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神様は何も言わぬが花

(2025.8.2 一部修正しました)

 漆黒の空間に、私はひとり立っていた。


 目の前をふわふわと、光の粒が浮かんでいる。まるで蛍のようで、私は思わずその光を目で追った。

 その先にーー黒髪の少女がいる。

 仰向けで眠っているようで、顔はどことなく私に似ていた。


 私が近付いても、少女は眠っている。その周りを、光の粒はふわふわと漂っていたーー


「…………変な夢だったな」


 翌朝目が覚めると、私の顔はむくみ、目蓋が重たかった。昨夜はどれくらい泣いたのか分からないけど、相当泣いたので、泣き腫らした顔をしている。

 起こしに来てくれた侍女は予想していたのか、私の顔を見ても特に驚く様子もなく、むしろ冷たいタオルを用意して渡してくれた。


 自分でも涙腺が緩みやすいというか、泣き虫の自覚はあるけど、ここまで泣いたのは久しぶりだ。

 泣いてすっきりすれば良かったのだけど、何となく胸の中がまだぐずぐずしている。深く考えたら、恐らくまた泣いてしまうかもしれない。そう思い、ぐずつく心をぐっと押し殺し、私は冷たいタオルを目元に押し当てた。


 食欲がなかったので、朝食は酸味のあるトマトスープだけをいただいた。

 食べ終わり、色々と身支度を整えてもらうと、別室へ案内される。


 廊下を歩いていると、部屋の中からわいわいと、話し声が漏れて聞こえてきた。

 しかし私が入室した途端、部屋はシンと静まり返る。


 既に多くの人が集まっている部屋は、大学の大きな階段教室のような造りで、傍聴席らしき座席が2、300席ほど階段上に並び、前方には舞台のようなスペースがある。

 その舞台の中でも、昨日の“謁見の間“と同様に一段だけ高い上座があって、私はその上座の席へ案内された。


「これより、奏上いたします」


 舞台の下座の端に立つファレンの声が部屋に響く。

 するとパルシーニと、昨日会った騎士団の団長と、統制院の院長の2人が私の正面へ現れる。名前は……忘れました、ごめんなさい。

 3人が横並びになり、両膝をついて頭を下げる。


 私は上座に座っているのに、騎士団の団長さんと目線の高さがあまり変わらない。……本当に大きいな、この人。

 統制院の院長さんは、昨日と眼鏡が違う。ちょっとフレームの形が違う程度だけど、何か使い分けてるのかな?

 おじさん2人を観察していると、パルシーニが口を開く。


「ーー此度、この国はガルメザル帝国との争いの機運が高まっております。

 この事態を鎮めるために、どうか神の愛と御力を我々にお与えくださいますよう、お願い申し上げます」


 ……静寂。


 ……え、私は黙って座ってるだけで良かったんだよね?

 傍聴席の全員から、めちゃめちゃ視線注がれてるけど、これ本当に大丈夫?


 私が不安になっていると、パルシーニが立ち上がり、上座へ上がる。そして私の正面にかしずくと、膝の上に置いていた私の手に、自身の手を重ねてきた。

 急に手を重ねられてめちゃめちゃ驚いたけど、何となく動いちゃいけない気がして、そのままじっとする。


「お願いします」


 私と見つめ合う形のまま、パルシーニが口を開く。彼女は一瞬だけにこりと微笑むと、再びすぐに真剣な表情へ戻り、立ち上がって傍聴席の方へ振り返った。


「神は、我々の願いと祈りに応えてくださるそうです。

 神の愛と御力に感謝しましょう」


『ーー神の愛と御力に感謝します』


 満席の傍聴席には大勢の人達がいて、パルシーニの言葉のあと、一斉に全員が続く。


 ちょっとどきどきしたけど、神前奏上の儀式とやらはこれで終了らしく、昨日聞いていた通り、すぐに終わった。

 黙って座っていただけなので、何をしたわけでもないけど、私はホッと一息つく。


 少し離れた所で、警備に立つイオが、憂いを帯びた瞳でこちらを見ていた。ーーしかし私はそれに気付くことはなく、席を立った。



 儀式を終え、部屋へ戻りお茶でひと息ついていると、チリンと鈴の音が響いた。

 誰か来たのかなと思っていると、侍女達がぱたぱたと慌ただしく動く。すると一人が私の元へやって来る。

「ナギノ様。本当は午後に予定しておりました面談ですが、もしナギノ様にご無理がなければ今からでも行いたいと、ファレン様が面会を申し込んでおります。……と言うより、部屋の外にいらっしゃっています。

 ……いかがなさいますか?」

「い、今からですか? 私は構いませんけど……」

 口に含んでいたお茶を慌てて飲み込む。そして間もなく、側近を連れてファレンが入室して来た。


「突然の訪問で申し訳ありません。面会のお許し、ありがとうございます」

 ファレンはあんまり申し訳なく思ってなさそうな顔で、私の向かいの席に座る。

「なんでもナギノ様は、ご予定を早く進める方が好まれると伺いましたので。

 私としても、早く済ませられる仕事は早く処理しておきたいので、その方が助かります」

「え? 私、そんな発言をした覚えが無いんですが……?」


 どうも聞くところによると、昨日パルシーニが面会を申し込んできた際に、私は早い方が良いのかと思って「今で大丈夫です」と答えたのだけど、そもそも”体調のよろしい時”は”今日”ではないらしい。ちょっとしたカルチャーショックだ。

 そして軽い気持ちでOKしたが、それは「いいよ、じゃあ今からこの部屋で話そう。だから早く来てね」と神様に命令されるような解釈になるらしい。なのでパルシーニは出席していた会議を途中退室して、私の部屋に来たようだ。


 ……ちなみに、イオの呼び出しも同様で、「早く私の前に来なさい」状態だったようだ。

 二人とも、そんな事情をおくびにも出さなかったから、全く気付かなかった。


 絶対的な存在だから、軽く発言する内容にすら、他の人より重みがある――神様だから。


 何それ怖い。基本的に、私は黙っといた方が良さそう……。


 たらたらと汗をかくのを感じながら、私は内心で「パルシーニさん、イオさん、本当にごめんなさい……」と地面にめり込むほど土下座した。



神様も大変です。

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