護衛騎士たちは交錯する
「……イリサグとナギノ様が喧嘩?」
大聖院の審問室に、低く訝しむ声が響いた。
中心を囲む形に並んだ長机に、三大機関の首脳や役員達が座っている。
正面中央の席に座るパルシーニ様が、答弁席のスーウェン様に視線を向ける。
「はい。言い争った結果、『背を伸ばすために、イリサグに頭を引っ張ってもらった』そうです」
笑いを堪えたのか、誰かのくぐもった咳払いが聞こえた。スーウェン様は構わず淡々と続ける。
「トルユエと侍女がその行為を止めようとし、少し遅れてイオも加わりました。
その際に誤ってトルユエとイリサグが魔石を使用してしまい、白熱した2人を止めるのに、私も魔石を使用しました。
騒ぎにはなりましたが、怪我人はおりません」
スーウェン様は真っすぐ前を見据え、まるで隠し立てなどないように、とうとうと話す。
パルシーニ様はこめかみを押さえ、はぁ、と息を吐いた。
「それは大変でしたね。誰も怪我がなくて何よりです。
……ところでイオ。あなたは別の任務中だと聞いていましたが、なぜ現場に?」
答弁席の背後、他の護衛騎士3人と並んで立つ――俺へ、視線が飛ぶ。
姿勢を正し、なるべくゆっくりと声を響かせた。
「予定では2日後の帰還でしたが、護衛主の許可が下り、一部だけ先に戻りました。
先触れは出していたものの、どうやら伝達が上手くいかなかったようです。
直接報告に向かったところ、偶然その場に居合わせました」
言い終えると、数名が小さく顔を伏せる。――ああ、あの辺のせいか。
視線を送った時、「そもそもだなぁ!」とゴルジョ様が声を張り上げた。
「ナギノ様の専任護衛なのに、なぜ他人の護衛任務が回される!?
伝達にしても、なぜ届かない!? 怠慢じゃないか! 俺は――」
「ゴルジョ。……そんな大声でなくとも、私はそこまで耳は遠くなっていませんよ。
もう少し、小さい声で話してもらえませんか」
パルシーニ様が隣から制すると、ゴルジョ様は渋面を作り、「……すまん」と低く答えた。
ごほん、と反対隣に座るファレン様が咳払いをする。
「内部の問題はそちらで処理してください。
……それで? ナギノ様の身長はともかく、先に喧嘩を仕掛けたのは誰だ?」
俺の隣に立つ、イリサグ様へ視線が注がれる。青ざめた顔で、乾いた唇が動いた。
「……私です」
その言葉に、スーウェン様が間を置かず口を開く。
「仕掛けたのはイリサグですが、それだけです。引っ張る行為も、ナギノ様は『イリサグに害意はなかった』と仰っています」
しかしファレン様はすっと目を細め、低く問う。
「ほう。"3人がかりで止めに入って、誤って魔石まで使用してしまうような行為"に、本当に害意はなかったと、言い切れるか?」
冷ややかな視線にイリサグ様は目を合わせないまま、小さく答えた。
「害意は……ありません。少し、からかっただけです」
――ナギノ様の髪を掴み上げた光景が脳裏によぎる。
拳を握り込み、怒りを飲み込む。
ファレン様が、わずかに口元を歪めた。
「は、そうか。だが、からかうのもほどほどに。魔石の無駄遣いはやめること。
そして騒ぎを大きくするな。他の護衛騎士らも反省せよ」
ファレン様のひらひらと手を払う仕草が、話の終わりを告げる。
「さて――せっかく皆さまが集まったのですし、この場を借りて演習の件について話しましょう。
ゴルジョ様、資料を……」
話を切り替える声に、スーウェン様は会釈して答弁席を離れた。
視線の合図に従い、俺たちもその背に続いて退室する。
審問室を出て、全員無言のまま廊下を進む。
すると途中でスーウェン様は「小会議室」と書かれた扉の鍵を開け、中へ入るよう促した。
座席も6人分しかない狭い部屋に全員が入ると、スーウェン様がぱたん、と扉を閉めた。
「……今回の件は、ファレン様とパルシーニ様に事前報告済みだ。だからさっきの審問会は形だけで、これ以上の咎めはない。
何か質問はあるか?」
静寂の中、ルーリがすっと手を挙げる。
「トルユエ様とエフィナが負傷したと聞きました。それと、ナギノ様が癒しの魔法を使われたとか。それは先ほど報告しなくてよろしいのですか?」
ルーリは現場を見ていない。別業務中に呼び出され、ざっと経緯を聞いただけだ。
「ナギノ様の魔法使用は、あの場では伏せるよう指示があった。……下手に触れれば、3人の怪我が公にされる恐れがあった」
「3人?」とルーリは首を傾げる。どうやらナギノ様の怪我は聞いていなかったらしい。
スーウェン様が表情を変えず、淡々と詳細を語る。ルーリの顔は驚きから戸惑いへと変わっていった。
「イリサグ様、あなたは何ということを……!」
非難の声に、イリサグ様は沈黙したままだ。トルユエ様がルーリの肩をぽん、と軽く押さえる。
「ルーリ、ナギノ様が「なかったこと」にしたんだ。もうこれ以上はやめろや。それより……」
一瞬躊躇い、言葉を選んで続ける。
「ナギノ様なんですが、事件直後でかなり混乱しているそうです。
審問会の直前に医者から聞いたら、『鎮静剤を打った』とのことでした」
……鎮静剤?
