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やっと成功、……ちょっと違うけど

 背中から、刺すような期待と好奇の視線を感じる。でも振り返れるだけの度胸がない。

 私は冷や汗をだらだらかいて、両手を合わせたまま立ち尽くしていた。

「……失敗のようですね。やり方が良くなかったのかもしれません。もう一度やってみましょう」

「は、はい」と返事をして、もう一度挑戦してみる。けれど何度やっても、黄色の花はただゆらゆらと風に揺れていた。

「……仕方ありません。とりあえず一旦保留して、先に魔石の使い方をお教えします」

 はあ、とファレンが隠すこともなく溜め息をつく。私は「すみません……」とがっくり肩を落とした。


「侍女から聞きましたが、どうやら塵石を使った器具は使用できたそうですね。それが使えたのであれば、こちらも要領は同じです」

 ファレンは私の手のひらに、2センチほどのサイズの魔石を置く。昨日見た魔石と同様、丸くて黒く、角度を変えると緑や青といった色にも輝いて見えた。


「魔石の発動には"願い"が必要です。

 基本的には魔石を握り、頭に"願い"を強く想像して、"願い"の内容を口に出して言います。例えば……」

 ファレンは魔石を握った手を、先ほどの黄色の花に向かってかざす。


「――"爆ぜろ"」


 そう口にした瞬間、魔石が光る――と同時に、パァン!と爆竹のような音をたてて、花は弾けて散らばった。

 私は突然の音にびくっとなりつつ、「す、すごい……」と瞠目する。

「これは霊石の中でも最小の大きさなので、この程度の威力ですね。単純に大きさや数が増えれば、威力は大きくなると考えて構いません」

 そう言ってファレンは手のひらを見せてくれる。先ほどまで握られていた魔石はもう無かった。

「魔石は消耗品ですので、使うと無くなります。これは既にご存じですね?」

「あ、それは聞きました。消耗品だけど魔石は貴重だから、使う前に統制院へ申請するんですよね?」

「そうです。今回はもう申請済みですので、気にせず使用してください」

 風が吹いて少し乱れた前髪を、ファレンが片手でかき上げる。綺麗だから何をしても絵になる人だ。

「……話が逸れましたが、魔石使用の際の"願い"は、明確な想像が必要です。

 いま私が例を見せましたから、想像しやすいでしょう。同じように、やってみてください」

 そう言って、さっきとは違う雑草の花を指差す。

 また花が標的で不憫だな……と思いつつ、さっきの爆発した花を思い出しながら、手の中の魔石をぎゅっと握りこむ。

「……は、爆ぜろ!」

 すると手の中の魔石が急に熱を帯び始め、私は「熱っ!」と口にする――と同時に、ファレンに思いきり手を弾かれ、握っていた魔石が勢いよく遠くへ放られる。

 そして着地する直前、魔石はカッとまばゆく光り――パァン!と音を立てて、破裂した。


 突然の出来事に、心臓がバクバクと早鐘を打つ。思わず一歩後ずさると、トン、と誰かにぶつかり、振り返ると吃驚したイオと目が合った。

「……大丈夫ですか!? 」

 後ろから私の肩を支えてくれるイオに「う、うん……」と掠れた声で返事をする。


「――要領は合ってます。が、明確な想像力が足りていませんね。

 ……もしかしてあの花が可哀想だとか、何か余計なことを考えましたか?」


 心当たりがある。ファレンの指摘に、正直に頷く。

 するとまたファレンはため息をついて、「そのせいです」とこめかみを押さえた。


「"願い"の軸がぶれているのですよ。初心者によくある失敗です。

 明確さに欠けると効果も減少しますから、もっと明確に、対象にどうなってほしいのか想像するんです。

 ……少しでも『可哀想』だとか、対象物がぶれることを考えると、今のような状態になりますよ」

「そ、そうなんですか。 あの花が不憫だなと、めちゃめちゃ考えちゃってました……」

 ファレンに叩かれた手がジンジンと痛み、まだ魔石の熱が手のひらにじんわりと残っていた。


 ファレンは壁の方へ向かい、落ちていた石を拾い上げた。

「じゃあ今度は石で試しましょう。……石なら大丈夫でしょう?」

 ごつごつした石を私に見せてくれる。そして少し離れた前方へ放り投げた。

「はい」と返事をした私は、気を取り直して支えてくれていたイオにお礼を言い、離れてもらう。

「あの、必ず"爆ぜろ"なんですか? 他に言い方とか、違うアプローチの仕方は……?」

 平和にのほほんと生きてきたものだから、爆発なんて花火くらいしか想像ができない。

「口に出す言葉に、特に決まりはありません。ただ、「しろ」と命令するか、宣言やお願いする形が多いですね。要は想像できれば何でも構いません。

 爆発じゃなくても、ナギノ様が想像しやすい行動をあの石にやってみてください」

 良かったと内心ほっとしながら、ファレンから新しい魔石を受け取る。先ほど放り投げられた石を見据えて、魔石をぎゅっと握りこむ。


 何だったら想像しやすいかな? やっぱり石だし、投げるとか落とすとか、かな?

