表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/64

大事な護衛騎士を侮辱するのは許せません

 ――翌朝。私はルーリの出発を見送りに来ていた。


「わあ……こんなに大勢が行くんだね。それに、街がよく見える! 建物がみんな白くて綺麗!」


 広場には人や馬車が集まり、慌ただしく出発の準備が進んでいる。邪魔にならないよう、私は城壁の上から眼下に広がる城下町を見下ろす。

 白い街並みは、晴れた青空によく映えていた。建物には赤い花々が溢れ、合間に覗く木々の緑も鮮やかに輝いている。


 ――この地域は広大な丘陵地らしい。最も高い位置から大聖院と複数の棟に分かれた統制院、敷地内に大小の訓練場を抱える騎士棟が立っている。

 この広場は騎士棟の敷地内の最下層にあたり、城下町の大通りへ通じる堅牢な大門がそびえる。その左右に城壁が伸び、城下町とを隔てていた。


 興奮する私を見て、隣のエフィナとイオがくすくす笑う。

「見て見て! あちこち花でいっぱい!」

 観光気分ではしゃいでいる私を、イオが穏やかに微笑んで覗き込んだ。

「いつか街にも行きましょう。ご案内しますよ」

 途端に胸が熱くなり、子どもみたいにはしゃいだ自分が恥ずかしくなって、「うん……」と小さく頷いて熱を鎮めた。


 そのとき、駆け寄ってくる足音が聞こえた。ルーリだ。

「ナギノ様。わざわざお見送り、ありがとうございます。もうすぐ出発すると思います」

 今日も凛々しくて格好いい。ふと、表情に曇りが差した。

「体調はいかがですか? 昨日の午後はお部屋でお休みだったと伺いましたが……」


 ――昨日。スーウェンたちとの話し合いのあと、頭がぼんやりして「少しだけ」と横になったら、ぐっすり眠り込んでしまったのだ。結局部屋で午後はずっと過ごしていた。


 ……魔法でMPゼロになると、眠気が来るのかな?


「大丈夫、今はもう平気ですよ!」と笑って答えると、ルーリの顔に安堵が広がる。ちょうどそのとき、別の足音が近づいた。


「……トルユエ様! 夜当番だったはずでは!?」

 ルーリが驚く。大きなあくびをしながら、髪をかき上げるトルユエが近づいてくる。どうやら夜勤明けらしい。

「後で寝直す。わざわざ見送りに来てやったんだから、しっかり働いてこいや」

 そう言ってルーリの頭を軽く撫でると、彼女は照れたように微笑む。トルユエはふっと笑い、問いかけた。

「今回の演習は10日間だったな?」

「はい。帝国の渡河を想定した防衛演習です」

 きりっと返すルーリに、彼は「そうか」と満足そうに頷く。

 その横で、イオが声を落とした。

「……帝国の動きが活発化している、というのは本当でしょうか?」

 昨日スーウェンさんも同じことを言っていたな、と胸の内で思う。

「さあな。『外交的緊張が続いてる』って話だが、帝国とは昔からずっとそうだ。……そういうのは俺に訊くより、スーウェンに聞け」

 何となく言葉に陰りを感じ、イオもルーリも黙り込んだ。


「――おい、そこの! ちょっと来い!」


 突然、荒い声が投げかけられる。見れば、下から見知らぬ3人の騎士が手招きしていた。

 名指ししていなかったが、呼ばれたのはトルユエらしい。「ちょっと失礼」と言って階段を駆け下り、騎士たちと二言三言交わすと……重い足取りで戻ってきた。

「あれ、もう用事は済んだんですか?」

 問いかけても、彼は黙ったまま。ルーリも怪訝そうに訊く。

「何かあったんですか?」

 少し逡巡してから、トルユエは重々しく切り出した。


「……ナギノ様。今までに、出発前の団員たちの前で、"挨拶"したことはあるか?」

「え?」と私とルーリの声が重なる。互いに顔を見合わせたが、ルーリが先に話す。

「ナギノ様に対して、その物言いは無礼では……」


 ……ああうん、急だもんね。びっくりするよね。


「大丈夫ですよ。私は砕けて喋ってもらっていいので、気にしないでください」

 慌てて手を振る。なおも不満げなルーリを横目に、私はイオへ向く。

「"挨拶"って……前にイオたちが出発するとき『ご加護が』って言ってた、あれかな?」

「恐らく。でも、それがどうかしたんですか?」

 イオが視線を向けると、トルユエは顔を手で覆い、深いため息をついた。

「『本物の祝福を与えられた』って噂になってる。

 ……『神の護衛騎士に頼めば、我々にも本物の祝福を授けてくださるだろう』ってな」

「ど、どういうこと……?」

「元々、サホノ様の時代は、ある程度大きな演習の前には"挨拶"があったんだよ。だが普通は手をかざすだけの、儀式めいた演技だ。……お前は"本当に祝福"したんだろ?」


 ――な、なんですと!?


