表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/54

癒しの光

(2025.8.2 一部誤字修正しました)

 目の前にいる人は伊織に瓜二つだ。信じたくなかったけど、どうやら本当に別人らしい。本人や周囲の反応から見ても、それは明らかだった。


 その事実を受け入れた途端、自分のいるこの場所が、本当に心細くて、ひどく不安定な場所に思えてくる。

 言葉が通じるのが唯一の救いだけど、もしも知らない外国で一人迷子になったら、こんな感覚なんじゃないだろうか。


「……すみません。私が知っている人に、名前も顔もとてもよく似ていたので……間違えました。

 イオ……さん? さっきは、助けてくれてありがとうございました。あの、怪我は……大丈夫ですか?」


 イオの口元には小さな痣があるのが見える。あのおじさんに殴られた時のものだろう。

 思わず心配すると、イオは少し驚いたようにしてから、ぱっと笑った。


「ご心配には及びません。このくらい、普段の訓練で慣れてますから」

「ええっ!? で、でも……」


 暴力どころか格闘技すら縁のない私にとって、さっきの一連の出来事はかなり怖かった。

 慣れるものなのか……。いや、慣れてても、痛いものは痛いんじゃないの……?

 それに、あまり目立たないとはいえ、顔に痣があるのを見るのは、やっぱりちょっと痛々しい。


 ……そういえば小学生の時に、自宅前の坂道で一輪車の練習をしていて、側溝へ派手に落ちたことがあった。

 勢いよくあちこち打って全身青アザだらけになり、私はもちろん、お姉ちゃんも怖かったのか大泣きするし、お母さんは私を見るなり「車にでも轢かれたの!?」と勘違いして、大慌てで病院へ連れて行ってくれた。

 その夜、ちょっと高いけど大好きな店のチョコアイスを、「お見舞いだよ」と言ってお父さんが買って帰ってきてくれた。

 そのチョコアイスも大好きだから嬉しかったんだけど、でも本当はそれよりも……何か、違うものが良かったような気がする。……何だったかな?


「……ナギノ様?」

 イオの声で、我に返る。……そうだった。今は昔のことを思い出してる場合じゃない。ここは異世界だ。

 だけど、あの時に食べたチョコアイス美味しかったなぁ……と未練がましく思い出しながら、私はイオへ手を伸ばした。


 もちろん、触れられるような距離じゃない。

 でも、彼の頬に残る痣が痛々しくて、気づいたら、そっと宙に手をかざしていた。


「庇ったせいで……本当にすみません。早く、治るといいんですが……」


 ーーふわり、と光の粒が宙に舞う。


 突然の出来事に、私は「え!?」と驚いて、慌てて手を引っ込めた。

 イオも、周囲に控えていた侍女や騎士たちも、みんな目を見開いて宙に舞う光の粒を見つめている。


 きらきらと輝いていたのは多分10秒もないほんの短い時間だったけれど、光の粒が消えた時、イオの頬からも痣が消えていた。

 彼自身も何か感じるものがあったのか、手を痣のあった頬に添える。


「……わざわざ癒しを与えてくださり、ありがとうございます。神の愛と御力に感謝いたします」


 戸惑いながらも、穏やかに目を細めて笑うイオに、私は「よ、良かったです……」と曖昧に返しておいた。

 よく分からないまま、とりあえず場は解散、という流れになった。


 退室の間際、イオがふいに真剣な顔で、私をじっと見つめてくる。何だろうと思うと、イオが声を静め、口を開いた。

「……俺なんかが差し出がましいですが、あまりご無理のないように。お身体をお大事になさってください」

 意味がよく分からず、とりあえず「ご心配ありがとうございます」と返して、退室を見送る。入れ替わるように、控えていた侍女がそっと近づいてきた。


「ナギノ様。この後ですが、パルシーニ様より、くれぐれもお身体にご負担のないように……と仰せつかっております。

 お部屋でお休みなさいますか? お茶やお菓子なども、ご用意できますよ」


 ……異世界のお茶やお菓子!?

 別に今、すごくお腹が空いているわけじゃないけれど、喉は乾いている。

 それに、スイーツ好きとしては、お菓子と聞いたら興味しかない。

「はい! ぜひ、お願いします!」

 私の分かりやすい反応に、侍女がふふ、と優しく微笑む。

「かしこまりました。では、お部屋にお茶とお菓子のご用意をいたします。

 ナギノ様は、どのようなお菓子がお好きですか? ケーキやクッキー、冷たい氷菓子などもありますよ」


 わあ、選び放題! 氷菓子ってアイスみたいな感じかな?

 どれにしよう、お菓子で一番好きなのは…………あれ、何だったっけ?


 ケーキを最後に食べたのは、6月の陽菜の誕生日? 大学の近くにあるカフェでお祝いしたんだよね。

 アイスは昨日の夜に、家の冷凍庫にチョコ味とソーダ味があって、何となくチョコの方にしたんだっけ。お風呂上りで暑かったんだし、ソーダ味にすれば良かったのに、変だなあ。

 ……あれ? 私、今日の大学帰り、伊織とどこに行ってたんだっけ……?


 ぽつぽつと考え込む私を見て、どうやら一つに決めきかねていると判断したのか、侍女が「では全てを少しずつ、盛り合わせましょうか」と非常に魅力的な提案をしてくれる。

「はい! 是非それでお願いします!」


「まあ私、忘れっぽいからな」と適当に理由をつけて、私はさっき感じかけていた違和感を、心の外へそっと追いやった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