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祝福の太陽、出立の朝

 引き止める声を振り切るように、ルーリは私の手を握ったまま城壁の階段を駆け下りる。その腕は驚くほど強い。

 だが、階段を横から飛び降りたトルユエが行く手を塞いだ。

「どこへ行く!? 俺の話が聞こえなかったか!?」

 急に立ち止まってよろけると、背後からぐいっと身体を支えられる。イオだ。

 ルーリは一瞬こちらを見たが、大丈夫だとわかるとトルユエへ向き直し、黙ってじっと彼を見据える。それを見て、トルユエが舌打ちした。

「とにかく落ち着け……」

「――どうかしましたかな?」

 彼の言葉を遮るように、例の騎士たちが近づいてきた。


 騎士は3人とも壮年の男性で、にやにやと笑いながらトルユエを見やり、やがて私へ向き直ると、恭しく頭を下げる。

「これはナギノ様。この度は……」

「――ナギノ様がご挨拶をくださるそうです。隊長のもとへお連れします」

 今度はルーリが遮った。ちょび髭の騎士がにっこり笑い、わざとらしいほど大門の方を示す。

「それはありがたい。ぜひ賜りたく存じます。さ、こちらへ……」


 イオの手はまだ私の肩に置かれたままで、進むのを引き止めるように、ほんのわずかに力が込められた。


 ……でも、私はやらなきゃいけない。絶対に成功させるんだ。


 イオへにっこり笑いかけると、彼は驚いたように目を見開き、何か言いかけて――すぐに口を閉ざすと、そっと手を離した。

 トルユエはしばらく沈黙した後、道を開ける。ルーリに手を引かれ、私はちょび髭の騎士の後を進んだ。


 大勢の視線が突き刺さる中、広場の先頭に出る。そこには屈強な貫禄ある騎士たちと、黒衣の統制院の人々が並んでいた。出発前の打ち合わせの最中だったらしい。

 挨拶すると聞いて驚いたものの、隊長と副隊長はすぐに快諾し、私を城壁の上へ案内した。


 隣をルーリが歩き、後ろをイオが歩く。エフィナは下で待機し、その隣でトルユエが苦い顔でこちらを見上げている。

 ルーリは未だに、私の手を握っていた。私を見ないまま、声を低くする。


「……トルユエ様は私の師であり恩人なんです。

 男所帯の騎士団で、私を公平に評価してくださった。あの方の引き立てがなければ、今の私はありません」


 声はかすかに震え、その姿は普段の"格好いいお姉さん"ではなく、年相応の女の子に見えた。


「これ以上、トルユエ様の評価が下げられるのは……堪えられないんです」


「……うん。大丈夫だから」

 私は不安を押し込み、彼女に微笑みかける。

 やがて副隊長が前に出て、腹に響く声を張り上げた。

「――出発に先立ち、神によるご挨拶をいただく! 全員、注目!」

 ルーリが手を離し、私は隊長と副隊長に並んで立つ。

 眼下には大勢の人々がいて、ちょっと大学の入学式を思い出した。列は整然としているが、人と馬車で広場は膨れ上がっている。

 隊長が跪き、深く頭を下げる。


「騎士団、統制院の合同演習として、総勢2500名で行って参ります。

 任に就く間とその道中、神のご加護を賜らんことを」


 副隊長も続き、広場の全員が一斉に頭を垂れる。

 すっと横目で、跪いたルーリを見た。


 ――絶対に馬鹿になんてさせない。それにトルユエを心から案じるルーリの願いに、必ず応えたい。


 脳裏にくっきりと、にやついた3人の騎士たちの顔が浮かび、ルーリの懇願が重なった。

 ぐっと歯を食いしばり、そして私は手を挙げた。


 ――手のひらから閃光が走り、空へ絡み合いながら昇る。青空に2つ目の太陽が現れたかのように輝くと、やがて爆ぜるように散らばった。

 砕けた光の粒は雨のように降り注ぎ、煌めきながら霧散してゆく。


 ただの儀式ではない――初めて「祝福」を目にした群衆がざわめく。

 しかし数人が「怪我が治ってる?」と口にした瞬間、地面が揺れるほどの大歓声が沸き起こった。

 圧倒されて、たじろぐ。思わず下ろした手を、ルーリが勢いよく掴んだ。


「ナギノ様……! 素晴らしいです、ありがとうございます!!」


 頬を紅潮させ、興奮で力いっぱい私の両手を握る。

「い、痛い……」

 あんまり強くて思わず声を漏らすと、横からイオが彼女の手を払った。

「ルーリ、強すぎる。ナギノ様が痛がってる」

 はっとした彼女はすぐに手を引っ込め、「申し訳ありません」と頭を下げた。


「……必ずや良い成果を! 神の愛と御力に感謝いたします!」

 立ち上がった隊長らが興奮げに叫ぶと、群衆が一斉に「感謝いたします!」と続いた。

 一斉に向けられた大声にびくりとして、思わず耳を塞ぎかける。イオが私へそっと近づき、耳元で囁いた。

「もう行きましょう」

 背を押され、私たちはその場を離れた。


 興奮冷めやらぬ群衆から、イオとトルユエが盾となり、エフィナが包むように守ってくれる。ようやく広場を抜けると、馬車に乗り込むルーリの姿が見えた。