「えっ、あれ、ただ手をかざすだけで良かったの!? ちょっとイオ、聞いてないよ……!」

「訓練の見学に来られた時には、特に何もなさらなかったので……」

 思わずイオの顔をがばっと見るも、彼はバツが悪そうに顔を逸らした。

 そういえばあの時、トルユエに「一言ご挨拶を」と言われて……めちゃくちゃ頑張って喋ったのに。

「えええ……もしかして、あれも手を挙げるだけで良かったの?」

 誰か教えてよ……!と、顔を覆って崩れ落ちそうになる。

 こほん、とルーリが咳払いをした。

「とにかく、ナギノ様の挨拶が求められているのですね。しかも――魔法による"本物の祝福"を、と」


 まだこちらを見上げている騎士たちを、ルーリはちらりと見やる。

「……あの連中。私やトルユエ様だけでなく、ナギノ様まで侮辱するなんて」

 ぎりっと拳を握りしめ、鋭い視線を落とす。気付いたトルユエが、その目を覆った。

「やめろ。これ以上、目をつけられるな」

「ですが……」

 彼女の言葉を遮るように、イオも低い声で言う。

「ルーリ、やめておけ。……あいつらの顔は覚えたから」

 ……空気が一気に重くなった。胸の奥で冷や汗が伝い、慌てて手を挙げた。

「い、いいよ! 私は全然気にしないから。挨拶って、手を挙げるだけでいいんでしょ?

 ……魔法がちゃんとできるかは心配だけど、とにかくやってみるよ」

 ぎこちなく笑ったその瞬間、トルユエが私の両肩をがしりと掴んだ。思わず手を下ろす。


「乗るな。あれは挑発だ。……分かんねぇか?

 あれは、お前が魔法を使えなかった期間を知った上で言ってんだよ。成功すれば"祝福を賜れる"し、失敗すれば"やっぱり駄目だった"と嗤うつもりだ」


「え……? この国って、神様は絶対的な存在じゃないんですか?

 もっと尊敬するというか、大事にするというか…」

 思わず首を傾げると、トルユエは静かに首を横に振った。


「前にも言ったろ。『どいつも一枚岩じゃない』って」


 その言葉が胸に重く突き刺さる。しかし、ルーリの言葉も気になっていた。

「……"ルーリさんやトルユエさんも侮辱する"っていうのは、私が失敗するから……ですか?」

 問いかけると、肩に置かれた手にぐっと力がこもった。ちょっと痛いくらいだ。

「いいや。……特に俺はその、騎士団内じゃ、あんまり良い立場じゃない。

 けど"神の護衛騎士"なんて称号は、この上ない名誉だ。当然、やっかむ奴もいる」

 ひどく言いにくそうに、苦しげな表情で言葉を続ける。

「それにな。ナギノ様は、俺らにすごく丁寧に接してくれるだろ?

 ……だからこそ、"そんなに大事にされてる護衛騎士の『お願い』なら――神様も祝福くらい与えるはずだ"って思われるんだ。

 逆に言えば、与えられなきゃ"俺やルーリは結局大事にされていない"ってことになる。……そういう意味だよ」


 重苦しい沈黙が落ちた。

 やがてトルユエの手がわずかに緩む。

「……とにかく、挨拶はしなくていい。今すぐここを離れろ。

 連中には"俺のわがままで帰らせた"って言っとく」

「でも、それじゃあトルユエさんが……」

 私が口を挟むと、彼は私の頭をぽんぽん、と優しく叩いた。

「俺はどうでもいい。今さら一つ二つ、悪口が増えたって変わんねぇよ」

 かははと笑う。けれど、その声はひどく乾いて聞こえた。


 びゅう、と風が吹き上げた。風はじんわりと熱を帯びていて、今日も暑くなることを予感させる。喧騒が遠くに霞んでいた。

 ふと視線を落とすと、先ほどの騎士たちがにやにやとこちらを見上げている。


 思わず――ぎゅっと、服を固く握りしめた。


「……やります。私、絶対に成功させます」


 息を呑む音が重なった。

「馬鹿言うな! あのな……」

 トルユエの言葉を遮り、私は強く声を張り上げる。


「自信はないけど、やります。昨日はわりと自然にできたし、きっと大丈夫。

 ……2人を馬鹿にするなんて、絶対に許せないです」


 胸の奥から熱がふつふつと湧き上がる。一瞬、トルユエが狼狽えるのが見えた。

 突然、私の手が掴まれ――苦渋の表情のルーリが、私の手を力強く握りしめる。


「……申し訳ありません、ナギノ様。

 トルユエ様のためにも、あなたのためにも……どうか、必ず成功させてください」


 彼女の懇願に、私は深く、強く頷いた。



出発にまでたどり着けませんでした…。

次こそ出発してもらいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