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「鑑定しかできない無能」と追放された俺、実は壊れた才能を直せる唯一の神職でした〜捨てられ聖女と辺境村を修理していたら、勇者より先に国を救ってしまった〜  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第214話 閲覧不可の理由

 D.V.閲覧不可。


 その小印は、たった六文字ほどの重さではなかった。


 王都金属資料は、まだ開けていない。


 補助印も見ていない。


 反応面も露出していない。


 それでも、箱の外側に押された小さな印だけで、広間の空気は一晩中重かった。


 D.V.へ渡すな。

 読ませるな。

 D.V.閲覧不可。


 似た言葉が、何度も出てくる。


 そのたびに、ダリオさんは少しずつ黙る。


 怒るより先に、何かを飲み込む。


 怒りなら紙に書ける。

 痛みも、まあ、どうにか書ける。

 だが、飲み込んだものは厄介だ。


 言葉にならないまま、人の判断の奥へ沈む。


 朝の中央井戸で、副記録係が読み上げた。


「朝。中央井戸、水温正常。水面揺れなし。濁りなし。匂いなし。王都金属資料封緘番号照合後、継続異常なし。D.V.閲覧不可小印確認後、継続異常なし」


 ニコルが頷く。


「よいです」


 トマは、今日は最初からダリオさんを見ていた。


 隠す気がない。


 ダリオさんが井戸の水面を見たまま言う。


「見すぎだ」


「今日は見ます」


「開き直るな」


「閲覧不可の理由の日なので。ダリオさんの顔も、閲覧……いや、これは言い方が悪いですね」


 ニコルがすぐ筆を構えた。


「今の、危険表記候補です」


 トマが慌てる。


「書かないでください。“人の顔を閲覧する”は駄目です。自分で却下します」


 ダリオさんが少しだけ口元を緩めた。


「珍しく自分で止まったな」


「成長です」


「昨日から言葉に殴られ続けているからな」


 セリアが薬草茶を差し出しながら言った。


「人を見ることと、資料を見ることを同じ言葉にすると、扱いが荒くなります」


 トマは素直に頷いた。


「はい。今のは駄目でした」


 ミラが記録する。


『人を見ることと資料を見ることを同じ言葉にしない』


 ハンナが小さく言う。


「今日、最初から難しいです」


 ダリオさんは薬草茶を受け取り、少しだけ湯気を見た。


「難しくていい。簡単な理由にされる方が困る」


 井戸番が通信越しに言った。


『見せない理由なんて、だいたい一つじゃねえからな』


 村長が静かに頷く。


「そうじゃ。守るため。隠すため。奪うため。待たせるため。どれも同じ蓋に見える」


 ニコルが記録する。


『同じ蓋でも、理由は一つとは限らない』


 広間へ戻ると、机の中央に大紙が置かれていた。


 見出しは、ニコルの字でこう書かれている。


『D.V.閲覧不可・理由整理』


 その下に、最初の注意書き。


『閲覧不可と抹消を分ける。閲覧不可と保護を分ける。閲覧不可と隠蔽を分ける。閲覧不可と利用防止を分ける。閲覧不可と戻し線遮断防止を分ける。』


 トマがそれを見て、腕を組んだ。


「分けるもの、多いですね」


 ダリオさんが豆を噛む。


「多い方がいい。少ないと、怒りが入りやすい」


「怒りはありますか」


「ある」


 即答だった。


 トマは少し詰まった。


 ダリオさんは続ける。


「俺に見せなかった理由を、保護だったかもしれない、と言われると腹が立つ。隠蔽だったと断定しても腹が立つ。どちらでも腹が立つ。つまり、俺は今、理由に関してまともではない」


 広間が静かになる。


 ニコルが筆を止めた。


「記録してもよいですか」


「書け」


 ニコルは書いた。


『ダリオ、D.V.閲覧不可理由に関して怒りあり。保護説でも隠蔽説でも腹が立つ。本人、理由判断に偏り可能性を認識』


 トマが小声で言う。


「自分でそこまで言えるの、やっぱりすごいです」


 ダリオさんは嫌そうに顔をしかめた。


「すごくはない。自分で言わないと、紙に言われる」


 村長が頷く。


「言えるうちに言う。それも停止条件を避ける手じゃ」


 午前の通信には、王都保存官、外部監査部、再審査室が入った。


 防衛局は参加しているが、今日も発言権を絞られているらしい。


 外部監査部が最初に言った。


『本日は、王都金属資料の追加確認は行いません。D.V.閲覧不可小印について、既存資料との照合のみを行います。新規開封、黒塗り判読、補助印確認は行いません』


 ニコルが復唱する。


「新規開封なし。黒塗り判読なし。補助印確認なし。既存資料との照合のみ」


 ダリオさんが頷く。


「それならいい」


 保存官が続ける。


『照合対象は三つです。一、カリム資料別紙“D.V.処遇に関する付記”。二、黒革表紙冊子内側赤字“読ませるな”。三、王都金属資料管理札裏面“D.V.閲覧不可”。以上の表記差を整理します』


