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この物語を、25年来の友人、I君に捧げます。

 夜よりもなお暗く、目を凝らせど一寸先もあやうい、逢魔が時の森の中。

 岩井剣吾は地元のゆるキャラ『マグロイド』の衣装の中で、全身汗にまみれながら慎重に進路を探っていた。

 先ほどから自分の鼓動と鼻息がイヤにうるさい。視程のきかない今は、耳だけが頼りだというのに。


 那津子島(なつのこしま)──和歌山県沖、南東15kmほどに位置する、島面積1.6平方キロあまりの小さな島だ。

 小さな漁村が一つきりの寂れた島だったが、とある企業が目をつけ、島ごと整備した。

 宿泊施設に露天風呂、ショッピングモール。果ては映画館やコンサートホールまで種々様々。

 近海に出現した一大リゾートは評判となり、地元那津浦(なつうら)を大いに潤わせた──…今となっては遠い昔、バブルの頃の出来事だ。


 数年後のバブル崩壊、続く平成不況で状況は一変した。

 どう頑張っても客足の減少はとどまることを知らず、まず経営母体の企業が撤退。島の施設は県が買い取り、再生を図ったがやはりコレも立ちゆかず。

 新たに根付き始めていた住民も殆どが引き返し、残ったものは極僅か。再び元の一漁村に戻ったが、一度味わった栄光は、忘れ去るにはあまりに眩すぎた。


 そこからまた月日は流れ──…そして今日。

 起死回生の策が当たり、島は今度こそ華々しい復活を遂げるはずだった。



 ◆◆◆



 島中のいたる所で、『死』が生まれていた。

『それ』は島の生きとし生けるもの全てに襲いかかり、容赦なく貪欲に貪り尽くした。

 初めの方こそいたるところで断末魔が上がっていたが、徐々にその数は減っていき──…やがて静寂が島の主となった。

 あちらこちらで静かに火の手があがり、島を弔う篝火のように燃え盛る。

 すぐ側まで迫った死神の魔手を避けるうち、剣吾は気づけば道無き道を歩んでいた。



 ……それにしても難儀な島だ。公道を少し外れただけで、そこは鬱蒼と茂る原生林ばかり。

 林道らしき物もあるにはあるが、およそ手入れなどされていない。それどころか、かつてのバブルの残骸か、不法投棄されたゴミが所々で山をなしていた。

『見ないところに金をかけない』というのは分からないでもないが、どの道コレでは衰運は免れなかっただろう。

 元より他人の金で発展したのだ。夢など見ず、大人しくしておけばよかったものを。


 苛立ちの矛先を明後日に追いやるうち、冷静さが取り戻す事が出来た。

 記憶にある地図通りなら、そろそろ森を抜けられるはずだが──…果たして、前方より微かに風が吹いてきた。


(…──よし、もうちょいだ)


 喝采を喉奥にとどめ、剣吾は更に歩を進めた。

 このまま直進し、森を出たら右手へ折れれば海岸線。あとは海沿いをそって進んで行けば、那津浜港へと辿り着く。

 海に出るまで、手持ちの灯りは使わない。なるべく音も立ててはいけない。可能な限り息を潜めて、おっかなびっくり進んでいく。

 せいぜい行く手に、『奴ら』が群れていないことを祈りながら。


 とまれこうまれ、ここまでの道程もこれから先も、剣吾一人であったれば、今少し気楽なものであっただろう。


 対の手にあるぬくもり──細い手首。

 練り絹よりも尚なめらかな柔肌が、剣吾の分厚くがさついた掌の中に収まっている。

 この手の持ち主の存在が、状況をより難しくさせていた。

 この闇の中だ、手放したなら恐らく二度と掴めまい──それ故に、ついきつく握りしめてしまっていたのだが、どうにも彼女は気に食わなかったらしい。


「だから、痛いっつーの! 加減考えろ! つーかはなせデブ!」


 やにわに上がった無神経極まる叫びに、剣吾の身体が感電したように跳ね上がる──直後、下した判断は速かった。

 つかんだ腕をぐいと引き寄せ、無理矢理に身体を抱きしめる。喧しい口を塞いだまま、一直線に駆けだした。

 少し、いやかなり臭うだろうが、この際我慢してもらおう。何なら失神してくれても構わない。むしろそうして欲かった。

 しかし剣吾の内なる思いもどこ吹く風、ご機嫌の傾斜がほぼ垂直に達した女は、剣吾の左手にガブリと犬歯を突き立てた。


(このっ……!)


