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突然決まった未来

 家令が持ってきた書類の確認が終わり、今日の仕事が一段落した時だった。けたたましくノックの音が響き、返事もしていないのに扉が開いた。

「リオナ!良い話があるから談話室に来い!」

 扉を開けるなりそう叫んで父が去って行く。リオナは良い話ではないだろうと思いながらも立ち上がった。父があんなに嬉しそうな顔をリオナに見せたのはいつぶりか。談話室に向かいながら思い出そうとしたがちっとも思い出せない。それはそうだ。リオナの物心が付く頃には浮気をして家に帰ってくる日が減っていたのだから。

 リオナが談話室に入ると、義母とローラが嬉しそうに座っていた。どこか誇らしげでリオナの気分はより沈んだ。

「早く座りなさい!」

 リオナは黙って父の前の席に座った。父の隣には義母とローラ。リオナはあちら側の人間ではないということを改めて感じる。

「少し前に良い話を耳にしたんだよ。それでリオナに良いと思ったから受けておいた」

「どのようなお話でしょうか?」

「グランバール辺境伯の秘書の話だ」

「秘書ですか?」 

 それがリオナにどう関係するのか。嫌な気持ちが湧き上がる。

「リオナを推薦したら向こうから是非にと言ってきた。喜べ。辺境伯の秘書は王宮女官より好待遇だぞ!」

 やはりか。リオナを結婚させる気はないとは思っていたが、こういった形で家から出すとはさすがに思っていなかった。

「辺境伯の秘書だぞ!光栄に思え!グランバール辺境伯は知っているよな。もちろん」

 渋々リオナは答えた。

「はい。お会いしたことはございませんが、二年前に辺境伯を継がれたと記憶しています」

「そうだ。悲しい話だよ。両親と兄夫婦を同時に事故で亡くされてな、急遽後を継がれたんだ。兄夫婦の残した甥を養子縁組して跡取りにと育てながら仕事をしてらっしゃる。素晴らしいお方だよ」

「その話は聞いたことがあります」

「有名な話で当時も話題になったからな。さすが私の娘だ。そういったことも理解しているなら話は早い」

 何が私の娘なのだろうか?娘として接してくれたことなどないのに。

「リオナ。素晴らしい話でしょう?私も聞いた時にはリオナにピッタリの仕事だと思ったのよ。甥御さんんの躾や遊びに付き合ったりしながら辺境伯の仕事の手伝いもするんですって。名誉なことよね」

 義母が嬉しそうだ。やっと大嫌いな女の娘を追い出せるのだ。しかも結婚ではなく仕事という名目で。穏やかな笑みを浮かべているつもりなのだろうが、喜び過ぎているのを抑える為か、顔が歪んでいる。

「お父様。私に相談もなくお決めになられたのですか?」

「娘のことは父親が決めるに決まっているだろ。おまえの意見は必要ない」

「伯父に相談しても良いですか?」

「また大好きな伯父様の名前を出すの?お姉様っていつもそうよね。伯父様伯父様って。伯父より父親の話の方が優先に決まっているじゃない。そんなこともわからないの?だから愚図なのよ!」

「まあまあ、ローラ落ち着きなさい。中々私もリオナの将来を決められなくてな。嫌がる結婚はさせたくないし、だからといって父親である私の知らないところで縁組を決められたくはない。

 大切な娘の将来は父親が決めるべきなだからな。ローラの話もそろそろ決めるから待っていなさい」

「素敵な人にしてね!私が跡継ぎなんだから」

「もちろんだ。リオナにも良い将来を見つけてきたんだからローラにも良い縁談が見付けるからな」

「嬉しい!さすがお父様だわ!いつも娘を大切にしてくれているもの」

 何が大切にだ。昨日も一昨日も食事は全てパン1個のみだったのを黙認していたくせに。おかげでリオナはまた腰回りが細くなったように感じていたというのに。

「伯父に相談させてください」

「ダメだ!まあ、でもしたければしても良いぞ。もう公爵家からの援助もいらないからな。何を言われてもこの決定は覆らない。もう辺境伯との話も付いているしな」

 どういうことだとリオナは父の顔を見た。確かに今の経営状況なら金銭の援助はいらないだろう。でもそれは事業の規模を維持するか縮小すればの話のはず。

「リオナ。今までアクリオン公爵家に援助をしてもらっていたけど、私が新しい援助先を見つけて来たのよ。援助を盾にしてくるような生活はまっぴらですからね」

「新しい援助ですか?」

「そうよ。いつも贔屓にしている商会にうちの事業について話したのよ。援助してみないかって。そうしたら元々興味を持っていたらしくて、是非援助させてほしいって言ってきたのよ。

 これでアクリオン公爵家に頼らなくても良いわ。もっと事業拡大してくれるらしいし、喜ばしいことでしょ?アクリオン公爵家はこれ以上事業を大きくする必要はないって家令に言ったらしいわね。うちが儲かって力を付けるのを恐れいているのよ。公爵家の威厳が損なわれるから。

 公爵家なのにみっともないわね。あなたにもその血が流れているから、ちゃんと我が家の収益を上げるように努力しないんだわ。リオナに仕事は任せられないって思っていたのよ」

 とんでもない言いがかりだ。我が家の事業はこれ以上大きくはできない。もしできるなら伯父の助言でリオナがとっくにしている。それをしていないのは競業他社がいくつもあるからだ。失敗するより今を維持するか縮小した方が安定して収益が入って来る。あくまでも領地経営が第一で、事業はその補佐収益に過ぎないのだから。