「……ナギノ様はそれほど興奮しているようには見えなかったが。
……それに『打った』とは、わざわざ注射したのか? 魔石ではなく?」
スーウェン様が眉をひそめると、トルユエ様は困惑した表情をした。
「それは俺も疑問ですが……以前サホノ様が同じような状態になった時も、魔石ではなく注射だったそうです。だから医者は『同様の処置』だと言っていました」
「それで、今は?」
「眠っているそうです」
はあ、とスーウェン様は深く息を吐いた。
「……とにかく、お目覚めになるまでは保留だ。
それより今後の護衛任務だ。審問中は別の者に任せてあるが、まずはトルユエが就け。途中で私と交代する。
夜はルーリ、早朝からはイオと交代だ。仮眠は必ず取れ」
「夜当番は私――」と言いかけたイリサグ様の言葉を、スーウェン様が手で制した。
「反対は聞かない。
……お前、早朝まで当番した後に、ほぼ寝ないまま急な呼び出しを受けたのだろう?
今日はいいから、さっさと寝ろ。早く行け」
「……はい」
短く返答すると、イリサグ様は退出した。
……審問会で顔色が悪かったのは、夜勤明けでほぼ眠っていなかったせいか。
イリサグ様が去った部屋に、4人が残る。
ふいに、トルユエ様が苦い顔で口を開いた。
「……イリサグを、護衛騎士から外した方がいいと思います。
前回といい、今回の件に関しても、あいつとナギノ様の相性は悪すぎます」
「私も同意見です。ナギノ様も前回の件をずっと気にしておられます」
トルユエ様とルーリの発言に、「前回?」と俺が言うと、トルユエ様は苦笑した。
「そういや、お前はいなかったな。……まあ、色々あったんだよ。気にするな」
……この場で聞いては良くないことなのか?
「2人の意見は理解した。……私も多少思うところはあるので、その件は上と相談する。
話は以上だ。ここは確認してから施錠するから、先に出ていい」
腑に落ちないまま部屋を出ると、なぜか廊下にイリサグ様が立っていた。
「何かあったか?」とトルユエ様が尋ねても、彼は視線を合わせない。
「……黙れ。スーウェン様にご相談したいことがあるだけだ。お前には関係ない」
ナギノ様の件といい、トルユエ様を侮蔑するように吐き捨てるイリサグ様の態度に――胸の奥が煮え立った。
「イリサグ様、あなたは問題を起こした立場でしょう。態度を改めてください」
「……態度を改める……?」
イリサグ様は一瞬遠くを見たが、すぐにフッと鼻で笑った。
「神が神なら、その神に入れ込むお前も同類だな。どいつもこいつも、オレを心労で殺したいのか?」
「何の話です?
……詳しくは知りませんが、今回だけでなく前回も問題を起こしたのでしょう?
『偽者』発言といい、護衛騎士としてあるべき姿を見失っているのでは?」
言い終わる前に、イリサグ様の目がかっと見開かれ、胸倉を掴まれた。思わず払いのけそうになったが堪えると、壁へ勢いよく押し付けられる。至近距離で睨み合う。
すると彼は口を歪めた。
「……お前には絶対分からない。何様だ?
……ああ悪かった、そういやお前の方こそ『偽者』だったな!」
頭が真っ白になり、飛びかかろうとした瞬間――
「やめろ!!」
トルユエ様が身体ごと割って入り、2人を引き剝がした。
「いい加減にしろ! これ以上恥に恥を重ねるな!!」
怒声に、イリサグ様は冷笑を返す。
「それはどっちに対する発言だ? それとも、お前自身か?」
「っ、俺はどうでもいい! 2人とも落ち着け!」
その時、扉が開き、スーウェン様が顔を出した。
「……何を騒いでいる?」
低く抑えた声なのに、鋭い威圧感が漂う。全員が動きを止め、「いえ……」と答えた。
イリサグ様が一歩前に出る。
「スーウェン様、ご相談があります。お時間をいただけませんか」
「……分かった、中で聞く。入れ」
視線で入室を促し、2人が部屋に入る。残された俺に、トルユエ様がぽんと肩を叩いた。
「お前は何も気にすんな。ほら、行くぞ」
ルーリも手招きし、背中を押し出されながら歩き出す。
鬱屈を抱えたまま歩いていると、トルユエ様が耳元で低く囁いた。
「……ナギノ様の"例の言動"は、一時的なものだと医者は言っていた。スーウェンにもまだ話してない。
イリサグとも当分接触しないだろうし、様子を見よう」
ルーリに聞こえないようにこそこそと話すトルユエ様に、俺は小さく頷いた。
護衛騎士たちの言い争い。
次はまた女医が出ます。




