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普通に砕けて喋ってほしい

 昼食を食べた後のんびりしていると、鈴がチリンと響く。少しして、トルユエが部屋に入ってきた。

「失礼します。おい、ルーリ。俺と交代だ」

「……話し合いはどうなりましたか?」

 了承するより先に、ルーリは彼へ問いかける。

「お前への説明は後日スーウェンがする。……ナギノ様へは、休憩の後にイオがご説明します」

「あ、イオはお昼休憩なんですね」

 無意識に漏らすと、トルユエは肩をすくめた。

「イオは来ようとしたんですがね。スーウェンが、先に昼飯と休憩を済ませるように指示したんです。しぶしぶ行きましたよ」

 イオの休憩が終われば、また戻ってくるそうだ。じゃあ説明はその後かな。


 講義の予定もないので、私は午後も訓練場へ向かうことにした。



 外に出ると、雨はもう上がっていた。濡れた石畳を踏みしめ、中央庭園を抜ける。


 歩きながら、うずうずする。耐えきれず、後ろというより隣を歩いているへトルユエに切り出した。

「あの、トルユエさん。『イリサグ』さんの件なんですけど……」

 途端に彼の目が鋭くなり、ぱしっと私の手を掴んで立ち止まらせた。声を潜めて、低く告げる。

「……それは絶対、他の奴には喋らないでください。詳しい説明は、後でイオからありますから」

 さっき部屋でも言われたことを、さらに念押しされる。

 気になって仕方ないのに……と私は唇を尖らせた。

 その様子を見て、トルユエの視線が和らぐ。肩をぽんと叩いて、にやりと笑った。

「まあ、俺が説明するよりあいつが説明した方がいいでしょう。……『推し』なんですよね?」

「ちょっ……! それ、他の人には絶対言わないでくださいよ!!」

 かははと軽く笑うトルユエ。完全にからかう口調だ。前を歩いていたエフィナまで振り返って、くすくす笑っている。

「でもエフィナも、スーウェンも知ってるんですよね? 今さらじゃねぇか……じゃないですか?」

 少し砕けた言い直し方に、私はふと思い立った。

「……そうだ。前から言おうと思ってたんですけど。

 トルユエさん。私に、もっと普通に、砕けた態度で接してくれませんか?」

 突然の提案に、「はぁ?」とトルユエは間の抜けた声をあげる。

「エフィナやイオにも、初めて会った時お願いしたんです。……それに、ここで生活してて思うんですけど……私に砕けて喋ったり、名前を呼び捨てしてくれる人っていないんですよ」

「そりゃあそうでしょう。神様ですから」とトルユエは呆れ顔をしている。


 エフィナはかなり砕けてきたと思うけど、それでもやっぱり"様"だし、敬語だしなぁ……。


「……私、"さん"付けされたり、敬語で喋られるの、元からあんまり好きじゃなくて。自分が言うのはいいんですけど、言われると距離を感じるというか……。

 それにトルユエさん、なんとなく私のお父さんに似てるので、丁寧に話されると逆に違和感があるんですよね」

 ぶはっと吹き出したトルユエは、ごほごほと咳をして取り繕った。

「……俺は独身です。“お父さん"って……」

 白髪混じりの髪を乱暴にかき上げる。ため息をついてから、真っ直ぐに私を見た。

「まあ……命令という形を取っていただければ、別に構いませんよ」

 頑なに抵抗を示したエフィナ達と違い、あまりにあっさり承諾され、逆に驚く。

「ほんとですか!?」

 確認してしまうも、彼は別に何ということもない、という表情だ。

「そもそも俺、丁寧な喋りは苦手なんです。これでも相当、気を使ってる方で」

 その割には、ちょくちょく口調が砕けていたような……と思いつつ、嬉しくなって「じゃあ命令します!」と手を挙げ、にっこり笑った。

 エフィナは物申したそうに「無礼じゃ……」とジト目を向けてきたが、気にしない。


「あー、でもさすがに呼び捨ては勘弁してくれ。立場もあるし、変な噂を立てられるのも面倒だ。……『推し』になに言われるか、分からんしな」

 ちょっと!と思わずトルユエさんの腕を叩く。彼は全く悪びれることなく「悪い悪い」と言って、かははと笑った。

「ついでに俺に対しても丁寧に喋らなくていい」と言われ、一瞬迷ったものの、「……まあお父さんにもタメ口だしな」と思い直し、呼称だけはそのまま、口調を砕くことにした。


 トルユエと少し距離が縮まった気がして、再び歩き出した足取りも軽くなる。


 ……嬉しいな。この感じなら、ルーリさん達にも言ってみてもいいかもしれない。


 2人はトルユエより年下だけど、何と言うか「格好いい年上のお兄さん・お姉さん」というイメージが強いので、自分からタメ口を叩くのは想像できない。でも逆なら大歓迎だ。

 ぜひ今度頼んでみよう、とわくわくした気持ちを胸に、訓練場へと足を踏み入れた。




「……うーん? なんで何も出ないんだろ?」

 訓練場に着くとすぐ、午前と同じように空へ手を伸ばしてみた。けれど、何も起きない。

「さっきは自然にできたのにな。イメージが弱いとか……?」

 かれこれ30分以上は繰り返している。でも、うんともすんとも反応はない。


「おーい、あんまり根詰め過ぎんじゃねえぞー。団員にも『結果を急ぐな』って、よく言ってるしな」

 後ろの少し離れた場所で、腰に手をあてて見守るトルユエ。その姿は、お父さんというか部活の先生にすら見えてくる。懐かしい気持ちで見ていると、入口の方から歩いてくるイオの姿が目に入った。

