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光の雨のあとに、残るのは

 イオとイリサグの間に割り込んだ黒い影――トルユエは剣を滑り込ませると、私とイオに迫る第2撃を防いだ。

 小さく火花が散り「"どけッ!!"」とトルユエが叫んだ瞬間、イリサグの剣は弾かれる。

 同時にイリサグの身体も廊下のはるか後方、いつの間にか集まった人だかりの方へ吹き飛ばされ――


 ……ぶつかる!!


「――"止まれ"」


 激突すると思った瞬間、静かな声がはっきりと聞こえた。

 同時に、宙に浮いたイリサグはぴたりと止まり、刹那、ぐしゃりと落下した。

 今度は受け身を取ることもできず、わずかに呻き声をあげるイリサグの両肩を支えたのは――スーウェンだった。


 スーウェン達を見た時、手前にうずくまったエフィナの姿が目に入る。

「っ、エフィナ!」

 慌てて立ち上がろうとするが、足にうまく力が入らない。すると私の背中に回していたイオの腕に力が入り、抱きすくめた姿勢のまま持ち上げられると、そっと立ち上がった。

「あ、りが……とう」

 真剣で真っ直ぐなイオの瞳がすぐ近くにあって、一瞬息が詰まる。

「……怪我はありませんか?」

 目を合わせたままゆっくり頷くと、ふっとイオの腕の力が弛んで、解放された。

 すると「あたしは大丈夫です……!」とエフィナの声が聞こえた。

 右肩を押さえて痛そうな顔をしているものの、彼女は既に立ち上がっていた。その姿を見て、ほっと息をつく。

「……トルユエさんっ、血!」

 息を荒げて隣に立つトルユエの額からは血が流れていた。私が言うと、「あ?」と腕で血をぐいと拭う。

「こんなもん、ほっときゃ治る。それよりあんた本当に大丈夫か?……あ、いえ、大丈夫ですか?」

 言い直しながら、トルユエは剣を収めた。そして私の頭に手を伸ばすが、指先が触れた途端、激痛が走って「痛っ!」と声が出た。

 今さら痛みが回ってきたようで、頭皮全体がじんじんして、とても痛い。

 ヘアゴムを慎重に外すと髪がぱらりと肩に落ち、そっと指で梳くと、何本か抜けた髪が絡んだ。思わず「うわ……」とぞっとする。


「……何の騒ぎですか?」

 いつの間にかすぐ近くまで来ていたスーウェンの声に、顔を上げる。

 スーウェンは感情が読み取れない視線で私たちをなぞった。トルユエが軽く、咳払いをする。

「ただの喧嘩だよ。ちょっとイリサグの気が立って、大事になっただけだ。

 だから気にすんな、忘れろ」

 スーウェンは視線だけトルユエへ動かす。その目は、冷たく光っている。

「そういうわけにはいかない。

 負傷者も目撃者も多数いるうえに、私闘目的で複数人が魔石を使用した。仔細を報告する義務がある。

 ……そしてトルユエ、お前はいま"光騎士"だ。態度と言葉遣いに気を付けろ」

 スーウェンの言葉にトルユエはハッとすると、「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 ……以前にファレンさんが「左遷されたトルユエ」と言っていたな、と思い出す。

 詳しい話は知らないけれど、何か複雑な事情がありそうだ。


 イオが一歩前へ出た。

「スーウェン様、事情聴取は後でもできます。まずは怪我人の手当と、ナギノ様の身の安全を確保することが優先です。

 先に、ナギノ様をお部屋までお連れしてもよろしいでしょうか?」

 スーウェンはイオへ視線を動かすと、小さく息を吐いた。

「ああ。……ただ、事件直後の証言は重要だ。後から他人の話を聞いて、記憶が混同しても困る」

 スーウェンは私をじっと見据え「……ナギノさま、」とゆっくり名前を呼んだ。


「一つだけお尋ねします。どうか、正直にお答えください。

 ……イリサグは、明確な敵意をもって、あなたを害しましたか?」


 私は口を開きかけ――ぐっと言葉を飲みこんだ。


 ……もしここで「はい」と答えたら、イリサグさんはどうなってしまうのだろう?


 この国の、この組織の規律や法律についての知識なんて、全くない。

 ただ立場上、私は"主"で、彼は"主に仕える護衛騎士"だ。どう考えても、彼の立場は非常に悪い気がする。どんな処罰が下るか分からない。

 この前の件は、私の方が立場が上だったから「無かった」ことにされたけど……


 そこまで考えて、はたとあることに思い至った。

 腹をくくると、スーウェンを見つめ返す。


「……いいえ。害されていません」


 私の答えを隣で聞いたトルユエは「はぁ!?」と裏返った声をあげた。でも私は気にせず、言葉を続ける。


「トルユエさんの言ってたとおり、ちょっと喧嘩になっただけです。

 そしたら、こう、ええと……背! 背を伸ばそうって話になって! 頭を引っ張ったら、イリサグさんみたいに背が伸びるかな、と!

