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初めての視察③

「リオナ!牛さんて大きいんだね。それにカワイイ!」

 無邪気にアルベルトが柵の向こうの牛を見て目を輝かせている。

 翌朝リオナたちは目的の牧場に来ていた。酪農が盛んなこの一帯で一番大きな牧場だ。牛が草をはんだり座ったりしてのんびり過ごしている。白黒の牛はそれぞれ模様が違っておもしろく見ていて飽きない。更に別の場所には山羊もいるらしい。

「元気が良いですね。牛たちも喜んでいるようですよ」

 そう言ったのはこの牧場を経営しているアルムだ。50代らしきアルムは目尻のシワが優しい面差しの男性で、この町の酪農家の代表でもある。出迎えてくれたアルムにきちんと挨拶をしたアルベルトは早速牧場へと案内され、楽し気に牛の側まで走って行ったのだ。

「何頭飼育されているんですか?」

「仔牛も含めて300頭くらいですね。そこそこ広いので従業員もこの辺りで一番多いです」

「それはまた多いですね。管理が大変ではありませんか?」

「まあ慣れてますんで大丈夫ですよ。でもこの情景だと300頭飼育しているってパッと見た目わからないでしょう?」

「そうですね。300頭もいるようには見えません。結構向こうまで面積があるんですか?」

「ええ。あの辺りはは少し下っているのですがそこにもいますからね。夕方牛舎に戻すのがちょっと大変ですが、山羊は50頭ほどいますがそちらの方は犬が頑張ってくれますし、数人でで追い込めば案外直ぐに終わることもあるんですよ。駄目な時は日が暮れるかと思いますけど」

 そう言ってアルムが笑う。この仕事が楽しいのだろう。溌溂とした顔で笑う姿はアルムより年下である父よりも若く見える。他の従業員たちも数名がアルベルトを見て笑顔を浮かべている。皆充実した顔をしていて体に不調があるようには見られない。

 着ている服も清潔感があって更にお揃いのものを着用していて団結感がありそうだ。それに若い女性の従業員は髪にカワイイ髪留めやリボンをつけている。こういったおしゃれをしているのだからしっかりと給金をもらえているだろうことが窺える。生活が厳しい領地の人々は日々の生活で精いっぱいでおしゃれをする余裕などないからだ。

「リオナ様も近づいてみませんか?」

「そうですね。よろしいですか?」

「もちろんです」

 アルムは最初からリオナに対して好意的な態度を取ってくれている。自己紹介をした時も、デルフィーノの秘書ということで是非デルフィーノに見てもらいたいという書類を渡してくれた。目を通してみると中々おもしろい資料で、毎年町を上げてやっている祭りの規模を大きくしたいという提案書になっていた。それに対して反応をすると嬉しそうにしてくれて、祭りの日は是非来て欲しいとも言われた。

 もちろんアルベルトに対しても次期領主という対応をしてくれた。恭しくお辞儀をされたアルベルトもきちんとそれに応えていて、小さな紳士が登場したことに出迎えてくれた人たちから歓声が上がったほどである。アルベルトの視察の一回目は良好な滑り出しだ。もちろんリオナも。

