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瓜二つの面影と似ているところ

 目が覚め、時計を見るともう17時を回っていた。少しだけ休むつもりが、どうやら2時間近く寝ていたらしい。

 エフィナに謝りつつ着替え、寝室から出る。


 しばらくするとスーウェンが部屋に入ってきた。

「すみません。思ったより長く寝てしまって……」

「いいえ。お休みできたのであれば良かったです」

 スーウェンは無表情で首を横に振る。本当に表情の変わらない人だ。


「ナギノ様、先ほどイオから報告があったのですが。

 別任務のため、2週間ほどここから離れるそうです。明日の早朝に出立します」


 え、と思わず声が漏れる。

「急なんですね。離れるって、遠くまで行くんですか?」

「馬で2時間ほどの距離です。要人の護衛に人手が足りないとか」


 私の護衛してるのに、他の人の護衛もするんだ。よくあることなのかな?


「ナギノ様もお休みでしたし、すぐにご報告ができませんでした。申し訳ありません。

 急な話ですが、ナギノ様にはご迷惑をおかけしないようにいたしますので、ご安心ください」


 寝てる間に来てくれてたの? うわあ、申し訳ない。

 しばらく会えなくなるの、ちょっと寂しいな……。


「……会いに行かれますか?」

「へ?」

 うら寂しさを感じているところにスーウェンの提案が出て、私は間の抜けた声が出る。

「積み荷の点検をすると言ってましたから、騎士棟の馬車倉庫かその辺りに行けば会えると思います」

「え? きゅ、急に何でですか?」

 あまりに唐突な話で、なのにスーウェンの顔も声も変わらないから、何が何だか分からない。しかし混乱する私の問いに答えることなく、彼は言葉を続ける。

「早朝の出発ですから、明日会うのは時間的に難しいでしょう。これから夜になりますので、今の時間を逃すと会えません。

 イオも直接ナギノ様にご報告できますし、士気も上がると思います。いかがなさいますか?」

 無表情で淡々と話すスーウェンを見据えながら、私は悶々と考える。


 急に行って、邪魔にならないかな?

 ……でも「気を付けて」ってさっと言うくらいだったら、大丈夫かな。


 顔を伏せて少しの間悩んでいたが、顔を上げてスーウェンの顔を見る。

「……はい。すみませんが、案内してもらえますか?」

 私のお願いに、スーウェンはこくりと頷く。

 横でエフィナが「まあ!」と目をきらきらさせたけど、見なかったことにした。



 初めて入る、騎士棟の厩舎にほど近い馬車倉庫。

 中は広くて大きく、幌馬車やキャビン、他にも色んな物が何台も並んでいる。

 その内の端にある荷台の側で、大小の箱をいくつも広げている騎士たちの姿が見えた。スーウェンに先導してもらい、その荷台へ近づく。


 荷台の前に、こちらに背中を向けて立つ人物がいた。鎧は着けておらず黒いチュニックのような服を着て、冊子に何か書き込んでいる。

 姿勢が良くて背が高く、まるでフィールドワーク中にノートに書き込みをしているような――

「……伊織?」

「……え?」

 思わず漏れた私の言葉に、イオは振り返る。そして私を見るなり、目を見開いた。

「……ナギノ様!? どうしてこちらに!?」

 動かしていた手を止めて、驚いたイオが駆け寄ってくる。その声が倉庫内に響き、他の騎士たちも手を止めてこちらを見る。

 少しだけ顔を出すつもりだったのに、すっかり注目が集まってしまった。


 うっ……でもここまで来たからには、早く目的を果たさなきゃ……!


