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出立の準備

 部屋に戻ったリオナはまず手紙を書いた。ルリバーラと伯父宛だ。直ぐに会いたい旨を書き記すと家令に出しておくように伝えた。

 家令は話を聞いたのだろう。悲しそうに訴えるようにリオナを見た。

「お嬢様・・・・・・」

「これで良かったのよ。大丈夫。これからはお父様がちゃんと仕事をしてくれるわ」

「でも、新しい援助先だなんて心配で」

 家令はアクリオン公爵家が様々な援助をしていたのを知っているから不安なのだろう。お金を出すだけが援助ではない。

「そうね。でもお父様たちに任せるしかないのよ」

「お嬢様。私は納得がいきません!アクリオン公爵家にはずっと助けてもらっていたんです。それをこんな形で裏切るなんて」

「万が一のことがあれば、あの口座のお金を使うのよ。絶対に存在を知られないようにしてね。今ある分があれば何とななるはずだから」

「・・・・・わかりました。お嬢様が工面して蓄えてくれたお金ですから、しっかりお預かりいたします」

「頼んだわよ」

 リオナの言葉に家令が頷く。実は父親に知らせずに作った口座がある。存在を知っているのはリオナと家令だけ。いずれはどんな形であろうとリオナはこの邸からいなくなる。その後のことを心配して作った口座だ。

 少しずつ収益から工面して溜めたお金で、もし経営が上手くいかなくなった時に使用人たちが路頭に迷わないよう、しばらくは生活できるようにと退職金として溜めていたのだ。

 家令が他の邸で働けるように紹介状を書き退職金を渡す。万が一の対策だ。それを使うことがないのが一番良いのだが。

 メイドに荷物を送る為の木箱を持ってきてもらった。先に送っておくほうが良いだろうと思ったのだ。出立する時は最低限の荷物で良い。

 まず箱の中に裁縫箱を入れた。この裁縫箱は母が使っていたのものだ。美しい装飾のされた裁縫箱にはたくさんの刺繍糸が入っている。そして次は本。それからその上にはリオナが刺繍をした色々なもの。次の箱に服を入れている時だった。ノックもなく扉が開きローラが入って来た。

「たくさんの物を持ちだしたらダメだってお父様に言われたでしょ?だから処分を手伝ってあげる」

 そう言ってローラはまず一つ目の箱を開けた。

「その箱には私が縫った刺繍のものばかりよ」

「ふーん。そうみたい。つまらないの」

 そう言って次はクローゼットルームに入って行く。

「ねえ。これとかいらないわよね?私がもらってあげる」

 ローラは次々ワンピースやドレスを出している。全て伯父からもらったものだ。リオナが自分で買った服より伯父からもらった服の方が品が良いのをわかっているのだろう。

「好きにしたらいいわ」

「なんなの?平気ぶっちゃって。ホント辛気臭い顔ね。その顔を見なくて済むと思ったらせいせいするわ」

 その後も宝石箱から目ぼしいものを漁っている。リオナは好きにさせた。こうなることはわかっていた。だから真っ先に母の裁縫箱は本や刺繍に隠すように入れたのだ。裁縫箱は今でも高値で売れる品で、色々な宝石が縫い付けられており見るだけでも価値のあるものだ。ずっと隠し持っていたのだ。

 見つからないようにリオナは別に自分用の裁縫箱を持っていて、それは普通の木でできたものだ。それなら持って行かれたとしても問題はない。母が亡くなった時に寂しくて裁縫箱を自分の部屋に持って行ったのが幸いした。この裁縫箱の存在は父も知らないだろう。

「これももらっていくわね。あとそうね。これも」

 そう言ってローラはペンまで侍女に持たせた。そのペンも伯父からもらったものだ。職人が作った一点物で、素晴らしく文字が書きやすい。

「また見に来るから。最低限のものしか持ち出さないでよ!」

 去って行くローラの背を見ながらそっと溜息をついた。とりあえず裁縫箱は守れた。ペンを取られたのは痛かったが。先程手紙を書いた時に出しっぱなしにしたのが悪かった。直ぐに隠せば良かった。折角伯父が15歳の誕生日にくれたものなのに。

 リオナの誕生日を祝ってくれるのは伯父一家と友人だけ。ローラの誕生日は大々的に邸で行われるのだが、リオナの誕生日は母が亡くなってから祝ってもらったことはない。領地にいる祖母から祝いの品は届くが、それもローラに取られてしまうのだ。

 そもそもローラは祖母に会ったことなどない。領地にも行かないし、父は祖母を王都の邸に呼ぶこともない。リオナは視察も兼ねて一年に一度は最低でも行くようにしていたが、それももうできないだろう。祖母にも手紙を書きたいがペンがない。どこかで買って来るしかないことに俯き涙を堪えた。