 だから、イリサグさんに嫌な目になんか遭ってません。あはは……」


 ……あ、でもその場合はトルユエさんとエフィナのことはどう説明しよう。やばい。


 …………沈黙。


 誰も何も言わず、思わず目が泳ぐ。

 すると隣から伸びてきた手に、ぎゅっと右手を握られた。

「え?」と見上げると、イオはわずかに眉をひそめていた。


「……スーウェン様、これで確認は十分でしょう。ナギノ様をお連れしてよろしいですか?」

 問われたスーウェンは少しの間沈黙していたが、「……ああ。この場は私が収めよう」と答えると、イオは私の手を引っ張り、出口の方へ歩き出した。

 遅れてトルユエが歩き、エフィナも付いて来ようとしたが「君は治療と証言のため残りなさい」とスーウェンに止められる。

 トルユエも同じことを言われていたけれど、「後で戻りますので!」と叫ぶと、私の後ろを足早に付いてきた。


 手を引かれ、集団の横を通る。

 周りを大勢に囲われ、座り込んだ姿勢のイリサグの姿が人々のすき間から見えた。どこか苦しいのか、顔を伏せている。

 でも一瞬だけ、目が合った気がして――引っ張るイオに反して、その場に立ち止まる。

 急に止まった私をイオが振り返り、後ろからは「ナギノ様?」とトルユエの声が聞こえた。


 ……元はと言えば、全部私のせいだ。

 私が魔石で事故を起こして、イリサグさんはたまたま怪我をしなかっただけだ。

 誰にどう報告したのかは分からないけど、結局彼からしてみれば、全部「なかったこと」として処理されてしまったのだ。

 だから……彼が怒るのは当然で。主張していた内容も、別に間違いだとは思わない。


 ……トルユエさんとエフィナに怪我させたのは、違うけど。

 しかし「ご執心」って。前にトルユエさん達と話してた会話は、やっぱり聞こえていたのでは……?


「どうかされましたか?」

 イオの声にはっと我に返ると、彼の手をぎゅっと握り返した。

 トルユエとエフィナ、イリサグを順番に見つめる。


「……本当にすみませんでした。……早く、治りますように」


 口から自然と漏れた言葉――と同時に、柔らかい光が溢れた。

 光は雲のように天井へ集まると、光の粒が静かに降り始める。

 まるで細やかな雨のようだが、濡れるわけでもなく、身体に触れると弾けて霧散する。

 何事かと全員が上を見上げ、誰もが呆気にとられていた。


 光の雨がその場にいた全員に降り注ぐと、雲はそのまま溶けるように消滅する。

 すると何か感じたのか、ふいにトルユエが額に手をあてる。

「……傷が治ってる……」

 その声を皮切りに、あちこちで驚きの声があがる。渡り廊下に大声が響いて、びっくりした私は思わず、ずっと手を握っているイオを見た。

 イオは私の視線に気が付くと「行きましょう」と再び手を引っ張って、その場を後にした。



 あっという間に騎士棟を出て、中央庭園を通り抜ける間も、私をぐいぐい引っ張るイオの足は速い。

 足がもつれそうになって、「イオ、速いよ」と訴えると、ぴたりとイオが立ち止まる。

「……なんで嘘をついたんですか?」

 振り返りながら、イオが低い声で問いかけた。その表情は、怒っているように見える。

「イリサグ様は明らかにあなたを傷つけていました。何で彼を庇うんですか?」

 イオは手を握ったまま、私と距離を詰める。手を伸ばせば顔にも触れられるような距離だ。


 でも私は――()()()()()()()()()()()、咄嗟に言葉が出てこない。


 私が何も答えないままでいると、後ろのトルユエが大きく溜め息をついた。

「……ナギノ様と違ってイリサグの場合は、もし害意を持って「害した」とされれば、恐らく極刑は免れない。主としても神としても、騎士が楯突くなどあり得ないからな。

 だから慈悲で「なかったこと」にしたんでしょう? ……ナギノ様?」


 ずっと反応しない私に、イオもおかしいと感じたのか、2人が私の顔を覗き込んだ。

「ナギノ様? ……イリサグ様に受けた怪我が痛みますか?」

 心配そうにイオが尋ねる。


 しかし何度も出てくる名前に、私は首を傾げた。



「……『イリサグ』って、誰?」



不穏な感じ。

次は問いただします。

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