 トマが息を吸った。


「全部、似てるけど違う……」


 ニコルが書く。


『D.V.へ渡すな/読ませるな/D.V.閲覧不可。似ているが同一ではない』


 ダリオさんが言う。


「渡すな、読ませるな、閲覧不可。言葉の主体が違う」


 セリアが首を傾げる。


「主体?」


「渡すな、は持ち主や管理者への命令だ。読ませるな、は読む行為を止める言葉。閲覧不可、は分類や制度の印だ。似ているが、動かす相手が違う」


 ニコルの筆が走る。


『渡すな=管理者への命令。読ませるな=読ませる行為の禁止。閲覧不可=制度上の分類印』


 トマが感心したように言う。


「なるほど……閲覧不可って、なんか冷たいですね」


 ダリオさんが低く答える。


「制度の言葉だからな。人に言っていない。棚に言っている」


 セリアが静かに言った。


「でも、その棚の言葉で人が遠ざけられる」


 ニコルが赤字で書く。


『棚の言葉で人が遠ざけられる』


 保存官が一つ目の照合を読む。


『カリム資料別紙。“D.V.は戻し線を止める。止めれば工房は割れる。ゆえに遠ざける”。この文脈では、D.V.を資料または現場から遠ざける理由として、工房内対立の表面化、火、すなわち対立激化候補が示唆されます』


 ニコルが書く。


『別紙文脈:D.V.は戻し線を止める。止めれば工房は割れる。ゆえに遠ざける。理由候補、工房内対立激化』


 トマが顔をしかめる。


「やっぱり、工房の都合に見えますね」


 ダリオさんは否定しなかった。


「見える。だが、それだけかはまだ分からん」


 保存官が二つ目を読む。


『黒革表紙冊子内側赤字“読ませるな”。本文を塗り潰しておらず、削除線もなし。閲覧制限、内容隠蔽、危険図面流出防止、ダリオ見解抹消、保護措置など複数候補。赤字筆跡は、カリム系赤字注記候補。ただし確定不可』


 ニコルが復唱しながら書く。


『読ませるな:削除ではない。閲覧制限、内容隠蔽、危険図面流出防止、ダリオ見解抹消、保護措置候補』


 トマがむっとした顔をする。


「候補が多い」


 ダリオさんが言う。


「多い方が正しい。少ない方が気持ちいい」


「気持ちいい方が危ない」


「そうだ」


 セリアが三つ目を待つ間、手元の茶碗を見ていた。


 保存官が続ける。


『三つ目、王都金属資料管理札裏面“D.V.閲覧不可”。これは個人宛の文章ではなく、管理分類印です。理由は本文に記されていません。ただし、該当資料の分類候補が“戻り癖封じ”である場合、D.V.に見せない理由は、資料利用防止、戻し線遮断防止、資料保護、閲覧者保護、または工房側都合のいずれか、もしくは複合と考えられます』


