それって私?
ようやく眩しさが消えたと思うと、駅前の喧騒も聞こえなくなった。そして私はうっすらと目を開ける。
――大理石のような白い石で造られた部屋の中で、大勢の人たちが、私を半円状に取り囲むように立ち、じっとこちらを見つめていた。
「……え?」
まだ少し目がチカチカしているけど、みんな、驚いた顔をしているのが分かる。
「え……なに?誰?」
まず日本人じゃないのは分かる。目鼻立ちがはっきりしてるし、茶髪が多いけど、金髪の人もいる。肌は明るいオリーブ色だ。
「――サホノ様でいらっしゃいますか?」
少し離れた横から、白いローブのような丈の長い服を着たおばあさんが、驚きと戸惑いの表情のままで、私に問いかける。
「……さほの? えと、私、ナギノですけど……?」
私がそう答えた途端――人々の顔色が、一斉に変わるのが分かった。
「サホノ様ではないだと……!?」
「なぜだ!? 召喚は失敗したのか!?」
今まで固唾呑んでいた人達が、口々に叫んで、空気が一変する。突然飛び交った驚愕と怒号に、私は思わずびくっと身を縮め、耳を塞いだ。
……え? なに? なんなのこれ? ここはどこ? 駅前は? 伊織は?
「皆様、お静かに」
ぴんと通った声が響くと、周囲の人々はぴたりと話を止めた。
「確かに儀式自体は成功しました。失敗かどうかは、検証してみれば良いことです」
私の心拍数が上がって手が震えてきたところに、さっきのおばあさんのすぐ傍から声がかかる。
群衆の中から私の前につかつかと出てきたのは、背の高い綺麗な人だ。鋭く整った目元と、静かに微笑む口元がどこか中性的で、男とも女ともつかない。茶髪の長い髪は、三つ編みのように編んで肩から胸へ下げている。
「恐れ入りますが、こちらへいらしてください」
その人は軽く微笑むと、うやうやしい態度と動作で、私の背後方向へ誘導する。
振り返ると、そこには白い石で造られたような――棺があった。
石造りの部屋の天窓からは光が差し込み、白い棺の周りは蔦植物が絡み合って、小さな白い花があちこち咲いている。
どうして棺だと分かったかと言えば――その中に、誰かが横たわる姿が見えるからだ。
でもさっきの性別不詳の綺麗な人は、私を棺に近付くよう、誘導している。
「え、死んでる……?」
「いいえ、死んでませんよ。眠っていらっしゃるだけです。さあ、こちらへどうぞ」
何が何だか分からないまま、恐る恐る棺に近付く。眠っているらしい人物の顔が、近づいてはっきり見えた。
白いローブのような服を着た、黒髪の若い女性だ。20才くらいだろうか? もっと若そうにも見える。綺麗だけど、別にこれといった特徴もないし、案外よくありそうな顔……
……あれ? いや、まさか。でもよく見ると、この人……?
「……それって私?」
湧いた疑問が、思わず口をついて出る。その様子をじっと観察していた綺麗な人は、すっと笑みを消した。
「……もし魂の状態に何か問題があっても、器に近付けば統合すると予想していました。
これは想定外です。召喚に失敗した可能性も否定できません」
その瞬間、再び人々が叫ぶようにあれこれ喋りだした。
「これは誰だ? 本当にサホノ様なのか? 雰囲気がだいぶ違うな……」
「純粋な魂だけの状態じゃないから、余計な器が邪魔してるんじゃないかしら?」
「でも、器から魂だけを抜き取ることなんて出来るのでしょうか?」
「そもそも召喚自体が失敗していて、間違って別人を呼び寄せた可能性は?」
「別人だと? なんと罰当たりな……」
体育館くらいの広さがある室内は喧騒で満たされ、私は血の気が引いてくる。……いま、何の話し合いをしているの?
「まあまあ。……“統制院”には研究部門もあります。早速、調べてみましょう」
群衆の中からまた一人、前へ出てきた。黒いローブのような服を着た中年のおじさんで、下卑た笑いを浮かべ、ねっとりと私を上から下まで舐めるように見てくる。反射的に、ぞわぞわと全身に鳥肌が立った。
何がどういうことなのか、全く分からない。――でも、すぐに逃げなきゃ!!
近づいてくるおじさんに本能的な恐怖を感じて、弾かれるように私は走り出す。おじさんのいる方向を避けて、色んな人とごつごつぶつかりながら、群衆の中をかき分けて走る。
すると群衆の向こうに、扉が見えた。その扉の前には騎士っぽい、帯剣したベリーショートの女性が立っている。同じ女性を見て、一瞬気が緩みそうになった。
女性騎士は驚き当惑していたが、私の背後からさっきのおじさんが「捕らえろ!!」と叫ぶのを聞くと、さっと態度を変えて、私の方へ手を伸ばしてくる。
火事場の馬鹿力で咄嗟に身を翻し、女性騎士の腕を、寸でのところで避ける。だが直後に別の方向から伸びてきた違う腕に、絡めとられた。
全力で抵抗するものの、私を抑え込む腕は一切揺るがない。それでも何とかして逃げようと必死に全身に力をこめ、私は顔を上げる。その瞬間、心臓が跳ね上がった。
「……伊織ッ!?」
そこには――騎士のような服を着た、見慣れた伊織の顔があった。
「……え?」
戸惑う表情をした伊織は、わずかに腕の力を緩める。恐怖心がとっくにピークを越えていた私は、一気に涙腺が緩む。
「そこの騎士、そのまま押さえていろ! おい研究部門、私と共に来い!」
さっきのおじさんを先頭に、群衆の中から数人がぞろぞろと動き出す。
一度緩んでしまった涙腺を引き締め直そうとするものの、今にも涙がこぼれそうになる。全身がカタカタと音を立てて震え、無意識に、私は伊織の服を指先で掴んだ。
「……助けて……」
ふり絞って出した私の声は掠れ、聞き取れたかどうか分からない。
戸惑う表情で私を見下ろしていた伊織は、ぐっと唇を引き結ぶ。
「――お待ちください!」
既に扉近くまで近寄ってきていたおじさん達に、伊織は声高に叫んだ。同時に、上から押さえ込んでいた腕を一度緩めると、私を抱き寄せ直す。
「この方は今、ひどく怯えています。……どうか皆さん、落ち着いてください!」
苦しいくらい抱き寄せてくる伊織に、私は縋るように抱きついた。
状況も場所も、何もかもが分からない。ここはどこ? これは一体何なの?
……伊織、助けて……!
タイトル部分回収しました。
頑張れナギノ。