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迫る注射器、拒絶の声

 エフィナとの軽いやり取りのあと、私は黙りこんでいた。

 呆れてしまったのだと思ったのか、エフィナが少ししょんぼりした様子で口を開く。

「ちょっと言い過ぎました。申し訳ありません」

「ううん、いいよ」軽く流しながら、頭の中ではもう別のことを考えていた。


 やがて部屋に着き、立派な木造りの机に腰を下ろして教師の到着を待つ。けれど、心は落ち着かない。


 ――今まで魔法を発動できたとき、いつも傍にイオがいた。


 ずっと「気持ちの問題」だと思い込んで、発動時に居合わせる周囲の人のことまで、考えもしなかった。


「……後で試してみよう」


 呟いた瞬間、チリンと鈴が鳴り、教師の到着を告げる。

 慌てて思考を切り替え挨拶すると、初老の教師による講義が始まった。



 ――今日の講義内容は、聖サルフェリオ国の"気候"について。

 よく晴れて日が長いのは、この国の夏の特徴らしい。日本より乾燥していて暑さは感じにくいが、日差しは強い。

 さらに、ここでは服に使う布の量がそのまま階級の高さも表すので、騎士団を除き、ローブみたいな服を着る。どうやら私が着ている服には日よけの意味もあったようだ。


「夏の終わりには、川辺に霧がよく発生して……」

 話していた教師が、ふと私を見て言葉を止めた。

「……ナギノ様。お疲れのようですな。今日はここまでにいたしましょうか」

 ――あんまり頭がぼんやりして、顔を上げるのもちょっと辛くなっていた。

「はい……すみません。お話は面白いんですけど、今日はもうやめときます……」


 了解した教師は心配そうに退室する。すぐにエフィナとイオが寄ってきた。


「ナギノ様、大丈夫ですか?」

 イオが跪いて顔を覗き込む。エフィナが肩を支え、不安げに話しかけてくる。

「ここ3日ほど特にお疲れですね。ファレン様のおっしゃった通り、お休みされた方が良い気がします。横になりますか?」

「ううん、大丈夫。それに後でもう一回、訓練場に行きたいんだ。ちょっと気になることがあって……だから平気」

 笑顔で取り繕うと、エフィナがじとっと睨む。

「大丈夫じゃないですよ」

 そう言ってから腰に手を当て、きっぱり告げた。

「あたしもうすぐ休憩時間ですし、今から医務室へ行って先生を呼んできます。ついでに他の侍女にも事情を説明して、早めに昼食の準備をするように言っておきます。

 休むか、軽くでも召し上がってゆっくりしてくださいね」


「ナギノ様をよろしくお願いします」と言い残し、エフィナはすたすたと扉へ向かう。

 部屋を出る時、こちらを振り返ってにんまりと笑った。


 ……なんなの、その笑いは!


 ツッコむ間もなく扉が閉まり、部屋には私とイオだけが残る。

 イオは跪いたまま視線を揺らし、やがて真剣な眼差しを向けてきた。


「……お尋ねしたいことがあります。

 さきほどルーリを見送った後、……何か気になることがあったんじゃないですか?」


 逃げ場のない真っ直ぐな視線に、私はぎこちなく口を開いた。

「う、うん。ちょっとだけね。でも多分、大したことじゃないよ。……ルーリの、距離が近くて驚いただけ」

「距離が近い? 手を握られて、ということですか?」

 イオが首を傾げる。その視線は一切逸らさず、じっと私を見つめている。

「うん。……城壁に上って景色を眺めてたらさ、ルーリが来たでしょ?」

 一旦言葉を切る。頷く彼を見て、深呼吸した。そして、顔を上げる。


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……でも、多分あれ、私が魔法を使ったんだよね? ちょっと記憶が曖昧なんだけど……」