 泣いたってしょうがない。今までも我慢してきたのだからこれからもできる。リオナは残った荷物を箱に詰め続けた。まだローラに見つかっていないものを隠しながら。

 義母もローラもリオナの部屋に勝手に入って欲しいものを持って行く。家族なのだから良いだろうとそんな時だけ言って。

 ローラに残されるのはローラが買った物と伯父がくれたものが僅かだけ。あとは友人たちからもらったもの。義母たちが来た時に家令に言われたのだ。大切な物は隠すようにと。部屋を移動させらた時に荷物を運んだのはリオナを慕ってくれていた使用人たちで、義母たちに見えないように荷物を移動させてくれた。おかげで守れたものもある。

 実は祖父の部屋には隠し金庫がある。部屋に入っただけでは絶対に気付くことはない。リオナは祖父から聞いていたから知っていたが、父はその存在を知らないようだ。だからリオナにこの部屋を与えたのだろう。

 裁縫箱は隠し金庫には入らない為部屋の棚の中の布の奥に隠しておいた。たくさんの布を漁ってもそう簡単には分からないし、それより魅力的な物がクローゼットルームにはある。

 リオナは隠し金庫から出した母からもらったものを丁寧に布で巻いて箱に詰めていく。古いワンピースやルリバーラたちにもらった物に紛れさせて。

 それらは主に宝飾品で、母が使っていたものをリオナが誕生日を迎える度にくれたのだ。もちろん他の物と一緒に。これらが義母たちに見つからなかったことが救いだ。

 リオナが持っている物以外、母の物は全てもう邸にはない。伯父の邸に行けば残されているが、それらの管理は伯父に任せてある。リオナの手元に来れば取られる可能性が高いから。

 残り2週間。最低限な物で生活をする。ドレスは最近伯父にもらった3着だけを箱に詰めた。さっきローラに持って行かれた分以外も置いて行くのだ。秘書になるのだから舞踏会に出ることもない。ルリバーラの結婚式に着るドレスは伯父の家に運んでもらう手配をしなくてはならない。

 仕事用のワンピースが必要だなとリオナは手配の術を思い浮かべる。今買うことはできるが持って行かれ兼ねないことを含めて考えると上策ではない。

「グランバール領って確か絹の産地だったはず。なら現地調達するのが良いかしら。お金は足りるはずだし、グランバール領の銀行で下ろせばいいわ」

 誰ともなくリオナは呟いた。これからは自分の稼ぎで生活をする。

「ちょっと楽しみかも」

 リオナは笑みを浮かべるとこれが最後と箱に花瓶を詰めた。この花瓶は元々この部屋にあったもので、祖父の形見と言っても良いだろう。祖母はいつもこの花瓶に綺麗に花を活けていた。庭に咲く季節の花を切って活けるのだが、侍女長よりも上手かった。母が祖母に教えてもらいながら花を活ける練習をしていたのを思い出す。祖母に会いたい。でも領地は王都から離れいてて、祖母に会いに行っていたら伯父たちに会う日がなくなってしまうので我慢した。

 この2週間ですることも多い。秘書になるからにはグランバール領について知っておいた方が良い。今ある知識は僅かなのだ。

「おばあ様ごめんなさい」

 リオナは花瓶に向かって呟いた。いつか落ち着いたら会いに行こう。リオナは心に誓うとベッドカバーをたたんで箱に入れた。そして近くにいたメイドに送る手配を頼んでいるゆらゆらとした足取りの義母がやってきた。昼間から祝杯を上げていたのかもしれない。