 彼女は身を乗り出し、「行ってまいります!」と大きく手を振る。そのまま馬車は大門をくぐり、城下町の大通りへと進んでいった。


 私は軽く手を振り返しながら――その光景をぼんやりと見送った。


 広場から伸びる石畳の坂を上る。

 緩やかに湾曲して中央庭園へと続く道は、今は騎士団たちの出立直後とあって人通りが少ないが、普段は多くの人で賑わっているのだろう。


 坂を上りながら、トルユエがご機嫌な様子で寄ってきた。

「さっきの"癒し"はすごかった! 眠気やだるさまで吹き飛んだぞ。

 俺もルーリも助かったし、本当にありがとうな!」

 がしがしと頭を撫でられる。「お髪が乱れます!」とすぐ後ろでエフィナが鋭く咎めた。

 かははっ!と笑うトルユエ。だがふと、笑みを止めて私の顔を覗き込む。

「……ん? どうした、疲れたか?」

 反応しない私を心配する。すると前を歩くイオが立ち止まり、自然と足並みが止まった。エフィナも後ろから覗き込み、心配そうに声をかける。

「どうかされましたか?」

 私は小さく首を振った。

「……ううん、別に。ただ、ルーリさんが出発しちゃって、ちょっと寂しくなっただけ」

 目を伏せる私の背を、エフィナが軽く撫でる。トルユエは少し訝しげにしながらも、柔らかく笑った。

「たった10日間だ。移動を含めても2週間ちょっとで帰ってくる。心配すんな」

「……うん」


 力なく答えると、イオが近付いて屈み込み、真剣な眼差しを向けてきた。

「……ナギノ様? 本当に大丈夫ですか?」

 顔を上げると、その真っ直ぐな視線に思わず言葉を探して口を開きかけ――



「――見ましたよ。あの大規模の"癒し"は初めてでしたね」



 坂の上から涼やかな声が響いた。白いローブ姿のファレンが腕を組んで立っている。

「あれ? ファレ……」

「ナギノ様ぁーーーッ!!」

 私の声を遮るように、ゴルジョが坂を転がる勢いで駆け下りてきた。思わず身構えそうになると、イオが盾のように腕を広げ、トルユエが私とエフィナを抱えて引き寄せる。巨体はイオの目前でぴたりと止まった。


「いやあ! あのようなものも使えるとは! 感動しましたぞ!!」


 ……危ないなぁ、もう!


 苛立ちを覚える私をよそに、興奮した声が続く。一拍遅れて側近が駆けつけ、周囲にはほかの従者の姿も見えた。ファレンは大きくため息をつき、冷ややかに言い放つ。

「うるさいですよ。ナギノ様も怯えてるじゃないですか。

 あなたの巨体は凶器なんですから、手加減を忘れないでください」

「お? それは失礼!」

 数歩下がると、イオがほっと息をつき、トルユエの腕の力も緩む。


 ファレンの後ろで控えていた側近が彼女に耳打ちした。聞き終えると、こちらに向き直る。

「ナギノ様。魔法の練習は、もうしなくていいそうです」

「えっ……? どうしてですか?」

 彼女は淡々と、しかしどこか断定的に言葉を続ける。

「昨日に続き、この規模の魔法を安定して行使できると分かりました。パルシーニ様は『神の御力は、大事な時まで取っておいてください』と仰っています」

「わ、わりと安定……? ここ3日くらい調子は良いですけど、できなかった時もありましたよ?」


 昨日の午後だって、最初の30分は全く発動しなかった。最後にやっと成功したものの、あれを「安定」と呼ぶのは、正直早い気がする。


「ほう。しかしこの3日間、少し頑張り過ぎたのでは?

 いざという時に"圧倒的な魔法"を発動できるように、しばらく休まれるのが良いと思いますよ」

「そ、そういうもの……?」


 するとファレンはくるりと踵を返した。だがすぐに足を止め、振り返る。

「ああ、言い忘れました。ゴルジョ様、次は静かに呼んでください。朝から声が大きすぎるんですよ」

 呆れたように告げ、坂を上って去っていった。

 その背を見送る間に、ゴルジョは私へ満面の笑みを向ける。

「朝早くから城壁にナギノ様がいらっしゃると聞きましてな! もしかしてと思い、大慌てでファレンも呼んだんですよ! がははは!」

「は、はぁ……」

 愛想笑いを浮かべるしかない。正直、早く離れたい。

 しかし「上までご一緒いたします!」と高らかに宣言され、結局一緒に坂を上る羽目になった。


 やっと坂を上りきり、門を抜けると中央庭園だ。

「それでは!」とゴルジョは去っていき、私は大きく安堵の息を吐いた。

「あの大声、どうにかしてもらえないかな……」

 思わず漏れた本音に、トルユエが豪快に笑う。

「かははっ! 無理だな。あの人は昔からああだ、諦めろ」

「……はぁ」

 私の呆れた溜め息に、イオが苦笑した時――



「――イオ! 探しましてよ!」



 騎士棟の正面玄関から、少し掠れた女性の声が響いた。

 振り返ると、装飾の施されたドレスに大きな帽子を被った女性――アラカンくらいのおばさんが立っていた。


 隣で、イオが小さく息を呑んだ。



何とかルーリ達が出発できました。

次はおばさんとイオ。

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