「意外とカワイイんですね。もう少し怖い顔だと想像していました」

 つぶらな黒い目は優しくて吸い込まれそうだ。

「カワイイと言われて喜んでいるようですよ」

 リオナに向かって鼻を差し出してくる牛を撫でてみると確かに気持ち良さそうだ。

「みんな少しずつ模様がありますけどどの子が何歳かとかどうやってわかるんですか?」

「良い質問ですね。実は私たちも全部識別して見ているわけじゃないんですよ。でもわかる方法があるんです」

「わかる方法?」

 近くに来ていたアルベルトが不思議そうにアルムを見上げている。

「はいそうです」

「ちょっと難しそうだよ?」

 小首を傾げるアルベルトの姿に「キャー」と歓声が上がる。女性従業員の声だ。

「はい。こうやって見ているだけでは私たちもできないんですよ。もちろん一部特徴があればわかりますけど」

「どんな特徴?」

「ほら、あの牛わかりますか?お尻の近くの模様が何かに見えませんか?」 

 アルムに言われてアルベルトがじっと牛を見ている。

「あ!ネコみたい!」

 確かに言われてみれば猫のような模様がある。

「そうです。模様もそうですが、あの子はあまり牛舎から離れないんで特にわかりやすいんですよ。性格も温厚で従業員に一番懐いています」

「へえ。寂しがり屋さんなんだねきっと」

 おや、という感じでアルムがアルベルトを見る。

「確かにそうかもしれません。アルベルト様は動物に好かれそうですね」

「そうかな?でも嫌われるより好かれたほうが良いから嬉しいな」

 少し照れたように笑うアルベルトが周りの大人たちが優しい眼差しで見つめている。好感度は良さそうだ。むしろアルベルトが同行してくれたおかげでリオナのことも受け入れられているように感じる。だからといって安堵して気を抜いてはいけない。まだ視察は始まったばかりなのだから。

「他にも模様が違ったり性格が違ったりで、あと年齢も毛や見た目で大体わかりますし」

「へえ。みんなちょっとずつ模様が違うけど、全部覚えるのは大変そうだな」

「それは直ぐには無理ですよ。でも、ここで長く働くと自ずとわかるようになるんですよ。さて、搾りたての牛乳を飲んでみませんか?」

「良いんですか?」

「はいもちろん。建物の中に入りましょう」

 アルムに促されリオナたちも牛舎の隣の建物に入る。通された部屋は甘い香りがして心が優しくつつまれる。しばらく待つとトレーを持った人たちが入って来た。

「ではまずこちら、搾りたての牛乳をどうぞ」

 アルムがトレーからカップを取りリオナとアルベルトに渡してくれる。素朴な木のカップにはなみなみと牛乳が入っている。結構な量だなと思いながらアルベルトが口を付けるのを待つ。そんなアルベルトはみるみるうちに表情が明るくなった。

「おいしい!!!これ今まで飲んだ牛乳の中で一番おいしいよ!リオナも早く飲んで!」

 興奮気味に言うアルベルトに促されてリオナも口を付けた。口の中に甘い香りが広がりそれでいてサッパリとした口当たりで確かに美味しい。

「美味しいですね!いつも飲んでいるのとは全然違います」

 満足気にアルムが頷いている。あっという間に量が多いと思っていた牛乳を飲みを干したアルベルトが早速おかわりをもらっている。

「搾りたてと言っても、流通している牛乳もこの牛乳も低温で殺菌をしているんです。そうじゃないとお腹を壊してしまいますからね。殺菌して冷たい井戸水で冷やしてから売りに出すんですがね、そうはいっても搾って殺菌して直ぐの牛乳の方が美味しいですよ。時間が経つと少しずつ風味が落ちますから」

「なるほど。私たちが飲む頃より新鮮で美味しいってことですね」

「ええ。どれだけ急いでも、リオナ様たちのお手元の届くのには2日ほどかかりますから。喜んでもらえて嬉しいです」

 隣でゴクゴクとアルベルトがまだ牛乳を飲んでいる。余程気に入ったのだろう。リオナが一杯飲み終わると直ぐに店員さんが注いでくれる。

「ちょっと美味しすぎて帰ってから恋しくなりそうです」

「そういう方は多いんですよ。フルラ様もそうでした。先触れもなく来られるのですよ」

 フルラとはアルベルトの母親だ。

「お母様もこの牛乳飲んだの?」

 アルベルトがジッとアルムを見ている。

「ええ。美味しいと喜んでくださりましてね、今のアルベルト様のように何杯もお飲みになられてましたよ」

「そうなんだ!」

 嬉しそうに笑うアルベルトは母親のことをほとんど覚えていないらしい。だからきっとこういう共通点があると気持ちが浮上する。当然だ。リオナには幼いながらも母の記憶が残ったが、アルベルトの年齢ではそれも難しかったのだろう。

 僅かにしかない記憶だからこそ、近くに母親を感じると面影を求めてしまう。アルベルトにとってやはり母親はフルラだけ。

 アルベルトを次期領主にというならデルフィーノの判断は正しい。もしデルフィーノが結婚し子を成せば、妻は我が子を次期領主にと望む可能性がある。それも必然で、デルフィーノがどれだけアルベルトが次期領主と言っても納得できないと妻が思う気持ちもわからなくはない。そうやって諍いが起こる家はたくさんあるのだから。