 話すうちに、イオの顔色がみるみる青ざめていった。

 それすらもぼんやりした頭でそれを見ていると、彼は私の手をぎゅっと握りしめた。


「……最近、おかしくありませんか」


 握られた手に意識が行くより先に、イオが一語一語を確かめるように、真剣な声音で続ける。


「ぼんやりされることも増えました。特に……魔法を使ったあとで」


 縋るように込められた手の力に、胸がざわめく。

 けれど何が「おかしい」のか分からず、答えられない。頭の芯が痺れるようだ。


 何か……答えなくちゃ。


 口を開きかけた時――チリン、と鈴の音が響く。

 イオはハッとしたように手を放し、さっと立ち上がって距離を取った。

 がちゃりと扉が開き、入室したのは――スーウェンだった。


「あれ、スーウェンさん? どうかしました?」

 てっきり医者か、エフィナだと思っていたので、意外な人物の登場に思わず目を丸くする。

 しかし彼は挨拶もなく、無表情のまますたすたと歩み寄り、机を挟んで正面に立った。

「……侍女もなしに、2人だけで何をなさっていたのですか」

 冷たい声とともに射抜かれた視線に、思わず背筋がひやりとする。

「え、えっと。エフィナが医務室に行ってて。私たちはちょっと話をしていただけなんですけど……なにか、まずかったですか?」

 疑われているように感じ、どぎまぎしながら答える。短い沈黙ののち、スーウェンは大きく息を吐いた。

「……いいえ。ナギノ様が良いと仰るなら、それで構いません。ただ……」

 彼のモスグリーンの瞳が、すっとイオへ向く。


「……何でもありません。失礼しました」


 そう言って私へ向き直り、軽く頭を下げる。そしてイオへ視線を移した。

「交代だ。少し早いが、昼休憩へ行ってこい」

 だがイオは躊躇い、低く答える。

「申し訳ありません。ですが、もうすぐエフィナが医者を連れてきます。それまでは、ご一緒させてください」

 医者?とスーウェンが眉を寄せる。そのまま私の顔をじっと見つめ、やがて何か察したのか机を回り込み、すぐ隣に膝をついた。

「よく見せてください」

 顔を近づけられ、思わず身を引く。

「か、顔をですか?」

 精悍な顔がすぐそこにあり、ちょっと緊張する。


「……少し眠そうですね。ぼんやりとしているように見えます」


 ……ぼんやりしているのは事実だけど、正面からそう言われるとちょっと恥ずかしい。思わず片手で顔を覆い、視線を逸らした。

 代わりにイオが説明する。

「朝、ルーリの見送りへ行ったのですが、出発者全員に、大規模な『祝福』をなさったのです。

 その後から、ずっとこのご様子で……。講義も中断して、今エフィナが医者を呼びに行っています」

「ああ。”医務室に行った”というのは、そのためか」

 得心したように頷きつつも、スーウェンはなおも私を凝視する。見つめられすぎて、そろそろ穴が空きそうだ。


 チリン、と鈴の音が響いた。「失礼します」という声と共にエフィナが扉を押し開ける。

「すみません、他のお医者様はみんな手が空いてなくて……」


 申し訳なさそうに扉を押さえる彼女の後ろから現れたのは――あの女医だった。思わず、身が強張る。


 スーウェンは立ち上がり、女医が机の正面へ進み出る。

「侍女から聞きました。朝に大規模な魔法を行使されたとか。……少し、診てみましょう」

 そう言って手に持っているトランクに手を伸ばす。――その瞬間、ぞわりと背筋に鳥肌が立った。


 理由は分からないけど、全身が「逃げて」と切実に叫ぶ。私は勢いよく立ち上がった。


「ナギノ様?」

 両脇から同時に呼ばれる声。女医はやや慌てながら、トランクから黒い小箱を取り出す。

「混乱されているのですね? 大丈夫、すぐにお薬をご用意します」


 ぱかりと開かれた小箱の中の、銀に光る注射器を見て――

 その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だがその手を、スーウェンが即座に掴み取る。


「何を……」と言いかけた彼の手を振り払い、私はイオの横をすり抜けようとした。

 しかし彼は、抱きかかえるように引き留める。声をかけようとするも、私が全く抵抗を緩めないので、押さえ込む腕に力がこもった。

「っ、落ち着いてください! どうされましたか!?」

 表情を崩し、焦って声を荒げる。

 笑顔のない女医は注射器を構えたまま迫っていたが――その手首を、スーウェンが素早く掴み、容赦なく捻り上げた。痛みに、女医が「ぐっ……!」と呻く。

 その状況を理解する暇もなく、イオの腕の中でさらに強くもがいた。


 必死に、叫ぶように。頭の中いっぱいに埋まった思いを、訴える。


「――いや、だ」


 イオが息を呑んだのが分かった。

 そして私が注射を拒んでいると悟ったのか、私の耳元で、できる限り穏やかな声で、言い聞かせてくる。


「……大丈夫。やりません。やらせませんから……落ち着いて」


 その言葉を聞いて――力が抜け、膝から崩れ落ちる。

「……ナギノ様っ!?」

 抱えてくれているイオの腕に、ずしりと身体を預ける。力が、入らない。



 そしてそのまま――目の前が真っ暗になり、私の意識は遠のいた。



女医さん再登場。

そして最後の展開をえらく迷っている内に、日付またいでしまいました。げふぅ。

次はちょっと別視点。

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