可憐なるお嬢様の挑戦状
人形のように可憐なミリティが、つかつかとこちらへ歩み寄ってくる。
よく見ると背後には、同じ雰囲気を纏った女性たちが何人も連なり、側近もいるようだ。
彼女は私の前で立ち止まると、じっとこちらを睨みつけ――頭の先から足の先まで、値踏みするように視線を滑らせた。
「……あなたが、ナギノ様ですのね。どんな方かと思っていましたけれど、存外、普通ですのね」
豪華に巻かれた金髪と、鈴が転がるように可愛らしい声で――ばっさりと毒を吐いた。
……普通の人間なんで、普通ですみません!
心の中で思わず頭を抱えつつ、とりあえず顔を上げてぎこちなく笑ってみせる。
「え、えっと……ミリティ様? 初めまして。ナギノです……」
なぜ門の前に立っていたのかは分からないが、私の名前を知っている。とりあえず挨拶だけはしておくことにした。すると、すぐ後ろに立つイオが冷静な声で問いかける。
「トルマティ様は、どちらに?」
彼の声にミリティは長いまつ毛を瞬かせ、頬に手を添えながら微笑む。
「イオ様、ごきげんよう。おばあ様でしたら騎士棟へ、大叔父様に会いに行っておりますわ。
わたくしは『こちらにいれば会える』と聞いて、ずっとお待ちしておりましたの」
もう足が痛いですわ、と小さく嘆く仕草さえ、いちいち可憐で目を奪われる。
……ここ数日はわりと暇だったから、外を歩き回ることが多かった。それを知ってて、ここを指定したのかな? 一体いつから待っていたんだろう。
はあ、とイオが大きくため息をついた。
「……ミリティ様。ここは遊び場ではありません。それに先ほどの物言いは無礼です。すぐにトルマティ様へ連絡しますから、すぐにお帰りください」
その厳しい声に、彼女はぱっと顔を上げると、眉を下げて目を潤ませる。
「まあ……! わたくし、久しぶりにお会いできて嬉しいですのに。イオ様は、わたくしに会えて嬉しくないんですの……?」
「そういうことではなく……とにかく、他の皆さまも連れて、お帰りください」
片手で顔を押さえるイオは、心底うんざりした雰囲気だ。
エフィナはというと、ミリティが近づいた瞬間にすっと横へ避けてしまったので、2人の間に立たされた私はますます居心地が悪い。……この状況、とりあえず私はどうすればいい?
空気に溶け込みたくて小さくなっている私に、ミリティが再び鋭い視線を投げる。
「嫌です。それに――わたくし、今日はナギノ様に用があって参りましたの」
「え、わたし?」
そもそも私を睨んで近寄って来たのだから、何となくそんな気はしていたけれども。
理由を尋ねる間もなく、私はビシッと正面から指を差された。
「ナギノ様が、イオ様との婚姻を邪魔していると聞きました。そんなこと、許せません!
――わたくしと勝負なさい!」
「…………は、はいぃ?」
あまりに突拍子もなくて、人前なのも忘れて口を開けたまま固まってしまう。
理解できずにイオを振り返ると、彼も唖然とした表情を浮かべていた。だが我に返るのが早かった彼は、鋭くミリティを睨んだ。
「……何をおっしゃっているんですか。俺の婚姻話に、ナギノ様は無関係です。――大切な方を巻き込まないでください」
言い方が悪かったのか、受け取り方が悪かったのか――その一言にミリティの表情が凍りつき、よろめいた。後ろの取り巻き女性たちが慌てて支える。
「ほ、本当……でしたのね。イオ様が、誰かに懸想なさっているなんて……」
「けそう……?」
なんの話?と訊き返す間もなく、イオが私の前に飛び出した。
「――いい加減にしてください!! どうせ、トルマティ様がおっしゃったのでしょう!?
……これ以上は俺だけでなく、ナギノ様への侮辱になりますよ!!」
叫ぶように怒鳴るイオに、全員がびくりとした。声が門前に響き渡り、通りすがりの人々まで足を止めて、こちらに視線を向ける。
めそめそと目頭を押さえるミリティ、必死に感情を抑え込もうとするイオ、ざわつく周囲――空気は最悪だ。
このままでは本当に何か嫌な噂が立ちそうで。ぐっと背筋を伸ばし、イオを押しのける。
驚いた彼を無視して、私は一歩前へ出た。
「……あの、ミリティ様。よく分からないんですけど、私と勝負したいんですよね?
……分かりました。痛くない勝負なら、やります」
正直、何の勝負なのか分かってないんだけど――という言葉を呑み込みつつそう告げると、周りに支えられながらめそめそしていたミリティはぱっと顔を上げ、瞬く間に笑顔になった。
「――そうこなくては。ありがとう存じます。では早速まいりましょう」
踵を返し、騎士棟の方へと歩き出す。
「場所はもう借りてありますの」と言い残しきびきび歩く姿に、私は思わず目を瞬かせた。
……あれ? さっきまで泣いてなかった? まさか……え、噓泣き?