 しかしその時アルベルトが陥る壁を思えば、そんな思惑を排除する為に結婚もしないし子も成さない。そんな大きな判断を即座にしたデルフィーノに敬意を覚えた。デルフィーノのアルベルトを思う気持ちがそうさせているのだろう。リオナはアルベルトを見守ることしかできなが、少しでも長く側にいてその助けになりたい。そんな衝動に駆られアルベルトを抱きしめたくなったのをぐっと抑えた。

「アルベルト様。美味しいからといって飲み過ぎはダメですよ」

「そんなこと言って、リオナだって同じくらい飲んでるよ!」

「私は大人だから良いんです」

「ズルいよリオナ!大人は良いよね。たくさん美味しい物食べられるし」

 ぷくっと頬を膨れさせたアルベルトが拗ねた様にいう。

「では少しでも早く大人になれるよう、たくさん食べてたくさん遊んでたくさんお勉強しましょうね」

「えーー。直ぐにそうやって最後にお勉強って言うんだから!」

 アルベルトがアルムに向き直り手を広げた。

「アルム聞いてよ!リオナって直ぐお勉強って言うんだよ!一緒に楽しく遊んでるのに、『はい、もうお勉強の時間です』って」 

 リオナの言葉を真似ているのか人差し指をピンと立ててポーズをとっている。

「おや、お勉強は嫌いですか?」

「嫌いじゃないけどもっとリオナと遊びたいのにって」

「リオナ様をお好きなのですね。もっと遊びたいって思われるってことはお勉強と言われても一緒にいたいということでしょう?」

「うん、まあそうなんだけど・・・」

「それなら仕方ありませんね。一緒に遊ぶ為にはお勉強もしないと、ですよ」

「う~ん。もっとたくさん遊んでからでもよくない?」

「アルベルト様はたくさん遊んだらどうなられますか?」

「眠くなる・・・・・」

「ということですよね。リオナ様」

 アルムが笑いかけてきてリオナは頷いた。

「そっか。ぼくが眠くなっっちゃってお勉強できないからか。じゃあ仕方ないよね。ぼくがお勉強しないとみんなが困るんだもんね」

 そう言うアルベルトを見てアルムたちが笑っている。素直に受け入れる姿が可愛らしいのだろう。

「アルベルト様。今もお勉強中だってわかってますか?」

「うん!視察はぼくにとってお勉強みたいなものでしょ?デルと約束もしたし」

「そうです。今こうして牛乳を飲んでいる時間もお勉強の時間です。楽しいこともありますよね?」

「うん!来て良かった!」

「それは良かったです」

 始めはリオナと離れたくないという思いだったのかもしれないが、実際こうやって見て体験して学ぶことが多いということを知れば、アルベルトにとっても領民にとっても良いことだ。アルベルトは領地を知り、領民は次期領主を知ることができる。互いに信頼が高まれば、後を継いだ時に良好な関係を維持できる上、人気がある領主の元へは噂を聞いた他領から人が流れて来ることもある。領民が増えれば税収が増える。しかし良いことばかりではない。領民が増えれば犯罪が増えることもあるからだ。

 この辺りはどこの領主も気にしていることで、栄えている場所には犯罪も起こりやすい。国境は厳重に管理されているが、領民の移動はこの国では簡単にできる。犯罪の温床を作られないようにするのも領主の責務なのだ。

 リオナが領地の経営をしていた時も領民の安全を第一に考えるようにしていた。それは伯父から教えられたことで、領民が安全に暮らせると領地が自然と豊かになると言われたのだ。今は祖母が領地で目を光らせ、警備の人材の面接や育成を管理してくれているからリオナはそのお金を工面することに専念したり、川の反乱などがあればいち早い復旧の為にお金と人の確保で動いていた。

 しかし、今はどうなっているか。不安が頭を過りリオナは首を振った。祖母からは大丈夫と手紙が来たばかり。父と連絡を取っているとは書かれていなかったが祖母が言うなら今のところは大丈夫なのだろう。そんなことで嘘をつく祖母ではなり。家令が祖母と上手く連携を取っているのかもしれない。