 ニコルが書く。


『D.V.閲覧不可:管理分類印。理由本文なし。理由候補、資料利用防止、戻し線遮断防止、資料保護、閲覧者保護、工房側都合、複合』


 防衛局がそこで、少し遠慮がちに言った。


『D.V.が当該資料を閲覧した場合、戻し線を断つ、あるいは封じを破る可能性があった、という理解でよいですか』


 広間の空気が硬くなる。


 トマがすぐ反応した。


「それ、ダリオさんが危ない人みたいに聞こえます」


 ニコルが小声で言う。


「一呼吸」


 トマは息を吸った。


 吐いた。


「……すみません。でも、そう聞こえました」


 ダリオさんは、意外にも防衛局側を責めなかった。


「いや、問いとしては悪くない。俺が見れば、封じを破った可能性はある」


 トマがダリオさんを見る。


「認めるんですか」


「認める。俺なら見た。使えそうなら試した。戻し線を断つためなら、封じを破ったかもしれない」


 ニコルの筆が止まる。


 セリアの表情も変わる。


 ダリオさんの声は低い。


 豆は、手の中で止まっている。


 トマが静かに言った。


「豆、止まってます」


「分かっている」


「ダリオさん、今、自分を危ない側に置いてませんか」


 その言葉で、ダリオさんがトマを見る。


 トマは逃げなかった。


「俺、技術は分からないです。でも今の言い方、“俺なら破った”って、ちょっと……なんか、危ないです」


 ニコルがゆっくり言う。


「本人判断停止条件に該当する可能性があります。証明欲、自己罰欲、過去判断への過剰接続」


 ダリオさんの眉がわずかに動いた。


 村長が杖を鳴らす。


「停止」


 即断だった。


 通信の向こうも黙る。


 ダリオさんは口を開きかけた。


 だが、止まった。


 自分で決めた紙がある。


 本人異議ありでも停止可能。


 停止は処罰ではない。


 ダリオさんは、手の中の豆を見た。


 しばらく見て、それを椀に戻した。


「……停止を受ける」


 ニコルが記録する。


『ダリオ、“俺なら封じを破った”発言。本人判断停止条件発動。村長停止。本人、停止を受ける』


 トマが、ほっと息を吐いた。


 セリアが薬草茶を差し出す。


「飲めますか」


 ダリオさんは茶碗を受け取り、少し笑った。


「飲む。今日は豆より茶だな」


「はい」


 防衛局が恐る恐る言った。


『協議を中止しますか』


 村長が答える。


「閲覧不可理由の新規推測は中止。既存整理のみ続ける。ダリオは発言せぬ」


 ダリオさんが口を開こうとする。


 村長が見る。


「発言せぬ」


 ダリオさんは茶を飲んだ。


 トマが小声で言う。


「ダリオさん、茶で返事した」


 ニコルが書きかける。


 ダリオさんが低く言う。


「それは書くな」


 ニコルは少し悩み、書かなかった。


 代わりに、こう書いた。


『本人、沈黙維持』


 ダリオさんは渋い顔をしたが、何も言わなかった。


 その後、ニコルが中心となって理由候補を整理した。


『D.V.閲覧不可理由候補 第一整理』


 一、閲覧者保護。

 D.V.が資料を見れば危険な行動に出る、または工房内対立に巻き込まれるため遠ざけた可能性。


 二、資料利用防止。

 D.V.が資料内容を利用し、封じまたは戻し線を操作する恐れがあるため閲覧不可とした可能性。


 三、戻し線遮断防止。

 D.V.が戻し線を止めることを工房側が恐れ、資料を見せなかった可能性。


 四、資料保護。

 危険資料の流出、破損、誤用を避けるため、個別閲覧制限を設けた可能性。


 五、工房側都合。

 戻し線推進派、黒薔薇工房内対立、証拠隠し、責任回避のためD.V.を遠ざけた可能性。


 六、複合目的。

 上記が混在している可能性。


 七、未確定。

 現時点で断定不可。D.V.閲覧不可を抹消、保護、隠蔽、裏切りのいずれか一つに固定しない。


 トマが紙を見て、腕を組んだ。


「これ、どれが一番ありそうなんですか」


 ニコルは答えた。


「今は順位をつけません」


「順位も駄目?」


「順位をつけると、気持ちがそこへ寄ります」


 セリアが頷いた。


「薬草の原因候補でも、最初に“これが一番怪しい”と言うと、他を見なくなります」


 ハンナが言う。


「セリアさんは昔、それで虫を見落としました」


 セリアが少しだけ顔を赤くした。


「……見落としました」


 ミラが記録板を持ち上げる。


「記録しますか」


「もう昔の記録にあります」


「あります」


 トマが笑った。


「薬草班、失敗の保存がしっかりしてる」


 セリアは少し恥ずかしそうに言った。


「失敗して覚えた手の止め方もありますから」


 ダリオさんは黙っていた。


 けれど、その言葉には少しだけ反応した。


 茶碗を持つ手が、ほんの少し緩む。


 午後の後半、中枢室へ整理結果を仮登録した。


