼下がりの午後の事だ。今日も相変わらずいつもの席、入店から左奥裏 手の格闘ゲーム機の前に腰掛け、コインを投下......それから慣れた手つきでゲームを楽しんでいた。

「......」

(乱入か、いいだろう。相手してやる)

  勝負が始まると、俺は存外苦戦した。名前も顔も知らないがとにかく強い、的確な攻撃とガードコマンド、隙のないコンボ、手も足を出ずに早々に3敗した。

  こんなに手強い相手と手合わせできたんだ、感謝とあわよくば連絡先、再戦の申し込みを......話したい事は思春期の男子が憧れの先輩に声を掛けるくらいたくさんあった。

「今日は完敗です。また再戦させてください」

「いいわよ、けど条件があるわ」

「条件......?」

  よく見ればその人はスカートを履いていた。そして、上から下まで確認してよくわかった。こいつは同じ高校の生徒、つまり成武の生徒だ。

「ええ......」

  短い呼吸と、咳払いを一つした後人差し指をこちらに向けてこを言った。

  ーー成瀬君、学校に来なさい

 はい......?

  これが俺と瀬名芽衣との出会いの始まりだった。


 よいしょ......よいしょ......よいしょ......よいしょ.....

 ーールセ......成瀬君ッ!

  ぐほっ......

「おはよう成瀬君」

 遠心力を利用して勢いよく鞄をブン回して人に当てたにも関わらずしれっとした顔で銀髪の美少女はおはようと言う。なにこの子可愛すぎて許しちゃうじゃないですか、ではなく!

「瀬名さん、返事がないからって俺の腹にその重たい鞄をぶつけないで......」

「君もゲーマーの端くれならPS4を肌で感じられた事を喜びなよ」

「PS4⁈いつもただの鞄にしては一撃が重いと思ったらPS4入れてたの⁈ていうか今俺それじゃあPS4で殴られたの⁈」

「そういう事だ。そして横でそんなに騒がないで」

「ごめん......」

「朝のホームルームまでまだ時間はある事だし先に部室にこれを置いてからゆっくり色々話そう」

  そう言って瀬名は足早に校舎へと、俺も後を追うように入っていった。

  下駄箱には真新しく俺の苗字成瀬の文字とクラス1年B組が書かれた札が差し込まれている。

  瀬名の下駄箱は俺の反対側、斜め後ろにあった、しかし瀬名の姿はそこになく既に突き当たりを右に曲がりかけていた。俺も慌てて上履きへ履き替えて後を追った。

  後をついて歩く事10分弱、新校舎と旧校舎を結ぶ渡り廊下を越え俺たちは使われなくなり廃墟のような印象が強い旧校舎もとい部活棟へたどり着いた。

「着いたわ」

  鞄を地面に置き、ブレザーのポケットから『特別棟第1準備室』と書かれた札の付いた鍵を取り出し操作をして扉を開ける。

「ここは?」

「私たちの部室よ。部活を立ち上げたの」

「まだ入学してから三日だぞ?何言って......」

「理事長権限よ」

「理事長.......っておいまさかお前?!」

「そう、私瀬名芽衣は瀬名玄十郎の孫よ」

  窓を開けると、灰色の空の隙間から一筋、二筋と光が垣間見て、空のように薄暗い部屋が彼女を照らすスポットライトのように明るく輝くと驚きと、眩しさで俺は仰け反り倒れた。

  とんでもない奴に目をつけられた......これは逃げられないフラグ確定ルートだ、それでも......!

「急に倒れたりしてどうしたの成瀬君?」

 い、いえ気にしないでください、それより俺急な用事が......折角のお誘いですが俺貧乏ですし、まだ小さい妹の世話が......」

(嘘をついてでもこの状況を打破しなければ!後でばれてもいい、今、この状況を乗り越えるのだ!)

「嘘ね」

 へ?

「嘘よ、あなたのご両親は裕福とまでは言えなくともそれなりに稼いでいるわ。それにあなたは一人っ子、妹なんていないでしょ?もし仮にいたとしたらあなたは妹をほったらかして学校、又はゲームセンターに通っていた事になる」

「叔父の娘を預かっていて小学生ですよ......!妹みたいなもんですよ昔から遊んでいるし」

「あなたの母方の叔父さんは結婚してないし、父方の叔父さんの娘さんはあなたの一つ上で本校の生徒よ」

「え?マジで?!」

(あっさり嘘を見抜かれた上にこいつ俺よりうちの事情に詳しい⁈何なんだこいつ!)

「何が不満なの?あなたが入ってくれるならなんでもするわ!」

「何でも......?いやいや、そうじゃないだろ俺、何で俺なんだ?学校にはちゃんと来る、それでいいだろ?」

「あの日、成瀬君とゲームして私、成瀬君のこと気に入っちゃったの、だからお祖父様に頼んで部屋を借りたのよ」

 PS4を鞄から取り出し瀬名は応える、淡々とあるがままに、包み隠さず......