 祖母からの手紙にはリオナを心配する言葉が並び、領地の事は心配するなと書かれていた。父は祖母は完全に引退して領地で暮らしているだけと思っているだろうが、今も尚領地での祖母の人気は高い。父はそれを知らないのだ。何故なら領地に携わることが母との結婚後全くなかったから。領地に行くこともせず、領地から入って来るお金を使うことしか知らない。領地経営は自分がすると言っていたがその言葉も疑わしい。異母妹のローラが優秀な婿をもらえば良いのだが。

「リオナ、どうかしたの?」

 アルベルトが俯いて動かないリオナに声をかけてきた。いけない、視察に集中しないと。リオナは気持ちを切り替えてアルベルトに笑いかけた。

「いいえ、何も。ちょっと牛乳を飲み過ぎてお腹がいっぱいだなと思っていたんです」

「それならいいけど。仕方ないよね。牛乳おいしかったもん」

「そう言ってもらえると嬉しいですね。さあ、次が今回一番ご紹介したかった商品です」

 そう言ってアルムが棚から小瓶を取り出した。小瓶は3本。

「クリームチーズをつかった商品です。これまでにも似た商品はあったんですが、今回新作を考案しました。こちらが従来からある、切ったクリームチーズを蜂蜜に漬け込んだものです。これはこのまま食べてもパンに挟んでも美味しいですよ」

「はい。それはグランバール領に来てから食べました。美味しいですよね」

「そう言っていただけると嬉しいですね。それででしてね、こちらは、これに、乾燥リンゴを加えたものです。牛乳とリンゴという特産品を合わせたものでこちらも以前からありました。

 そして、今回ご紹介するのは、こちらです」

 3本目の小瓶にも何かが入っている。

「こちらはイーナの塩漬けが入っています」

「え?イーナって川魚ですよね?」

「ええ。今まではイーナはそのまま塩焼きにするか、塩漬けにしてスープに入れるか、燻製にして食べるかしかしてこなかったのですが、イーナの塩漬けをクリームチーズと蜂蜜漬けの中に入れると美味しいってことに妻が気付きましてね。それを商品化したものです。召し上がってみてください」

 アルムの後ろから女性がトレーを持って現れた。

「妻のファンリーです。どうぞこちらを」

 こんがり焼かれたパンの上に紹介された商品が載っている。そっと手に取り食べてみると、リオナは目を見開いた。

「美味しいですね!これは、、、、」

「葡萄酒に合いますか?」

 ファンリーが笑いかけてくる。

「絶対合いますね」

 リオナは苦笑いした。リオナの反応で心の中が読めたのだろう。

「そうでしょう?私もそう思ったんです。ある日ですね、夜葡萄酒を飲みながら、クリームチーズの蜂蜜漬けを食べていたんですが、しょっぱい物が食べたくなって、イーナの燻製を持ってきて食べていたんですけど、片付けるお皿が増えるなって思ったんです。それで次の日にだったら混ぜちゃえ!って蜂蜜漬けに燻製を入れたらこれがイマイチだったんですよ。で、それでも私は諦めきれず、塩漬けを混ぜてみたら、大成功ですよ。そこに胡椒を混ぜたら完璧でした」

「完璧ですね。葡萄酒が止まらなくなりそうで怖いです」

 リオナの言葉にファンリーが笑った。そんなリオナたちを見上げていたアルベルトが横で口を大きく開けて頬張る。

「アルベルト様!」

 リオナは慌ててしゃがみ込むとアルベルトを見た。するとその目がしゅんと悲し気に曇っている。

「リオナ、辛いよ」

「申し訳ありません。アルベルト様には少し辛いですよね。私が先にお止めするのを怠りました」

「ううん。大丈夫。ちょっとだけだから。リオナは美味しいって言ってるし、ぼくにはまだちょっと辛いけど、きっと大きくなったら美味しいって思えるよね?」

「私が喜び過ぎてしまったのがいけないのです。申し訳ございません」

「いいえ、私どもがその前に気付くべきでした。新商品を紹介したくて少々気が急いてしまいました」

 急いでアルムたちも頭を下げる。

「大丈夫。誰も悪くないよ。ちょっと辛いだけだもん」

「なんと冷静でお優しい!」

 アルムたちが感動したようにアルベルトを見ている。この商品はアルベルトには少々辛いだろうことは食べて直ぐ気づけたはずなのに。アルベルトが大丈夫と言っても自分の失態にリオナははしゃぎ過ぎたと悔いるしかなかった。