 それでもリオナは言い返すは止めた。これは良い機会かもしれない。父が現実と向き合う為の。リオナがいなくなれば父が仕事をせずにはいられなくなる。そうすれば無茶な事業拡大は危険だとわかるはず。

 そしてリオナはこの家から出られる。どうせちゃんとした縁談など持って来ないと思っていたのだ。リオナが幸せになるのを許せない義母が受け入れるわけがない。

 いい厄介払いができたと父も思っているのだろう。結婚ではなく娘を追い出せる。しかも辺境伯の話を受けたとなれば他の貴族も声高に言うことはない。

 グランバール辺境伯はそれだけ国にも貴族にも影響力のある地位なのだから。

 自分のことは自分で決める。今がその時かもしれない。伯父には怒られるかもしれない。それに辺境伯のところに行けばそう簡単に会えなくなる。それでもリオナは自分の道を自分で選ぶという形にしたかった。

 嫌々家を出されるのではリオナの心が治まらない。元々王宮勤めをしようかと思っていたくらいだ。辺境伯の秘書ということはかなり良い待遇をしてくれるはず。

 それにグランバール領は隣国クレメンタール王国と国境を接している。長期休みがとれるようなら、シルフィアに会いに行っても良い。もちろん王都のアクリオン公爵家に行っても良い。王都からは丸一日あればグランバール領の近くまで行ける。クレメンタール王国の王都までも同じくらい。

 それに大切な人たちと離れていても関係が壊れるわけではないのだから。

 とにかく自由になる為にはこの家を出る。それが最優先。リオナは覚悟を決めた。

「わかりました。グランバール領にいつ向かえば良いのですか?」

「そうかそうか!よくぞ言ってくれた!最短で向かわせると言ってあるから、2週間後に向かってくれ」

「かしこまりました」

 随分急な話だ。だがもっと早くに父はグランバール辺境伯と話をしていたのだろう。その決定が今日来たということではないか?リオナに伝えていなかっただけで。

 父が決めたことでも、最終的に決めるのはリオナだ。リオナが嫌だと言ってアクリオン公爵家に逃げても問題はない。領民に迷惑をかけるかもしれないが、リオナがいなくなれば父が仕事をするだろう。そのしばらくの間仕事が滞っても家令が何とかしてくれる。

 行動に移さなかったのはリオナだ。領民の為と言いながらこの家にいたのも、いつかは父がリオナを大切してくれるかもしれないという淡い期待を持っていたから。そんなものは初めからなかったと思えばスッキリする。何故ここに拘っていたのか。今になってはわからない。

 母が愛した父の側にいたかった?そんなことはない。父はリオナを愛してくれなかった。それは明白だったではないか。

 もう決別しても良いのではないか?少なくともグランバール辺境伯のところに行けば、食事を抜かれたりパンのみにされることはないだろう。

 給金をもらえれば義母の目を気にすることなく買い物ができる。この家から解放されたい。母の墓前に行くことが難しくなるがきっと許してくれる。

 王都を発つ前にたくさんのリグランの花を手向けよう。母が生きていた頃は庭にたくさん咲いていた。しかし義母によって全てが処分され別の花を植えられた。

 母が憎くてたまらない義母は、ありとあらゆる手段で邸から母の面影を消していった。救いは領地の邸だ。義母は領地に行ったことがない。だから知らないのだろう。領地の邸にはまだ母の選んだ家具や飾りがあり、庭にもリグランが咲いていることを。

 2週間しかないため領地に挨拶には行けない。家を出る準備と伯父やルリバーラのところに行かなくてはならないから。

 家を出たら二度とここには戻らない。完全決別をしよう。

「お父様。2週間しか準備期間がありませんので直ぐに準備にとりかかってもよろしいですか?」

「もちろんだ。だが多くを邸から持ち出すことは許さん」

「元々そんなに持ち物はありませんよ。お気遣いなく」

「なあに?嫌味?お姉様にもちゃんとお金を渡してあるって聞いているわ。好きにそれで買っているんでしょ?嫌ね。被害妄想なんてして。ちゃんとグランバール辺境伯のところで働けるのかしら?

 我が家の恥になるようなことはしないでよ!私はこれから婿取りしないといけないんだから」

「あなたこそ跡継ぎとしてしっかり勉強してね」

「言われなくてもやるわよ!それに素敵なお婿さんと一緒にするから問題ないわ!」

「そうよ。ローラがちゃんとするからあなたはもう戻って来なくて良いわよ。グランバール辺境伯に大切にしてもらうことね。間違っても王都に戻って来ないで!」

 これが本音だろう。どこかの貴族に嫁がせればばったり出くわすことがあるかもしれないが、辺境伯のところに行けば会うことはなくなる。例え長期休暇で戻って来ても邸に戻って来るなと言うことだろう。こちらこそ戻るつもりはないが。

「わかりました。では準備があるので退席します」

 リオナは談話室を後にした。扉を閉めたところで高笑いが聞こえる。義母だろう。あの声は。嬉しくて仕方ないということだ。

 憎い女の娘は貴族令嬢の将来として当たり前の幸せな結婚をすることなく辺境伯領で使用人として働く。こんなに嬉しいことはないだろう。二度と会うこともないのだから、義母にとってこれ以上の追い出し方はない。

 当然跡継ぎはローラで、自分はこれからもっと優雅に暮らしていける。そう信じているのだろう。

 リオナは部屋に戻ると一人出立の準備を始めたのだった。

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