「少し、考えさせてくれないか?」

「わかったわ、真剣に考えてくれるなら私いくらでも待つわ」

「そろそろホームルームが始まるし今日いつに行きましょ」

(これは逃げられたって事でいいのか......?)

「あ、そういえばひとつ言い忘れてたのだけど、今日からあなた学級委員長なので」

 瀬名は扉の戸締りをしながら淡々と伝える。

「は、い?......はいィィ⁈」

 驚きのあまり間抜けな声が予鈴の音がシンクロし少女の鼓膜を刺戟する。

 ちょっと......!

「 うるさいッ!」

「ごめん......」

「次やったら許さないんだから......」

「俺謝ってばっかりだな」

「それはあなたが悪いのでしょ!」

 ーーそうこうしているうちに教室の前だった、俺と瀬名が教室に入ると隠しきれてない視線とひそひそ声が聴こえてくる。どうやら入学初日から休んだ俺は噂の的らしい。

「ごめんなさい」

 鞄を机の上に下ろして隣の瀬名は申し訳なさげに小声で呟いた。

「いい気分はしないけど仕方ないさ」

 でもーー!

 ガラッとレールを引きずる音が部屋の雑音を僅かに沈めた、正確には音と共に入ってきた女が沈めたといえる。

「おお成瀬来たか、じゃあホームルーム始めるぞ席つけ」

 上下ジャージの女教師長谷川がそう言うと立っていた生徒は席に早々に着く。

 全員席が埋まっているのを見渡してから長谷川は一呼吸ついてからホームルームを始め、合間に挟む冗談により和やかな雰囲気の中でホームルームは幕を閉じた。

「ーーそれじゃあ伝える事伝えたし少し早いがホームルームを終わるか......瀬名、号令」

 瀬名の合図で一斉に立ち上がり、号令が終わると解放されたようにそれぞれ散る。

「瀬名、少しいいか」

 ーーはい

 瀬名は長谷川の元へ行くと俺は瀬名から不思議と視線が離せず呆然とした。

 黙っていれば、美人で先生からも慕われている完璧人間みたいな奴なのに本性は強引でわがままなお嬢でゲーマーなんだよな......

 用が済んだのだろう。こちらへ瀬名は引き返してくると瀬名は隠しきれてない笑みが溢れていた。気がついてしまったからにはそれを聞かずには居られないのがお約束というものだろう。

「何か良い事でもあったか?」

「ええ、長谷川先生が顧問になってくださるそうよ」

「そいつはよかったな。後は部員を集めるだけだな頑張れ」

「あと二人一緒に頑張って探しましょう!」

 あれ? もしかしなくても俺部員にカウントされちゃってる?

「ええ、なんだかんだで入ってくれるって信じてますから」

「いやいや、そんな信じてます何て言われても俺は入らないぞ⁈」

「実は私、あきらめが悪いんです」

「知ってる。自覚あるんだね」

「ええ、ですがこのままではお互い引かないので決着がつきません。なので決着をつけましょう」

「決着をつけるのはいいがどうする?」

「勝負しましょう。昨日のリベンジをさせてあげます」

「リベンジか......」

 俺は息を呑んだ。

 負ければ入部、勝てば解放される......単純明快なルールではあるが俺にとってこれほど不利な戦いは無かなった。

 それは俺が一度瀬名芽衣に負けているからだ。あの戦いが脳でプレイバックする。

 良い勝負なんてレベルではなかった、完敗だ。昨日の事なら今日やっても同じ事。

「わかった。その勝負乗らせてもらう」

「場所は今朝行った部室で放課後待ってるわ」

 血の気が引く、勿論勝ち目の無い勝負の事だ。俺は勝てるのか、そればっかりが脳を埋め尽くしその度にNOと自問自答を繰り返す。

 疲れがどっと肩から全身に回り、自席に荒く着いた。

「大丈夫ヒロくん?」

 自席に着いて暫く天井を仰いでいると正面から声がしてふと視線を向けると見知った顔が心配気に立っていた。

「栗澤か、どうした?」

「どうしたじゃないよ!瀬名さんと話し終わったと思ったら急にストンって座り込んじゃって、心配したんだよ!それにヒロくん病み上がりだし......」

「病み上がりって程の病気じゃないし本当に平気だから」

「そう......?」

「大丈夫! 元気元気!!」

「無理しないでね、じゃあそろそろ授業始まるから席に着くね」

 栗澤の席の場所は俺の座っている所から横列が同じで縦列は3つ隣だった。

 栗澤は自席に着くとこちらに小さく手を振る。恥ずかしいからやめて欲しいと切実に願う。

 昔からあいつはそういう奴だった。

 栗澤とは幼稚園からの付き合いで小中学校も同じ所に通った。両親の仲も良く二家族合同で旅行に出かける事も良くあった。確か、小学校の入学式の日も今日と同じような事があったようなーー


