4-29:継がれた想い
関市の工房。
誰もいない静かな夜だった。
佐伯には今日だけは一人でやらせてほしいと頼んだ。
配信もつけていない。
作業台の上には、ひび割れた継刃と、あの日拾った紅色の玉が、そっと置かれていた。
「......始めるか」
小さく呟く。
声がいつもより掠れていた。
炉に火を入れる。
いつも通りの手順のはずなのに今日は一つ一つの動作がやけに重く感じられた。
継刃を炉の中へ。
ひびの入った刀身が赤く色を変えていく。
その光を見つめながら二ヶ月の記憶が自然と蘇ってきた。
初めて出会った日。
桜の花びらが舞う広間で興味深そうに刀を覗き込んできた、あの人。
毒舌を吐きながらも稽古をつけてくれた日々。
美味そうに酒を飲む姿。
悔しがる自分を見て満足そうに笑う目。
「......また、投げ飛ばされたかったな」
独り言が静かな工房に溶けていく。
槌を取る。
振り下ろす。
カン。
乾いた音が響く。
継刃と、あの形見の玉を、共に鍛え合わせていく。
玉を直接刀身に融かし込む作業。
これまでのどの鍛冶よりも慎重な手つきが求められた。
(あなたの一部を、また刀の中に)
悲しいはずなのになぜかそれだけが救いのように感じられた。
彼女が完全に消えてしまったわけじゃない。
この手で、また共に歩んでいける。
そう信じたかった。
何度も折り返す。
何度も打つ。
汗が頬を伝う。
涙なのか汗なのか自分でも分からなくなっていた。
「差刃土置き」
いつもの手順を一人で丁寧にこなす。
誰かに教わりながらでも見守られながらでもない。
完全に一人での作業。
それでも寂しくはなかった。
彼女がずっと隣で見ていてくれるような、そんな気がしていた。
炉の中、刀身が均一な赤色になる。
「今だ」
水桶に沈める。
じゅわっと蒸気が立ち上る。
水から上げる。
刀身が静かに横たわる。
しばらくそのまま見つめていた。
刃文の中に、これまでとは明らかに違う赤と淡い桜色が複雑に混じり合って揺れていた。
「......綺麗だ」
声が震える。
これが最後の一振り。
夜桜との全ての記憶が詰まった一振り。
その時だった。
刀身が突然淡く発光した。
「......え」
驚いて後ずさる。
光は次第に強くなっていく。
まるで刀身の中から何かが目覚めようとしているかのように。
「な、なんだ......」
光が頂点に達した次の瞬間。
工房の中に、うっすらと人の形をした光の輪郭が浮かび上がった。
「......う、ん......」
聞き覚えのある声。
「まさか......」
光が収まっていく。
そこに立っていたのは。
「夜桜、さん......?」
半透明の、しかし確かに見覚えのある姿。
着物姿。
艶やかな黒髪。
そして、あの飄々とした佇まい。
「......ん、ここは」
夜桜が周囲をきょろきょろと見渡す。
その目が、やがて、こちらを捉えた。
「......錬司?」
「夜桜さん、本当に、夜桜さんなんですか......!」
思わず駆け寄る。
だが触れようとした手は彼女の体をすり抜けた。
「......あ」
「わらわは、その、刀の中に、おるようじゃな」
夜桜は自分の体を不思議そうに見下ろした。
「消えたはずじゃ、なかったんですか」
「わらわも正直よう分からん」
夜桜は苦笑した。
「じゃが、こうして、また意識が戻ったのは事実みたいじゃの」
「じゃあ、また」
「うむ。しばらくは、お主と共におれそうじゃ」
その言葉に涙が堪えきれず溢れ出した。
「よかった......本当に、よかった」
「そう泣くな」
夜桜は困ったような気恥ずかしそうな顔で目を細めた。
だが、その表情に次第にニヤニヤとした、夜桜がイタズラを思いついたときの色が混ざり始めた。
「......それにしても、じゃな」
「はい」
「あの時のこと、覚えて、おるぞ」
「え」
「初恋、じゃったか」
夜桜の頬がほんの少し赤らんだ。
「......あ」
一気に顔が熱くなる。
「い、いや、あれは、その」
「あれだけはっきりと言うておいて、今更誤魔化すつもりか」
「ち、違くて、そうじゃなくて」
あの、しんみりとした別れの場面。
あの空気の中で伝えた想い。
それを、まさか、こんな形で蒸し返されるとは。
「わらわとしても、あの時は精一杯、真面目な別れの言葉のつもりじゃったのにな」
夜桜が悪戯っぽく笑う。
「こうして、また顔を合わせるとなると、なんとも、こそばゆいものじゃ」
「そ、それは俺のセリフです......!」
顔から火が出そうだった。
だがその恥ずかしさの奥に抑えきれない嬉しさが確かにあった。
「もう笑うしかないですね」
「うむ、わらわもじゃ」
二人しばらく見つめ合った後。
どちらからともなく笑いがこぼれ出した。
最初は小さく。
やがて腹の底から堪えきれないほど大きく。
「はは、あはは......!」
「くく、これは傑作じゃ......!」
涙と笑い声が混ざり合う。
悲しみだけだったはずの、この夜が、いつの間にか、こんなにも温かいもので満たされていた。
工房の窓の外、朝の光が静かに差し込み始めていた。
新しい一振りと、そして思いがけない再会と共に。
次なる物語の幕が静かに開こうとしていた。
これで第四章完結です。
間章に関してなんですが、第五章の内容を匂わせたいと考えておりまして、書き直すか悩んでおります。
なので一旦、休載します。
少しばかり旅行なども立て込んでいて、どれくらい休載するかわかりませんが、気長に待ってくださると幸いです。




