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 結局情ににほだされて、幾つか助言を与えてしまった。

 リサーチをきちんとすること。制作にこぎつけたら、きちんとした要望を出すこと。あまり欲目を出さないこと。何より作品のために協力を惜しまないこと。


 最低限これを守らねばやる価値無しとと説き伏せ、酒を持ち出し夜を徹して語り合い、またハゲ散らかし──光陰矢の如くに時は流れ、気づけば一年と少し。


 那津浦の町に、活気が戻っていた。

 駅前通りには『歓迎』の幟が立ち並び、あちこちで人だかりができている。

 それもそのはず、今や那津浦は聖地であった。


 先日放送が終了したTVアニメ『魔法漁師ブルーギルティ』。

 その主人公、三角(みすみ)ナミの住む町として設定されたのである。

 いわゆる『覇権』アニメとなった本作品のお陰で、那津浦の知名度は急上昇。僻地にもかかわらず観光客は激増した。


 明日はいよいよその集大成──メインの舞台である那津小島での記念イベントがある。

 港のフェリー乗り場には、それ目当ての客達で埋め尽くされつつあった。


 その様子に叔父やお偉方はおろか、町中誰もがが恵比寿顔。

 終日賑わう町の様子に、しかし剣吾だけは憂い顔のままだった。しかしそれも無理は無い。


 剣吾の予想通り、企画の立ち上げは難航した。そもそも街全体が冷め切った様子であった。

 過去二回の失敗で、住民たちはもう懲りていたのだ。余計なことはせず、ゆっくりと衰退したい──それが彼らの望みでった。


 そこに投入されたのが剣吾である。亮司のアドバイザーとして迎え入れられ、毎日あちこち駆けずり回った。 お偉方への企画の説明、関係各所への根回し、誘致活動の説明──アドバイスってレベルじゃない仕事量を押し付けられたが、家賃を請求されては文句は言えない。

 激務に苛まれ、剣吾の頭は日に日にハゲ衰えていく。その姿を哀れに思ったか、『もうハゲさせない』を合言葉に、大きなムーブメントを呼んだ──……。


 ……まあ、それはいい。この際目を瞑ろう。

 真に剣吾が憂鬱たらしめている物は、もっと別の事情、更に言えば一人の女のせいだった。


 街中で見かけるブルギルのポスター。アーケードに掲げられた田舎臭い垂れ幕。そしてイベントのパンフレット。……あらゆる場所に彼女の名前が記されている。


『三角南海役・主題歌担当:YUK@RI』


 彼女の名前を最初に目にしたその時、剣吾の頭は、コレまでで最大級の脱毛に襲われた。



 ◆



 YUK@RI──本名、新名 紫。

 群雄割拠の様相を見せるアイドル・声優業界に現れた、新進気鋭の新人声優。

 9月14日生まれ、21歳。和歌山県那津浦郡、那津浦町出身。

 身長164cm、B89 W58 H88、股下83cmのアニメキャラ顔負けのスタイルと、少年から美女までをこなす幅広い演技力、何より圧倒的な歌唱力。マルチな才能を持つ若手として脚光を集めている。


 何より特徴的なのは本人のキャラクターで、『仕事のためなら何でもする』と公言して憚らず、『仕事をやるから脱いでみろ』というブログへの煽りに反応、本当に手ブラのヌード姿をアップするという仰天事件を起こす。


 そんな珍事で脚光を浴び、以後も事あるごとに過激な言動を頻発。各方面から顰蹙を買うも、本人はどこ吹く風。

 逆境をむしろ楽しむように、多くの作品で出演・主題歌を担当し、高い実力を示す。

 類まれな美貌とスタイル、強気な言動で女性ファンを大量に獲得し、ついでにおっぱいで男性ファンも大量捕獲。


 現在はある程度『キャラ』として認知され、『ユカビッチ』の愛称と共に親しまれている。ファンは自らの事をM男・M嬢と呼び習わすのが習わしだ。

 更に付け加えることがあるとすれば、一つ。



 岩井健吾の、従姉妹である。



 ◆



 剣吾は頭を冷やすために、一人夜道を歩いていた。くしゃみを一つ。

 南洋とは言えまだ寒い。特に頭が──…肩を縮めて空をみやれば、鏡のような丸い月。


「……紫が、来てる」


 朧な月に呟くと、ようやく少し、現実味が沸いて来た。

 続いてやってきたのは一瞬の高揚と、またしても胸を刺すあの痛み。そして声。


 ──何でじゃ、剣吾。何でそんな事を言う。


 これまでにないほど、大きく胸が疼いた。本当にどこか傷ついて、そこから血が滴るような。そのくせ奇妙に甘く、堪え難いほどに痛い。


 会いたいと思わない日はなかった。しかし思い出すのもまた、辛かった。

 会うとしたら、いつか、もっと時がたってから──例えば彼女が結婚し、子を産んで、未練の余地がなくなる日が来たら……そんな遠い未来なら、少しは自分の意気地無さも変わっている気がして。


