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茶トラの猫の小さなからだ

※最後の数行だけですが、動物に対する暴力行為?の描写があります。苦手な方は注意してください。



 翌日イオが出発してから、1週間が経った。

 私はひたすら、悶々とした毎日を過ごしている。


 ……とにかく、魔法が発動しない。

 この前は1日に2回も成功したものだから、私も周りもめちゃめちゃ期待した。でもそれ以降、からきし発動する気配がない。


 もはや諦めて魔石に専念しようかと思っていたら、ファレンに「ではこの猫を対象に、同じことをやってください」と、茶トラの猫を差し出された。

「えっ……同じことって、放り上げたりするんですか?」

「猫なら高所から落ちても大丈夫でしょう。何なら熱して焼いてもいいですよ」

「む、無理です!!」

 私が全力で拒否するのでファレンはため息をつき、「まあ気が向いたらいつでもどうぞ」と魔石の入った袋だけ渡すと、去ってしまった。


 訓練場に残された猫をエフィナと一緒に撫でたりしながら、私も大きなため息をつく。

「熱するなんて。ましてや焼くなんて絶対無理だよ……!」

「猫ちゃん、死んじゃいますね……」

 エフィナは猫じゃらしに似た草をひょこひょこ動かすと、猫はごろんごろんとじゃれていた。

「うぅ……ちょっとくらいの高さなら、放り上げても大丈夫だと思う? 可哀想だけど……」

「でもファレン様の話だと、少しでも『可哀想』と思っちゃダメなんじゃなかったですか?」

「だよね。無理すぎる……」

 課題のハードルが急に上がり過ぎだ、と両手で頭を抱える。


「……本当は魔法が使えたらいいのにな。

 それができないなら、せめて魔石で頑張れないかなって思ったんだけど……もう本当に八方塞がりだよ……」

 両膝を抱えて、顔を埋める。エフィナが背中をさすってくれながら、うーんと唸った。

「何でファレン様は、ナギノ様に「攻撃」ばかり求めるんでしょうね。「癒し」じゃだめなんですかね?」

 私が手を伸ばして猫を撫でる。猫は喉をごろごろと鳴らしていて、とても可愛い。 

「……『3か月以内に前哨戦が予想される』って言ってたから、もしかするとそこで使うのかな……?」

 撫でながら、初日にファレンに言われた言葉を思い返した。正直、前哨戦というもの自体、どんなものなのかよく知らない。

「とにかく私が魔法で、バーン!と何か見せたらいいんだよね? そしたら案外すんなり終わるかも、ってファレンさんが言ってたんだ。 

 何かこう……天まで届く火柱!みたいなのを見せつけたらさ、みんな怖がって退いてくれるかな?

