策謀と鎮静
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重厚な石造りの建物、その一室。
ガルメザル帝国軍本部・評議会戦略室では、円卓を囲んで6人の将軍が腰掛けていた。
卓上にはすでに地図と報告書が並び、淡い照明に紙面が照らされている。
扉が開き、息を荒げて7人目の壮年の男――セルギスは、「遅くなりました」と急いで着席した。
まだ始まったばかりの会議は、誰も遅参したことを気に留めず、進められている。
「マルダ河にて、季節外れの霧と水位低下を確認済みです。霧の発生は深夜から未明。水位は通常より1.2メートル低下し、渡河可能域が出現しています」
「渡れるのは2時間ほどか」
報告を聞いて、初老の元帥が頷く。その胸元で、軍人最高位を示す複雑な徽章が鈍く光っていた。
「渡るなら霧の中だ。……カリス、情報操作はどうだ?」
名を呼ばれた狐目の男、カリスは顔を曇らせる。
「噂の拡散は順調です。国内でも“偽者”が囁かれております。ただ……奇妙な報告がありまして。なんでも“神”が演習部隊に『祝福』を与えたとか」
「祝福?」と怪訝な声が上がる。カリスが答えあぐねるのを見て、別の男が肩をすくめた。
「儀式のようなものですよ。奴らは“加護”と呼んでいますが、実際に何かがあるようなものではありません」
一人、若い男がふっと鼻で笑った。
「どうせ士気を上げたいだけでしょ?」
セルギスはちらりと彼――ドランを見る。彼は背もたれにだらしなく体を預け、気のない笑みを浮かべている。
「神様は失敗続きだと聞いたけどな。昨日は街の外からでも光線やら虹が見えたという話も、ちょっと話が盛られ過ぎてて、まったく本当なんだか」
「……だが、"偽者"の噂と大規模魔法の話が同時に流れれば、情報の信憑性が揺らぐ」
セルギスが冷ややかに指摘しても、ドランは意に介さない。
「会議中くらい背筋を伸ばせ」と元帥が静かにたしなめると、彼はしぶしぶ姿勢を正した。そのやりとりを見て、眼鏡の男が口を開く。
「聖サルフェリオ国は南部港町への侵攻を警戒している模様です。演習先遣隊も南寄りに配置されております」
地図上に並んだ赤い駒は、南側へ偏っている。
「ふーん。我々の南部派遣が効いてるんじゃない? 演習は“備え”というより“不安の表れ”とか」
ドランが肘をつきながら言う。
「ですが、演習参加者は2000を超えるとか。規模は実戦級です。魔法の件もありますし、彼らが本気で備えている可能性もあります」
「なら、我々も本気で渡ればいいでしょ?」
軽口のように言い放つドランに、セルギスは苛立ちを覚える。
――この評議会は七人の将軍で構成され、それぞれが派閥を背負っている。
ここでは元帥やドランのような強硬派が声を大きく、誰も何も言えない。
「……渡河開始は午前4時。浮橋の設置に1時間。突撃は夜明け直後としましょう」
眼鏡の将が咳払いをして提案する。元帥グラウスは大きく頷き、地図を指でなぞった。
「槍兵を先鋒に。幻影隊は南部に残して演習部隊を牽制する。補給線は持つか?」
「持たせます」
セルギスが力強く答えると、ドランがくつくつと笑った。
「失敗すれば……評議会の椅子がひとつ空くな?」
込み上げる怒気を押し殺し、セルギスは川を描いた地図に視線を落とす。
「……兄は神に殺された。俺は人として、意志の力で勝つ」
低く絞り出した言葉に、元帥の口元がにんまりと弧を描いた。
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「……んー……」
ごろりごろり、と寝返りを2度打つ。ふわふわの布団の感触が心地よくて、まだ夢の中にいたい。
ふと、閉じた瞼越しに影が動いた気がして、そっと目を開けた。
「……のわわっ!? い、イオ!?」
――目の前にイオの顔。眠気が一瞬で吹き飛び、飛び起きてしまう。
ベッド横に跪く彼は、驚く私を見てぱちぱちと目を瞬かせている。
しかしすぐに小さく顔を逸らすと、肩を揺らして堪えるように笑う。少しして、柔らかな眼差しを向けてきた。
「おはようございます。……その、寝台から落ちそうだったので。驚かせてすみません」
頭が真っ白な私をよそに、反対側から「ナギノ様!」とエフィナが笑顔で声をかけてきた。
「お目覚めですね。具合はいかがですか?」
「……恥ずかしくて死にそうです」
イオに寝顔も寝相も見られたなんて、恥ずかしすぎる……!
