焦りと劣等
〇カーリー ウィルソン
●アメリカから来た金髪美少女。スラッとしていて、モデルのような体型。雪と同じ八城工業高校に通うこととなり、弓道部に所属した。
その容姿から学校中の男子からかなりの注目を浴びている。一部で雪の彼氏だという噂が流れ、雪はたまにきつい視線を浴びる・・・
日本に来たのには色んなわけがあるらしいが・・・?
用語説明
〇取り懸け・・・簡単にいえば、カケに弦を引っ掛けること
〇矢取り・・・矢の回収。矢払いとも言う。
〇弓道教本・・・とりあえず最初はこの本を見て勉強することが多い。読みこむと、イメージや意識がしやすくなると思います。また、昇段審査でもお世話になる本です。
「・・・胴造り・・どう?」
「よっ・・・おお!これは・・」
カーリーの初めての弓道・・・まぁ、今日は基礎中の基礎。今は胴造りを練習しているようだが・・・
「葉月先輩、僕もいいですか?」
「ええ、胴造り強いわ、この子!」
胴造りは簡単に言えば、どっしり構える!ということだ。軸がしっかりしておいたほうが正確に弓を引けるのは、経験者でなくても想像が付くと思う
強いかどうかは後ろから腰の部分を軽く押してみると分かる。これで倒れるようであればまだまだ・・・
「よっ・・・!?」
「・・・・どう?」
つ、強い・・・ビクともしない・・・
「い、いいんじゃないか!」
「・・・うれしい。・・葉月、次」
「え?ああ、そうね!」
・・・・カーリーって太ってないよな・・いや、むしろ細いか
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あー、また力入ってたよ、蛍」
「ですよね・・・井田先輩はどういう意識で引いてるんですか?」
「俺?そうだなぁ・・引く前に脱力するかな?」
「脱力ですか・・・」
「おう!でも、取り懸けをしたらもう何も考えないようにしてる」
「・・・そうですか」
うーん・・脱力。でも会に来るとどうしても力が加わってしまうんだよなぁ
あ、ちょうど引き終わったみたいだ。
「鹿本先輩!ちょっといいですか?」
「?いいよ。でも今引き終わったから矢取りに行きながら話しましょ」
「はい!」
うちの弓道部は人数が少ない為、引き終わればすぐに矢取りに行かなければならない。そうしないと次の人が的前で引けないからだ
「えーと、先輩って会が長いじゃないですか?何か意識してることとかあります?」
「そうねぇ・・・会の長さは特に意識はしてないわ。あとは、的に向かって伸び続けることかしら?」
「的に伸び続ける?」
「そうよ。下筋・・つまり、上腕三頭筋ね。これを意識しながら矢筋にむかって・・つまり的に向かって下筋を伸ばしていくイメージよ。わかるかな?」
・・わかるようなわからないような
「あはは・・微妙な顔だね!うーん・・一度弓道教本を読んでみたらどうかな?」
「葉月先輩が読んでいるあれですか?」
「そう!あれを読めばだいたいイメージは付くと思うわよ?」
「そうですか!ありがとうございました!」
「じゃあ、私はもう一立引いてこようかしら」
そういうと先輩はカケをつけ始めた。先輩は僕が入部して数日後に練習中倒れてしまった。その時、身体が弱いことを知った。どんな病気だとかそういうのは分からないけど、あまり心配されるのは嫌いらしい。
今日は調子がよさそうだ
「ゆっきー、前離れになっていないか見てくれるか?」
といったのは竜だ。駆け出しにして既に的中率5割を超える期待の新人ってやつかな・・
「ああ、良いよ」
「・・・・・・・・・」
ギャン・・パンッ!
「・・・そうだな、少し前離れだな」
「やっぱりかー・・確か前離れだと的の後ろに飛ぶんだよなぁ」
「今のも後ろギリギリに中ったな」
「ゆっきーよく見えるな・・俺あんまり見えないんだけど」
なぜ竜に聞かないのか?それは僕のプライドが許さないという単純な答えだ。いくら初心者にしては上手いからといって、同学年に聞くのは劣等感を感じてしまう・・・
「・・・引こう!」
考えていてばかりじゃ上達しないし、もう一回引こう。そうだ!水谷先輩に射を見てもらおう!
