第零夜 とある双子の始まり
とある高校の二年生――姫宮千夜は、少し変わり者な少年である――と言われている。クラスには問題なく馴染み、成績も優秀。強いて言うなら運動神経がお世辞にも良くないところを除けば、どこにでもいるようなごく普通の男子高校生であった。
それなのに、一体どこが変わり者なのか――それは、実は彼のクラスメイトにすら分からないことであった。けれどもクラスメイトたちは、皆口を揃えてこう言う。千夜は変わり者だ――と。
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「――起立、礼、着席」
学級委員の号令に合わせて、クラス全員がお辞儀し、着席した。もちろん、千夜もそうして席についた。
しかし千夜は、教科書やノート、筆記用具などといった勉強道具一式を机に広げておきながら、授業に集中しようとする様子を全く見せなかった。ただぼんやりと、グラウンドが見える窓の外を眺めていた。
そんな彼を注意する者など、当然のごとくいない。千夜は授業など聞かなくても、成績が優秀であるということは暗黙の了解だからだ。だからこそ、教師ですら何も言わないのだ。
担当教員の声が聴こえてくる。ただし、全く千夜の耳には入ってきてはいなかった。彼の思考は、窓の外にすら向かっていない。彼が考えているのは、この教室にはいない、彼の双子の弟のことであった。
千夜には双子の弟―― 一夜がいる。一夜は千夜とは正反対の性格の少年であった。襟足が少し長い薄い茶髪に、焦げ茶色の鋭い瞳。鼻筋の通った精悍な顔つきをした美形ではあるものの、常に周りに対して厚い壁を作る無愛想な少年なのであった。
そのためか、一夜とまともに言葉を交わせるのは、一部の教員と実の兄である千夜以外には存在しないといった有り様だった。これには流石の千夜も頭を抱えていたが、一方で、一夜はそのままでもいいとも考えていた。
―― 一夜には自分しかいない。
そういった一種の独占欲と自己陶酔が、千夜を常に満足させていたからである。
ところが最近、千夜にとっては思ってもいない事態が起こった。―― 一夜とクラスが分かれてしまったのである。高校一年までは、二人のクラスが分かれてたことはなかった。それなのに、二年生に進級して初めて、千夜は一夜と離れることになってしまったのだ。千夜にとってそれは、大事件と言っても過言ではなかった。
それなのに、驚き嘆く千夜に対して一夜が放った一言と言えば――
『大したことじゃないだろ』
という、ひどく素っ気ないものだった。
これには千夜も唖然とし、一時的に絶交状態にもなりかけた。だがすぐにそれが堪えられなくなった千夜は、すぐに一夜に仲直りを迫るという結果になった。
――結局、依存してるのは僕だけなんだ。
千夜は自嘲的に心の中で呟いた。
***
とある高校の二年生――姫宮一夜は、非常にクールな少年である。常に他者に対して厚い壁を築くその性格は、彼をクラスで浮いた存在にする原因となっていた。
しかし一夜本人は、そんなことは全く気にしていなかった。煩わしいことこの上ない人間関係など、無いに越したことはない――それが一夜の持論だからだ。
それでもそんな一夜の持論に異議を唱える人間は少なからず存在する。その筆頭が、彼の双子の兄――千夜であった。
千夜は一夜と全く正反対の性格だった。彼は愛嬌のある柔らかい笑顔の少年で、髪は黒色。一夜との共通点は、焦げ茶色の瞳だけであった。しかしその瞳も、一夜のように鋭くなく、常に飽くなき好奇心に輝いている。
そんな兄のことを、一夜はある意味で尊敬し、大事に思っている。両親を除けば唯一信頼できる兄だとも思っている。だが一方で、その千夜が、最近は疎ましく感じるようになってきていた。
そう感じるようになったのは、おそらくは、二年生に進級した際のクラス替えが原因だろう―― 一夜はそう考えていた。千夜は、自分たちが生まれて初めて分かれてしまうことを知った時、こう漏らしていた。
『僕たち、とうとう離れちゃうんだね』
――その言い方は、まるで今生の別れみたいじゃないか。
一夜は千夜のその言葉が気に入らなかった。ただクラスが分かれるだけで、なぜもう二度と会えないかのような反応をするんだ――それが一夜にとっては不満だったのである。
そこでふと、一夜は思った。自分は本当にあの頼りない兄を疎ましく思っているのだろうか、と。
「――何で俺を信用しないんだ」
たかがクラス替えごときで一喜一憂する兄を思い浮かべながら、一夜は苦々しげに青空を見上げた。
――この時の一夜は、これから自分たち兄弟に降りかかる災いのことなど、知る由もなかった。




