失敗は成功の母だと信じたい
お茶とお菓子でほっこりした後は、部屋で少しのんびりと過ごしていた。
すると護衛騎士の追加について、明日ファレンに相談すると分かっているなら先に内容を打診しておいた方がいい、とエフィナに指摘された。
「そっか、リストを用意してもらわないといけないもんね。あーどうしよう。私文字読めないから、写真でしか決められないよ……」
困ったなーと言葉を漏らすと、遠慮がちにイオが口を開いた。
「……ナギノ様。俺なんかが口を差して失礼極まりないのですが……もし良ければ、光騎士のトルユエ様を、候補として考えてくださいませんか?」
私は初めて聞く名前に、誰?と首を傾げる。
「トルユエ様は俺が騎士見習い時代に教官だった方です。とても腕が立って情に篤い、優しい方です」
「へえ、イオの先生なんだ。私は優しくていい人なら誰でも大丈夫だから、じゃあ明日聞いてみるね」
そう答えると、イオは安堵したように「ありがとうございます」と笑った。
夕方はシャワーを浴びたり夕食を食べたりするので、一旦イオは下がって仮眠を取る。夜中に再び来てもらえるらしい。
……やっぱり、交替要員は必要だ。ごめんなさい、一人がいいとか何も考えずに言っちゃって。
エフィナにも下がってもらい、就寝の支度を整え終わると、私はふかふかの寝具に身を沈めた。
そして寝転がりながら、例の本をぱらぱらと読んでいた。
「うーん。何の本なんだろ、ほんと。やっぱりメモって感じなのかな……ん?」
最後の記述から何ページも白紙が続き、最終ページに接する裏表紙の隅に、文字が書いてある。
「『忘却録』? ……やっぱり備忘録ってことかな?」
生きてきた年数は分からないけど、サホノ様は神様だし、多分長く生きてるんだろう。
そりゃあこれだけ書き留めておかなきゃ、昔のことなんか忘れるよね……。
そうやってあれこれ考えている内にうつらうつらしてきて、誰も触ったりしないように本を枕の下に突っ込むと、私は眠りに落ちた。
「ーー護衛騎士の追加ですか」
翌朝、朝食も終えて用意を整えた頃、部屋にファレンがやって来た。少し寝不足なのか、彼女の目元が疲れているように見える。
私の後ろに控えるイオとエフィナをちらりと見てから、私は護衛騎士の追加の話を出してみた。
「こちらとしては、全く構いませんよ」
「ありがとうございます。イオ一人だけじゃ、彼の負担が大きいって今さら気付いて……」
「そうでしょうね。常に付くのは一人だけだとしても、交替は必要でしょう」
ばっさりと言い切られ、顔がひきつる。ファレンは最初から分かっていたようだが、そんな当たり前なことですら思い至らなかった私は、ぐうの音も出ない。
「ナギノ様が魔法が自在に使えるようになって、常にご自身で身を守れるようになれるまでは、交替を含めて数人いた方が安心かと思います」
「は、はい。すみません……」
別に叱られてるわけではないのだが、何となく謝らないといけない気分になる。気を取り直して、顔を上げた。
「あの、それでなんですけど、トルユエさんって方に護衛をお願いしようと思ってて。いいですか?」
「……左遷されたトルユエですか。騎士団内では厄介者扱いされていましたが、腕は確かでしょう。イオの入れ知恵ですか? 」
え?と私が首を傾げると、後ろで控えていたイオが、ぐっと息を呑んだのが分かった。
「……ナギノ様がお困りのようでしたので、俺の方から推薦させていただきました。邪心はありません」
「ふうん、そうですか。まあナギノ様が良いのでしたら構いません。
そういうことでしたら、やはり同性の騎士としてルーリも追加しましょう。あと他に……」
てきぱきと話が進められ、結局5人の人が交替で一人ずつ、護衛を務めてくれることになった。
「そして今後の予定ですが。ナギノ様には魔法の練習を優先していただき、その合間に魔石も含め、ナギノ様には文字や社会学を中心に講義を受けていただこうと思います。
最低限はこちらの基礎知識があった方が便利でしょう。いかがですか?」
おお、こっちでも勉強か。あっちに帰った時、大学の勉強忘れてないといいな……。
やや遠い目をする私を、了承したと捉えたファレンはその後もさくさくと話を進め、エフィナや侍女達を中心に連絡事項を伝えると、早々に退室して行った。
「あ、嵐のようだった……」
机にくったりと伏せる私に、くすくすと笑ったエフィナが新しいお茶を淹れてくれる。
「ファレン様はとてもお忙しい方ですからね。講義の内容や担当者など、昨日の午後から一気に全て決められたようです」
「うわあ……授業計画って考えるの大変だよね。頭が上がらないです……」
「有能な方ですからね。あたしは苦手ですけど」
