神様らしくってなんですか?
やらかした。思いっきり訓練の邪魔をしてしまった……!
少し離れて後ろに立つイリサグの舌打ちと特大の溜め息に、私は今更ながら顔を引っ込めた。
冷や汗がだらだら流れる。イリサグは手で顔を覆い、目も当てられないようだ。
先に顔を引っ込めていたエフィナは「に、逃げます?」とこそこそと話す。しかし返事をするより早く、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。
「――ナギノ様? どうかされましたか?」
振り返ると、――汗で額に髪が貼りつき、息を荒くしたイオがいた。
狼狽した私は咄嗟に言葉が出てこず、「……お、お邪魔して、ごめんなさい!」と慌てて立ち去ろうとする――が、私の手はイオにがっしり掴まれた。
「……何かありましたか?」
掴まれた手を見る。イオの手は熱く、力強い。
「……あの、ちょっとだけ、訓練風景を覗いてみたくて……。
邪魔するつもりは、本当になかったんだけど……その、ごめんなさい」
掴まれた手に意識が集中して、顔がじんわり熱くなっていくのが分かる。手から視線が離せず、イオがどんな顔をしているのか見られない。
すると、彼が小さくクッと笑うのが分かった。
「邪魔じゃありませんよ。訓練風景が見たいのであれば、上官にそう伝えてきます」
そう言って手を放すと、身を翻して再び訓練場へ走っていく。その後ろ姿を見送りながら、色んな意味で私の心臓はばくばくと脈打っていた。
すると間もなく、少しくたびれた雰囲気の壮年男性――トルユエが姿を現した。
「ナギノ様。本日、この場の責任者のトルユエです。
訓練風景の見学を希望されていると聞きましたが、見ていかれますか?」
思いがけない人物に驚きながら「ええと……」と私はエフィナをちらりと窺う。彼女の目はまだきらきらと輝いているようだ。
「……突然すみません。もし良ければ、見学して行ってもいいですか? お邪魔にならないように静かにしますので……」
そう伝えると、了承してくれたトルユエは「ここには椅子はありませんので、こちらの箱でどうかご堪忍ください」と、大人も腰かけられるような蓋付きの箱の置いてある所まで誘導する。
私が座るのを確認したトルユエは、騎士団員の方へ振り返った。
「……ナギノ様は神の魂を宿すお方だ! いつも以上の実力を発揮し、神に恥ずかしいところを見せるんじゃねえぞ、お前ら!!」
「――はっ!!」
一斉に右手を胸にあてて敬礼する。その光景を見ているだけで、心が高揚してくる。
「……偉そうに……」
後ろに控えるイリサグの、小さく毒づく声が聞こえた。
その後訓練が再開すると、トルユエは時々やって来て、言葉少なに紹介や解説をしてくれる。今ここにいるのは全員、衛騎士らしい。
その中でひと際若く、素人目に見ても圧倒的に強さが抜きん出ているのが――イオとルーリだ。
2人はペアを変えており、まずルーリの姿が目に入った。彼女は男性騎士を相手に一切怯まず、激しく打ち込んでいる。
あんな果敢に攻めていけるなんて。ルーリさん、めちゃめちゃ格好いい……!
わあ、と感情が昂ってくる。
その時、近くから「はあっ!」という張りのあるイオの声が掛け声が耳に入り、そちらへ目を向けた。
イオは相手を投げ飛ばしたり体当たりしたり、かなり接近が多い。でも剣技も卓越していて、特に切り返しが敏速で見事だ。
……でも。それ以上に……
イオの穏やかに微笑む顔とは違う、鋭く真剣な表情を見て――どくん、と強く脈打った。
……いやいや違う、これはあれだ、体育祭で普段全然気にしてない男子が格好よく見えるやつと同じだ。落ち着け、私……!
ぶつぶつ小声で自分に言い聞かせ、必死に乱れた心を落ち着かせる。
その様子に気付いたトルユエは「どうかされましたか?」と尋ねてくれたけど、私は「な、なんでもありません!」と間髪いれずに、力一杯返事をした。
「……うふふ。良かったですね、ナギノ様。もうずっとドキドキしちゃいました」
訓練が終了し、片付けの邪魔にならないよう端に立っていると、エフィナがひそひそと話す。彼女はとても満喫した時間を過ごせたようで、ご満悦な表情だ。
「うん、すごく良かった! エフィナは誰か推しの人がいたの?」
「あたしは特定の誰かって言うよりは、全員ですかね。皆さま真剣で、もう本当に素敵です」
アイドルの箱推しみたいな感じかな。でも確かに、皆さんめちゃめちゃ格好よかった……!
エフィナが訓練を見たがった理由が分かったところで、片付けを終えたらしくトルユエが近付いてくる。
「一言、ご挨拶してくださいませんか?」
「……ええっ!?」
そんな挨拶、したことない……!
