表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/64

特別の涙

ちょっと長いです。


 トルマティの鋭い視線に、息が詰まった。思わず身を引こうとして、背が椅子にぶつかる。

 助けを求めるように横を向けば、イオが目を見開き、下座に控えるエフィナも驚きに目を丸くしていた。

 次の瞬間、イオの表情が険しくなる。


「……やはり、そんな話ですか。こんな真似は騙し同然だ。場合によっては罪にも問われます。なぜこんなことを?」

 数歩進み出て、私の隣に立つ。声音には棘が混じり、トルマティを真っ向から警戒している。

 けれど彼女は憂いたように息を吐いた。

「あなたが家に顔を出さないからですわ。ミリティも泣いて戻ってくるし……。

 以前は騎士棟で会うこともできたけれど、護衛騎士になってからは会えなくなってしまったもの」

「……たかが一か月ほどです。郊外の任もありましたし、決して家を避けていたわけではありません。それにリスマーヌ様には、きちんと連絡も取っています」


 ――リスマーヌ? 初めて聞く名前に、私は思わず瞬きをする。

 イオは深く息を吐き、うんざりした声で続けた。


「俺は男ですし、婚姻を急ぐ理由などありません。どうか放っておいてください」

「あなたはそれで良くても、ミリティは19よ。20までには結婚していなければ"嫁ぎ遅れ"だと嗤われます。彼女をそんな目に遭わせるの?」

「ですから他の方と……」

「だめ! ミリティは『イオ様以外は考えられない』と言い張っているし、わたくしも同意見です!」


 トルマティの声が響く。矢継ぎ早のやり取りに、呆気にとられた。


 ……お姉さん、私よりもイオに、謁見願いを出した方が良かったんじゃない?


 断られると思ったのかもしれないけれど――何にせよ、これ以上はもう留まらない方が良い。

 退出するタイミングを窺おうと視線を泳がせる。すると、トルマティが扇を抜き出して、ビシッと私へ突きつけた。


「先日の勝負はミリティの完敗でした。そのことに文句を言うつもりはありませんわ、あの子が未熟なだけです。

 ですが――あなたのような方がいるから、弟が結婚できないのです」

「……え?」


 意味が掴めず、私は目を瞬かせる。だが彼女は容赦なく言葉を重ねた。


「調べさせていただきましたわ。2人は他の護衛騎士とは違って妙に親しげに話している、手を繋いでいた、抱き上げられていただの……色々と耳にしております」

「――ち、違います! 誤解です!!」

 頭が一気に沸騰しそうになり、必死に声を張る。

「イオは同い年だし、まだ言えてないだけで、他のみんなとも普通に話したいとは思ってます!

