場違いな旅路と思い出せない夜
昼休憩を終えて、再び馬車に乗り込む。今度はスーウェンが同乗し、イオとルーリが騎乗する。
車輪がきしみを上げて転がり出すと、兜を外したスーウェンが口を開いた。
「トルユエから説明があったかもしれませんが、この後は夜営地点を目指します。明日は小村を中継し、現地へ入りますから、そのつもりでいてください」
……トルユエさん、一言も聞いてないよ!
眠そうだった彼を思い出して苦笑しつつ、そのまま勢いで「作戦を教えてもらえませんか」と私は切り出した。
だが、スーウェンはほんのわずかに瞬きをして、不思議そうに見返してくる。
「……サホノ様には一切の情報を事前に知らせない習わしです。なので、ナギノ様も同様にするつもりなのですが」
「えっ!? そんな慣例があるんですか!」
――何だそれ。だから私なにも知らされてないの……?
私の焦りに対し、スーウェンは淡々としている。
「御力が必要な時には、私から必ずお伝えします。ご心配には及ばないかと」
「で、でも……知っておきたいです!」
はっきり訴えると、彼は短く考え込み、やがて頷いた。
「……承知しました。ただし一度、他へ相談させてください。その後お伝えします」
「はい。よろしくお願いします」
腑に落ちない気持ちは残るものの、とりあえずそう返すしかなかった。
馬車は相変わらず大きく揺れる。窓の外には、変わらない平原と、後方に騎乗するルーリの姿が見えた。
ふと、昼休憩で彼女に頼んだ内容を思い出し――そうだ、とスーウェンにも同じ提案を切り出してみた。
「あの、スーウェンさん。突然なんですけど……私に、砕けた話し方をしてもらえませんか?」
「……砕けた話し方?」
首を傾げる彼に、ルーリへした時と同じ説明を重ねる。
スーウェンは目を伏せ、沈思して黙り込む。しばらくすると、ふっと視線を上げて私を見据えた。
「――それは、命令ですか?」
低く鋭い響きに、空気がぴんと張り詰める。
「ち、違います! ただのお願いです。命令じゃなくて……」
慌てて否定すると、彼はまた考え込んでから、静かに首を振った。
「申し訳ありません。できれば、このままでいさせてください。自信が、ないので」
「自信?」
「……公私の区別がつかなくなる、といいますか。
ナギノ様の方からお好きに話していただく分には、構いません」
少し含んだ言い方に気にかかりはしたものの、そう話す声はいつもの調子に戻っていて、張りつめた空気もふっと緩む。私はほっと胸を撫で下ろした。
「分かりました。急に言ってすみません、気にしないでください」
エフィナが口にしていた理由も、要するに「公私が混同する」という意味なんだろう。
もしかしたら、イオが砕けて話してくれない理由も、そこにあるのかもしれない。
すっと、スーウェンの視線が窓の外へ流れた。
「……ところで、彼は大人しくなりましたか」
彼の視線の先には、騎乗しているイオの姿がある。
質問とも、呟きともつかない声音に私は首を傾げたが、真意は教えてくれない。
「あなたが心穏やかに過ごせるなら、いいんです」
そう言い残すと、彼はイオから視線を外した。――もうこの話は終わりだ、と無言で告げられた気がして、私は問い返すこともできないまま、馬車は進んで行く。
やがて遠くに、崩れた建物の残骸がぽつぽつと見え始めた。
私とエフィナは互いに寄りかかるように身を任せ、一層荒れる道をどうにか耐えしのぎ――夕方、ようやく馬車が止まった。
スーウェンが先に降りて周囲を見回し、続いてエフィナも地に下りる。彼女が私に手を差し伸べようとしたが、それより早く――
「どうぞ」
スーウェンが差し伸べた掌に、思わずエフィナと目を丸くする。でも彼女はすぐに身を引いた。
「あ、ありがとうございます……」
おずおずと手を重ねると、彼は柔らかく握り返す。
緊張のまま地面へ降りた途端、足がぐらりと揺らいだ。
「ひゃっ――」
倒れかけた体を、抱き留めるように支えられる。
「ご、ごめんなさい……!」
「いえ。長時間の馬車でしたから。歩けますか?」
落ち着いた声に慌てて身を離す。ふと、横から熱い視線を感じた。
見ると、馬を下りたイオがこちらをじっと見ていて――物憂げな表情で、唇がわずかに動いたものの何を言うでもなく、ぐっと口を閉ざす。
そのまますっと顔を逸らして、木に馬を繋いだ。
更に一歩、イオと距離が離れたような気がして。……胸の奥が、ずきりと痛んだ。
――割れた石畳、崩れた家屋、口を開けた古井戸。ここはかつて、「避難命令が出された村の跡地」だという。
こんなに多くの廃墟なんて初めて見る。でも道端に落ちた人形が、確かにここに生活があったことを物語っていた。
ばたばたとテントの設営や夕食が始まり、その後はルーリ主導で温めた井戸水で身体を拭いたり。やがて日が沈んで就寝時間を迎えると、私とエフィナは馬車に戻った。