 気恥ずかしさと申し訳なさが混ざりつつ、ぐっと両手に力を込める。

「お、お仕事中にお邪魔してごめんなさい。それにさっきは来てくれたのに、寝ちゃっててごめんね。

 ……明日からしばらく出かけるって聞いたから、出発前に挨拶しときたいなと思ったんだ。その、気を付けて行ってきてね」

 ぎこちなく笑う私を見て――しばらく目を見開いていたイオは、ふっと表情を緩めた。

「……ありがとうございます。それでわざわざ来てくださったんですね」

 柔らかい声が聞こえると、イオは一歩下がり、両膝を折って右手を胸に添えた。


「守衛将より火急の任務を受けました。期間は2週間と聞いています。

 ……しばらくお傍を離れてしまうこと、どうかお許しください」


 イオの突然の行動に、私は「い、いいからいいから! 立って立って!」と慌てふためく。

 すっと立ち上がったイオは、にっこりと笑った。

「直接ご報告したかったのですが、他にどうしても時間が取れそうになかったので、できて良かったです。気を付けて行ってまいります」

 イオの笑う顔を見て、良かった、と肩の力が抜ける。

 ふいに、イオの背後にいる騎士団員たちの興味津々な視線に改めて気が付いた。

「あ、えと……そちらの皆さんも一緒に任務へ?」

 荷台の周囲にいる騎士団員へ私が視線を送ると、イオも後ろを振り返った。

「はい。ご挨拶させていただいてもよろしいですか?」

 私が頷くとイオが周りに声をかけ、私の前にずらっと並ぶ。跪こうとしたので慌てて手で制すると、全員が立ったまま軽く頭を下げた。それを見て、イオも倣って頭を下げる。

「我ら衛騎士10名で明日、行って参ります。

 任に務める間とその道中、神のご加護の賜らんことを」

 イオの言葉を聞き、内心「え、加護?」と目を丸くした。


 ああ、神様に旅の安全を祈る、みたいな感じか。

 旅なんてせいぜい修学旅行か卒業旅行くらいしか行ったことないけど、イオ達はお仕事だもんね。みんなハードな訓練もこなした後だろうし、疲れて大変だろうな。


 ……京都の修学旅行、伏見のお稲荷さんのお煎餅可愛かったな。


 また行きたいなとのん気に考えて、ハッと我に返る。まずみんなが頭を下げているこの現状をどうにか反応しないといけない。


「え、えと。皆さんの旅のご安全と、お仕事が無事に終わることを、お祈りしております……」

 私はとりあえず両手を合わせ、祈ってみる。


 ――ふわり、と見覚えのある光の粒が宙に漂い、微かな温もりが肌を撫でた。

 イオ達の周りにたゆたい、線香花火のように静かに弾け、音もなく消えていく。


「…………んんん?」


 目を瞬かせる。時間にしたらほんの数秒だ。

 短すぎてよく分からなかったけど、いま私は魔法を発動したのだろうか――と理解が追い付かずにいると、同じように周囲も呆気にとられていた。

「……ありがとうございます。必ず無事に任を務めあげ、帰ってまいります。

 神の愛と御力に感謝いたします」

 そう言ったイオの言葉に、他の団員らも「感謝いたします!」と一斉に続いた。


 倉庫内に大声が反響して、口角がひくっと引きつりつつ、これ以上は作業の邪魔になると判断した私は「よ、良かったです。では私はこれで……」と踵を返した。


 急に方向転換してつかつかと出口へ歩くと、すっとスーウェンが前に回り込む。

 そうだった。スーウェンが先頭だったと思うや否や、後ろから「お待ちください」と声がかかった。

「正面玄関までご一緒させてください。すぐそこですから」

 イオがそう言ってすっと横に来たので、私は静かに頷いた。

 馬車倉庫を出ても、後ろから「すげー!魔法なんて初めて見た!」「身体が軽くなったぞ!」などと声が響いて聞こえてくる。ちょっと恥ずかしくて照れくさかった。



 騎士棟の正面玄関は馬車倉庫とそう離れてないので、歩くとすぐに立派な玄関が見えてきた。

 倉庫を出てから、なぜかイオも誰も喋らない。しばらく無言で歩く。

 ふと、横を歩くイオが視線を落とし、小さく息を吐いた。

「……俺は、そんなに"伊織"様と似ていますか?」

 予想外の質問を受けて、「……え?」と声が漏れた。

「初めにお会いした日も、先ほども"伊織"様のお名前を呼んでいらっしゃったので。

 そんなに似てますか、俺は」

 イオの口元は笑っているものの、視線はどこか遠くを見据えているような、そんな気がした。

「……うん。そっくりというか、瓜二つ。あ、でもイオの方が身体ががっちりしてるかな。あと、優しいところも似てる。

 イオも、いつも私に優しくしてくれてありがとう。すごく助かってるよ」

 私が笑いかけると、イオの顔は一瞬曇ったような気がした。でもすぐに目を細めて、いつも通りの穏やかに微笑んだ顔に変わる。

「恐れ多いです。俺の方こそ、ナギノ様に温かく接していただけて感謝しています」

 そう言っている内に玄関前に着き、足を止める。

「では、俺はここで失礼します。わざわざ来ていただいて、ありがとうございました。」

「ううん、送ってくれてありがとう。またね」

 私は名残惜しさを感じつつ、手を振って、イオに背中を向けた。


「……ナギノ様!」


 歩き始めようとするとイオの声が聞こえ、振り返る。


「……お会いできて、嬉しかったです。

 任務を終えたら、すぐにナギノ様の元へ伺いますから」


 そう言ってイオは頭を下げて、くるっと身を翻し、走り去って行く。


 何となく、その後ろ姿から目が離せなくて、彼の姿が建物の陰に隠れるまで見送った。

 ……と、隣でにまにま笑っているエフィナに気づき、内心ぎくりとする。

 私はすぐ顔を逸らして、大聖院への方向へ再び歩き出した。



出張行っちゃいました。

次は猫が出てきます。

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