 退屈な時間を堪えるとあっという間に決戦の時間となった。

「成瀬くん、楽しいゲームの時間ですよ準備はできてますか?」

「一応覚悟は決めてここには来てるぞ」

「......」

「ところでそちらの方はお知り合いですか......?」

 ギクッ!と効果がつきそうな程壁影に隠れているそれの肩が上がると観念したのか姿を現した。栗澤千代だった。

「栗澤、帰ったんじゃなかったのか?」

「ヒロくんと瀬名さんが放課後薄暗い旧校舎の奥に行くのが見えてもしかしたらヒロくんが大変な目にあうんじゃないかと思って、ほら瀬名さん綺麗だし、経験豊富そうだし、ヒロくんも食べられーー」

「食べられねーよ!」

「食べる?」

「成瀬くんが食べ物かは置いといて私たちはたぶんあなたの考えているような事はないと思いますよ」

「瀬名さんとコソコソ話したと思ったら顔を青ざめさせて座り込んで何処か遠くに意識が飛んだようになるから私てっきり弱みを握られたかと思ってもしもそうなら止めた後に私が......ふふふ、これ以上先は恥ずかしくて言え無いわ」

 その後もボソボソという内に徐々に赤面した頬に手を当て妄想を始めると処理が追いつかず脳内パンクしてしまった。

「お前の妄想で俺は一体どうなったんだ......」

「とりあえず部室に運びましょう」

「わかった」

  俺と瀬名で協力して栗澤を運び、部室の床にゆっくりと降ろして気休めだが俺は着ていたブレザーを体に掛けた。

 俺たちは栗澤が目を覚ますまでゲームを延期する事にした......


「成瀬くん、この子は知り合いなの?」

「一応俺の幼なじみだ」

「そう、面白い子ね」

「よく言い過ぎだろ、残念な子とか不思議な子とかの方が......」

「そんな事ないわ、明るくて真剣にあなたの事を心配してここまで来てくれる幼なじみ、私嫌いじゃないわ」

「決めた。この子を入れましょう」

「はあ?何言って......」

「私がこのゲームに勝ったら二人共私に従ってもらうわ」

「あなたが勝ったら二人とも開放してあげる。私はこれから一切あなたに関わら無い、学級委員長も解任してあげる」

「おい、何勝手にーー!」

 何で、千代ちゃんって呼んでくれないのヒロくん......

「びっくりした......寝言か......」

「追加よ、私が勝ったら私たちの事は下の名前で呼びなさい」

「千代ちゃんグッジョブよ」

「何でこんな事に......」

「そろそろ起きそうだしそろそろ準備を始めましょ」

「はいはい......」

 しぶしぶ俺はPS4の設置を手伝う。コードをテレビにそれぞれ同じ色同士を繋ぐと画面にスタート画面が映るといよいよと身が引き締まる。

「ここまで来てしまった以上はやるしかないよな」

「そうよ、楽しみましょう!」


 ガガサッ......

「......何が始まるの?」

 栗澤が目覚めると瀬名と成瀬の二人は既にコントローラーを握りしめていた。

 lady fight !! の外人風な声と同時に画面のキャラクターは横移動を始め闘いは始まった。

 瀬名と成瀬は真剣な眼差しで画面に向かっている。同じ画面を見ているはずの二人、けれども何故だか栗澤には二人の目には別々のものが映っているように見えたがそれが何かを知る由はなかった。

「どうして瀬名さんはそんなに楽しそうなの? どうしてヒロくんはそんなに苦しそうなの? 私、二人の事が知りたい......けど、わからない。いつも私は、置いてけぼりなんだね......ヒロくん......」

 栗澤の瞳から雫が溢れる。その理由もわからずにただ二人は対決を中止して栗澤の元に寄った。

「ど、どうした⁉︎」

「そうです。どうしたんですか⁉︎」

「ごめんなさい、誰も悪くないの......ただ、二人の事わからなくて......ただ、それだけなんです」

栗澤を慰めながらは顔を見合わせ同じ事を二人は口にした。

「知っていけばいいよ」

「お友達になりましょ!千代ちゃんって呼んでもいいですか⁉︎」

えええ......

「いや、ですか?」

「嫌じゃない、よ!びっくりしただけ芽衣ちゃん」

栗澤は微かに笑って瀬名をそう呼んだ。

「そう、よろしくね。じゃあ今度は成瀬くんの番」

と言って瀬名は栗澤を成瀬の方に向かせた。栗澤は赤面して必死で苦笑いを作るが少しまだ悲しそうな目をしていた。俺にはどうする事もできない、俺のできる事は知ってる望みを叶えてやる事だけだった。

「千代、俺とこの部活に入らないか?お前が入らないなら俺も入らない、でも俺を、俺たちを知りたいって言うなら、入れば少しは知れるかもな.....」

「今千代って呼んだ。昔みたいに......うん、知りたい。ヒロくんと芽衣ちゃんの事、私知りたい」

「決まりだな!」

瀬名も共感して頷いてくれたことで正式に俺たちは部に迎えられた。

「二人とも明日からよろしくね」



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