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罪か、事故か、関係ないのは

 私は、石みたいに呆然と立ち尽くしていた。

 しかしハッと我に返ると、全速力で、階段に横たわる猫の元へ駆け寄った。


 咄嗟に抱き上げかけた手は、触れていいものか迷って宙で止まる。

「お待ちください、僕が見ましょう」

 私が固まっていると、いつの間にか居眠りから目覚めていた統制院の職員が駆け寄ってきた。

 彼は猫の身体にそっと触れ、全身を手早く確認する。

 やがて腰の革袋から塵石をいくつか掴むと、猫に押し当てた。

「――"傷を癒せ"」

 塵石はぴかぴかと光り、そのまま猫に溶けるように消えていく。


 ぴく、と前足が動いた。

 そしてさっと身体を起こすと――弾かれたように、訓練場の外へ走り去って行く。

「ちょっ……大丈夫!?」と猫の後ろ姿に叫ぶが、あっという間に姿が見えなくなった。


「ふぅ。恐らく一瞬気を失っていたんでしょう。怪我も治りましたし、あの様子なら大丈夫ですよ」

 職員の言葉に、後からやって来たエフィナが大きく安堵の息を吐く。

 私も全身の力が抜け、ぺたんと座り込んで「良かった……」と胸を撫で下ろした。


「――何が『良かった』んですか」


 背後から冷たい声が聞こえて、全身が凍る。

 振り返ると、その声と違わぬ冷ややかな表情でイリサグが見下ろしていた。


「す、すみません。大丈夫で……」

「大丈夫なわけないでしょう。魔石を消費してしまったんですから」

「え、あの、ごめんなさ……」

「――謝れば何でも許されると思ってるのか!?

 言っとくが、もし防がなかったら、オレも猫みたいに吹っ飛んでたぞ!?

 あんた、明確にオレに敵意を向けただろ!? 殺したかったのか!?」


 ひゅっと息を呑む。


「ち、違います……そんなつもりなんて、全然……」

 震えた声は、自分でも情けないほど弱々しかった。

「何が違う!? じゃあ何で魔石を使った!?

 ……猫は可哀想だけど、人間だったら可哀想じゃないから「攻撃」できるってか!?」


 イリサグから放たれる一言一言が、巨大なナイフみたいに深く突き刺さる。

 違う、と言いたいのに、何も反論できず、息が詰まった。


「イリサグ様、無礼ですよ! それ以上はおやめください!」

 エフィナも声を荒げるが、イリサグは彼女をちらりと見ただけで、私を睥睨したままだ。

「……全て報告しますから。ただで済むと思わないでください」

 そう言い捨てると、イリサグは階段を足早に昇って行く。

 その後ろ姿を見上げると、階段の上から数人の騎士団員らがこちらを見下ろしていた。――いつから見ていたのだろう?


「ナギノ様!!」


 見物人の向こうから、トルユエが階段を駆け下りてくる。

 途中でイリサグとすれ違い、2人は一瞬目を合わせたが、何も言わずに通り過ぎた。


「……大丈夫ですか? 何があったんです? どうしてイリサグは去ったんですか?」

 座り込む私にトルユエが立て続けに問いかける。だが、どう説明すればいいのか分からない。

 私は乾いた唇で、口を開く。


「……あの。……魔石を使って、他人を攻撃してしまったら、罪になりますか?」


 答えではなく、疑問が口からこぼれた。

 トルユエは何か察したように片手で顔を覆う。


「それは訓練中の同意の上、ではなく……ですか?

