表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/64

迫る、艶やかな笑みと指先

 深夜から寝直した後の、朝。

 私が目を覚ますと、土下座する勢いでエフィナが私へ深々と頭を下げた。

「気が付かなくて、本当に申し訳ありませんでした……!」

 ルーリから事情を聞いたらしい。「疲れが出ただけだよ」と宥めながら支度を整えると、幕の外からスーウェンが現れた。


「昨夜はイリサグが、ご迷惑をおかけしました。……場所を移しますので、ナギノ様のお話も伺ってもよろしいですか?」


 私が頷くと、彼は横のエフィナへも視線を向ける。

「チャピには鎮静作用があるが、人によっては深い眠気を引き起こす。今回は咎めないが……以後は気を付けるように」

 だから全然起きなかったのか、と合点がいく一方、エフィナはなおも顔を伏せて「申し訳ありません……」と声を落とした。

「私がエフィナに『飲んでもいい』って言ったから……」

「知ってます。医療官に確認しましたから」

 イリサグへの尋問だけでなく、スーウェンは一人で各所へ事実確認に奔走していたそうだ。ほぼ寝ていないようで、本当に頭が下がる。


 エフィナを残し、私とルーリとイオが、彼の後ろに続いて幕の外へ歩いて行った。



 周囲にはいくつもの幕が並び、近くには物見やぐらがそびえている。私たちは幕の合間を抜け、倉庫として使用しているという古びた木造の家に入った。

 中は整然と荷が置かれ、隅には埃が溜まる。元は空き家だったのかもしれない。

「イオは外で。ルーリはここで待て」と指示したスーウェンは、私へ隣室を示した。


 彼は扉を閉めると、ただ一脚ある椅子に腰掛けた私の正面に跪き、イリサグと昨夜に何を話したのか、質問を始めた。

 ……必然的に、2日前の夜に馬車で彼と話していたことまで打ち明けると、スーウェンは黙り込み、眉間を押さえる。

「2日前の件は把握していました。内容までは知りませんでしたが……経緯は理解できました」

「えっ、知ってたんですか?」と驚く私に、彼は小さく息を吐き、伏せた目を上げた。


「我々以外にも、巡回や見張りがいますから。昨夜は、ナギノ様の幕が最もよく見える指令所裏の見張り台の者が、イリサグの侵入に初めから気付いていました」


 ……さっきの物見やぐらか。でも気付いてたって、どういうこと?