「・・あ、水谷先輩!ちょっと僕の射を見てもらっていいですか?」
「ん?良いよ、どこが課題なんだい?」
「会になると小手先で引いてしまって、会も短くなってしまうんです・・・」
「うん、分かった。そこを重点的に見ておこう」
射場に立つ。後ろには水谷先輩。姿は見えないが、視線は強く感じる。いつもの優しい目ではなく、かなり真剣なまなざしだ・・・たぶん。だって見えないし
「・・・・・・・」
打ち起こし、大三・・・もうこの時点で力が・・・
「・・・・く・・」
会・・きつい。でも先輩が見ていると思うと、せめて会だけでもと思ってしまう。
でも・・・・・・
「・・・・!?」
会を持てず無意識に離してしまった
ギャン・・・カランカラン・・・・
矢は失速、滑走・・無様な感じがして仕方がない。でも、水谷先輩は僕が4本引き終わるまで何も言わなかった。
「・・・うん、とりあえず矢取りをしておいで」
「・・・・・はい」
「お、雪!」
「・・隼人。どうした?」
「いや、さっきの矢取りでお前の矢も回収したから・・・ほら!」
「・・ありがとう」
「なんだよ元気ないな?確かに4本とも外れていたけどさ・・」
「まぁ、いろいろあんだよ」
「お、早かったね?」
「あ、隼人が矢取りをしてきてくれました」
「そうか・・。じゃあ、蛍も次の矢取りに行きな?」
「え?・・・あ、はい・・?」
僕は今引いてないのに?・・・まぁ、先輩がそういうなら
「今・・・、なんで?って思ったでしょ?」
「え?あ・・・はい」
「ん~・・そこからなんだよ。蛍はもっと周りを見ないと。先輩が何か仕事をしていても、それを代わろうとするのは竜や隼人。雪は何か考えていて周りが見えていないんだ。自分の世界に入り込んでいる。今、隼人が矢取りに行ったときも、お礼はそっけないし、相談もしなかったろ?弓道にもチームワークは当然存在する。」
「・・・・・・・・」
「周りが見えていれば、自分も誰かの矢取りをしてから行こうかな?とか思うはずだ。これはチームワークだと俺は思う。まぁ、少し俺の個人的な考えもあるかもしれないな。でも、もっと周り見て、頼ったらどうだってことだ。」
「・・・・はい」
「まぁ、俺も授業抜けたりしてるけどな・・・まぁ、あれにもちょっと事情があるんだけどね・・」
「・・事情ですか?」
「ああ。でも、あまり深く入ってこないでくれるとありがたいよ・・ははは」
「・・・わかりました。・・僕、矢取りしてきます!」
「うん、いってらっしゃい」
結局プライドが邪魔だったかぁ・・・。わざわざ矢取りしてきてくれた隼人にも相談しなかったなんて、結構強情だったかなぁ・・
入部する前から同級生、下級生に物事を聞くのが嫌だった。だから自分でたくさん勉強してきたし、ほかのことも自分で調べてきた。自分より年上の人やインターネットで調べたりしていた。
水谷先輩はまだ少しよく分からない人だけど、的確なアドバイスをくれる。気づかされることある
今言われて気づいたこともある。それは自分のプライドについて。なんとなく分かっていたけど、直視はしていなかった。チームワークなんて考えてなかったなぁ・・・・
「今思うとある意味差別だよなぁ・・」
そう、差別だ。先輩には相談して同級生には劣等感を感じるから相談しない。差別だな
でも、改善できる・・そんな気がする!
矢取りを終え、隼人と竜に矢を渡す
「ほらよ!じゃあ俺、水谷先輩にアドバイスもらってくる!」
「「お、おう・・?」」
「・・・お、蛍。なんか笑顔になったな!」
「え?そうですか!?」
「あはは!じゃあアドバイス・・・と行きたいところだが」
「?」
先輩が指差すほうには時計。時刻は7時半だ。
「あ、もう終了時刻ですか・・」
「また明日だな」
「おーい、葉月!終わるぞー!」
カーリーと先輩は外で練習していたから、井田先輩が声を張って呼ぶ
ガラララー
「・・井田君、この子、やばいわよ・・」
「は?何が?」
「カーリー、ちょっと徒手してみて!」
「・・・・うん」
そしてカーリーが徒手を始める。初日で徒手をするだけでも凄いが・・・
「・・・・・・・・・・」
足踏み、胴造り、弓構え、物見、打ち起こし、引き分け、会、残心
それは鮮やかだった。流れるような動作。しかし、それも丁寧に行っている。どこか水谷先輩の射に似ている・・・
「「「おーーーー!」」」
みんなの声が重なる。いや~、これは拍手だ!
「すげえ!めっちゃ綺麗じゃん!なぁ!隼人?」
「ああ・・これは竜の比じゃねぇ・・」
「喧嘩売ってるのか?・・雪は?」
「単純に綺麗だと思う」
「単純に?」
「綺麗?」
「だと?」
「思う?」
水谷先輩、井田先輩、葉月先輩、鹿本先輩という順で言葉を並べる。それもニヤニヤしながら・・・
あれ?なんか変なこと言ったかな?
「・・・・・///」
「おうこらカーリー何照れてんだ!別にお前のこと綺麗て言ったわけじゃ」
「「「ツンデレ」」」
「兄妹ですよ!みなさん!」
そんなこんなで、自分の気持ちの改善とカーリーのまさかの上達に衝撃を受ける一日であった
どうだったでしようか?え?やっぱり用語が分からない?
・・・じゃあ弓道しましょう!笑