「あ、イオ。おかえり! お昼ちゃんと食べられた?」

 着替えも済ませた彼は、にこりと微笑んで「はい」と短く答えた。

 私も2人へ歩み寄る。イオはまずトルユエにお礼を告げた後、こちらへ向き直した。


「練習中にお邪魔して申し訳ありません。

 ……イリサグ様の件は、いつご説明しましょうか? もしお話するなら、出来れば室内の方がいいかと……」

 やはり込み入った話らしい。軽々しく外で話すものではなさそうだ。


「そうだね。気になるし、じゃあ一度部屋に戻ろうか」

 2人は私の言葉を聞くと、踵を返す。私も後に続きかけてから「あ、でも最後にもう一回だけ……」と足を止め、振り返った。


 ――魔法といえば、MPが付き物だ。ステータスバーなんて見えないけど、もしさっきのが大魔法なら、今はMPが足りないから魔法が発動しないのかもしれない。

「もっと小さいのなら……」と呟いて、手をかざす。けれどやはり、反応はない。


「なぁ、お前が頑張り屋なのは知ってるけどよ。一旦頭冷やすのも大事だぞ」

 上手く行かねぇ時もあるだろ、とトルユエが私の頭をぽんぽんと叩く。

 ――それを見たイオは、がちんと固まった。目が見開かれ、ぎこちなく声を発する。

「……どういう、ことですか?」

 誰に向けての問いか分からない。だが、トルユエはあっけらかんと答えた。

「ナギノ様が望んだんだよ。普通に喋って接してほしいんだと。……お前も言われたんじゃねぇのか?」

「……それは、まあ、そうですが……」

 イオは口ごもり、ちらりと私を見た。

「……俺がいなかった間に、随分仲良くなったんですね」


 ……午前中にも同じ言葉を聞いた気がする。


 だが今度の声には棘はなく、どこか寂しさが滲んでいるような気がした。

 胸がざわつき、私は気まずくなって「あ、あとちょっとだけ!」と背を向ける。


 空を仰ぐ気にはなれず、足元へ視線を落とした。ぬかるんで、あちこち水たまりが出来ている。


 ……イオに悪いこと、しちゃったのかな?


 でも私は、みんなに普通に喋ってほしい。神様だと言われても、私は普通の人間だから。

 さっきは思い切ってトルユエさんにお願いしてみて良かった。砕けて接してくれて、すごく嬉しい。


 そう思いながら、水たまりに映る空へ手を差し伸べる。


 ――手のひらに淡い光が集まり、静かにこぼれ落ちた。

 光は水たまりに光が触れると、微かな水音とともに表面が煌めきながら揺れた。シュウ……という音をたて、蒸気が立ちのぼる。

 地面には、水たまりの輪郭だけが残り、やがてそれも消えていった。


「おぉ……!」

 蒸発して消えた水たまりを見て、トルユエが感嘆の声をあげる。彼はわっと私へ駆け寄ると、肩を掴んで寄せ、頭をがしがしと撫でた。

「すげぇ! 間近で見たのは初めてだ! ナギノ様、よくやったじゃねぇか!」


「……え?」


 戸惑う私にも構わず撫で続ける手を、イオがすっと払う。

「トルユエ様。……ナギノ様の髪が、乱れます」

 硬い表情で咎めるイオに、トルユエは一瞬きょとんとする。だがすぐに笑みを浮かべ、今度はイオの肩も掴み、ぐいっと引き寄せた。

「まあまあ、悪いことばっかじゃなくて良かったじゃねえか。努力してりゃいいこともあるもんだ!」

 かははと笑う彼の両側に抱き寄せられた私とイオは、しばらく互いに顔を見合わせると、つられて笑った。



 その後、トルユエと別れ、イオ達と一緒に訓練場を後にする。


 渡り廊下を歩いていると、エフィナが後ろから声をかけてきた。

「さっきは成功して良かったですね! 私も近くで見たかったです。

 ……トルユエ様のせいで、お髪が乱されたのは許せませんけど」

 ぶぅと頬を膨らませる彼女に苦笑しつつ、「大したことないよ」と手櫛で結び直した。

「これくらい大丈夫。でも、びっくりしちゃった」

 前を歩くイオが振り返り、「ゴルジョ様ほどではありませんが、豪快ですからね」と笑う。

「うん、それもそうなんだけど……」

 先ほどのトルユエの言動を思い出して、私は思わず苦笑しながら言った。


「トルユエさん、()()()()()()()()()()()()前からちょっと砕けてた時はあったけど、がっつり砕けて喋るから驚いちゃった」


 ――ぴた、とイオの足が止まる。


「まあ、年齢的にもお父さんみたいだなって思ってたから、全然いいんだけどね。普通に喋ってくれた方が嬉しいし。

 あー、びっくりした」



私の部活顧問は厳しくてめちゃ怖かったです。

次は説明。

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