大事な護衛騎士を侮辱するのは許せません
――翌朝。私はルーリの出発を見送りに来ていた。
「わあ……こんなに大勢が行くんだね。それに、街がよく見える! 建物がみんな白くて綺麗!」
広場には人や馬車が集まり、慌ただしく出発の準備が進んでいる。邪魔にならないよう、私は城壁の上から眼下に広がる城下町を見下ろす。
白い街並みは、晴れた青空によく映えていた。建物には赤い花々が溢れ、合間に覗く木々の緑も鮮やかに輝いている。
――この地域は広大な丘陵地らしい。最も高い位置から大聖院と複数の棟に分かれた統制院、敷地内に大小の訓練場を抱える騎士棟が立っている。
この広場は騎士棟の敷地内の最下層にあたり、城下町の大通りへ通じる堅牢な大門がそびえる。その左右に城壁が伸び、城下町とを隔てていた。
興奮する私を見て、隣のエフィナとイオがくすくす笑う。
「見て見て! あちこち花でいっぱい!」
観光気分ではしゃいでいる私を、イオが穏やかに微笑んで覗き込んだ。
「いつか街にも行きましょう。ご案内しますよ」
途端に胸が熱くなり、子どもみたいにはしゃいだ自分が恥ずかしくなって、「うん……」と小さく頷いて熱を鎮めた。
そのとき、駆け寄ってくる足音が聞こえた。ルーリだ。
「ナギノ様。わざわざお見送り、ありがとうございます。もうすぐ出発すると思います」
今日も凛々しくて格好いい。ふと、表情に曇りが差した。
「体調はいかがですか? 昨日の午後はお部屋でお休みだったと伺いましたが……」
――昨日。スーウェンたちとの話し合いのあと、頭がぼんやりして「少しだけ」と横になったら、ぐっすり眠り込んでしまったのだ。結局部屋で午後はずっと過ごしていた。
……魔法でMPゼロになると、眠気が来るのかな?
「大丈夫、今はもう平気ですよ!」と笑って答えると、ルーリの顔に安堵が広がる。ちょうどそのとき、別の足音が近づいた。
「……トルユエ様! 夜当番だったはずでは!?」
ルーリが驚く。大きなあくびをしながら、髪をかき上げるトルユエが近づいてくる。どうやら夜勤明けらしい。
「後で寝直す。わざわざ見送りに来てやったんだから、しっかり働いてこいや」
そう言ってルーリの頭を軽く撫でると、彼女は照れたように微笑む。トルユエはふっと笑い、問いかけた。
「今回の演習は10日間だったな?」
「はい。帝国の渡河を想定した防衛演習です」
きりっと返すルーリに、彼は「そうか」と満足そうに頷く。
その横で、イオが声を落とした。
「……帝国の動きが活発化している、というのは本当でしょうか?」
昨日スーウェンさんも同じことを言っていたな、と胸の内で思う。
「さあな。『外交的緊張が続いてる』って話だが、帝国とは昔からずっとそうだ。……そういうのは俺に訊くより、スーウェンに聞け」
何となく言葉に陰りを感じ、イオもルーリも黙り込んだ。
「――おい、そこの! ちょっと来い!」
突然、荒い声が投げかけられる。見れば、下から見知らぬ3人の騎士が手招きしていた。
名指ししていなかったが、呼ばれたのはトルユエらしい。「ちょっと失礼」と言って階段を駆け下り、騎士たちと二言三言交わすと……重い足取りで戻ってきた。
「あれ、もう用事は済んだんですか?」
問いかけても、彼は黙ったまま。ルーリも怪訝そうに訊く。
「何かあったんですか?」
少し逡巡してから、トルユエは重々しく切り出した。
「……ナギノ様。今までに、出発前の団員たちの前で、"挨拶"したことはあるか?」
「え?」と私とルーリの声が重なる。互いに顔を見合わせたが、ルーリが先に話す。
「ナギノ様に対して、その物言いは無礼では……」
……ああうん、急だもんね。びっくりするよね。
「大丈夫ですよ。私は砕けて喋ってもらっていいので、気にしないでください」
慌てて手を振る。なおも不満げなルーリを横目に、私はイオへ向く。
「"挨拶"って……前にイオたちが出発するとき『ご加護が』って言ってた、あれかな?」
「恐らく。でも、それがどうかしたんですか?」
イオが視線を向けると、トルユエは顔を手で覆い、深いため息をついた。
「『本物の祝福を与えられた』って噂になってる。
……『神の護衛騎士に頼めば、我々にも本物の祝福を授けてくださるだろう』ってな」
「ど、どういうこと……?」
「元々、サホノ様の時代は、ある程度大きな演習の前には"挨拶"があったんだよ。だが普通は手をかざすだけの、儀式めいた演技だ。……お前は"本当に祝福"したんだろ?」
――な、なんですと!?