「さあ、アルベルト様にはこちらを」

 ファンリーが急いで別の棚から小瓶を持ってきて中から丸くて白いものを取り出した。不思議そうに見ていたアルベルトがそれを口にすると途端に笑顔が輝く。

「これ美味しいね!もうお口の中辛くないよ!」

「それはようございました。これは牛乳飴ですよ。アルベルト様は召し上がったことはありますか?」

「うーん、ないかな。リオナは食べたことある?」

「幼い頃食べた記憶がありあすが、たしかにグランバール領に来てからアルベルト様が召し上がっているのを見たことはありませんね」

「やっぱり!こんな美味しいんだもん。食べてたら覚えてるよ!」

 それならばとリオナは棚から小瓶を持つとアルムに渡す。

「これをお土産で購入したのですが」

「いいえ、お持ち帰りくださいませ!」

「それはできません。私からのお土産として持ち帰りたいので」

 ここでもらうのは簡単だが、アルベルトに視察に行けば何でもおいしい物をもらえると思わせてはならない。

「いや、困ったな」

「私からアルベルト様への贈り物ですからお気になさらず」

 リオナが更に言葉をかけると渋々アルムが頷いく。

「では牛乳飴はご購入ということで。クリームチーズとイーナの塩漬けの蜂蜜漬けは是非デルフィーノ様に贈らせてください。本格的な商品化と流通を始める予定なのでデルフィーノ様にも召し上がって感想をお聞きしたいので」

「わかりました。お渡ししますね」

 リオナは受け取ると腕に袋を抱えた。そこへすかさず護衛のライリーが駆け寄ってきてリオナの手から商品を持ち上げた。ライリーは緩いクセのある金色の髪の26歳の青年だ。商家の生まれで18歳で入団したと聞いている。昨日本人から聞いた話では、モテてモテて困っているらしい。

「私が持ちますよ」

「ありがとうございます。助かります」

「護衛の皆様にもお土産を準備してありますので是非お持ち帰りください」

 アルムの言葉にライリーが嬉しそうに笑うと女性たちの黄色い歓声が上がった。ライリーはいつ間にか女性店員たちの心を掴んでいたようだ。

 それを見てアルベルトが不思議そうに笑う。

「ねえ、なんでライリーを見てみんな楽しそうなの?」

 真っ直ぐな問いにリオナは笑みを浮かべた。邸では男性がほとんどだから女性の反応が新鮮なのだろう。

「女の人たちがキャーって。凄い嬉しそうだよ」

「アルベルト様。恐れながら、アルベルト様も10年も経てば同じようになられますよ」

 ライリーがアルベルトに笑いかけるとまた歓声が上がる。

「え!ぼくも?」

 アルベルトがリオナを見て来る。リオナはライリーを見てからアルベルトの目を見た。

「ライリーさんは女性にとても人気があるそうですよ。いずれアルベルト様も人気のある男性に成長されますから、そうなったら同じように女性から好意を持たれるでしょうね」

「ふーん。ライリーは優しいもんね。ぼくも優しくて強くならないとね。あれ?でもデルも優しくて強いよ。デルもあんな風に言われるの?」

「そうですね。私はまだそういった場面を見たことはありませんが、きっとそうだと思いますよ」

「じゃあ、リオナもライリーやデルを見たらキャーってなるの?」

 リオナは言葉を詰まらせた。困ったことになった。リオナの経験ではこの現象を上手く説明できる自信がない。リオナは恋愛経験がない為、素敵な男性を見ても、素敵な方だな、と思うだけでそこで感情が途切れてしまうのだ。当然一人の男性に対して特別な感情を持ったこともなければ、舞台を見に行き演者の誰かに思い入れを持ったこともない。どう説明すれば良いのか思案したリオナはとりあえずの言葉を選ぶことにした。

