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光の粒、揺れる香り

 視界の端で揺らいだ光の粒は、滲むように拡がり、ゆるやかに地面に降り注いだ。

 その光景に思わず目を見張り――きらきらとした残光が消えると、花はまっすぐ立ち上がっていた。生まれ変わったように花びらは瑞々しい。


 そして光が降り注いだ乾いた地面は、雨が染み込んだようにしっとりと潤い、えぐれていた土の上を、新たに芽吹いた花が覆っている。


 黄色の小さな花々は、そこだけ別世界から切り取ったかのように、風に揺られていた。


 私は息を呑んだせいで、咄嗟に声が出てこない。


「……神さま……」


 後ろから、声が聞こえた。振り返ると、ぎこちなく口を開いたイオと目が合う。

 彼は呼吸を止めていたのか、大きく息を吸った。

「とても……綺麗です、ナギノ様」

 そして目を細めて、わずかにはにかんだ。


「……わたし、成功した?」


 にわかに現実と思えず、ようやく出てきた言葉が疑問形になる。

「はい。おめでとうございます」

 イオは笑みを浮かべ、しっかりと返事をしてくれた。

「……っ。よ、良かった……ほんとに良かった……」

 心の中に安堵が広がり、同時に目元が熱くなる。思わず、両手で瞼を覆った。


 ――私の手の甲に、そっと大きな手が重なる。


「ほら。……きっと上手くいくって、言ったでしょう?」


 イオにゆるやかに包まれたままの私の手は、覆っていた瞼から離され、頬に涙が伝う。

 見上げた彼の瞳は、とても穏やかで綺麗だった。

「……うん。ありがとう。……本当に、良かった……!」

 笑みがこぼれる。すると、イオはわずかに息を呑んで――私を包む手に、ぎゅっと力が入れたのが分かった。


「――ナギノ様!! おめでとうございます!!

 今のは一体、どのように魔法を使ったのですか!?」


 突然耳に飛び込んできた統制院・職員の声に私もイオもハッとして、イオはぱっと手を放した。

 私は駆け寄ってくる職員を前に、ぐいっと瞼をこする。

「あ、ありがとうございます。……ええと、花に向かって『治りますように』って言いました」

 職員はかりかりとメモにペンを走らせると、「それだけですか? 具体的に何か想像をされたのですか?」などと、質問を立て続けに投げかけてくる。私は「いや、特には……」と苦笑して答えた。


 この後さらに練習を続けるかと尋ねられたけれど、緊張が続いていたせいか頭がちょっとぼんやりしたので、一旦部屋に戻って休むと伝えた。

「スーウェン様がまだ戻られないので、お部屋までご一緒します」と言うイオと、訓練場の入口で、きゃあきゃあと拍手し迎えてくれたエフィナに挟まれて、私はほくほくとした気持ちで帰路につく。



