騎士にもいろいろ事情があるらしい
2025.9.3 「父」へ誤字訂正しました。
両腕を組んで、仁王立ちで立っている女性騎士ーー確かルーリという名前だったはずだ。
ルーリは苛立った表情をしていたけれど、すぐにハッとして、道の脇に逸れて頭を垂れた。
「……? ルーリさん、でしたよね。どうかしましたか?」
「大変申し訳ありません。道を塞いでしまい、ご無礼をどうかお許しください」
「それは別にいいですよ、顔を上げてください。それより、イオに何か用がありましたか?」
私が尋ねると、ルーリはすっと顔を上げた。
ベリーショートの髪はアッシュベージュ色で、肌は日に焼けている。化粧はしていないようだけどアイラインを描いたような目元が印象的で、背も高いし、格好いいお姉さんだ。
鎧は着ておらず黒いチュニックのような服を着ていて、汗に濡れた髪が額に張りついている。
「……近々、光騎士の試験があるので、いつも一緒に空き時間に特訓をしているのです。
今日の午後の特訓に来なかったので、何故かと思いましたが……ナギノ様の護衛騎士に任命されていたのですね。存じなくて、申し訳ありません」
今日は朝一番に神前奏上の儀式があり、予定を前倒してファレンが来た。その場で護衛騎士と侍女が決まり、イオがやって来たのは昼前だった。
昼食を終えた後は魔石の練習をして、その後さっきの儀式があり、そして今に至る。
時計も手元にないし、日もまだ高いので時間の感覚がよく分からないけれど、かなり今日はハードスケジュールだと思う。
「そういえばファレンさんが言ってた……! ごめんイオ、試験前にお仕事お願いしちゃって……」
慌ててイオを振り返ったが、イオは何てことない顔で首を横に振った。
「いいえ。ナギノ様の護衛騎士に任命されることはこの上ない名誉ですので、ナギノ様はお気になさらなくて大丈夫です」
「でも……ルーリさんも、相手がいないと特訓になりませんよね? ご迷惑をかけて、すみません」
私がルーリに頭を下げると、驚いた彼女は手を振って遮ろうとした。
「いえ、ナギノ様が謝ることではありません! ……ただ、光騎士の試験は厳しいものだと聞いておりますので、イオも訓練なしで受かるものではないと思います。それが気になるだけで……」
「ルーリ。ナギノ様の御前で、わざわざ不安を煽る必要はない。
それはこちらの問題であって、ナギノ様の問題ではない」
弁明するルーリに、鋭く意見するイオ。突然の出来事に、エフィナと男性神官はどうしたものかとあわあわと目を丸くしている。
「試験のことはよく知らないんですが、……ルーリさんの意見は正しいと思います。
……護衛騎士についてはまた考え直しますので、今日はこのまま彼を借りててもいいですか?」
イオが何か言いかけたけれど、私は敢えて彼から目を逸らす。
「とんでもありません。私が突然失礼を申し上げたのです。ナギノ様の良きようにご采配ください」
そう言ってルーリは再び頭を垂れると、「失礼しました」と言って身を翻し、その場を去っていった。
その後、騎士棟と統制院の入り口付近だけ簡単に回り、男性神官と別れると、大聖院の部屋へ戻って来る。部屋に入るなり、ぐったりと疲れを感じた。
「疲れちゃいましたね。今からお茶を用意しますから、少しお待ちください」
椅子に座ると、エフィナは扉の外へ出ていき、私の横にイオが静かに立った。
「イオは座らないの?」
「いえ。俺は護衛騎士ですから、基本的に着席しません。今日の昼食は例外です」
そっか……と返事をしたものの、その後口を閉ざすと、部屋に沈黙が落ちる。
「……ごめん。私、とにかく人数は少ない方がいいとしか考えなかったから。……護衛騎士って、普通は何人くらい付くものなの?」
座ったままイオを見上げると、目が合って、穏やかに微笑んでくれる。
「特に決まった人数はおりませんよ。高位の方だと3人が多い気がしますが、ゴルジョ様は1人だけですし」
護衛騎士が3人、侍女や補佐役のような文官が2人ほど付いて、全体で5人ほどの側近が多いらしい。役職や人によってかなり差があるみたいだ。
「あ、ゴルジョさんも1人なんだ。さっきはたくさんマッチョな人がいたから、てっきり全員そうなのかと……」
「まさか。補佐役もおりましたよ。ただゴルジョ様は周囲にも自分と同じ鍛錬を求めるので、必然的に同じような体躯になるのかもしれませんね」
ははっ、と笑うイオ。声を出して笑う顔は初めて見たので、ちょっとドキリとした。
「ゴルジョ様はご自身で戦えますので、特に護衛は必要とされてないのですが、形式上1人が常に付いています。確か3人ほどで交替していたと思います」
「なるほど、交替制なんだ。じゃあイオにも交替できる人が必要だよね。
というか、光騎士?の試験が近いなら、護衛騎士からは外した方がいい……?」
私の言葉にイオは目を見開く。そして私へ近づくと、そのまま跪いて私の顔を見上げてきた。