エフィナのぼそりと呟いた言葉に、私は思わず苦笑した。
「さて、ナギノ様。今日はまず魔法と魔石の練習ということで、昨日も行った訓練場へ行きましょう。その際に、新しい護衛騎士との顔合わせもあります。
昼食を経て午後は講義と、また合間に練習ですね。今日も一日、頑張りましょうね」
「うん。頑張るよ」と私はぐっと手に力を入れて、エフィナの淹れてくれた冷たいお茶を一気に飲み干した。
訓練場へ向かう階段を下りていると、ふと違和感に気付き、途中で立ち止まる。
「……なんか、人多くない……?」
眼前の訓練場の周囲に、騎士団員と思われる人たちが何十人も集まっている。黒いローブや白いローブを着た人たちも大勢混ざっているから、どうやら統制院と大聖院の人たちもいるようだ。
「神様の魔法ですからね、気になるんでしょう……けど、多いですね」
エフィナも話しながら顔を引きつらせると、イオがすっと傍へ近づいてきた。
「解散するように命じても良いと思います。ナギノ様の集中の妨げになるといけません」
「……うん、そうだね。言うだけ言ってみようかな……」
何とも居心地の悪さを感じつつ、階段を下りて、集団の中へ入っていく。集まった人々は通路を空けて左右に分かれると、こちらへ頭を垂れた。
すると正面から「ナギノ様!!」とゴルジョの大声が飛び込んできて、私はびくりと肩を跳ね上げる。
……今日も大きな声だな、もう!
訓練場の前に立つゴルジョに、鬱々した気持ちで「おはようございます……」と挨拶する。ふと、少し離れた所に他の人物が立っていることに気が付いた。
「……え、ファレンさん!? どうしてここにいるんですか?」
ファレンはさっきまで着ていた布たっぷりの白いローブから、丈の長いジャケットとパンツスタイルに着替えていた。乗馬でもしそうで、すごく格好いい。近くに側近の姿はなかった。
「私が魔石のご説明をさせていただくからです」と言って、手にいくつか小さい魔石を持っているのを見せてくれる。
「魔石の扱いについて、ファレンの右に出る者はおりませんからね! まあ儀式は失敗しましたが! がははは!」
腰に手を当てて豪快に笑うゴルジョ。隣で無表情に静かに立つファレンとの温度差が激しい。
し、失敗とか、そんな大声で言っていいものなの……?
「で、でもファレンさん。すごく忙しいって聞きましたけど、他のお仕事の方は大丈夫なんですか?」
非常に気まずい思いを抱きつつファレンに尋ねるが、彼女は全く意に介した様子はない。
「問題ありません。ナギノ様の方が優先事項です。
それに、私はナギノ様の魔法を一度しか見ておりませんので、単純に興味がありましたので」
そういえば研究者体質だったなと思いつつ、「他の人たちへ解散してもらえるように伝えてもらえませんか」と伝えると、ゴルジョとファレンの命令で大半が解散した。
まだ一部の人はいたけれど、残っていたのは統制院の上層の人なので強制はできないらしい。指揮系統が複雑だ。
気を取り直して、訓練場へ足を踏み入れる。土は乾いていて、あちらこちらに雑草が生えている。振り返ると、イオは数歩離れて後ろに立ち、エフィナは入口部分でゴルジョとその側近達と並んで立っていた。
「では、まず魔法の練習から始めましょう。
一度目と二度目を思い出していただいて、何か共通点はありませんか?」
腕を組んで目の前に立つファレンに問いかけられ、うーんと回想してみる。
最初はジョアに無理やり捕まり、イオが殴られて、誰か助けて……って思った。
次は怪我をしたイオが痛々しくて、早く治りますように……って思った。
「……祈るような気持ち……とか?」
「ほう。魔石も”願い”で発動しますから、魔法も似ている可能性はありますね。一度やってみましょう」
ほら、と少し離れた所に咲いた雑草の花をファレンが指さす。
「あれに向かって、攻撃することは可能ですか?」
「こ、攻撃ですか?」
標的になった花がとても不憫だ。だけどそう言うこともできず、私は仕方なくじっと花を見据える。
黄色くて小さな可憐な花が、時折乾いた風を受けて、ゆらゆらと揺れている。
攻撃って何だろう? 燃えるとか爆発とか? いやいや、パニック映画や戦争映画とかほぼ見ないし……。
でも、やると決めたからにはやらなきゃ、私。
「……も、燃えてくれますように……!」
祈るというのが分からず、何となく両手を合わせる。そして、目をぎゅっと瞑った。
……
…………あれ?
静寂。目を開けて見るが、何も変わらず、黄色の花は風で揺れていた。
一拍遅れて、失望が胸に広がる。
……えええ。もしかして私、また失敗ですか……?
情報量多くてすみません…。次こそナギノ頑張ります。