……でも、わざわざ見学させてもらったのに。お礼もしないってのもな……。
息を吸ってぐっと拳に力を入れると、私は整列する騎士団員らの方へ向き直した。
「え、えーと。皆さん、訓練お疲れ様でした。皆さんが真剣に励んでいる姿、とても素敵でした。
今日は突然すみません。これからもお仕事、頑張ってください」
「――神の愛と御力に感謝いたします!」
私が頭を下げると、一斉に返事が返ってくる。その大きな声量に思いがけず肩がびくりとしたものの、とりあえず踵を返す。
すると出口方向に立つ、整列した端に立つイオの姿が見えて、視線がぱちりと合った。
目の前を通り過ぎる一瞬、――イオは目を細めて、穏やかににこりと微笑んだ。
「……邪魔にならないようにすると仰っていたではありませんか。あれは嘘だったんですか?」
部屋に戻り、エフィナがお茶の用意のため部屋から出た途端、イリサグの刺々しい言葉が振りかかってくる。
「……すみません。本当に覗くだけのつもりだったんです。
騎士団の皆さんにもイリサグさんにも、ご迷惑をおかけしました」
「本当です。他人の迷惑も考えてください」
言葉遣いこそ丁寧だが、不快感を隠す気は毛頭ないらしい。腕を組み、眉間に深い皺を寄せている。
「……本当に神なんですよね?」
また試すようにイリサグが言う。高身長から見下ろす視線も冷たい。
……ここまであからさまな態度を取られると、私もふつふつとしてくるものがある。
「……あの、イリサグさん。どうしてそんな言い方するんですか」
「は? 今の会話が聞こえてませんでしたか? 約束を違えるような神に、幻滅したからです」
「それは……本当にすみません。以後気を付けるので、もう少し態度を改めてもらえませんか?」
「すみませんすみませんって。とりあえず謝ればいいと思ってます?
そちらこそ神様なんだったら態度を改めてください」
矢継ぎ早に押収を繰り返す。お互い段々ヒートアップしてくるのが分かった。
「……神様らしい態度って何ですか? 神様なんて、見たことないし分からないんですけど!」
「そんなの人間の俺が知るわけないでしょ。神様だったら自分で考えろよ!
……とりあえず、馬鹿みたいに謝ったり、『あの』だの『ええと』だの、もごもごと喋るのをやめてください。はっきり言って、かなり不愉快です」
思わずぐっと息を呑み込む。自分でも自覚があるだけに、全く言い返せない。
「……イリサグさんは、護衛騎士から外れたいんですか?」
イリサグとばちばちと睨み合いながら尋ねると、彼はばつの悪そうな顔をした。
「……想像と遥かに違ったというだけで、神の護衛任務なんてこの上ない名誉ですから。外れる気は一切ありません」
「いやいやいや、言ってることと態度が全然一致してないです。
脅しとかじゃなく、外れた方がお互いにとって良いと思うんですが」
「お断りします!」
火花が散る中、「あのぅ……お茶をお持ちしました」とエフィナがワゴンを押して、おそるおそる部屋に入ってくる。睨み合っていた私とイリサグはお互いに鼻息を荒くして、顔を逸らした。
――その後シャワーや夕食を終えた頃にやってきたルーリと交代し、私が「ご苦労様でした」と声をかけるまで、イリサグとは一切口をきかなかった。
「……イリサグ様と何かありましたか?」
寝間着へ着替える私に、気遣わしげな表情でルーリが尋ねてくる。
「……ちょっと意見の食い違いがあっただけです。大丈夫です、多分」
他の人にイライラをまき散らしちゃいけない、と私は息を大きく吐き出した。
「それより……今日の訓練は突然お邪魔してしまって、すみませんでした」
私がそう言うと、ルーリはうっすらと笑みを浮かべる。
「別に邪魔じゃなかったですよ。むしろナギノ様が見てらしたので、いつもより気合いが入ってたくらいです」
イオだけでなくルーリからも「邪魔じゃない」と言ってもらえて、私は内心、大きく安堵の溜め息を漏らした。
「……ルーリさんは、あんな強そうな男性達が相手でも、怖くないんですか?」
「全く怖くありません。むしろ、どう打ち負かしてやろうか心躍るくらいです」
「うわあ、格好いい! そんなセリフ、言ってみたいです」
初めはちょっと冷たくて怖いイメージのある人だったが、クールで美人のただただ格好いいお姉さんに、私は心をときめかせる。
「私、ルーリさんのファンになりそう。『お姉様』って呼びたいです」
その言葉に、ルーリはぽかんとした顔をする。そして躊躇いがちに目を逸らした。
「……恐れながら、私は19才です。恐らくナギノ様より年下だと思いますので、お姉様というのはちょっと……」
ルーリの言葉に、私はがくんと顎が外れるかと思った。
後から聞くと、正確にはまだ誕生日が来ていないだけで、今年で20才になるのだという。ということは、私やイオと同い年だ。
案外若そうだなとは感じていたけれど、絶対に25・6くらいの年上のお姉さんだと思っていた。知らされた事実に愕然とする。
ファレンさんといいルーリさんといい、……この世界の女性は、性別や年齢が分からない……!
その後ベッドに入ってからも、私は異世界の不思議に頭を抱えながら、眠りについたのだった。
格好いいお姉さんは素敵。
次はナギノがさらにどきどきします。