呆気にとられていると、がしりとイオに両肩を掴まれた。
「何を考えて……! 放っておけばよかったものを……!」
怒りと困惑を混ぜた声で、早口で私を責め立てる。
「わ、わたし、余計なこと言っちゃったかな? でも泣いてて可哀想だったし、勝負くらいなら……」
「そういうことじゃない! ああもう、あなたという人は……!」
イオは完全に怒っている。彼の様子に怯んでいると、エフィナがすっと割って入った。
「イオ様、落ち着いてください。……衆目がありますよ」
はっと我に返った彼が周囲を見回せば、通行人たちはすっかり野次馬になっていた。
お腹の底まで大きな息を吐き出しきったイオは、小さく「……申し訳ありません」と呟く。
そのとき、ミリティの取り巻きの一人が「お急ぎくださいませ!」と声をあげた。
私とエフィナ、イオは顔を見合わせ、静かに頷き合うと、ミリティの背中を追って足早に歩き出した。
――騎士棟へ向かうものだから、もし剣術対決だったらどうしようと内心びくびくしていたものの、案内されたのは大学のラウンジのような広いスペースだった。
机と椅子が整然と並び、多目的スペースに似た一角に、ミリティは優雅に立っていた。
「さあ、こちらへ。淑女たるもの、力ではなく智で戦うべきですわ。――『盤上の覇旗』で勝負いたしましょう」
「ばんじょうの……はき?」と思わず首を傾げる。
彼女の前の机には、大きなゲーム盤と、旗のついた駒が並べられていた。チェスに似ているが、駒の装飾は凝っていて、見るからに高価そうだ。
目を丸くする私を見て、取り巻きの女性たちが扇を口元に添えてひそひそと囁いている。
「まさかご存じないの?」
「神は何でも知っているものだと……」
わざと聞かせたいのか微妙な声量で、イオがじろりと睨みつけると、彼女らは口をつぐんだ。
「……その反応、やはり初めてですのね。よろしくてよ、では条件を付けましょう。
3回勝負です。――1回でもわたくしに勝てば、負けを認めますわ」
「あ、そうなんですか? ありがとうございます……」
意外に優しいなと思っていると、ミリティの瞳が鋭くなる。
「ただし、わたくしが勝ったら。イオ様との婚姻を邪魔するのはやめてくださいませ。
それから――イオ様を護衛騎士から外してください。他にも候補の方はいらっしゃるでしょう?」
「なっ……!」
私とイオの声が重なった。
婚姻話を邪魔しているつもりは毛頭ない。でもイオが護衛騎士から外れるのは――それは本当にめちゃめちゃ困る!
イオは唇を強く噛み、怒りを押し殺している。
……「神の護衛騎士に選ばれるのは名誉だ」と出会って初めの頃に彼は言っていた。それを第三者から「外せ」と言われるなんて、恐らく耐え難い屈辱なんだろう。
彼は深呼吸をして「……少しお待ちを」と言って私の腕を掴むと、強く引き寄せる。そのまま壁際まで引っ張って連れて行かれ、エフィナも慌てて追いかけてきた。
人目を遮るように立ちながら、イオが低く押し殺した声で告げる。
「……あれは昔から女性の間で人気の遊戯です。俺はやったことはないですが、彼女が負けたところは一度も見たことがありません。
――ですから、あんな言葉を真に受ける必要はない。今すぐここを離れましょう。彼女たちには、俺のわがままだと説明しますから」
諭すような声。その響きに、奇妙な既視感が胸をかすめた。
――成功すれば……失敗すれば……。
既視感は煙のように実態がない。それよりも早く現状に集中しなくちゃ、と雑念を振り払うと、真剣にこちらを見つめるイオの瞳を見返した。
その眼差しは、怒りよりも憂いを帯びている。
自分への侮辱よりも、私を心配しているのだろうか。
私は服の裾をぎゅっと握り込む。
「……ううん。私、やるよ」
口にしてから、はっと思いついたことがあって。「耳、貸して」と背伸びをすると、彼の耳元に囁く。
「でも、うちのお父さんとお母さんが言ってたんだけど、“結婚は勢い”なんだって。……護衛騎士はともかく、いっそこの機会に、思い切って結婚しちゃう気はないの? 跡継ぎとか……大丈夫?」
イオの瞳が大きく開かれる。わずかな沈黙ののち、今度は彼が私の耳元へ顔を寄せた。
「……跡継ぎは、兄が既に継いでいます。俺がするとすれば婿入りになるでしょうが、どのみち結婚の意思はありません」
息が耳から脳に直接響くようで、背筋が粟立つ。
「それに……その時は。ちゃんと、自分の口で“結婚したい”と伝えたい」
その言葉に――足下から熱が込み上がってきて、顔から火を噴いた。
自分に向けられたものじゃないと分かっているのに、顔が一気に熱に包まれ、両手で必死に覆い隠す。ぼろを出さないようにだけ必死に集中して、「そ、そっか……」と辛うじて返事をした。
「……ちょっと! そこ、いつまで話してますの!?」
痺れを切らしたミリティが声を上げる。
エフィナが慌てて私の顔を扇いでくれたが、熱は引かない。仕方なく袖をなるべく引っ張り、隠すようにして顔を上げる。
……イオがどんな顔をしているのかなんて絶対見れないので、彼の方は見ないようにしながら、ちらりと横目でエフィナを見た。
「……エフィナ、顔、にやけてる」
小声で文句を言うと、彼女は肩を震わせて笑いを堪えた。私は大きく息を吸い込み、ミリティの方へ歩み出した。
ちょっと長くなりました。定番の流れですよねぇ。
次はボードゲーム対決。