 手を繋いだのは引っ張られただけだし……お、お姫様抱っこだって、そんな甘い意味じゃ……!」


 まくしたてるほど顔は熱くなり、真っ赤になっていくのが分かった。でも今さら覆い隠すのも遅く、手が行き先を失って宙に浮いている。

 私の様子を見て――イオは眉間に深い皺を刻み、鋭い視線をトルマティに向けた。

「……いい加減になさってください! 俺だけでなく、ナギノ様まで侮辱するおつもりですか!」

 声を荒げるイオにも屈せず、彼女は扇を広げて口元を隠す。だがその視線は私を真っ直ぐ射抜いている。

「まさか。ただ、イオにも評判があります。印象を損ね、ミリティとも結婚できなかったら……その責任、どうお取りになるのかしら?」

 胸がぎゅっと締め付けられる。だがイオが、声を揺らしながらも強く返した。

「違います。ナギノ様は無関係です。その……先ほど挙げられた行為は、すべて俺の判断であって、彼女のせいでは……!」


 トルマティの目が見開かれた。表情と共に手から力が抜け、緑の扇がコトリと床に落ちる。

「……どういうこと? あなた、ナギノ様と――結婚でも望んでいるの?」



 ――時間が止まった。


 全員の動きが静止し、呼吸すら止まって――直後、イオの低い声が、地を這うように響く。


「……俺は騎士として、主であるナギノ様に忠誠を誓っています。そこに、下心など一切ありません」


 腹の底から絞り出すような声。その直後、彼の手が伸び、私を強く引き起こした。

「ナギノ様、行きましょう。これ以上、話す必要はありません」

「えっ、あの……」

 背中に手を添えられるというより押し出されて、走るように扉へ向かう。

「待ちなさい! イオ!」というトルマティの声が響いたが、振り返る余裕もなく廊下へ飛び出した。


 ――謁見の間から部屋までは近い。

 それでも彼に押し出されるまま駆けて、いくら転ばないように腕も掴まれているといえど、息は苦しく、足がもつれそうになる。

「ちょ、ちょっと待ってイオ、速いよ……!」

 必死に訴えても、彼は一瞥もくれない。睨むように前を見据え、止まることなく足を進めた。

 あっという間に部屋へたどり着き、飛び込むように中へ入った。



 膝に手をついてぜえぜえと肩で息をする。胸が焼けつくように苦しい。

 追いついたエフィナも襟をつかみ、ぱたぱたと風を送っている。

 隣を見れば、イオはほとんど息が乱れていない。体力差を思い知らされた。


 先に落ち着いたエフィナが、ふーっと長く息を吐く。

「イオ様、急すぎます! もちろん嘘をついたトルマティ様が一番悪いですけど……見ていて、ナギノ様が倒れるかと思いました」

 眉を上げる彼女に、イオは顔を背けたまま小さく呟いた。

「……申し訳ありません」


 エフィナは溜め息をつき、呆れたように腰に手をあて、肩をすくめる。

「とりあえず、お茶を持ってきます。座って待っててください」

「あり、がとう……」と息を整えながら伝えると、彼女は扉を静かに閉めて出て行った。


 ようやく息が落ち着きはじめた頃、イオの声が低く響く。顔は背けられたままだ。


「さっきは……本当に、申し訳ありませんでした」

 ようやく振り向いた彼の表情は、ひどく憂鬱だった。

 胸が締めつけられて、私は精一杯の笑顔を作り、努めて明るく声を出す。

「ううん、気にしてないよ! でもあんな別れ方、しても良かった……の」

 話している最中、イオが項垂れる。その表情を見て、語尾が消え入った。


 それはひどく苦しそうに歪んでいて。なんだか、壊れそうなほど脆く見える。


「ねえ、大丈夫……?」

 思わず歩み寄り、背中をそっとさする。けれど彼は答えない。

 呼吸に乱れはないけど、ひどく落ち込んでいるのが伝わってくる。

 ――とにかく、何とか話題を変えなきゃ。


「や、やー……びっくりしたよね。だ、抱き上げるとか! イオはただ運んでくれただけなのに!」


 咄嗟に話題が思いつかず、無理やり口にした言葉はまごつく。イオは目を固く閉じたまま反応せず、項垂れたままだ。こういう時、自分の不器用さが情けなくなる。

 不甲斐なくて、肩も声も沈む。

「……ごめんね。私のせいで、イオの評判が下がってるなんて……知らなかった。

 でも考えたらそうだよね。付き合ってもない人と近かったら……みんな、そう思うよね」


 イオが小さく息を吸った。でも何を言うでもなく、沈黙に戻る。


「私がもっと、魔法にせよ、ちゃんと……しっかりしてたら良かったんだけどね。ファレンさんみたいな……あ、それかゴルジョさんみたいな!

