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圧倒的な魔法

 星だけが瞬く空の下、岩が積み重なった斜面を登りきると、その先にはまだ木々が立ち並んでいた。先導するロアンが振り返る。


「ここです。今は暗くて見づらいですが、中央小橋が正面にあります」


 木々の間のぽっかりと空いた空間を指し示す。その下に広がる森の先に、松明の橙色がいくつも揺れ、整列する兵士たちの姿がぼんやりと浮かび上がっていた。

 その前方には河と橋があるようだが、松明の先は墨を流したような夜闇に包まれて、全貌は掴めない。


「小舟での渡河は警戒してるんですが、季節外れの霧のせいで視界が悪くて……。遠いですし、ご案内する場所はここで本当に良かったんですか?」

「構わない。ルーリとイリサグは周囲の確認を。ロアンはここで待機するように」

 ロアンの問いにスーウェンがさらりと答えると、みんなは一斉に腰に提げた灯りに布を被せた。周囲の闇が一層深まり、手元と地面しか灯りが照らさない中、スーウェンは「ナギノ様、」と静かに口を開いた。


「……なるべく早い段階で、"天まで届く火柱"を見せつけ、戦意喪失させる――と仰っていましたね。今からそれを、できますか?」


 淡々と明かされる寄り道の目的。何となく予想していたとはいえ、冷や汗がこめかみを伝った。


「は、はい。頑張り……」

「――警戒ッ!」


 崖の方へ見に行ったイリサグの叫び声が遮った。咄嗟に周りが私を庇うように動く――同時に、鼓膜を破るような甲高い音が鳴動した。

「ひゃ……っ!!」

 耳を押さえても、手を突き抜けて音が刺さる。夜闇の空気が烈しく揺れ、金属でも引き裂いたみたいな不快音が何重にも反響し、膝の力が抜けた。


「……っ、大丈夫ですか?」

 やがて鳴動が遠のくと、イオの声が傍で落ちる。覆いかぶさってくれていたようで、しゃがみ込んだ体勢のまま動けない私を支えてくれる。

「ごめ、……だ、いじょ……」

 耳の奥がキンと痛む。突発的な大音量――恐怖で全身が震えて、上手く言葉が出ない。

 トルユエが横からすっと、私の顔に灯りをかざす。私の手首をやんわり掴み、ゆっくり声を落とす。

「……今までで一番デカい音だったな。落ち着け、深呼吸しろ」

 脈を確認しているらしい。心臓がばくばくと拍動し、息が浅くなっていた。


 ――やっぱり慣れない。大きな音は、怖い……!


 必死に深呼吸していると、ルーリ達が足早に戻って来る。

 周囲に異常がないことを報告すると、ルーリは私へ「ナギノ様!」と心配げに駆け寄る。その後ろで、イリサグは緊張気味にスーウェンと話し続けていた。


「対岸で、魔石の発光を複数確認しました。帝国は……魔石不足が深刻なんですよね? なのに、ああも多用するだなんて」

 スーウェンが頷くと、トルユエが耳を掻きながら立ち上がる。

「ったく、悪趣味な音させやがって……いくつも重ねやがったな。何かの合図か?」

「……そうだとすれば、急がないと」


 冷静に話す3人の話を聞きながら、不安が胸に広がって、思わず顔を伏せる。

 肩を支えてくれるイオの手に、ぎゅっと力がこもるのが分かった。


「――失礼」

「わっ……!」

 地面から引き剥がすように、スーウェンが私を引っ張り上げた。驚きふらついたものの、膝に力を入れて立つ。イオとルーリが「ちょっ、スーウェ――」と一瞬声をあげたが、即座に「黙れ」とトルユエに制され、2人とも口を噤んだ。

「全員、ここで待て。……ナギノ様はこちらへ」


 スーウェンに橋が見える方へ引っ張られ、崖の端に立つ。

 大学の屋上にでも立ったような高低差で、びゅうと湿った風が下から吹き上がった。


「これから橋の中間地点である中州を、本隊が照らします。位置を確認したら、その地点へ魔法を行使してください」

「は、はい。……その場所って、誰もいませんよね? 魔法、放っても大丈夫ですか?」

「恐らく。もし居れば、既に戦闘が始まっています。先ほどまでの音は、ただの威嚇でしょう」


 やっと呼吸は落ち着いてきた。でもまだ震えが治まりきらない私の手をちらりと見たスーウェンは、小さく息を吐いた。

「……これは、一度きりの機会です」

 彼は腰に提げていた灯りを地面に置く。ゆっくり上げた顔は半分闇に溶け、低い声がはっきりと聞こえた。


「今、敵が退かず、このまま開戦すれば。敵へ直接、攻撃をしていただくことになります。

 ……それで、よろしいですか?」


 不意に、私の頬にかかる髪を彼の指が払った。

 一瞬だけ触れた指先が氷みたいに冷たくて、ひゅっと息を呑む。

「そ、それは嫌です。やります……!」

 精一杯、背筋を伸ばして返事をする。


 ――人に向けて攻撃するなんて嫌だ。何が何でも、退いてもらわなきゃ……!


 わずかに沈黙した後、スーウェンは視線を逸らさないまま首元から細い鎖を引き出した。いくつかの魔石が連なり、一つを指先で摘む。

「"ナギノ様に確認しました。照らしてください"」

 静かに声を落とすと、石は小さく光り、溶けるように消えた。


 これ、通信装置だ。……前、いつ見たんだっけ?


