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家へ帰れないフラグが立ちました

(2025.8.2 一部誤字修正しました)

「では、ナギノ様自身や、異世界について、お話を伺ってよろしいですか?」

 側近へ用意させた紙とペンを握り、ファレンが正面から私を見据える。翡翠のような緑色の瞳はとても綺麗だけど、何でも見透かされそうで、ちょっと怯む。

「や、山下 梛乃です。20才で、笠山環境大学の総合環境学部・環境文化共生学科の2年生で……」

 私が話し出すと、ファレンは素早くペンを走らせる。途中、私を一瞥もせずに、片手で話の続きを制した。

「”カサヤマカンキョウダイガク”とは、何かの組織名ですか?」

「あ、教育機関です。学校ですね。小学校とか中学校、大学、色々あります」

「なるほど。教育機関が発達しているのですね。

 そこでナギノ様はどんなことを学んでおられるのですか?」

 改めて聞かれると、うまく答えられない。入学説明会のパンフレットを思い出しながら、必死で言葉を探す。

「人と環境の関わりを考えながら、未来に繋げていく学部……で、私の学科は、共生できる未来を目指して、そのための知識を身につけて……後世に繋げられる人材を育てるっていう……そんな感じの学科です」

「ほう。人と環境の共生、ですか。具体的には、どのような内容を?」

「えっと、色んな分野から環境にアプローチするんですけど、うちの大学は特に“環境エネルギー”に力を入れてて――」

 私は、脳みそをフル稼働させ、ファレンの質問に必死に答えていく。


 環境エネルギーとは、自然界から得られる再生可能なエネルギーのことだ。水力、風力、太陽光発電なんかがそうだ。

 正直、私自身は最初、そんなに興味があったわけじゃなかった。ただ、高校2年の進路指導のとき、伊織に「志望校どこ?」って聞いたら、彼がこの大学の名前を出したのだ。


『環境と未来を守る技術を学ぼうと思ってさ。格好いいだろ?』


 そう笑って答える伊織の姿がーーすごく格好いいな、と思った。

 ……伊織の夢が格好良かったのか、伊織自身が格好良かったのかは、さておき。

 実際この大学を調べてみると、家から通いやすい場所だったし、オープンキャンパスの雰囲気も良かったし――能天気にも、「持続可能な再生エネルギーについて学んでます」って響きが何だか素敵で格好いい気がしたので、私もこの学校を志望することにした。


 ……しかし環境学部は理系で、それなのに私は数学が苦手なので、受験勉強の時点で地獄だった。

 ちなみに伊織が志望したのは「環境エネルギー工学科」で、がっつり理系だ。

 めちゃめちゃ伊織に勉強を教えてもらいながら、理系の中でもまだ文系寄りの、「環境文化共生学科」にぎりぎりで滑り込んだ。


 しかもこの学科は教職課程の履修が推奨されていて、私も人に教えるのは好きだったから、何となく履修することにした。……いや、まさかこんなに毎日授業と課題が多くて大変とは知らなかったよ……。


