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かつて暁を背負った騎士の告白

「……おい……」


 地の底から唸るように響いた声に、私とイリサグはびくりと震える。同時に彼の体は、私から乱暴に引き剥がされた。

「なっ――」

 抵抗する間もなく、背後から腕を極められたイリサグは、そのまま幕の外へ引きずり出される。その見知った姿に、私は声を上げた。


「……トルユエさん!?」


 慌てて後を追う。

 すぐ隣に張られた護衛騎士の幕の傍で、イリサグが必死に身を捩るが、背後のトルユエの力は揺るがない。イリサグの頭突きを避けると、より両腕をねじ上げ、地面に叩きつけるように押さえ込んだ。


「てめぇ、何してやがった?」


 背に跨がって押さえ込み、トルユエの凍るような声と視線が落ちる。


「話をしてただけだ……!」

「押し倒してか。良家のご子息の行動とは思えないな」

 地面に伏せたイリサグは目の険を増し、睨み上げた。

「……黙れ。家は関係ない!」


「じゃあ、ご説明願おうか」と押さえる腕に力がこもり、イリサグの顔が歪む。


「放せ……! また、ぶっ飛ばされたいか!」

「やれるもんならな。前は不意を突かれたが、お前にみっちり対魔訓練してやったのは俺だぞ」

 はっ、とイリサグは嘲るように吐き捨てる。


「まだ教官気取りか。いつまで――暁騎士のつもりでいる?」


 呆然と成り行きを見守っていた私は、思わず「暁騎士?」と漏らす。


 ……トルユエさんは光騎士だよね?


 騎士団には役職と別に階級があって、彼が「教官だった」というのは聞いたけれど、1つ上の暁騎士だとは聞いた覚えがない。するとイリサグがこちらを不審そうに見た。

「なんだその反応。まさか……知らない?」

 私が返すより早く、トルユエが低く「やめ……」と制して――


「――なにを、している」


 凄みのある声が、場を裂く。――少し離れた正面に、いつの間にかスーウェンが立っていた。背後に吹雪でも従えているようで、ゆっくりと近付くたびに、威圧感で全身が粟立つ。


「ナギノ様の幕へイリサグが侵入し、押し倒していた。俺が引きずり出した」

「ご、誤解を招く言い方をするな! たまたま体勢がそうなっただけだ!」

 答えるトルユエに、イリサグは必死に否定する。スーウェンは2人を素通りし、私の前に立った。

「何か、されたんですか」

「い、いえ。話をしていただけです」

 彼の視線が私の全身を素早くなぞり、幕の中を覗き込む。やがて顔を寄せ、低く問う。

「……確認します。あなたが彼を、中に招き入れた?」

「ち、違います!」

 咄嗟に全力で否定する。でも口に出してから「あ、」と口を押さえた。


 ……これ、イリサグさんの立場が悪くなったりしないかな……?


 私の懸念が伝わったかは分からないが、スーウェンは深くため息を吐き、2人へ振り返った。

「放してやれ」

 静かに指示すると、トルユエは躊躇いながら拘束を解く。イリサグは痛みに顔を歪めつつ身を起こし、スーウェンは彼の前にしゃがみ込んだ。

「……それで、何の話をしていた?」


 冷ややかな眼差しを受けて、イリサグはぐっと唇を嚙んでから、一気に吐き出す。


「……どうしてナギノ様は私を忘れているんですか?