 ……びゅーんと、上に放り投げるイメージで。


「……"放り上げます"」

 口に出すと、手の中の魔石がぱあっと光ったのが分かった。と同時に――地面に転がっていた石が、ビュンと勢いよく虚空へ数メートル放り上がり、そのまま落下して跳ねた。そして手の中の魔石は発光したまま、霧散するように消える。

「わー!! やっと成功しました、ファレンさん!!」

 私は嬉しさのあまり頬をゆるめて、歓声をあげる。

「……まあ威力としては弱いですが、成功ですね。おめでとうございます」

 ずっと無表情だったファレンが、ようやく薄く微笑んでくれた。失敗続きだった私は、成功してやっと後ろを振り返る。

 少し離れた所でイオがにっこりと微笑んでくれて、入口付近に立つエフィナは笑顔で拍手してくれているのが見えた。ゴルジョは腕を組んだ状態で、なぜか無表情だ。


「もう少し練習してみましょう。次はもう少し石を重ねて重くしますから、同じようにやってみてください」

 すっかり気を取り直した私は、ファレンの言葉に「はい!」と返事をする。

 そしてその後も何度か、石や剣など対象物を変更しながら、びゅーんと放り上げたのだった。



「――今回はここまでにしましょう。今後も講義の合間などで練習してみてください」

 ファレンの魔石指南が終わり、私はイオと共にほくほくした気持ちでエフィナの所へ戻った。

「ナギノ様、素晴らしかったです! あたし、ずっと拍手しちゃってました」

 叩きすぎて手が痛くなっちゃいました、とおどけるエフィナを見て、私は晴れやかな気持ちで「うん、ありがとう!」と破顔し、イオも「良かったですね」と穏やかに微笑んだ。

「お疲れ様ですナギノ様!! よく励まれましたね!」

 相変わらず大声で近寄ってきたゴルジョは、白い歯を見せてにっこりと笑ってくれる。

「さあ、次は護衛騎士の紹介ですな! この訓練場を上がった所で既に控えさせておりますので、呼びましょう!」とゴルジョが階段の方を振り返るのを、私は慌てて引き留める。

「あ、あの! 呼んでいただかなくても、私が行きますよ!」

 新しい護衛騎士の紹介の後は昼食があるので、部屋へ戻るためにどのみち上には上がらないといけない。私はゴルジョにお礼を伝えると、階段を昇った。



 私が去った後の訓練場に、ファレンとゴルジョ、その側近たちと数人の統制院の上層の人物が残る。ゴルジョは階段を上っていく私の後ろ姿を見送ると、静かに隣へ並んだファレンへ目を動かした。

「……どうだ? 間に合いそうか?」

 大声ではない潜めた声で、ゴルジョはファレンに問いかける。彼女は胸に垂らしている編んだ長い髪を、さらりと後ろへ流す。

「さあ、分かりません。魔石はともかく、魔法が使えるかどうかはナギノ様によりますから。我々のような凡人には、神の意向など分かりかねます」

 淡々と話すファレンに、ゴルジョは苛立ちを感じたのか、鋭く彼女を睨みつける。

「……他人事だな。帝国の動きが活発化している。恐らく予想より早く、数週間以内には動きがあるぞ。間に合わないと困る。……それとも、聖務官様が直接、戦場へお越しいただけるか?」

 睨みつけるゴルジョを一瞥もせず、ファレンは無表情で口を開く。

「まさか、私はか弱い文官ですので。それに私は剣などを振るう趣味も主義もありません。

 せいぜい後方支援として、皆さまの背中を押して、応援させていただきますよ」

 階段の脇に、雑草の小さくて黄色い花が風に揺れている。それを見て、ふっとファレンは小さく笑った。

「目の前に危機が迫れば、嫌でも魔法を発動するでしょう。……サホノ様のように」

 ファレンの冷たい瞳を見て――ゴルジョは、「ああ、そうだな」と頷いた。



魔法は失敗でしたが、魔石は何とか成功しました。良かった。

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