 首を捻るも「ところで、」と切り出され、すぐに思考は遮られた。


「ナギノ様が大きな音を恐れるようになったのは、"ケンドウの先生"が原因でしたか」

「はい。……え? その話、スーウェンさんにも話しましたっけ?」


 以前にイオとエフィナに話した記憶はあるけれど、他の人には話した覚えがない。思わず訝しんで眉を寄せると、彼の首元の魔石がまた小さく光を帯びた。

「間もなく、光が上がります」

 握りこんだ魔石が消失した後、スーウェンはトルユエ達へ合図する。そしてそのまま、私の耳元へすっと顔を寄せてきて、反射的に身構えた。ふっ、と笑った吐息が耳にかかった。

「……そう、警戒なさらないで」

 まるで直接、脳に声が響くように囁かれた声に、背筋がぞくりとした。


「では――今回はその先生のことを、よく意識してみてください」


 まるで脳に直接声が響くような囁き声に、背筋がぞわっと逆立つ。努めて、平気なふりをした。

「ど、どうして先生なんですか? 理科の実験で、火柱を見た時のことを意識しようと思ってたんですけど……」

「音による攻撃は定石ですし、今後も予想されますから。あなたも困るでしょう」

「……?」


 すると、橋の上空で青白い光の玉がぱぁっと弾けた。裸電球に明かりがついたようで、漆黒の夜闇が照らし出される。


「――先生のこと、よく思い出してください。ご武運を」

 早口で言い残して身を離し、彼は丁寧な所作で、橋を示した。


 河に架かった細長い橋は、中ほどにある小さな中州を経由し、遠い対岸へ繋がっている。川面には霧がかかって、大きな河全体が白く見えた。


 ……いまいち、スーウェンさんの話が腑に落ちない。でも今は時間が無い。――とにかく、言われた通りやってみよう……!


 脳裏に――稽古も指導も厳しくて、とにかく雷が落ちて爆発したみたいに声が大きかった、剣道場の先生を思い浮かべる。

 ……もしあの先生がいなければ、こんなに音で苦労することはなかっただろうな、と心の中で苦笑した。


 弾けた光はすぐ収束し、再び漆黒に包まれた。中州が見えた辺りに、急いで手をかざす。

 でも咄嗟に口にする言葉が思いつかず、焦りが募って空回りしそうだ。


 ……戦いなんてやらないで。みんな、もう退いてください……!


 心の中で叫ぶ――突如、視界が白に染まる。星も橋も、全て光に飲まれた。


「わっ――!」


 天を衝くかの如く、噴き上がった火柱で、一瞬で霧が吹き飛ぶ。

 橋の構造が崩落していく。なのに音すらも燃やし尽くしたように、無音だった。

 崩落した橋の衝撃で、遠目で見ても分かるほど川面が激しく波打ち、小舟が何艘も波に飲み込まれて沈んでいく。


 ……え、舟!?


 よく目をこらしたいが、眩しさに目がくらんだ。

 やがて、火柱は蒸発するように消えていく。しかし既に橋へ燃え移った炎は勢いを緩めず、黒煙を巻き上げて、橋は静かに崩れ落ちていった。


「――警戒を維持しろ。トルユエ、来い」

 不気味な静寂の中、スーウェンは後ろを振り返って指示を出す。

「あ、あの。舟が……」

「お疲れさん。お前は後ろで少し待っとけ、な?」

 トルユエがそっと私を後ろへ背中を押すと、イオとルーリが駆け寄る。


「ナギノ様! 私、"癒し"以外の魔法を間近で見たの初めてで……すごかったです!」

 興奮気味に話すルーリの横で、イオはどこか不安そうに私の顔を覗き込む。

「大丈夫ですか? 身体に違和感などは?」

「だ、大丈夫。で、でもね、霧が出てたから、舟がいるって気付かなくて……! もし誰か巻き込んでたら、どうしよう……!」

「……落ち着いて。この距離からでは分かりません」

 慌てる私をイオが宥める。イリサグは無言で私を一瞥してから、橋の方へと視線を動かした。

「舟や橋に兵がいないか、本隊が確認中のようですよ。連絡を待ちましょう」


 振り返ると、火柱が噴き上がった中州は煌々と炎が揺らめき、川面を照らしていた。炎が燃え広がった橋は、今も徐々に崩落し続けている。

 手前側の岸では兵士達の間で魔石の光がいくつも明滅し、小舟の辺りを照らしているようだった。


「……もしも、誰か乗っていたと分かれば。軍人の河川内への侵入は、"侵攻"と見做される。――その場合は即、開戦です」

「っ、そんな……!」


 ――やるのが遅すぎたってこと? これ、意味なかったの……!?


 待つしかない。どうか誰も乗っていませんように――と祈りながら、両手を握りしめた。


 崖の端でスーウェンとトルユエは、橋の方を睨むように見つめ、声を潜めて短く言葉を交わしている。何を話しているのかは聞こえない。

 やがてスーウェンの首元が光り、通信魔石を握り込んでじっと黙る。そして、ゆっくりとこちらを振り返った。


「……ナギノ様、ゴルジョ様から連絡が入りました」


 表情が読み取れない顔からは、次に出てくる言葉が想像できない。思わず、全身に力が入る。

 彼の背後の空には、まだ白銀の残滓が漂っているように見えた。


 スーウェンの声が、夜闇に低く響いた。



色々と思考ががんじがらめになっちゃって、沼を抜け出すのに時間がかかりました…。

何とか魔法出せました。ゴルジョからどんな連絡が入ったのかな。

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