「…──早すぎるわ」


 父の事はとうに癒え、既に痛みは遠いものとなった。

 町の皆も、もう剣吾を穀潰しとは呼ばない。


 でも、この傷はだけは。6年たっても生乾きのままだ。


 ◆



 それはいつもの朝の光景だった。


「起きれ、剣吾。学校じゃ。飯ば食って支度せえ!」


 甲高い喚きと共に、微睡む剣吾の掛け布団がはがされた。


「寝癖も! なんじゃそのモサモサ! 洗ってない犬みたいじゃぞ!」

「んなほたえなや……朝からうっさいわ」


 そこでようやく身を起こしつつ、声の方に顔を向ける。

 剣吾の枕元、すっかり身支度を終えた紫が立っていた。


「うっさいとはなんじゃ! 棒振り以外じゃ、ほんにふわわりィ(みっともない)のう! お(とう)はああじゃが、ウチは甘やかさんからな!」


 自分の言った言葉で勝手に怒気を膨らませている。紫の悪い癖だ。

 もう少しすると雷が落ちぬ内に跳ね起きる。

 ついでにパンツが見えたと指摘すると、紫は無言で貫手を繰り出してきた。女だてらに妙にするどい。

 受けてはたまらぬと、剣吾は一直線に食卓へと向かった。



 ◆



 紫が、歌っている。


 通学路、剣吾の周りをくるくると蝶のように舞い遊びながら、気ままな音を紡いでいた。驚くほどに済んだ声に、剣吾は我知らず目を細める。

 そうかと思うと、突如音色が変じ、勇ましい調子になった。

 歌詞の内容も「ぶちかませ」だの『せちごたれ(ぶち殺せ)』だの、物騒極まりない語句が散りばめられている。

 それを朗らかに歌うものだから、奇妙なおかしみを覚えて、口元がついニヤついてしまう。

 紫はとどめに『いけいけ那津浦の隠し包丁』と歌い上げ、剣吾の正面に陣取った。


「……何じゃ、今の」

「応援歌じゃ。おんしゃが試合の時歌うんじゃ」

「いらんわ」

「なして?」


 紫はぷうっ、と頬を膨らませ、剣吾の目を見据える。上目遣い。妙にどきどきする。一体いつ、彼女の背を追い抜いたのだろう。


「恥ずいわ。もう大人でも勝てんのに、誰が俺の相手になるんじゃ」

「ふうん。大した自信じゃの?」


 逃した視線を、再度捉えられる。また胸が高鳴る。何ぞコレ、と首を捻るが正体は掴めず。代わりに、口癖だけを返す。


「俺は負けん。負けたら、それで終いじゃから」

「……ほうか」


 柔らかく笑んでそれだけを言うと、またくるくると舞いながら剣吾を先導し始めた。

 そのまま暫く歩んだが、もうすぐ他の生徒と合流する段になって、流石の紫も歌をとめる。黙念とした道行き。景色が灰色へと変じるようだった。

 剣吾は紫から、少しずつ遠ざかる。紫は気づいているが、何もいわない。言っても聞く耳持たぬからだ。


 この後剣吾は、いつも通りクラスで嫌がらせを受け、いつも通り白い目で見られる。いつも通り悪童に絡まれる。

 いつも通りだから、特に気にならない。


 ただ──紫が同じ目に遭わないか。それだけが心配だった。


 ◆


「こン、バカもん! やりすぎじゃ!」


 ごちん──大喝とともに手刀一閃。剣吾のもじゃつく頭をカチ割った。視界一杯、盛大に星が舞う。


 紫が、キレていた。腰まで伸びた黒髪をわななかせ、朝とは桁違いの迫力の仁王立ち。

 剣吾は紫の前に正座させられ、激しい叱責を受けていた。

 しかし彼の態度に、反省の色は見られない。それなりに言い分はあるのだ。


「しゃーかて……あいつら、紫を金持ちの雌豚言うとったじゃ」


 あいつらとは、年上の不良グループの事だ。

 豊かに実った乳房を笑い、少しばかり肉付きが良すぎる腰回りを笑う。その癖いやらしく視線は這いまわり、口元には下衆な笑いが張り付いていた。

 その内の誰かが言い出した──『ちと遊んじゃれ』。


「……じゃから、5人もせちごうたのか?」

「紫も、そう歌っとったろうが」


 ずびし──慈悲なきデコピンが剣吾の眉間を打ち抜いた。いかなる技を用いているのか、やたらと頭の芯に来る。思わず涙が滲んできた。


「ウチだって自分の喧嘩ぐらい自分でするわ! それに受験に響くじゃろうが!!」

「……紫の?」

「お前のじゃ、このあほう!」