 ダリオさんは発言停止のまま、少し後ろの椅子に座っている。


 豆の椀はある。


 だが、手を伸ばしていない。


 トマは一度それを見たが、何も言わなかった。


 今日は、言わない方がいい時もある。


 俺は登録文を読み上げる。


『D.V.閲覧不可理由、現時点未確定。

渡すな、読ませるな、閲覧不可の表記差を整理。

閲覧者保護、資料利用防止、戻し線遮断防止、資料保護、工房側都合、複合目的候補。

“封じ”候補資料であっても安全とは断定しない。

ダリオ本人の“俺なら封じを破った”発言により本人判断停止条件発動。以後、本人発言停止。』


 中枢室の光が、ゆっくり揺れた。


 そして表示が出る。


《D.V.閲覧不可理由:未確定》

《表記差:整理》

《閲覧者保護:候補》

《資料利用防止:候補》

《戻し線遮断防止:候補》

《工房側都合:候補》

《複合目的:高》

《ダリオ本人判断停止:有効》

《封じを破る能力:検出》

《注意:封じを破る能力は、分離手順に有用の可能性》


 最後の二行で、広間が凍った。


 封じを破る能力。


 分離手順に有用の可能性。


 トマが目を見開く。


「……有用?」


 ニコルの筆も止まる。


 セリアが息を呑む。


 ダリオさんは、何も言わない。


 発言停止中だからだ。


 ただ、椅子の肘掛けを握る手に力が入った。


 村長がすぐ言った。


「今日は、ここまでじゃ」


 防衛局が通信の向こうで何か言いかけた。


 外部監査部が即座に遮る。


『本日の協議は終了。中枢室表示の追加解釈は禁止。次回、リベル村手順に従う』


 通信は切られた。


 広間には、誰のものともつかない息が残った。


 トマが小さく言う。


「破る力が、有用……」


 ニコルがゆっくり首を横に振る。


「今日は解釈しません」


「はい」


 セリアが、ダリオさんの前にもう一杯薬草茶を置いた。


「今日は、飲む日です」


 ダリオさんは、少しだけ笑った。


 発言停止中だから、何も言わない。


 ただ、茶碗を持ち上げた。


 それで十分だった。


 夜、俺は個人記録を書いた。


『D.V.閲覧不可理由を整理。

既存表記差:

“D.V.へ渡すな”=管理者への命令。

“読ませるな”=読ませる行為の禁止。

“D.V.閲覧不可”=制度上の管理分類印。

理由候補:閲覧者保護、資料利用防止、戻し線遮断防止、資料保護、工房側都合、複合目的。現時点で順位づけなし。

防衛局質問:D.V.が閲覧した場合、戻し線を断つ、あるいは封じを破る可能性があったのか。

ダリオ発言:“俺なら見た。使えそうなら試した。戻し線を断つためなら、封じを破ったかもしれない”。

トマ報告、ニコル判断により本人判断停止条件発動。村長停止。ダリオ本人、停止を受ける。以後、閲覧不可理由の新規推測は中止。

中枢室表示:D.V.閲覧不可理由未確定。複合目的高。ダリオ本人判断停止有効。封じを破る能力検出。注意、封じを破る能力は分離手順に有用の可能性。

本日は追加解釈禁止。次回へ持ち越し』


 最後に書く。


『閲覧不可の理由。

今日は、答えを出す日ではなかった。

渡すな。

読ませるな。

閲覧不可。

似ているようで、違う。

管理者へ命じる言葉。

読ませる行為を止める言葉。

制度の棚に押された冷たい印。

どれも、ダリオさんを遠ざけた。

でも、理由は一つではない。

守るためか。

使わせないためか。

戻し線を断たせないためか。

資料を守るためか。

工房の都合か。

証拠隠しか。

複合目的か。

まだ分からない。

そして今日、ダリオさんは自分で言った。

俺なら見た。

使えそうなら試した。

戻し線を断つためなら、封じを破ったかもしれない。

その瞬間、本人判断停止が働いた。

止まれた。

止められた。

それは良かった。

でも、中枢室は最後にもっと厄介な表示を出した。

封じを破る能力、検出。

分離手順に有用の可能性。

危ない力が、役に立つかもしれない。

役に立つからこそ、使いたくなる。

使いたくなるからこそ、止めなければならない。

今日は解釈しなかった。

防衛局にもさせなかった。

ダリオさんも発言しなかった。

セリアは薬草茶を置いた。

ダリオさんは黙って飲んだ。

言葉にしない停止もあるのだと思った。

明日は、この“破る力”をどう扱うかを決める。

使うのか。

使わないのか。

使わないまま、どう手順に置くのか。

命令核へ近づくほど、力のあるものを使わない勇気が必要になる。』


 地上では、水車が回っている。


 D.V.閲覧不可の理由は、まだ閉じられている。


 だが、その理由の隙間から、ダリオさん自身の危うい力が見えた。


 封じを破る能力。


 それが救いになるのか、破滅になるのか。


 次に決めるのは、たぶん、その力を使わない方法だ。




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