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普通の神様ですみません

 訓練場からのびる階段を昇りきると、4人の騎士が両膝をつき頭を垂れていた。

 一歩前に位置する、刈り上げた髪型の男性騎士が口を開く。

「――スーウェンと申します。

 この度、護衛騎士に任命いただき光栄に存じます。この命に代えて、ナギノ様をお守りいたします」

 全員に立ってもらうと、スーウェンの後ろに男性が2人と、女性のルーリが並んでいる。

「こちらから、トルユエ、イリサグ、ルーリです。以後よろしくお願いいたします」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 私は頭を下げつつ、イオが推薦してくれたトルユエさんへそっと視線を動かした。


 日焼けした赤茶色の髪にはやや白髪が混じり、顎には無精ひげが生えている。40代半ばくらいだろうか。少しくたびれた雰囲気があって、苦労人っぽい印象だ。


 その隣に立つイリサグは、ひょろりと一番背が高い。ルーリは相変わらずクールそうな美人のお姉さんだ。


「供は1人が良いと聞いておりますので、イオを含めた我々5人で交替して護衛いたします。よろしいですか?」

 事前にファレンに聞いていたとおりの内容だったので、了承する。

「ではイオはイリサグとこの場で交代します。夜はルーリが代わり、トルユエと私も順次交代します」

 スーウェンが指示する。イオは「ナギノ様、失礼します」と私に言って、イリサグと立ち位置を交代した。


 ……ちょっと、寂しいな。……いやいや、なに言ってるの私。


 自分を叱咤し、私はイリサグとエフィナと共に、部屋へ戻って行った。



 ――昼食を終えた後は講義で、貫禄のある初老の教師は来るなり、神話をとうとうと語った。

 内容は初日にパルシーニから聞いたのとほぼ同じで、早い話――

「光から世界が生まれて、光によってみんな幸せに暮らしていたけれど、ある日その光が消えて世界中が真っ暗になった。

 でも救世主が現れて、再び世界に光がもたらされた」――という内容だ。

 語り終えるなり、「救世主である神と会えて感動に堪えない」と泣く教師に、「いや、私は中身というか魂が同じだけで、実際やったのはサホノ様です……」と伝えたものの、私の言葉は聞こえてなさそうだったので、もうそっとしておいた。


 その後、ここ聖サルフェリオは神様の拠点としてどう発展したとか、近隣諸国の位置や名前とか、もう完全に歴史と地理の授業だった。

 知らないことしかないので、私は用意してもらった紙にとにかく必死でペンを動かし続ける。終わる頃には、手が痺れていた。


 3日ぶりにがっつり授業を受けて、くったりと机に伏せた私に、エフィナがお茶を淹れてくれる。


「……想像と違う……」


 後ろでぼそりと呟いたイリサグの言葉が聞こえて、「……え、何が?」と私は顔を上げる。すると聞こえると思ってなかったのか、彼は一瞬気まずそうな顔をした。

「……申し訳ありません。何でもありません」


 ……いやいや、想像と違うって聞こえたよ!


「大丈夫だから正直に教えてほしい」と伝えると、彼はしばらく躊躇った後、重く口を開いた。

「……サホノ様は神で、超然とした方だと聞いて育ったものですから。

 ナギノ様は人間離れしてないというか、普通というか……」

 ぱっちりしたつり目を逸らし、語尾に近づくにつれ言葉を濁す。

「……あはは、普通の人間なもので……」

 私は思わず乾いた笑いが出たけれど、するとエフィナは顔を赤くして、

「イリサグ様! 失礼にもほどがあります! だからこそナギノ様は皆から慕われているのです!」

 と、フォローなのかそうでないのか非常に微妙な反論をしてくれる。

 もはやどんな顔をしたらいいのか分からず、私はエフィナの淹れてくれたお茶を「いただきます……」と言って一口含んだ。



 講義を終えると、再び訓練場へ戻って魔法と魔石の練習だ。

 訓練場にファレンやゴルジョはおらず、ファレンの部下にあたる大聖院の神官と、記録係として統制院の職員が待っていた。挨拶をして、さっそく魔法の練習から始める。



「――……だめだ。全っ然分からない……!」


 30分ほど経って、私は音を上げた。全く、発動する様子がない。

「祈る感じだと思ったんだけど、違うのかな? 祈り方が違う?」

 初めは手のひらを合わせていたけど、指を組んでみたり、頭を下げてみたり、跪いてみたり……あと試してないのは土下座くらいだが、それを人前でするのは、正直とても抵抗がある。