 ごめす──再度容赦なき鉄槌が脳天を直撃。さしもの剣吾も頭を抱えてうずくまった。降参である。


「おんしゃは強いんじゃ! 雑魚なんか相手にすんな!」


 この調子で延々と説教は続き、ついに最長記録の1時間の苦行に耐えると、今度はしばき倒した5人の元へと謝罪行脚と相成った。

 彼らやその親に恨めしげな目で見られても、いびられても、紫は決して腐らず、黙って頭を下げ続けた──…元はといえば、あいつらが悪いのに。

 腑に落ちない物があったが、剣吾もそれに習う。どうにか落とし前をつけての帰り道、荒む剣吾を鎮めるように、静かな歌が紡がれた。

 それだけの事でささくれた気持ちが落ち着いていく。魔法のような響き。それを剣吾しか知らないという優越感。とどめとばかりに振り向いて、とびっきりのはにかんだ笑顔。



「怒ってくれて、ありがとうな」



 その一言で、どうでも良くなった。


 ◆


 何かと口喧しい紫を、剣吾は時折疎んじこそすれ、結局どうしても嫌えなかった。

 思えばもう長いつき合い、出会った当初こそよそよそしかったが、今や二人で一つと言っても良かった。


 側にいるのが当たり前。例えるなら空気のような。

 念じたところで消えはせず、むしろ無くてはならない存在で──…。



 これから何年経っても、紫はずっと側にいて、歌を紡いでくれる。

 剣吾は、この先も強くあろうと改めて誓った。己の剣は、強さは、彼女の為にあるのだとも。


 …──そう、思っていた。


 ◆


 ある日のこと。


 紫から大事な話があると聞き、健吾は妙に落ち着かない気分で居た。

 何をいまさら改まって語ることがあるのだろう。──頭を巡らせ、考えてみる。


「んふっ」


 我ながら気色悪い笑みが零れ、三白眼が不気味に垂れた。

 年頃の男女が居て、改まって呼び出される。やはりどう考えたって、それしか無い。……多分。

 確信ではないし、自信があるわけでもない。しかし妙な期待は膨らむばかりで、いくら落ち着こうと思っても上手く行かない。

 約束の時間が待ち遠しくて、稽古にさえ身が入らない。この気持はなんだろうと思いあぐね、これはいわゆる一つの恋ではないかとと核心に触れ、いやいやこれはやっぱり違うと否定した。

 だって、悔しいではないか。相手はあの紫だ。暴力と歌だけが取り柄のガサツな山出しだ。それに、己は剣士だ。色恋沙汰など縁がないはず。またその暇もない。


 もっとも、紫の方からその……望んでくるなら構わない。


 自惚れ丸出しで自宅に戻ると、そこには終わりが待ち構えていた。


 ◆



「今、なんて?」

「じゃから、ウチ東京の高校に行くって。……今の話聞いとった?」


 頭のなかが真っ白になった。こんなのは予想にない。ある訳もなかった。

 紫は常にそばに居て、ずっと一緒に暮らしていける。そんなおめでたい未来図しか描けなかったわけで。

 故に紫の告白は、あまりにも衝撃的だった。


「……どうして、急に」


 ようやくそれだけを言葉にする。彼女の目はまともに見られなかった。


「……『急に』って訳でもないんじゃ。ただな、ちょっとおんしゃには言い出しにくくて。ごめんな、驚かせてしもうて」


 剣吾の視界に紫のつむじが映る。謝られても困る。それでは何にもわからない。

 紫はつとめて普通を装っていたが、懸命に言葉を探っていた。らしからぬ迂遠な物言いに、少し腹が立つ。


「あのな、ウチやりたい事あって。それで、どうしても東京行きたいって、思ってて。お父も一応、許してくれたし……」


 紫は、しばらく黙りこんで。

 続く言葉を己の中で自身の夢をたっぷりと味わった後、なにか壊れやすいものを扱うように、そっと口を開く。


「ウチね、アイドルになりたいんじゃ」

「じゃから、三年。それだけでいいから、ウチを東京へ行かせて下さい」


 そう言って、再び頭を下げた。

 おそらくは、初めて人に話すであろう夢。恥ずかしくて堪らない、けれどもとても大切な想い──それを、剣吾は。


 バサリと刃のように切り捨てた。


「アホか。甘っちょろいわ」


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