思わず布団を頭から被ろうとしたが、「お髪が乱れますよ!」とエフィナに取り上げられてしまった。
布団を取り返そうと悪あがきする私を見て、イオは微笑むとすっと立ち上がった。
「スーウェン様に連絡します。目覚めたらすぐ報告するようにと言われていましたから」
そう言って首から細い鎖を引き出す。四角い小石が付いたネックレスを摘み、「ナギノ様がお目覚めになりました」と声をかけると、石は光を放って溶けるように消えた。鎖だけが残っている。
「……それ、なに?」
首を傾げて尋ねると、彼は鎧の下に鎖を戻しながら説明してくれる。
「通信用に加工された魔石です。対となる魔石に、一度だけ声を届けられるんですよ。
ナギノ様がいつ目覚めるか分からないからと、スーウェン様が渡してくださりました」
「へー! こうやって連絡取ってたんだ! ……あれ? 私、そんなに長く寝てた?」
感心しながらも疑問を口にすると、少し乱れた私の髪を梳きながらエフィナが答えた。
「5時間くらいですね。ぐっすりでしたよ」
「ごっ……!? そ、そんなに!?」
……魔法を使った後って、もしかしてこれ毎回あるの? デメリット重くない?
エフィナから冷たいタオルを受け取り、顔を拭きつつ肩を落とす。ふとハッと思い出す。
「そうだ! あ、あの注射って……結局?」
女医の姿が脳裏に浮かび、慌てて尋ねると、イオが答えた。
「大丈夫です。注射はされてません。俺がずっと見てましたから、安心してください」
ほっと胸を撫で下ろす。だが彼は少し眉を寄せた。
「……注射は苦手ですか?」
「まあ、痛いのは嫌だけど……」
女医が来て、トランクに手をかけた瞬間――「逃げなきゃ」って思ったんだ。
何でああも必死になったのか、いま自分で思い返してみても不思議だ。でも、あの時は必至で、とにかく「嫌だ」って感じた。
「……注射ぐらいで暴れるなんて、子どもじゃあるまいし……情けない……」
三角座りして顔を膝に埋めると、エフィナが「誰にでも怖いものはありますよ」と水を差し出してくれる。唇を尖らせながら受け取り、一口飲んだ。
イオは躊躇いがちに口を開く――と同時に、チリン、と鈴の音が隣室から響いた。
エフィナが駆けて行き、やがてスーウェンとファレンが揃って入ってきた。
なぜファレンさんまで?と疑問に思う間もなく、彼女は腕を組んで言う。
「失礼します。お加減はいかが?」
「あ、はい。大丈夫です。でもどうして……?」
問いかける私の視線の先で、スーウェンが大きな革鞄を抱えていた。ファレンはそれを示すように目を細める。
「聞きましたよ。なんでも、注射器を見て暴れたとか」
ぎくりと身体が固まる。恥ずかしさに俯き、「はい……」と小声で答えた。
「本当にすみません。あの女医さんは、その後……?」
恐る恐る尋ねると、スーウェンが平然と告げた。
「ナギノ様に了承も得ずに近づいたので、捻り上げました」
「ひ、ひね……!?」
目を丸くする私に、ファレンがため息をつく。
「まあ、暴れるほど拒む相手に迫る方も悪いでしょう。後でよく言っておきます」
そう言ってこちらへ歩み寄り、真っ直ぐに覗き込んでくる。思わず背筋が伸びた。
「それより。魔法の後に意識がぼんやりすると聞きました。朝にお会いした時は分かりませんでしたが、講義を中断するほどだったとか」
じろじろと観察するように見つめると、やがて顎に手を当てて考え込んだ。
「長時間眠ることも合わせて、少し気になりますね。……もしかすると、魔法の成功例が増えたことで急に魔力が源から引き出され過ぎて、不安定になっているのかもしれません」
「……魔力の源って、何ですか?」
「あなたの場合、魂そのものでしょう。以前、『サホノ様の力だけを引き出せるか』試したでしょう? あれ自体は失敗でしたが、その際に魂へ干渉したので、その影響かもしれません」
淡々と筋の通った説明に、納得感と安心感がある。
ファレンはスーウェンから大きな鞄を受け取ると、中から10センチほどの魔石を3つ取り出し、2つを私の足元へ置いた。
「抑えられるか、試してみましょう。座ったままで結構です」
彼女は息を整えると、最後の1つを手を掲げた。
「"――鎮め。静かに、じっと。揺らがず、鎮まれ"」
言葉に呼応するように魔石が白く光り、閃光が弾ける。思わず目を閉じると、ふっと身体が浮くような感覚があって――光とともにすっと消えると、頭が澄み渡るような感覚が満ちた。
「……わあ! なんかスッキリしました! 身体も軽い感じです!」
思わず腕を伸ばして伸びをすると、袖がずり落ちて肌が見えた。イオが視線を逸らし、エフィナが「もう!」と慌てて袖を直す。
ファレンは意に介さず、消えた魔石の余韻を確かめるように前髪をかき上げた。
「それは良かったです。今度は成功したようですね。これで様子を見ましょう」
「はい! 本当にありがとうございます!」
イオに向かって「もう大丈夫だよ」と笑いかけると、彼は横目でこちらを見て、小さくため息をついた。
前半と後半でエピソード分けるかめちゃめちゃ悩んで、もう一緒にしました。
次は魔法とイオ。
*下書き保存→投稿しそこねてました。なんてこった……