「気持ちの問題? もっと必死さが必要とか……?」

 うーん、と頭を抱えて悩みこむ。


「……ナギノ様は本当に神なんですか?」


 後ろに控えるイリサグが、まるで試すように尋ねた。その言葉が特大の針のように、ぐさりと刺さる。

「……自分ではよく分からないです。自覚なしに2回ほど魔法を使って、周りもそう言っているので、そうらしいです……」


 ……神様やってみます、なんて返事をした2日前がもう遠い昔みたいだ。


 イリサグの冷たい視線を浴びながら、私はもう30分なんとかねばってみたものの、最終的には諦めて、魔石の練習に切り替える。そして石を放り上げたり、焼け石のイメージで熱してみたりして、今日の練習を終えた。


「大丈夫ですよナギノ様! まだ1日目じゃないですか。明日はきっと上手くいきますよ!」

 訓練場からの階段を昇りながら、エフィナが明るく笑いかけてくれる。その笑顔と言葉は陰鬱とした私を照らしてくれる太陽のようで、もはやエフィナが神様だ。

「ありがとうエフィナ……明日はもっと頑張ってみるね」

 そうは返事をしつつ、「どう頑張ればいいか分からないけど……」と内心でそっと独りごちる。イリサグは始終無言だった。


 そして階段を昇りきって渡り廊下を歩いていると――雄たけびのような声がいくつも耳に飛び込んできた。

「な、何の声?」と驚く私に、「そこで訓練中なんでしょう」とイリサグがあっさり答えてくれる。どうやらすぐ近くの訓練場で、騎士団員が訓練しているらしい。

「ああそうか、ここ騎士棟ですもんね。訓練してても不思議じゃないですね」

 納得している私の横で、エフィナが両手を組んで目をきらきらさせた。

「……ね、ナギノ様。ちょっと覗きに行ってみましょうよ! 騎士様の訓練なんて、大聖院の中にいたらそうそう見られませんよ!」


 大聖院と騎士棟の建物自体はわりと近いのだが、間取りが考慮されているのか、案外見えないらしい。エフィナが私の耳元に近付き、「騎士様は素敵な方が多くて、侍女の中でもそれぞれ応援してる方ごとに派閥があるんですよ」とこっそり教えてくれる。


 アイドルみたいに、みんな推してる人がいるんだ。どの世界でも憧れるのは一緒なんだなあ。


 くすくすと笑うと、イリサグは「見世物じゃありませんよ」と肩眉を上げる。

 でも目を輝かせているエフィナが可愛い私は、「邪魔にならないように、壁の陰からこっそり覗くだけなので……!」と強くお願いして、渋々と案内してもらった。


 ――そこはバスケットコートくらいの広さで、少しこじんまりした訓練場だった。そこに大勢の騎士団員らが鎧を着た状態で、木剣を使って互いに激しく打ち合っている。

 私とエフィナと壁の陰から顔だけを出し、こそこそと話す。

「わあ……! 皆さま素敵ですね、ナギノ様!」

「う、うん。大声はちょっとどきどきするけど、格好いいね」

 使っている木剣は、剣道の竹刀より長くて大きく見えた。そして掛かり稽古のようなことをしていて、片方が仕掛ける側・もう片方が技を受ける側で、しばらくすると攻守交替をする。見ごたえはあるけど、やってる方はかなりハードだろう。

「……あ! あそこ見てください、イオ様とルーリ様がいますよ」

 そう言ってエフィナが指をさす。視線を動かすと、訓練場の中央付近にイオとルーリの姿が見えた。


 ルーリが気迫たっぷりに「はああああ!」と声を出して威圧しながらひたすらイオに打ち込んでいる。剣だけでなく体当たりをしたり、蹴りがあったり、どれも一発受けただけで大怪我しそうだが、イオは敏捷に捌いていく。

 少しすると短い笛の音が聞こえて、攻守が交替した。今度はイオが先ほどのルーリのように打ち込む。途中、イオはふっと間合いを詰めると足を掛け、そのままルーリを投げ飛ばした。

「うわあ……! すごい……!」

 興奮し、声を潜めるのも忘れて、思わず心の声がそのまま漏れた。


 すると近くにいた数人の騎士団員が、「ん?」と手を止めてこちらを振り向く。それに気付いた他の騎士団員らも手を止め、こちらを振り向いてくる。

 受け身を取って立ち上がったルーリも周囲の様子の変化に気付いたらしく、視線をこちらへ向けた。次を仕掛けようとしていたイオも咄嗟に手を止め、振り向く。


「……ナギノ様?」



コンタクトスポーツって格好いい。骨折は痛いけど。

次はちょっとどきどきしたりばちばちしたりします。

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