「えっ、あれ、ただ手をかざすだけで良かったの!? ちょっとイオ、聞いてないよ……!」
「訓練の見学に来られた時には、特に何もなさらなかったので……」
思わずイオの顔をがばっと見るも、彼はバツが悪そうに顔を逸らした。
そういえばあの時、トルユエに「一言ご挨拶を」と言われて……めちゃくちゃ頑張って喋ったのに。
「えええ……もしかして、あれも手を挙げるだけで良かったの?」
誰か教えてよ……!と、顔を覆って崩れ落ちそうになる。
こほん、とルーリが咳払いをした。
「とにかく、ナギノ様の挨拶が求められているのですね。しかも――魔法による"本物の祝福"を、と」
まだこちらを見上げている騎士たちを、ルーリはちらりと見やる。
「……あの連中。私やトルユエ様だけでなく、ナギノ様まで侮辱するなんて」
ぎりっと拳を握りしめ、鋭い視線を落とす。気付いたトルユエが、その目を覆った。
「やめろ。これ以上、目をつけられるな」
「ですが……」
彼女の言葉を遮るように、イオも低い声で言う。
「ルーリ、やめておけ。……あいつらの顔は覚えたから」
……空気が一気に重くなった。胸の奥で冷や汗が伝い、慌てて手を挙げた。
「い、いいよ! 私は全然気にしないから。挨拶って、手を挙げるだけでいいんでしょ?
……魔法がちゃんとできるかは心配だけど、とにかくやってみるよ」
ぎこちなく笑ったその瞬間、トルユエが私の両肩をがしりと掴んだ。思わず手を下ろす。
「乗るな。あれは挑発だ。……分かんねぇか?
あれは、お前が魔法を使えなかった期間を知った上で言ってんだよ。成功すれば"祝福を賜れる"し、失敗すれば"やっぱり駄目だった"と嗤うつもりだ」
「え……? この国って、神様は絶対的な存在じゃないんですか?
もっと尊敬するというか、大事にするというか…」
思わず首を傾げると、トルユエは静かに首を横に振った。
「前にも言ったろ。『どいつも一枚岩じゃない』って」
その言葉が胸に重く突き刺さる。しかし、ルーリの言葉も気になっていた。
「……"ルーリさんやトルユエさんも侮辱する"っていうのは、私が失敗するから……ですか?」
問いかけると、肩に置かれた手にぐっと力がこもった。ちょっと痛いくらいだ。
「いいや。……特に俺はその、騎士団内じゃ、あんまり良い立場じゃない。
けど"神の護衛騎士"なんて称号は、この上ない名誉だ。当然、やっかむ奴もいる」
ひどく言いにくそうに、苦しげな表情で言葉を続ける。
「それにな。ナギノ様は、俺らにすごく丁寧に接してくれるだろ?
……だからこそ、"そんなに大事にされてる護衛騎士の『お願い』なら――神様も祝福くらい与えるはずだ"って思われるんだ。
逆に言えば、与えられなきゃ"俺やルーリは結局大事にされていない"ってことになる。……そういう意味だよ」
重苦しい沈黙が落ちた。
やがてトルユエの手がわずかに緩む。
「……とにかく、挨拶はしなくていい。今すぐここを離れろ。
連中には"俺のわがままで帰らせた"って言っとく」
「でも、それじゃあトルユエさんが……」
私が口を挟むと、彼は私の頭をぽんぽん、と優しく叩いた。
「俺はどうでもいい。今さら一つ二つ、悪口が増えたって変わんねぇよ」
かははと笑う。けれど、その声はひどく乾いて聞こえた。
びゅう、と風が吹き上げた。風はじんわりと熱を帯びていて、今日も暑くなることを予感させる。喧騒が遠くに霞んでいた。
ふと視線を落とすと、先ほどの騎士たちがにやにやとこちらを見上げている。
思わず――ぎゅっと、服を固く握りしめた。
「……やります。私、絶対に成功させます」
息を呑む音が重なった。
「馬鹿言うな! あのな……」
トルユエの言葉を遮り、私は強く声を張り上げる。
「自信はないけど、やります。昨日はわりと自然にできたし、きっと大丈夫。
……2人を馬鹿にするなんて、絶対に許せないです」
胸の奥から熱がふつふつと湧き上がる。一瞬、トルユエが狼狽えるのが見えた。
突然、私の手が掴まれ――苦渋の表情のルーリが、私の手を力強く握りしめる。
「……申し訳ありません、ナギノ様。
トルユエ様のためにも、あなたのためにも……どうか、必ず成功させてください」
彼女の懇願に、私は深く、強く頷いた。
出発にまでたどり着けませんでした…。
次こそ出発してもらいます。