 ……それなら罪になります。しかも魔石を使ったのであれば、明確に敵意があったと判断されます。もちろん、目撃者の証言などは考慮されますが……」


 空気が重苦しい。

 事情を見ていたエフィナと、職員は押し黙っていた。


 ……結局、去ってしまったイリサグの代わりに、トルユエが私を部屋まで送ってくれた。




「――単なる事故じゃないですか。

 何事かと思いましたが、そんなこと、統制院ならたまにありますよ」


 向かい合って座るファレンが、片肘をついて、面倒臭そうに言った。


「騎士団は知りませんが、統制院は魔石を大量に取り扱いますからね。

 上司に腹を立てただの、研究がうまくいかないだの、そんな理由で発動してしまう事故はあります。怒りというのは、明確に想像しやすいですから」

 仕事中に呼び出されたファレンはとても不機嫌そうだ。申し訳ないとは思ったけれど、他に相談できる相手が思いつかなかった。

「仮に、あなたに明確な敵意――殺意をもって彼を害したとしても、罪になんてなりませんよ。だって、あなたは"神"ですから」


 その言葉に、膝に置いた指がぴくりと動く。


「神は絶対です。凡人は神の恩恵を受けて日々暮らしています。

 ですから、別に人を殺そうが国を滅ぼそうが、私みたいな凡人は受け入れますよ」


 ファレンはまるで天気の話でもするような口調で、言葉を続ける。


「むしろ私としては、ナギノ様が生物に対して『攻撃』できて良かったですよ。

 一度経験すれば、二度目からはより明確に想像できますから」

 話はそれだけですか、とファレンは立ち上がった。


「……魔法も魔石も『攻撃』にこだわるのは、戦争のためですか……?」

 私の問いに、ファレンは怪訝そうに眉を上げる。

「ええ、初めからそうお話ししていましたよね。それが終わらないと、私たち両者の希望は叶いません。忘れましたか?」

 思わず唇をぎゅっと結び、テーブルの下で膝を掴む手に力が入る。

「……覚えてます。

 でも、必ずしも生きてる人に攻撃しなくても……例えば圧倒的な魔法を見せたりすれば、みんな戦意喪失して、すぐに終わりますか……?」

 ファレンは一瞬間をおくと、口角を上げて、片頬笑む。

「ええ。『圧倒的な魔法』、楽しみにしています」



 ファレンが出ていった後、部屋には私、エフィナ、そして無言のトルユエだけが残った。


「……ナギノ様。イリサグ様も猫も無事だったんです。良かったじゃないですか」

 エフィナがそっと近付き、俯いたまま座る私の背中をさする。

「次から気を付けましょ。……ね?」

 優しい声で語りかけてくれるエフィナの言葉に、目の奥が熱くなってくる。


 すると、トルユエが小さく息を吐いた。

「……今回は本当にイリサグが相手で良かったです。あいつは光騎士だから魔石を装備してましたが、もしイオやルーリなら、防げなかった」

 トルユエが静かに告げる。

「不幸中の幸いです。……ファレン様もああ言ってますし、罪にならずに済んで、本当に良かった」


 ……そうか。あんなに強い2人でも、魔石には敵わないんだ。


 胸にこみ上げるものを、私は必死にぐっと飲み込んだ。



 *****



「……なあイオ、知ってる? 変な噂が流れてるらしいぞ」


 衛騎士の同期・セザオルに声をかけられ、ある邸宅前で並んで立っている俺は「噂?」と聞き返した。

「『再臨した神は魔法が使えない、偽者だ』ってさ。馬鹿らし」

「……なんだそれ?」

「さあな。でも住民から聞いた奴は『ナギノ様は偽者じゃない! 俺たちは実際見たんだから、そんな話は嘘っぱちだ!』って言い返したらしいけどな」


 8日前、荷台や荷物の点検中にナギノ様が馬車倉庫まで来てくれた際、団員らと共に挨拶をした。

 その場で言った「ご加護を賜らんことを」はあくまで出発前の決まり文句であって、サホノ様ですらただ手をかざすだけだったという、ただの"挨拶"だ。

 でもナギノ様は――加護として、本当に"癒し"を授けてくださった。


「……そうだな。馬鹿らしい」


 恐らく、うまく発動できなかった時のことを指した噂なのだろうが、だからといって「偽者」と断じるなんて、くだらない。

 ……今ごろ、あの方はどうしていらっしゃるんだろうか。


 ふあぁ、とセオザルが大あくびをかく。笑って「任務中だぞ」と軽く咎めると、彼は両腕を広げてハッと笑った。

「任務って? こんな郊外の、どこの誰か分からん奴の家で何が起きるんだよ。犬でも襲って来るってか?」

 声が大きい、と咎めはしたが、話自体は否定しない。


 ……「要人の護衛の手が足りない」なんてのは嘘だった。やってることはただの門番だ。

 守衛将の頼みだとも聞いていたが、恐らく何の関係もないだろう。


 基本的に、誰かの常任護衛を担当した場合、兼任で他の護衛を担当するわけがない。

 でも、相手は上位の階級で、俺が反対できる立場じゃなかった。初めから怪しかった。

 ……多分、俺に対する嫌がらせなんだろうな。巻き込まれた周囲の方が気の毒だ。


 陰鬱とした気分の中で、ふっと、ナギノ様の顔が浮かぶ。


 ……泣いてないと、いいんだけどな。


 彼女に触れたことのある自分の手を見て――力を込めて、ぎゅっと握りしめた。



猫が無事で良かった。

次はちょっとした事件です。

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