「私はまだ私の中での素敵な男性にお会いしたことがないのです」

 リオナの言葉に周囲が静まり返った。

「リ、リオナ様、それは適切な回答ではないかと、と言いますか、それではリオナ様が恐ろしく理想が高すぎる女性になってしまいますよ」

 ライリーが慌ててリオナを止めてきた。アルベルトもポカンとリオナを見ている。リオナはどうやら間違ったようだ。困ったなと頭を抱えそうになった。本当にわからないのだ。

「リオナ、ライリーはともかく、デルのことも素敵だって思ってないってこと?」

 アルベルトが驚いた顔をしている。アルベルトにとってみたらデルフィーノは素晴らしい男性だ。理想と言っても過言ではないくらい懐いているし、デルフィーノの言葉を真摯にいつも聞いている。そんなデルフィーノのことを素敵だと思っていないリオナを不思議に思ったようだ。

「アルベルト様、ともかくとはあんまりですよ~。オレだって人気があるんですから」

 冗談めかしてライリーが割って入って来る。

「そうですよ。アルベルト様。ライリーさんもデルフィーノ様も客観的に見て素敵な男性であるのは変わりありませんよ」

「その客観的に見てってのがなあ。リオナ様、難しく考え過ぎですって。アルベルト様にも伝わりませんよ」

 アルベルトがまだリオナを見ている。どうすれば、とリオナはファンリーを見ると苦笑いしていた。視察に来てよもやこのような話で頭を抱えることになるとは思いもよらないかった。

「リオナはデルのこと素敵じゃない?好きじゃない?」

 アルベルトが悲しそうにリオナを見て来る。

「そうではありません。デルフィーノ様は素敵な方ですよ。色々な反応があるということです」

「色々?」

「そ、そうです。私のみたいな方が珍しいでしょう」

「でも、デルも女の人にキャーって言われるんでしょ?」

「言われることもあればそうでないこともありますね」

「じゃあリオナは言わないってこと?」

 リオナは考え込んだ。いや、どうなんだろうか。それで合っているのか?またファンリーを見ると苦笑いが続いていた。

「私は今までにどなたにもそのようなことをしたことがないのでわかりませんが、デルフィーノ様をご覧になって、、、」

「リオナ様。そこまでです。お二人では当分話の着地点が難しいかと思います」

 ライリーが更に止めに入って来た。

「アルベルト様。リオナ様は、素敵な男性に対して、素敵だと伝えることが苦手なんですよ、きっと。リオナ様はまだお若いですから、これから変わられることもあるかもしれませんよ」

「そうなんだ。良かった。リオナがデルのこと嫌いなんだと思っちゃった」

「そんなことはありませんよ。大丈夫です。嫌いならアルベルト様を置いてとっくに故郷に帰っちゃってますって」

 ライリーが話をまとめようとしてくれているようだ。それにリオナは息を吐いた。

「そっか、そっか。そうだよね!」

「そうですよ。そうですよね?」 

 ライリーがリオナを見て頷けとうながして来る。

「そうです。私は感情を表に出すのが得意ではないのです」

「ふーん。なら良かった。リオナがいなくなったら困っちゃうもん」

「いなくなりませんよ」

 優しく頭を撫でるとアルベルトが気持ち良さそうにしている。納得したなら良かったとリオナはライリーに心の中でお礼を言った。リオナとアルベルトだけでは堂々巡りだっただろう。この手の話は友人の話を聞くのは良いのだが自分のこととなると難しい。恋愛ということに対して疎いというより、我がこととして考えてこなかったのだ。父の決めた相手と結婚する、そう思っていた。けれどそれくらいなら仕事を探して家から出たい、に変わって行った。近年はそんなことばかり考えていたのだから。それも無理かと思うことがあったが、今はこうしてグランバール領で生活している。 例え父が見つけてきた仕事であったとしても、自分が望んで来たのであるのには変わりはない。

「リオナ様。商品のラベルを決めたいのですが、いくつか案をお持ちしておりますので選んでいただけますでしょうか?」

 様子を見ていたアルムが仕事の話をしてきたのに安堵してリオナの肩から力が抜ける。

「私が選ぶよりアルベルト様に選んでいただきましょう」

「わかりました。アルベルト様。この中からお好きなものを選んでいただけますか?」

 アルムが近くの机にラベルの案を5枚並べる。どれも中々面白い。横では真剣な顔でアルベルトがラベルを見ている。アルベルトが好んで食べられるようになる頃には人気商品で品薄になっているかもしれない。そんなことを思いながらリオナはその時も横で笑っていられたらとアルベルトの横顔を見つめた。

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