プロローグ
これから物語を始めるに当たって、語り部である俺からたった一つだけ言っておきたい事がある。
何、小難しい理屈や屁理屈などは言わない、言えるほど頭がいいわけじゃないし。
俺が言いたい事、そして覚えておいて欲しい事はたった一つ。
この世に『神は居ない』という事。
ただ、それだけである。
周りには木々の緑色と地面の茶色、所々に暖かそうな日差しが見えている。
一言で言うならば森だ。
座るのに丁度良さそうな岩を見つけ、手に持っていた棍を立てかけ腰を落としながら口を開く。
「大雑把にわけると術には二通り、『魔術』と『体術』がある。
『魔術』は魔力で扱う術。
『体術』は魔力以外で扱う術。
ん、この説明だとわかりづらいか?
なら俺流に言い直そう。
『魔術』は『なんか不思議な力』で
『体術』は『肉体言語』だ。
分かり易いだろ?」
一応断っておくが、独り言じゃ無い。
ちゃんと話掛ける相手が居るからこうやって口に出して喋っている。
「……それだけ?」
俺にしては頑張って説明したのに、そんなことを仰ってきやがったのがさっき拾った女だ。
黒い、艶のある髪でショートヘア。
服装は白いワンピース……って言うんだったか?
女物の服は俺にはよくわからん。
顔と体系だけ見れば15~16歳程度に見える。
よく言えばスリムってやつだ。
「それだけ、だ。これ以上の説明は俺にゃ無理だしする気はねぇ」
つうか、『術』の説明をしてくれって言ったのはお前さんだろうに。
「術がどういったモノか?なんてのはガキでも知ってる事だ。
少なくともアンタはそれを知らない様な田舎者にも、何も知らないガキにも見えねぇ」
俺がそう言うと女は、顎に手を当てて何か考えるように目を閉じた。
2~3分程そうしていただろうか、覚悟を決めたかのように首を縦に振り、目を開けて俺を見つめてきた。
「貴方にお願いがあります」
俺は腰に括ってあるポーチから板状になっている干し肉を取り出す。
それをガジガジと噛み千切りながら答えた。
「いいぞ」
と、シンプルに。
そこからさらに言葉を続けよとしていた女の口から惚けた音が出る。
「へ?」
む、やはり水分無しで干し肉だけってのは口の中がツライな……
「お前さんも食うか?自信作なんだぜ、これ」
干し肉を2切れポーチから出し、1つを女に渡した。
戸惑いながらも両手で包むようにそれを受け取り、リスのようにカリカリと齧り始めた。
「あの」
肉の硬さに悪戦苦闘しながら躊躇いがちに女が声を掛けてきたので
「どうした、噛み切れないのか?」
と返すと女は小さく顔を横に揺らし
「ううん、そうじゃなくて……あ、肉ありがとう。ちょっと硬いけど美味しいです」
「そいつは良かった」
実はこの肉、ただの干し肉じゃあないのだ。
一族に伝わる秘伝!って言うと大げさだがその作り方は、婆ちゃんから母へ、母から俺へと受け継いだものだ。
美味しいと言われれば嬉しくなる。
「あの、私まだ殆ど何も言ってないんだけど」
と、消え入りそうな小さい声で女が言ってきた。
「んあ?……ああ、何をして欲しいのかは知らんがいいぞ」
最近の目標はこの肉に合う、旅する際持ち運び出来る飲み物を探す事だ。
いくら味に自信があってもこの肉だけじゃあつらい。
ただの水でもいいっちゃいいのだが、それじゃ味気ないしな。
持ち運びが出来て保存が出来て肉に合う飲み物。
酒しか思い浮かばないんだよなぁ……
首を持ち上げ、上を見ながらそんな事を考える。
「いえ、あの……」
まるで喉の奥に粘土でも詰ってるかのように言葉が出てこないようだ。
何が言いたいんだろうなぁ、と思うがどうせ当ても無い一人旅の途中。
ここで一晩明かすくらいのんびりしてても問題は無い。
そんな覚悟と言っていいかも分からない決意をしていると、女が急に声を大きくして言って来た。
「私、かなり怪しいと思うんですけど!術……について何も知らなかったり、森の中で行き倒れてたり!
細かい理由も素性も聞かないで、何でそんなあっさりOKしちゃうんですか!?」
ぜはー、ぜはー、と激しく呼吸しながらこちらを睨んできた。
「いや、お願いを聞くって言ってるのにそんな事言われても困るんだが」
冷静に切り返してみる。
少しは頭が冷えたのか、数歩後ろに下がって女は言う。
「そりゃお願いしたのは私だし、それをOKして貰えるんだから不満はありませんが……」
「だろ?」
女が何に対してそんなに怒っているのかがわからない。
お願いがあります!
OK!
これで万事解決だと思うのだが。
と、首を捻って考えていると女が諦めたような声音で
「いやまぁ、いいんですけどね。術の説明の時から貴方がどういう人間なのか予想できてましたし」
よくわからないが納得して貰えたなら何よりだ。
ま、それは兎も角だ。
「んじゃ、自己紹介といくか。俺はケイン」
「順序が可笑しい気もしますが、私は三船 桜です」
「ミフネサクラね、どっちが名だ?」
「ミフネが苗字、サクラが名前です。ケインさんは苗字が無いんですか?」
「いや、あるにはあるんだが俺の一族はちと特殊でな。それを教えるるのは機会があれば、だ」
などと言葉を交わしながら森の出口を顎で指し示し、歩き始める。
「とりあえず、街に向かおう。食料や水を補充したいし、道中でミフネのお願いって奴を聞くよ」
「はい、宜しくお願いします」
言いながら俺に向かってお辞儀をしてきた。
「ああ、俺に出来る事ならやってやらぁ」
安請け合いが過ぎるかも知れないが、今回ばっかりは仕方が無い。
そもそも最初にミフネを見た時に決めたのだ。
出会いに運命を感じたとか、一目惚れしちまった、とかそういう話じゃ無い。
俺は馬鹿だから難しい事は知らない。
たった一人、森の中。
膝を抱えて泣いてる女を助ける方法なんて俺にはわからねぇ。
だから、この女が泣かなくてよくなる様、俺に出来る事をする。
それだけの、シンプルな理由だ。
そんな事を考えながら、手にもった棍で進路上にある邪魔な枝を打ち払いながら森の外へと進むのだった。