 ごりごりで、強い感じだったら、周りにもとやかく言われなかったかも?」

 両腕を曲げて力こぶの真似をし、ゴルジョみたいに歯を見せてニッと笑ってみせる。袖がずり落ち、肘まで露わになった。


 ――しん、と静か。


 ……すべった。どう収拾をつければいいか分からず、固まっていると――すっと、イオの手が伸びた。

 私の袖をつまみ、腕を隠すように直してから、そのまま手を添え、私の腕を静かに下ろす。

 ゆったりとした動作に、目が奪われた。クッと彼が小さく笑う。


「……関係ないですよ。……ふふ」

 抑えきれない笑いが零れた。表情からさっきまでの苦しさが和らぎ、私は安堵に胸を撫で下ろす。

「そ、そうだよね。あはは……」

 顔はまだ伏せているが、笑ってくれただけで救われる。


「……ところでね。イオはミリティ様のこと、好きじゃないの?」

 そもそも気になっていたことを尋ねると、彼はため息を吐いて顔を上げた。

「むしろ苦手です。押しが強すぎて……」

「そうなの? ……まあ、ちょっと分かる気もする」


 一方的に勝負しかけてくるくらいだから、彼女の強引な姿は容易に想像できる。けれど頭に浮かぶのは――長いまつ毛、薄くて形のいい唇、豪華で綺麗な巻き毛、鈴が鳴るような声。

 仕草一つとっても、私とは似ても似つかない。


「……あんな素敵なミリティ様と私なんかが並べ立てられること自体、恐れ多すぎるな。

 私にはあんな可憐さも優雅さもないし……」

 自嘲気味に笑うと、イオが真っ直ぐ私を見つめて言った。

「そんなことありません。ナギノ様は、可愛いです」

「かっ――」

 息が詰まり、慌てて手を振る。


「い、言わせちゃった! ごめん!」

「言わされてません」

「いや絶対言わせた! 私の言い方が悪かったです!」


 ぶんぶんと手を振る私を見て、イオの笑みが深まった。


「誰かと比べなくても……あなたは可愛くて、優しくて、素敵な方ですよ」



 ――限界だ。



「だ、だめ……そんなこと言わないで……。まるで……特別、みたいに聞こえるから」


 一瞬、口にするか躊躇う。でも勢いがついたまま、止まらなかった。

 これ以上変なことを口走らないように、口元を押さえる。自分の指先が、小さく震えていた。


 イオはぐっと黙り込み、やがて、重々しい声を落とす。



「もちろん特別です。――神ですから」



 断ち切るような口ぶりに、……全身の力が、抜け落ちるようだった。



 ――そうだ、私は神様なんだ。だから『特別』大事にされているだけだ……。


 とても当たり前のことなのに――胸がずしりと痛んだ。

「……っ、そうだ、よね」

 今度は私が、項垂れた。


 ……きつい。


「……え、ナギノ様?」

 不安げなイオの声が落ちる。――気付けば、頬に涙が伝っていた。

 そのままぼろぼろと涙が溢れてきて、止められない。口元を押さえたままの手にも伝う。



「……ナギノ」


 頬に彼の指先が触れた。そっと顔を持ち上げられると、頬に伝った涙を、長い指先が拭う。

 そしてもう片方の手も伸びてくると、両手で顔を包みこむ。

 その手のひらは熱くて――頬から胸の奥底まで、熱が広がってくるようだった。


 見上げた彼の表情は、何ともいえない、悲しみと苦しみが入り混じったように、複雑だった。

 だけど言葉はなく――頬の熱を惜しむように、すっと手が離れる。


 そしてそのまま、彼は私から数歩、下がる。

 その数歩は――心の距離まで置かれたようで、ひどく遠く感じられた。



 ――チリン。


 扉から鈴が鳴る。間もなくして扉が開き、エフィナとスーウェンが部屋に入ってきた。

「……えっ、ナギノ様!? どうされたんですか!」

 ワゴンを横に押しやったエフィナが慌てて駆け寄る。私は答えられず、必死に、しゃくりあげる声を抑えた。


 スーウェンは目を見開いたまま私を見て――一瞬、ぎろりとイオを睨んだ。しかしすぐに無表情へ戻り、抑えた声を響かせる。


「ナギノ様。我々にも出動命令が下りました。――参りましょう」



ぼろぼろ。

そしてとうとう出動。移動もあるし、まだもう少しかかるんですが……。

ぼちぼち書いていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