「ちょっと部屋の中を確認させてちょうだい」

 了承もしていないのにずかずかと義母が入って来る。そしてクローゼットルーム、棚の中などを確認していく。

「この避けてあるドレスは持って行かないのね?」

「はい。秘書になるということは使用人になりますから着ることはありませんので」

「そう。良い心がけだわ。棚の中もほとんど物が入っていないわね。送るのその3箱だけ?」

「はい。ほとんどを先程ローラに渡しました。私には必要ありませんから」

「一々嫌味な言い方をして!そんなだからお父様が結婚相手を探すのに悩まれていたのよ!苦労されたらしいわ!こんな娘を持って可哀想ねぇ」

 よよと扇で顔を隠しているが見え透いた嘘を言うものだ。リオナに来ていた縁談を尽く潰したのは義母なのに。

「後は移動中に着る服を鞄に入れたら終わりです。鞄が使い古したものなので買おうかと思っていますが」

「だったら私の旅行鞄をあげるわ。私が新しいのを買うから」

 余計なことを言ってしまったとリオナは悔いた。

「いえ、私のお金で買うので結構です」

「可愛くないわね!私があげたのを持って行かなかったら家令を解雇するわよ!」

 また始まったとリオナは心の中で溜息を吐く。何かあれば使用人を解雇すると言う。家令がいなくなれば困るのは自分たちなのにそれがわからないのかと義母を見つめた。

「何よ。その目。あの女にそっくりだわ!虫唾が走るのよ!今持って来させるからとにかくそれを持って行きなさい!」

 そうしてリオナの部屋に運ばれて来た旅行鞄はリオナのものより古かった。いつの時代のかと思ってしまうほどに。しかしこれを使うしかない。家令を解雇できなくても他の使用人を選べばいいのだ。まだ数人母の時代から勤めている使用人がいるのだから。

 リオナは黙って受け取ると机の上に置いた。それを見た義母が笑っているのが聞こえる。

「素直に受け取っておけば良いのよ。そうすれば誰も困らないの。後2週間でおまえの顔を見なくて済むと思ったら素晴らしいわ!精霊神は見ているのよ!元々私のものだったのものを誰が奪ったのかってね!」

 確かに母が父に思いを寄せなければ義母はすんなりと伯爵夫人の座に座れたかもしれない。だが父が母との結婚を受けたのだ。祖父に勧められたとしても、浮気するくらいなら断って義母を選んでいれば良かったのだ。父が母を選び結婚したのは間違いない。使用人たちも言っていた。結婚した当初は仲睦まじい様子だったと。

 リオナにしてみれば、母とリオナの幸せを奪ったのは義母である。もちろん父だってそう。母を選んでおきながら義母のところに行ったのだ。許せるものではない。

 心労がたたったのか母は死んだのだ。優しい人だった。責任感も強かった。好きになった父の為に尽くしていた。

 義母とリオナでは立場が違う。だから意見も違う。それが一致することは一生ない。

「おまえは後2週間で使用人になるの。あー、楽しい。笑えるわ!大切に育てられるはずだったのに残念ね!グランバール領に行けば大好きな伯父も助けてくれないわよ!

 結婚もできず、優雅に暮らすこともない。せいぜい解雇されないようにすることね!こびへつらって生きると良いわ!」

 義母は笑いながら部屋を去って行った。リオナだってもう義母に会わなくてよくなると思うと嬉しいのだ。お互い様だとリオナはその後姿を見送った。

 母の姿絵は箱の奥底に厳重に入れてある。もちろん金庫に入れていた。二度手に入らないのだから。箱は目の前できっちりと紐を縛ってもらった。蓋を開けようと思っても容易にできないように。

 家令が任せて欲しいと言ってくれたので大丈夫だろう。そんなところにまたローラが入って来た。

「まだ私のものがあるんですってね。お母様に聞いたのよ」

 ローラがクローゼットルームに入って行く。

「ふーん。ああ、これね。この前来た時に持って行こうかと思ったんだけど遠慮してあげたのよ。でも結局私のものになるならあの時持って行けば良かったわ。お姉様が着ているのは見たことないから新品よね?今度の夜会に着て行こうかしら」

 クローゼットルームに残っていたドレスをローラが侍女に渡している。いつもこうやって度々やって来てリオナの物を持って行くのだ。だから今回は敢えて残しておいた。そうしなければ箱を開けられかねない。

「私はもう着ないもの。好きにしたら良いわ」

「あらお姉様ったらかわいそ~~~。もうドレスを着れないのね。華やかな舞踏会にも行けないし。自分で働いてそのお金で地味な服でも買えば良いわ!一層の事侍女服を着たらいいんじゃない?

 お姉様なら似合いそう!そうね。餞別に私が侍女服を買ってあげる!我ながらいい考えだわ!」

 ローラは笑っているが、侍女だって価値のある大変な仕事なのだ。部屋に着いて来ている侍女たちの顔が不満そうに引きつっている。きっとローラに手を焼いているのだろう。

「さて、欲しいものはもらったし、後2週間を楽しく過ごしましょう」

 やっとローラが去って行ったが残りの期間はどんなことになるかと頭を抱えた。楽しく過ごすなんて絶対にない。

 この話を受けて良かったとリオナは改めて思った。飼い殺しにされるくらいなら出た方が良い。きっとルリバーラたちもわかってくれる。

 窓から見える庭園は義母の好きな花で埋め尽くされ、リオナは庭に出ることを許されないからこの窓からずっと見ていた。でももう終わり。

 グランバール辺境伯の邸にも庭園はあるだろうか?なければ敷地の隅っこに作らせてもらえないだろうか?そんなことを考えながら自分でお茶を注いだ。

 

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