「先ほどのルーリの話なら、本当に気になさらないでください。俺はナギノ様の護衛騎士に任命されて、本当に嬉しいんです。
もし俺のことを案じて下さるのであれば、どうか任は解かないでください」
真剣な表情で、まっすぐ私の目を見つめてくる。何だか少し胸が熱くなった。……でも、無理はさせたくない。
「だけど……それじゃ訓練できないよね。ルーリさんも特訓相手がいないと困るだろうし……せめて他に誰か交替できる人が増やせないか、明日ファレンさんに相談してみてもいい?」
イオから視線を外せないまま尋ねると、「……かしこまりました」と言って、再び横に立ち直した。
その時ちょうど部屋の扉が開いて、エフィナがワゴンを押して部屋に戻って来る。載っているのは茶器のセットと、昨日も見た分厚いサンド型クッキーだ。
「わー! ちょっと小腹も空いてたから嬉しい! ありがとう、エフィナ!」
「うふふ、お菓子の時間は過ぎちゃいましたが、夕食にはまだ少し時間がありますからね。どうぞ召し上がってください。お茶はどの種類にしますか?」
私は昨日と同じで「おすすめで」とお願いする。
そして昼食時と同様「エフィナとイオも一緒に座って食べよう!」と誘うも、まあ予想通り「業務に支障が……」と反対されそうになったので、「ど、どうか神様のお願いです!」と強く頼みこんだ。
椅子とカップなどを追加してもらって、しぶしぶ2人にも着席してもらう。
「……ナギノ様はお一人で召し上がるのが嫌いなんですか?」
カップを割らないようになのか、おそるおそるお茶を飲むエフィナが尋ねる。
「別に嫌いとかじゃなくて……一人だけ座って食べてるって、寂しいというか申し訳ないというか……。せっかく美味しいものなら、みんなで一緒にシェアしようよ」
エフィナはむぅーと唇を尖らせながらも、クッキーを前にして目をきらきらと輝かせている。配膳することはあっても食べたことはないらしい。
イオは特に何ということもなく、少し目を伏せ、静かにお茶を飲んでいた。
「イオは所作が綺麗だね。お家が名家とか?」
「数々の功績や守星将を輩出しているフィメウ家ですよ。間違いなく名家ですね」
私が尋ねると、クッキーを齧ったエフィナがもぐもぐしながら教えてくれた。
「へー! ”守星将”って団長さんのことだよね。じゃああの人はご家族?」
「いえ、あの方は違います。一代前が、俺の父です」
「そうなんだ……すごいね。その、イオが今度受ける”光騎士”っていうのは、どの階級にあたるの?」
聞くと、騎士の身分は騎士見習い・練騎士・衛騎士・光騎士・暁騎士・守星将という階級があるらしい。神様を星に見立てて騎士団が作られた経緯があって、それで星や光といった文字が含まれているそうだ。
説明を聞きながら、私もクッキーを齧る。口の中に、キャラメルの甘さと香りがいっぱいに広がった。
「すごいなぁ……。私、昔からやり切ろうと思って、やれたことがなくてさ。どれもふんわり始めて、中途半端でやめちゃったり、結果が出なかったりして。……だから頑張ってるイオやルーリさん達はもちろん、私より年下なのにしっかりしてるエフィナを本気で尊敬するよ。
でも私も今回ばかりは、気合い入れて本気で魔法習得を頑張らなきゃ……」
私は眉根に力を入れて、ぐっとお茶を飲み込む。それを見たエフィナがくしゃっと笑った。
「あたしもまだまだですよ。一緒に頑張りましょうね、ナギノ様」
「うん、ありがと。お互い頑張ろうね」
エフィナと笑い合う。穏やかな時間が流れて、あっという間にお腹も心も満たされていった。
「あー美味しかった、あっという間に食べちゃった。昨日はお菓子残しちゃったから、すごく申し訳なかったんだよね」
エフィナが空いたお皿をワゴンに載せてくれる。
「そういえば昨日、残していらっしゃいましたね。先にお食事を済ませていたんですか?」
「うーん。何か食べたとは思う。でも、思い出せないんだよね。時間的に夕飯じゃないから、多分お菓子かな……?」
うーん、と悩んでいると、エフィナが新しくお茶を淹れてくれる。配膳の邪魔にならないように、私は机の上に置いていた本を手に取った。
何となく、エフィナから見えないように本を薄く開いて、ぱらぱらとめくる。
「ん? ……”パティスリーミッシュのケーキのこと”? ”ちょっと高いチョコアイスのこと”……?」
……ちょっと書き方が違う?
最初は「暗い空のこと」とか抽象的でメモみたいだったのに、急に何だか具体的というか、思い出話みたいな書き方だな……。
「……ナギノ様? どうかされましたか?」
急に黙り込んだ私を心配して、イオが尋ねてくる。エフィナも不安そうな顔をした。
「……ううん、何でもない。私、お菓子なら何でも好きだなーって思っただけ」
2人を安心させるためにも、私はにっこりと笑った。
騎士についてのあれこれでした。
次は魔法の練習をします。