 ……スーウェンさん、どう思います?」

 しゃがんだ私とエフィナの後ろに立っている、スーウェンを振り返る。

「分かりません。……ただ、かなり圧倒的な、まさに神がかりの力でもないと、戦意喪失にまで至らない気がします」

 淡々と話された内容に、そうかぁ……と私は肩を落とした。そこまでできる自分が、想像できない。

「想像はできないけど、やるしかないよね……家にも帰れないし」

 ぶつぶつとぼやいていると、訓練場の入口の階段から、かつかつと足音が聞こえてきた。

 足音の主を見て――私は重く、口を開く。


「……こんにちは、イリサグさん」

「……のん気に猫と遊んでるんですか。気楽でいいですね」


 挨拶し返すこともなく、イリサグは溜め息をついた。そして私を見ずにスーウェンへ口を開く。

「交代するから。スーウェンは休んで」

「ああ。……イリサグ、"様"と言葉遣いを忘れてる」

 あ、とイリサグが口元を押さえる。うっかりした、という様子だ。

「? 2人は親しいんですか?」と疑問をそのまま口にすると、イリサグが私を睨むように見下ろした。

「別にどうでもいいでしょう。あなたに関係ありません」

 刺々しい言い方にムッとなっていると、スーウェンが小さく息を吐いた。

「イリサグ。……言葉をつつしめ」

 スーウェンが静かに諌めると、イリサグは不満そうに「……はい」と返事をする。彼はそれを横目で確認し、視線を私に向けた。

「……かつて、私はイリサグの家で下働きしていたんです。彼の身の回りの世話もしていました」


 ……どうやらイリサグは良い家の出身らしい。下働きしていたスーウェンはその後騎士団へ入団し、数年遅れてイリサグも入団したようだ。

 そして騎士団内ではスーウェンの方が守衛将に次ぐ最上位の"暁騎士"で、イリサグがその下の"光騎士"のため、"様"呼びになるそうだ。

 二言三言イリサグと言葉を交わすと「失礼します」と頭を下げ、スーウェンは訓練場を後にした。


「……練習、再開しようかな」

 重い腰を上げると、エフィナは「頑張ってください!」と言って猫を抱き上げ、訓練場の外へ出ていく。

 その先に、壁にもたれかかって座っている統制院の職員は、退屈過ぎてか居眠りをしているのが見えた。



「……何度も聞きますけど、本当に神なんですよね?」

 片手で顔を覆い、目も当てられない様子のイリサグが面倒臭そうに口を開く。


 全く発動する様子のない魔法。……はっきり言って、かなり苦痛の時間だ。イリサグの言葉に言い返す気力も湧かない。

 私はため息をつきながら、ファレンに渡された袋を開ける。中には2センチ大の霊石がいくつか入っていた。


 黒くて、きらきらした綺麗な石。でも使うと光って消える、不思議な石。


 何となく気分転換になるかと、宝石感覚でぼんやりと魔石を眺める。

 私が魔石の練習をすると思ったらしいイリサグは、フッと鼻で笑った。


「知ってます? 魔石って、貴重品なんですよ? おもちゃじゃありませんよ?」

 イリサグの嫌味たっぷりの言葉が立て続けに投げかけられる。

 恐らく、石を相手に連日ずっと同じような「放り上げる」か「熱する」の使い方をしてばかりのことを指しているのだろう。単純に、他が思い付かないだけだ。


 ……ファレンさんが私に新たな課題を課したことを、イリサグは知っているのかな?


 思わず全身に力がぐっと入り、身がこわばった。


「……貴重なのも、おもちゃじゃないのも知ってます。

 ……でも生きたものへの攻撃って、どうしてもイメージできないんです。土を掘るとかならまだしも、熱するなんて……」

 そう言うと、イリサグはフッと鼻を鳴らした。

「生きたものに攻撃しなくて、何に攻撃するんです? 土いじりなんて、子どもでも出来ますよ」

「……っ! 何なんですか、もう!

 そもそも、攻撃云々だと戦うんじゃなくて、話し合いで解決したらいいじゃないですか? その方がお互い建設的だと思います」

「……あんた本当に何言ってんの? 話し合いで解決できないから武力行使するんだろ。

 その中であんたが神としての魔法を使えば、それが早期解決に繋がるんだよ。でもあんたはそれもできないから、みんな呆れてるんでしょうが!」


 声を荒げるイリサグの口調は完全に乱れている。とても良い家の出身とは思えないが、でもそんなことなど気にならず、私は頭が熱くなったまま言い返した。


「それはだからごめんってば! ……わざとでもなんでもなく、本当にできないの!

 原因も何も分からないから、完全に行き詰ってるんだよ! 参考資料の一つもなくて、何をどう頑張ればいいの!?」


 せめて一緒に考えてほしいのに、『神の御力に関わることなど恐れ多い』と誰も手伝ってくれない。もうわけが分からない。神様が困った時は、一体何に頼ればいい?



 ――エフィナは私の方に身体を向けつつ、人懐っこくて大人しい猫を抱きかかえ撫でていた。

 しかし私とイリサグが口論を始めると、エフィナはどうしたものかとあたふたする。


 すると、猫の目の前を蝶がひらひらと通り過ぎた。


 捕まえようと虚空を掻いた猫は、するりと腕から抜けて、訓練場の中へ駆けていく――



「……だから、それを考えるのもあんたの役目だろ!? あんたそれでも神か?

 偽者ならさっさと帰れよ!」


 カチン、と何かが切れる音が自分の中で響いた。全身が怒りに満たされ、頭に血が上る。


「私が来たくて来たんじゃない!! そっちが勝手に呼んだんでしょ!?

 ……もういい!! お願いだから、もうあっち行って!!」


 思わず袋を握る手にも力が入り、魔石は袋の中でぎしりと軋む。

 ――ほんの一瞬、指先が魔石に触れたことには、気が付かなかった。


 手元にぴかっと閃光が走り「え?」と光源へ目をやる。

すると同時に、

「!? ――"防げ"ッ!!」

 さっと自身の着る鎧に触れ、叫んだイリサグは――正面から突風を受け、尻もちをついた。

 しかしその突風はそこで止まらず、イリサグの後ろまでまっすぐ飛んで。

 その先に通りかかった、猫まで届く。


 まるで軽い紙をふっと吹き飛ばすかのように、猫ははるか後方へ吹き飛ばされ――階段に激突した。



 咄嗟に状況が理解できない。ただ、袋の中にいくつも入っていたはずの魔石は、全てもう無くなっていた。


「……え……?」


 激突したまま動かない猫を見て――全身から血の気がさぁっと引いていく。

 呼吸ができない。足が動かない。


 ただ、猫の小さな体は、まだ……動かなかった。



ナギノやらかしました。

次は後悔と不穏。

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