 それまでさらさらと手を動かしていたファレンは、私が環境エネルギーの説明を始めると、ペンを止めてじっと聞き入っていた。

 そして説明が終わると、手元でペンをくるんと一回転させてみせる。


「……水や風、太陽の光を、力に変換する仕組みですか。とても興味深いですね。

 ただ、魔石のような出力を得るには、かなりの規模が必要になるのでは?」

「魔石って……名前から考えて、魔力の込められた石、ですか?」

「はい。サホノ様の魔法の力ーー魔力を具現化し結晶化したものです。

 大きさによって出力が異なりますが、“塵石“と呼ばれる子どもの指先ほどの魔石一つで、火を灯したり水を流したりと、日常の多くがまかなえます」


 へえー。万能な電池みたいなものかな? 便利そうだな。


「ナギノ様のおっしゃる“環境エネルギー”は確かに興味深いですが、地域差による資源の偏りもあるでしょうし……実用には非効率かもしれませんね」

 そう言いつつ、ファレンはぶつぶつと独りごちながら、しばらく考察を続けていた。



 ――その後も話は続き、家族構成から現代の社会制度、電子機器に至るまで、ファレンはあれこれ熱心に聞いてきた。

 ……ファレンさんって結構、研究者体質? 頭も良いし、伊織と気が合いそう。……まあ私は多分、会話に入れないけど。


「……本日は有意義なお話をありがとうございました」


 満足げなファレンとは対照的に、脳みそをフル稼働させ続けた私は、頭からぷすぷすと煙を上げそうなほど、かなりぐったりしてしまった。

 もうひと通り話し終えたし、そろそろ解散かと思ったが、ファレンは立ち上がる様子がない。

「ところでナギノ様。こちらでの生活に、何か不便はありませんか?

 ご要望があれば、何でも承りますよ」


 正直、不便どころか過剰すぎるくらい快適で、何ひとつ文句なんてない。言ったら天罰が下りそうだ。

 ……でももしも、本当に何でも言っていいのなら……。


「……あの、ものすごくお世話になっていて、とても助かっているんですが……できれば、もう少し侍女さんの数を減らしてもらえませんか?

 食事はお願いできるとありがたいんですけど、服も着方さえ教えてもらえれば自分で着れますし、身体も自分で洗えます。掃除や洗濯も、教えていただければ自分でやれますから」


 昨日の夕方から今朝まで過ごしてみて――身の回りのお世話をしてもらえるのはとても助かる反面、始終ずっと多くの人に囲まれている環境が、正直かなり苦痛だった。

 でも神様って立場だし、さすがに無理かな……。


「構いませんよ」


 ーーあっさりと了承され、逆に「え!? いいんですか!?」と聞き返してしまう。


「問題ありません。そもそもサホノ様は、側に誰もつけていませんでしたからね。

 用がある時だけ鈴を鳴らして扉の外にいる者を呼んでいましたが、基本的には全てお一人でなさっていたそうです」

 ……なんと、意外と一人で全部やっていたのか。


「しかしナギノ様はこちらへ来たばかりですし、お教えしたとしても、全く侍女がいないというのは不便があるでしょう。ひとまず一人は部屋の中へ置き、他の者は扉の外で控えさせるのがよろしいかと思います」

 ありがたい提案にほっとすると、ファレンは目を細めた。

「……ところでナギノ様は、魔法を自由にお使いになれるのですか?」

「ま、魔法ですか?

 えっと……すみません、全然分かりません。使い方は、教えてもらえるという話じゃありませんでしたっけ……?」


 確か、使い方を教えてもらって、ちゃんと協力したら、その後に帰してもらえる……って話だったような、と思っていると、ファレンは表情を変えずに肩眉だけを上げる。

「魔石の使い方なら、お教えできます。しかし魔法そのものは、サホノ様しか使えない力です。我々では教える術がありません」

 私は思わず「ええ!?」と大声を出して目を見開いた。

「昨日の召喚直後は私も拝見しましたが、衛騎士を呼び出した際にも魔法を行使していたと聞いています。それはどうやってお使いになったのですか?」

「えっ……いえ、特に何もしていないです。

 ……魔法ってこう、詠唱したり、発動する際には技名を叫ばなきゃいけないルールがあるんじゃないんですか?」

「……異世界にも魔法が存在するのですか? 先ほどは、電気が魔法のようなものだと伺いましたが?」

「いや、無いです。無いんですけど、暗黙の了解でそういうものだと思い込んでいるというか……」


 もしかしてと思い、試しに「ステータス!」と口にしてみたけど、何も起こらなかった。

 えええ……異世界、想像と全然違う。


 私、神様なのに――魔法、使えない?

 それどころか、このままだと用件も果たせなくて……家へ、帰れない……!?


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