 皆、こそこそしているし……なぜ、教えてくださらなかったんです!?」


 縋るような声に、スーウェンは即座に切り捨てた。


「こちらにも事情がある。説明はできない」

「でも……!」


「――何事ですか!?」


 イリサグが食い下がるのと並行し、ルーリが近くの幕から駆け寄る。夜闇をぼんやりと灯りが所々照らす中、周囲の幕からは騒ぎに気付いた人々が、怪訝そうに顔を出していた。

 すると別方向から「スーウェン様!」と声を上げ、イオも駆け寄って来る。


 幕の前で棒立ちする私と、座り込むイリサグと相対するスーウェン、警戒するトルユエ――状況を見て、素早く2人は私の方へ来る。


 周囲の人々へスーウェンが解散するように言う中、イオが「一体何が?」と問いかけてきて、それをトルユエがさっきと同じ説明で返す。

 2人は顔色を変えて私を見たので「何もないよ、大丈夫」と首を振ると、2人は僅かに肩の力を抜いた。


「……もう一つ、質問させてください」

 イリサグは座り込んだまま深く息を吐く。そして盾となるように立つルーリ越しに、ぎりっと私を睨んだ。

「ナギノ様は、ご存じないんですか? ――トルユエが、罪人だって」


 その一言に――横に立ったイオの表情が強張った。しかし鋭い視線をイリサグへ向けたまま、彼は毅然と答える。


「俺が、推薦したんです。任命に関わったファレン様も、経歴の詳細は説明されませんでした」


 イリサグとトルユエが目を見開いた。ふっとイリサグが鼻で笑う。

「やっぱり。……こいつが護衛騎士に選ばれるなんて、おかしいと思ってた」

 吐き捨て、たっぷり侮蔑を込めた視線をイオへ返す。

「――神をいいように利用するなんて、お前もよくやるな?」

 イオがぐっと言葉を呑んだ。はぁ、と静かにスーウェンがため息をつく。


「……過去の話はもういい。いま咎められているのは、お前だ」


 その声には厳然とした重みがあって、イリサグの顔も強張る。……でも不思議と、棘は感じなかった。

 彼はすっと、イリサグに手を差し伸べる。

「弁解の余地を与える。……来い」

 一瞬だけ躊躇い、イリサグはその手を掴んで立ち上がった。


「――トルユエは幕の外で、ルーリは中で待機。イオは持ち場に戻れ」


 スーウェンは指示を飛ばすとイリサグを伴い、建物の陰へ消えていく。トルユエだけが、深く項垂れていた。



 一気に場が静まり返る。残った4人の間に、重たい沈黙が落ちていた。


 どうしよう、と無意識に胸の前で手を組んだ私の手首に、隣のイオがそっと触れる。

「……赤くなってる」

 見ると、幕の中でイリサグに掴まれた部分が、わずかに赤くなっていた。

「あ、ほんとだ。でもゴルジョさんの時に比べたら、全然……」

 平気だよ、と言い切る前に息が詰まる――イオの眼差しが、強い熱を帯びて私を射抜いていた。


 その表情は今にも何かが暴れ出しそうなものを、必死に押し殺したように苦しげで。

 私も見返し、お互い黙ったまま見つめ合う――けど、彼の口はきつく結ばれたまま、やはり何も言わない。


 ……なに……?


 すると、緊張が張りつめた空気を断ち切るように。項垂れていたトルユエが、低く呟いた。


「……嫌な予感はしてた。他はいくらでもいるのに何で俺が、って……」


 顔を上げる。そして大股でイオへ迫り、勢いよく襟を掴み上げた。


「余計なことをしやがって。俺が一度でも頼んだか? あぁ?」

 咄嗟に止めようとした私を、ルーリが黙って手で制す。イオは抵抗せず、ただ真っ直ぐにトルユエを見据えていた。

「……トルユエ様が、何の理由もなく罪を犯す方だとは思えません」

「てめぇに俺の何が分かる。ちょっと優しくしすぎたか?」

 睨みつけられても、イオの声は揺るがない。


「それでも、俺はあなたを信じたい」

「……私も同じです!」


 ルーリもすかさず声を重ねる。2人を見て、トルユエは苦い顔で舌打ちした。

「お前らの気持ちなんか知るか、押し付けんな。……くそッ」

 イオを突き放し、私へ目を向ける。自嘲めいて、ふっと笑った。


「……俺は以前、暁騎士だった。だが、故意的に騎士団の機密情報を漏洩した。

 数か月前まで禁固刑を受けて、更に降格処分だ。……本当に誰からも聞いてないのか?」

「えっ。そ、そんなに?」


 ファレンと護衛騎士の話をした日を思い出す。でも彼女は別に、彼を否定してはいなかった。


「……『左遷された』とは聞きましたけど、イオが『優しい人だ』って言ってたし、実際そうだったから。全然、気にしてなかったです」


 あっけらかんと答えると、トルユエは呆れたように「少しは気にしろ、馬鹿」と私の額を小突いた。

「いたっ! じゃ、じゃあ……なんでそんなことしたんですか?」

「言えるか。俺にもいろいろ事情があるんだよ」

 ……理不尽だ。形だけ、睨んでみせる。


 トルユエは頭を抱えて深い溜め息をつき、観念したように顔を上げる。すると突然、イオの頭を鷲掴みにした。

「い゛っ……!」

 指先に猛烈な力が入っているらしく、イオが悶絶する。押さえつけながら、叩きつけるように言い放つ。

「二度とやるな。お前にまで累が及んだら、俺がリスマーヌ様に殺される」


 まあまあ、と慌てて宥めながら「イオのお父さん?」と首を傾げる。昨日、馬車で話を聞いたばかりだ。

 トルユエはぱっと手を放す。イオはまだ頭を押さえ続けていて、それを見てルーリは顔を引きつらせていた。


「ああ。リスマーヌ様は俺の教官だったんだよ」

「へぇ! ……え、怖い人なんですか?」

「ゴルジョ様でも反論できないんだぞ。察しろ」


 巨躯のゴルジョがこぢんまりしている姿を想像して、思わず「あはは……」と乾いた笑いが出る。


 トルユエは大きく息を吐いた。

「……今からでも、解任できるんだぞ」

 瞳を揺らがせることなく、真っ直ぐ私を見つめる。――真顔の彼に、ぽかんとした。

「え、なんで? ……いや、ちょっと頼りないと思ったこともありましたけど。

 でも今はすっかり頼りにしてるのに。トルユエさんがいなくなったら、嫌です」

 私がはっきりと答えると、イオとルーリも顔を合わせ、一緒に頷く。


 ……どんな事情があったかは知らない。でももう処分を受けたのなら、それで十分だと思う。


 呆気にとられた後、困ったように眉間にしわを寄せたトルユエは――ふいに私の頭へ手を伸ばし、がしがしと乱暴に撫でまわした。

「ちょっ……!」と抗議しても続く。ひとしきりやると、髪はぐしゃぐしゃに乱れた。

「このくらいで勘弁してやる。……お前ら2人は覚えてろ。遠征から帰ったら、ただじゃおかん」

 今度はイオとルーリを同時に鷲掴みにして、上から押さえつける。2人の悲鳴が重なった。


 ――トルユエの口元がほんの少しだけ、緩んでいるように見えた。



トルユエの昔話でした。黙って苦労してる人が多いです。

次は何を考えているのか、とか。

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