「さっきはすごかったです! 離れて見てても、花がふわーって咲いて! もうまさに神の御力ですね!」

 イオが先導し、後ろを歩くエフィナの興奮した声が、騎士棟の渡り廊下に響いた。

「ありがとう。私、もう無理なんじゃないかって思いかけてたから、本当に良かったよ」

 私が顔をほころばせると、エフィナがすすっと私の横へ来て、こそこそと囁く。

「イオ様の『応援』のおかげですね。うふふ」

「ちょっ……!」

 からかう物言いのエフィナに、思わず目くじらを立てる。


 その時――風が吹いて、ふわっと甘い香りがした。


「……わあ、いい香り。エフィナ、何かつけてるの?」

「はい、髪に香油をつけてるんです。あたしの髪は乾燥してますし、この香りが好きなので。

 ナギノ様も、初めて来られた日に着ていたお召し物に、よく似た香りがしてましたね」


 思わず、足を止める。

 するとエフィナも一拍遅れて立ち止まった。


「……私、こんないい香り、初めて嗅いだよ。服に香りだなんて……」

 多分それ汗なんじゃないかな、と言うのは憚られて、口ごもる。

「初めて? あたし、いつもつけてますよ。香り、しませんでしたか?」

 確かに、エフィナからはいつも何かいい香りがしていた、という気はする。でも、それがどんな香りだったか――


「……思い出せない」


「どうかされましたか?」

 立ち止まった私たちに気付いたイオが引き返して来ると、不思議そうな顔をしたエフィナはイオを見る。

「ナギノ様が初めて来られた日、あたしのつけてる香油とよく似た香り、ナギノ様からもしてましたよね?」

「……ああ、ほのかにラフェンティの香りがしてましたね。

 傍で感じたので、よく覚えてます」

 それは私を抱き寄せた時だろうかと考えて――ぶわっと顔が紅潮してくるのが分かり、慌てて手で頬を隠した。

「もう洗濯してしまったので香りは残ってないかもしれませんが、ナギノ様のお召し物はきちんと片付けてあります。

 後でお部屋に戻ったら、嗅いでみるといいですよ」

 エフィナの提案に「……うん」と返事をすると、再び渡り廊下を歩き始めた。


 騎士棟の入り口の所で、用事を終えたスーウェンとばったり会う。彼は訓練でもあったのか頬に赤く小さい切り傷があったけれど、ただのかすり傷らしい。

 そのままイオと交代することになり、私から離れる際イオは微笑みかけてくれると、再び騎士棟の中へ戻っていった。



 部屋に着いて、スーウェンにさきほどの出来事を報告する。

「魔法が成功したのですか。それはおめでとうございます」

 表情の変わらないスーウェンにそう言われ、「ありがとう」とお礼を伝えた。

「ではこの後は、どう過ごされるご予定ですか?」

「うーん……ちょっと休憩したら、また練習しに行こうかと思ってます」


 感覚を忘れない内に、反復練習しておかないとね。


 スーウェンが了解すると、エフィナがお茶セットを載せたワゴンを押して部屋に入ってきた。その片手には、見慣れた私の服を持っている。


「お待たせしました。ナギノ様、こちらです。

 やっぱり香りはほとんど飛んじゃいましたけど、何というか繊維の奥に、わずかに香りが残ってます」

「あたし、鼻が利くんですよ」と得意げなエフィナに、「す、すごいね……」と苦笑して服を受け取る。


 お気に入りの水色の半袖カットソーと、ややワイドのフレアパンツ。

 私にとっては精一杯のおしゃれ着で、あの日は放課後に伊織と出かけるって分かってたから、このコーデに即決したんだよな。

 ……あれ。でも、どこへ行くって言ってたっけ。


 思わずスマホを探しかけて、鞄の中だったと思い出し、ため息をついた。

 とりあえず繊維の奥にあるという香りを嗅ぐため、服に顔を埋める。

「……ごめん、石鹸の匂いしか分からない」

 甘い石鹸の香りに包まれた服から顔を上げると、「そうですか……」とエフィナは残念そうに眉根を寄せてお茶を淹れてくれる。

 私は服のしわを伸ばすと、また片付けておいてもらえるようお願いした。



 ちょっと一息ついた後、そろそろ訓練場へ戻ろうかと立ち上がったタイミングで、チリンと鈴の音が響いた。と同時に、勢いよく扉が開かれる。

「――魔法が使えたそうですね?」

 扉が開いた瞬間、スーウェンが私の前に立ちふさがり、勢いよく近づいてくるファレンを制した。その後ろでは、側近たちや扉の外にいた侍女達が慌てふためいている。

「ファ、ファレン様! 断りもなくお部屋に入るだなんて、無礼ですよ!」

「ああ、それは失礼。お邪魔します」

 侍女達どころか目の前のスーウェンすら見透かして、ファレンは真っすぐ私へ視線を向けている。

「あ、その、一回だけなんですけど使えました。攻撃じゃなくて癒し?なんですけど……」

「早速見に行きましょう。そして私にも見せてください」

 私の話に、間髪入れずファレンが言葉を差す。言葉も表情も変わらないけど、多分興奮していると思う。

「……ファレン様。どうか、もう少しお下がりいただけませんか」

 私とファレンの間に立つスーウェンが口を開く。ようやくファレンはスーウェンをちらりと見た。

「……護衛騎士として、よく働いているな。今後もその調子で務めるように」

 そう言うとファレンは数歩、後ろへ下がる。剣の柄に手を置いたままの状態だったスーウェンは腕を下ろし、再び私の後ろへ下がった。

 目を白黒させていたエフィナが気を取り直し、ぱっぱと私の服のしわを伸ばしたりして整えてくれる。そして「忘れ物はありませんか?」と尋ねた。

「忘れ物は……あ、本忘れてた」

 机の上に置いたままの本が目に入る。いま着ているローブには大きなポケットが付いているので、一応いつも持ち歩くようにしているのだ。ぱっと手に取り、そのままファレン達と一緒に部屋を出る。


「それは、サホノ様の本ですか?」

 大聖院の廊下を歩きながら、ファレンに尋ねられる。私は護身用に持ち歩くことにした経緯をファレンへ説明した。

「ああ、いいんじゃないですか。慣れない武器を振り回すより、よっぽど強力でしょう」

 私もそんな便利な物が欲しいです、と話すファレンが少し可笑しくて、私はくすっと笑った。

「ところで、その本にはどんなことが書かれてあるのですか?

 パルシーニ様から本の内容までは伺ってないのですよ」

 えーと、と他の人から見えないように薄く本を開く。


 そうそう、「暗い空」とか「コバ」とか「リンレ」とか……


「……あれ? 『リンレ』って、昨日、講義で聞いた気がする……」


 確か、この国の歴史を聞いた時に、それっぽい名前があったような……?


「リンレは、聖サルフェリオ北部にあった国の首都ですよ。もう何十年も前に、この国へ統合されましたが」

 さっと教えてくれたファレンの言葉に、「あー、何かそんな話でしたね」と相槌を打つ。

「じゃあ、『コバ』っていうのもどこかの都市名ですか?」

「村の名前です。ここから北にある山脈の麓にありました。今はもうありません」


 かつかつ、と廊下に私たちの足音が響く。何だか、建物全体がとても静かな気がした。


「へぇ……。サホノ様は何か気になることがあったんですかね。わざわざ本に書くくらいですし」

「さあ? 神の意向など、私のような凡人には分かりませんから」


 長い手足で颯爽と歩くファレンに遅れないように、私は追いかけるように急ぎ足で歩いた。



ちょっと違和感。

次は表情が変わらない人について。

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