「てっきり、テントで寝るものかと思ってたよ……」
狭い座面に布を敷いて横になる。足は伸ばしきれず、明日の体の痛みはもう確定だ。向かいで横たわったエフィナも、小さくため息を漏らす。
「安全上の理由ですから仕方ないですよ。首都からだいぶ離れましたからね」
……確かに、随分と遠くまで来たなぁ。
最初は、町を出ることに少しわくわくしていた。
けれど町での見送りにせよ、騎士と兵士たちの張りつめた空気、慣れない食事、そしてこの廃墟の村。
……私は、とても場違いな場所に来てしまった気がする。
萎れた赤い花を胸に抱きしめ、エフィナに「おやすみ」と告げる。無理やり目を閉じると、疲れていたのか闇がすぐに押し寄せてきた。
――
遠くでフクロウの声がして、隣からはエフィナの寝息が静かに聞こえる。
浅い眠りと覚醒を繰り返すうち、どうしても寝直せず、のそりと身を起こした。
馬車の中は真っ暗で、肩から滑り落ちそうな布を、胸に抱いたままだった赤い花ごと押さえ、窓へ寄る。
そっとカーテンをめくると、青白い月明かりが差し込んだ。
すぐ傍らには、背を向けて立つ背の高い男性騎士の姿。
足元には細長い三角形の灯りが置かれ、その光に照らされて青白く浮かび上がっている。思わず、ぎょっと息を呑んだ。
「わっ……。あ、この人が『イリサグ』さんか」
少し伸びた襟足を小さく結んだ、見慣れない後ろ姿。イオ達ではない男性の護衛騎士となれば、イリサグしかいないだろう。
小さな声を漏らしたせいか、イリサグが振り返る。ぱっちりとしたつり目がこちらを射抜いた。
「あ……」
私は思わず固まる。けれど彼は視線を外す気配がなく、このまま沈黙するのも気まずくて、窓をそっと押し開けると、怪訝な声が先にかかった。
「……何か用ですか」
「い、いえ。目が覚めちゃって……それだけです」
辺りを見回せば、馬車を護衛する騎士のテントがすぐ傍にある。少し離れた場所には御者や騎士、兵士らの幕営が並んでいた。
「散歩なら無理ですよ。小用ならルーリを呼びますが」
「違います! 大丈夫です」
慌てて首を振ると、彼の視線が私の手元にある花へ移った。
「……その花、どうするんですか」
「え? どうしよう……もう萎れちゃって。でも貰ったものだから、大事にしたいんです」
「……あなた、本当に花とか猫とか、そういうものには同情的ですね」
小さくため息をつかれて、内心ぎくりとした。
――猫。魔石の事故のことだ。
前からずっと謝らなきゃと思ってた。今こそ言わなきゃ……。
「……イリサグさん。あの事故のこと、本当にすみませんでした」
意を決して口にすると、彼は「は?」と目を見開く。でも構わず続けた。
「あれは“なかったこと”として処理されて……あなたの気持ちを……」
「――またその話ですか? この前の謝罪は何だったんですか」
……え?
「謝罪……? 私、謝りましたっけ?」
記憶を探るが、思い当たるものがない。彼は呆れたように吐き捨てた。
「演習組が出発した日の夜ですよ。20日ほど前、私と散歩したでしょう?」
必死に頭の中を探る。――曖昧で、ぼやけていて。黄色い花の断片だけがふっと蘇る。
けれど、どうしても実感が伴わない。でも不思議と「散歩した」という感覚だけがかすかに残っていた。
ただ、誰が一緒にいたのか、そこまでは分からない。
「ご、ごめんなさい。あれ……夢じゃなかったんだ……」
「寝ぼけてるんですか。まさか、私が言ったことも夢だと思ってます?」
全く覚えがないわけじゃない。でもまるで、頭の中の一部が何かに吸い取られてしまったような――でも今はそれより、とにかく誤魔化そう。
しかし「あ、あはは……」乾いた笑いを浮かべた瞬間、彼がぐいと身を寄せる。
「そもそもこの前の謝罪だって、……あなたの誠意は伝わりましたが、別に必要ありませんでした。
それに、色々あったのは分かりますけど、私への態度が変わりましたよね。今だって、初対面みたいによそよそしい」
――や、やばい。これ以上はだめだ!
「お、おやすみなさい……!」
慌てて窓を閉めようとした瞬間、イリサグの手ががしっと窓を押さえた。
「答えてください。なぜなんですか?」
鋭い視線がまっすぐにぶつかってくる。冷や汗が背を伝い、心臓が痛いほどに脈打つ。
……実はあなたのことは一切覚えてないんです。なんて、言えるわけがない。
「……ごめんなさい!」
渾身の力で彼の手を払いのけ、勢いよく窓を閉じ、カーテンを閉める。
中に入ってこられるかと心臓が早鐘を打ったが、結局、開けられることはなかった。
やがて再び訪れた静寂に、ようやく肩から力が抜ける。
ほっと息を吐いて、布を引き寄せて横になり、赤い花を抱えたまま目を閉じ直した。
花瓶もないし花は萎れちゃいました。
そして更新が空いちゃいました。時々修正したりするかもですが、ぼちぼち頑張ります。
次は歳の離れた家族。