 泣くも喚くも大いに結構、ただし死地を抜けてから。

 何故その程度も分からない。どこかで大事なネジでも無くしたか。

 人が必死で助けようとしているのに、一体何様だ──沸き立つ怒りが吹き零れる直前、思い直す。


(ア、アイドル様、だったな)


 まあアイドルなら仕方ない──しかも売れっ子である。対してこちらはただのニートだ。

 本来なら触れるどころか、口を利くことさえおこがましいのだ。たとえ周囲に色濃く死が漂っていようとも、どこかに気位が残っていても無理は無い。


『やはり』と言うべきか、『まずい事に』と言うべきか──剣吾の背後、此方彼方に何者かの蠢く気配。

 それまで茫洋と漂うだけだった悪意殺意が、闇の中大きく膨れ上がる。しじまに慣れた両の耳が、地を這うような唸り声を聞く。

 気づかれた──それも相当の数に。


(い、い、言わんこっちゃねぇ)


 舌打ち一つ、とうとう女の体を俵のように担ぎあげる。抗議の悲鳴はまるっと無視だ。

 足音、吐息、腰に帯びた白木鞘の鍔鳴り、女が身につけた装飾品──さながら猫の首輪のごとく、様々な音色があたりに響く。

 構わない、今はとにかく速さがほしい。


 元来た道に差し掛かる所で、行く手に影が現れた。

 濃紺に染まりゆく夜空を背負い、闇を見晴かすようにして獲物を待ち構えている。その数、七つ。

 一人ひとりであれば対処は易いが、いかんせん数が多すぎる。


(コラぁ、ちときぶ(きびし)いわ)


 さりとて、おめおめやられる訳にも行かない。急いで林の中へと飛び込み、再び闇の中へと身を躍らせた。

 ただただ野性の勘働きに従って疾駆する。行く先々で何かが蠢く気配がする。折り返す。また阻まれる。何度目かの転身。木々にぶつかり打ち身が増える。

 徐々に方位は縮まっていく。必定、奥へと進むより術もなし。このままでは体力が持たない。というか、よくここまで持った……怖気が脳裏をかすめる。

 懸命に振り払う。せめて一息つきたい。だが どこで? 焦りと疲労に喘ぐ剣吾をよそに、女が『あっ』と何かに気づいた。


「なんぞ!?」

「あたしの泊まったホテル!! そこ行って!」


 言葉の意味を解すのに、半瞬──理解するなり問い直す。


「どこだ!?」

「すぐそこ! あっちの方にチラッと見えた!」


 肩越し、女が細腕を伸ばす方向に目を凝らす。

 木立に開いたわずかな隙間に、暮れゆく残照を切り取る四角い影。この状況でよく気がつくものだ。

 剣吾は女の意外な冷静さに舌を巻きながら、当然の疑問を返した。


「な、中にもあいつら居るんでねぇのか?」

「……居る、と、思う……。思うけど! いつまでも森にいても仕方ないっしょ!?」


 なるほど、道理である。

 ……そもそも女が喚かなければ済んだ訳だが、まあそれはそれとして。


「よ、よし。そこをキャンプ地とする! ……部屋ぁ何階だ!?」

「一番上! スイート!」


 よりにもよって最上階──泣き言を飲み下し、萎えかけた足を叱咤する。こうなったらヤケクソだ、とことんやってやろうじゃないか。


「し、舌噛むから口、つ、つまえとけ(とじておけ)


 言うが早いが、それまで以上に気力を振り絞る。正念場を迎え、ますます歩調は荒くなる。

 再びの強行軍に、肩上の女が甲高く喚いた。


「ちょっと! あたしこのまんま!? 下ろせって! 自分で走るっつーの!」


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