「本来はイオがその見張り台の当番だったのですが、別の立ち位置との急な変更があったそうです。

 ――イリサグから指示を受けた者が、見張り台の立ち位置との交替を、事前に調整していました。……当然、口外しないよう指示された上で、です」


 そして、見て見ぬふり。そして深夜で周囲はほとんど就寝中。ルーリも女性兵士らと幕で眠り、イリサグと交替で眠っていたトルユエが、物音に気付いた。

 隣の指令所で仕事中だったスーウェンに通信連絡し、幕へ――という経緯らしい。

 こめかみを押さえるスーウェンは、寝不足も相まって、とても頭が痛そうだ。


「そ、そこまでします? それならいっそ日中に、無理やりでも私に話しかければ良かったのに……」

「彼からの接触は一切禁じ、"反すれば処罰する"と伝えてありましたから」


 ……かなり決死の侵入だったみたい。イリサグが、何だか気の毒に思えてきた。


「ナギノ様の"頭を引っ張った"事件から3週間以上、彼は真面目に務めていました。……信用した私の落ち度です。申し訳ありません」

 スーウェンは深々と頭を下げ、重たく口を開く。


「前回は見送りましたが……彼を、解任しますか? あるいは彼を信用した責任を取って、私?」

「ええ……!? そ、そんなのしませんよ!」

 重い処罰に、慌てて手と首を振った。


「だってイリサグさん、要は話したかっただけですよね? そもそも彼のことを忘れたり、馬車で下手打った私が悪いし……。

 ……今回バレちゃったんですし、いっそ今後は避けるのも"処罰する"っていうのも、無しにしましょう……!」

 開き直って主張する私に、彼は怪訝そうに目を細め、静かに口を開く。

「……ナギノ様がそれで良いのであれば。承知しました」

 そう言いながら、目を伏せ、しばらく考え込む。


「……よく分かりません」


 え?と声が漏れた。しかし冷静な口調で、彼の言葉は続く。


「これまでイリサグへの接触禁止令を良しとしていたのに、騒ぎを不問にし、処罰しないどころか禁止令も無しにする。あなたは害を受けたはずでは?」

「いや、今回は私が暴れたからああなっただけで……。イリサグさんも実際、『危害を加えるつもりはない』って言ってましたし」


 不意に、探るような視線が私へ注がれた。


「あなたは懐が広いというより――そもそも、あまり人に関心が無い?」


 嫌な指摘に、ぐっと息が詰まって、身が硬くなる。


「出会って1か月以上経つのに、年齢や経歴、思想や好みも……あなたは尋ねないでしょう。トルユエのことといい、尋ねれば知れる機会はいくらでもあったと思いますが」


 無意識に顔を逸らそうとした。でも指先で、くい、と顔を戻される。彼の視線は揺らがない。

 まるで自分の隠している所を暴かれるような気がして……口から出る言葉が、わずかに震える。


「気に……なったことは、あります。でも私、昔からプライベートな質問をするのが苦手で……。だから、知らないならそれでもいいというか……」


 話しながら言葉を探す私を、彼は黙って見ている。ぎゅっと手に力を込めて、彼の目をしっかり見つめ返した。


「で、でも関心が無いわけじゃないです! 本当はめちゃくちゃ興味があって、みんなのことももっと知りたいし、仲良くなりたいです。

 ただ、私が不器用で。不快にさせていたのなら……ごめんなさい」


 自分でも情けないくらい、語気が弱くなった。埃っぽい室内は、静寂に包まれる。

 すっと、窓の外から柔らかな日差しが入る。しかし室内だからか……彼の影が色濃く見えた。


「……おかげで、よく分かりました」


 光と影に縁取られたその顔は、妙に艶やかで。妖しげな笑みに、思わず胸がどきりと跳ねる。

 ――不意に彼の手が私の後ろへ伸び、ポニーテールの髪をすくった。長い指先に絡まった髪を、そのまま毛先へと梳く。ゆるやかな動きに、目が離せない。


「す、スーウェンさん……?」


 彼は立ち上がり、私の前に影を落とす。そして椅子に張り付けるように、私の正面を覆って塞ぎ――梳いた後の指先が、顎をつまむ。


「あなたは随分と、受け身ですね。……何でも受け入れるあなたなら、安心です」

「な、なに、が……?」


 彼のもう片方の手が伸び、指先が首筋から耳たぶ、頬を伝い――唇に触れる。


 ――怖い。


 ひゅっと息が詰まり、心臓が耳の奥でどくんと鳴った。

 逃げたいのに、顔を固定されて動けない。


「……私のこと、お教えしましょうか?」


 ゆっくり、艶やかなモスグリーンの瞳が目の前に迫ってきて――


「――い、いや!」


 全力で固まった両腕を動かし、触れ合いそうな顔の間へ咄嗟にねじ込んだ。

 必死な抵抗に、スーウェンは妖しげな笑みを一層深める。


「……残念」


 低く囁く声が耳をかすめ、ようやく身体が離れた。



 逃げるように立ち上がり、扉を開け放つ。「どうされましたか?」と目を丸くするルーリの横を通り抜けたスーウェンは、出口の前で振り返った。

「私は先に指令所へ戻ります。……先ほどの件、いつでもお教えしますから」


 既にいつもの無表情――それでも顔が熱くなり、「なっ、何も教えてくれなくていいですから……!」と声が大きくなる。

 不敵に口角をほんのわずかに上げると、何も言わないまま、スーウェンは先に出て行った。


 ……な、なんなの? スーウェンさん、どうかしちゃった……?


「――スーウェン様と、何かあった?」


 ルーリの怪訝な声にぎくりとして、全力で首を振る。でも彼女の目は疑わしげだ。

 ……さっきの部屋の会話、ルーリには聞こえたんだろうか。心配かけたくなくて、私はさっさと外へ出た。



 外に出ると、イオの周りに若い騎士が4人集まっている。私に気付いて、イオが振り返った。

「ナギノ様。少しよろしいですか? どうしても直接、話したいそうで……」

 私が頷くと、赤毛の優しげな青年が一歩前へ出た。

「お久しぶりです。セオザルと申します」


 ……誰だっけ?


「以前、俺を含めた衛騎士が2週間ほど出張したでしょう。そのとき一緒だった同期です」


 イオの助け舟に、あの馬車倉庫で会った人たちか、とようやく思い出し「こんにちは」と会釈する。しかしセオザルはなぜか深々と頭を下げた。


「昨夜の件……俺のせいで騒ぎになってしまって。……本当に、申し訳ありませんでした」


 ――聞けば、例の見張り台の見張り当番は、彼だったらしい。

 そして上の階級からの命令だったからというより、良家であるイリサグの家に逆らえなかったそうだ。「仕方ないですよ」と伝えても、彼は責任を感じているようで、表情が暗い。


「罪には問われませんでしたが……今後はちゃんと務めを果たします。そこの2人みたいな才能はありませんけど……」

「「それは関係ない」」

 イオとルーリが即答した。すると空気を和らげるように、後ろの3人がわいわい騒ぎ出した。


「ナギノ様! 昨日の癒し、すごかったっす!」

「やばかったよな、超元気になったし!」

「いやお前らずっと寝てたじゃん」


 ノリのよい3人が賑やかに笑い、場が明るくなって、私も釣られて笑みがこぼれる。

歳も私と変わらないと思うし、何だかクラスの男子を見てる気分だ。その笑いに釣られて、暗かったセオザルや、イオ達も口元を緩めた。

「おい。俺もルーリも、護衛中だから。あんまり騒ぐなって」

 イオが軽い口調で咎める。……こんなに軽い調子の彼を見るのは初めてで、何だか、胸の奥がふんわりと温かくなった。


 セオザルは私へ向き直し、八重歯を覗かせてにっこり笑って告げる。

「しっかりお守りします。いざとなったら任せてください」

 真面目だな、と思った矢先に「俺らも!」と3人がノリよく続き、思わずぷはっと噴き出して笑った。



「そいつらに文句ある時は、遠慮なく言ってくださいよー」

 去り際に言い残す彼らに手を振る。


「みんな仲良しなんだね」

「私は別に普通です。騎士見習い時代からずっと一緒なだけで」


 つんと答えるルーリを微笑ましく感じていると、イオはなぜか、少し表情が曇っていた。


「? どうしたの?」

「……昨夜は駆けつけるのが遅くなって、申し訳ありませんでした」


 重く言った言葉に、ルーリも顔を曇らせた。


 ……こういう時、私が気の利いたことを言えたらいいのになあ。


「ふ、2人とも気にしないで。元はといえば私のせいだし……あはは……」

 とりあえず笑って誤魔化す。いたたまれなくて、「帰ろ!」とさっさと幕へ向かって歩き出した。

 2人は一瞬目を合わせ、黙ったままルーリは私の横に並び、イオが後ろに続く。


 背後から、重たい吐息が落ちた。



妖しい。表現や言い回しに、数日悩んでしまいました。

次は、ずっと黙ってばっかりの彼が、やっと喋ります。セリフが多いー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