表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/58

神様の本と棺と、訓練場と

「いえ、俺はただ、普通に拾っただけで……」

 イオは私が何度も取りこぼしていたので、ただの親切心で「どうぞ」と拾ったらしい。

「……あたしも触ってみていいですか?」

 エフィナがそう言って本に触れてみる。だが、すぐに苦しげな表情になってしまい、イオが彼女を支えた。

「すみません……あたしはもう平気です。

 でも、どうしてイオ様は平気なのですか?」

「……分かりません。ナギノ様、もう一度本をお借りしてもよろしいですか?」

 私が本を差し出すと、少し躊躇いながらイオが手を伸ばし、そのまま本を受け取る。

「し、しんどくない? 大丈夫?」

「……いえ、何ともありません」

 閉じた状態の本を色々な角度から観察する。

「中身も見れるんですか?」

 エフィナが尋ねると、イオは長い指先でそっと表紙をめくった。1ページ目の『他の人には絶対に見せてはならない』の文章があって、エフィナは内容を見ないように慌てて目を手で覆う。

 ぱらり、と2ページ目を開く。――イオは眉間に皺を寄せているものの、別に苦しそうな様子はない。

「読める?」

 私の質問を聞きながら、イオはぱらぱらとページをめくっていく。

「いえ、書かれてある文字は読めません。でも気分は問題ないです」

 めくり終えて、ぱたんと本を閉じる。もしかしてイオも読めるんじゃないかと一瞬期待した私は、「そっか……」と小さく息を吐いて、本を受け取った。

「もう閉じました? ……その本、どうします?」

 エフィナは覆っていた手をそろそろと外して問いかける。彼女に見えないように、私はもう一度本の内容を確認する。

「うーん。魔法の使い方でも書いてあったら、ぜひ読みたいと思ったんだけど……それらしい内容が無いっぽいんだよね」


 どのページも箇条書きで、内容に一貫性もなく、「コバのこと」とか「リンレのこと」とか……何というか、備忘録という感じだ。


「……うっかり誰かが触ったり見ちゃったら危ないし、やっぱり元に戻しておこうか?」

 日本語の本という意味では気になるけれど、他の人に害が及ぶかもしれないし、何だか呪いの本っぽくて正直ちょっと不気味だ。

「しかし護身用という意味では有効だと思いますよ。もし危険を感じたら、その本を触るか見せるかすれば、相手は怯むわけですから」

 それは確かに一利ありますね、とエフィナが感心したように頷く。

 少し悩んだけれど、結局その本は護身用にするということで、私が持つことにした。


 ぬるくなったタオルはエフィナに渡し、私は本を両手でしっかり掴んで「お借りします」とサホノに声をかけると、私たちも部屋を後にする。扉を出る時、ちらりと部屋を振り返った。

 ーー天窓から柔らかな光が降り注ぎ、サホノの入る棺だけが静かに佇んでいる。

 扉をぱたりと閉めるとーー部屋の中は、静寂に包まれた。



「そういえば、さっき誰が来てたの?」

 回廊を歩きながら、先ほど扉をノックされていたことを思い出した私は、エフィナに尋ねる。

「ああ、神官ですよ。ファレン様の指示で来た方で、ナギノ様にこちらのご案内をするかどうか尋ねてこられました」

 そういえばファレンが、そんなような内容をエフィナに言っていた気がする。

「魔法の習得に向けて、ナギノ様が練習できる場所が必要でしょう、って。

 ”練習場所だけでなく、主要施設などもある程度、位置関係を把握しておいた方が良いと思います”、だそうです」


 確かに、ここの建物はみんな内装が似てるし、とにかく大きくて広い。

 まあエフィナ達がいるから迷子になる心配はないと思うけど、どこが何の建物だとかは分かっておいた方がいいと思う。

 さっきまで泣きじゃくって最悪の気分だったけれど、鼻水も涙もすっかり止まったし、泣いて少しすっきりしたみたいだ。


 ……泣いてても、早く帰れないもんね。

 これからここにいつまで滞在するか分からないし、泣いてばかりだと家族や伊織に知られたら、笑われちゃうかもしれない。

 ……いつまでも泣いてばかりじゃいけない。私、頑張らなきゃ。


「さっきは間が悪かったので、とりあえず神官には帰ってもらいました。

 ナギノ様が希望されるようでしたら、このまま神官のいる所まで向かいます。いかがなさいますか?」

 前を歩くエフィナが足を止め、尋ねてくる。

「うん。色々見てみたいし、神官さんの所へお願いするよ」

「かしこまりました」

 ではこちらです、とエフィナが進行方向を変える。その後ろを遅れないように付いて歩いた。


「――あちらに黒い旗のついた建物が見えるでしょう? あれが統制院です。

 その隣の青い旗の建物が、騎士団の騎士棟です。そして大聖院は白い旗なのです」

 白いローブを着た男性神官に案内され、私たちは中央庭園と呼ばれる3つの施設の中央に立っていた。

 庭園はきっちり刈り込まれた緑の葉が太陽の光を受けて煌めき、大きな噴水や小川も流れている。緑溢れる中、あちこちに目が醒めるような鮮やかな赤色の花が咲いていた。

「綺麗でしょう。サホノ様もよくいらっしゃったと聞いています。

 この時期ですと東の中庭も花が見頃ですから、ぜひ見てみてください」

 一言に中庭と言っても何ヵ所もあるらしい。一人で歩いたら絶対に迷子になるな、なんて考えていると、エフィナが小声で近付いてきた。

「東の中庭では花だけじゃなくて、香草もたくさん育てているんですよ。あたしも大好きな所です」

「香草ってハーブのことだよね。さっきのタオルもそうだったけど、エフィナもいい香りがするよね」

「うふふ、分かります? 最近流行ってるんですよ」

 エフィナは垂れた三つ編みの髪を触る。髪に香水のようなものを着けているのか、時々風が吹くと、エフィナから甘いラベンダーのような香りがした。

「では先に、ナギノ様の練習場所となる所へご案内いたします」

 男性神官に先導され騎士棟の前を通り、いくつか回廊を抜けて階段を降りると、訓練場のような場所に出た。

 少し大きいフットサルコートくらいの広さがあり、左右は白い石の壁が立っていて、正面は低い崖のような切り立つ岩肌が見える。岩肌に沿って見上げると、木々が生えている向こうに大聖院の建物が見えた。

「昔はよく使われていましたが、今はあまり使用されていないそうです。しばらくナギノ様の練習場所として押さえてありますので、お好きな時にお使いください」

「ここは……騎士団の訓練場ですか?」

「はい。騎士団から許可も下りておりますので、お気になさらずご利用ください」


 こ、こんな広い場所いらない気が……いやいや、用意してもらったんだ。感謝しなきゃ。


 お礼を言おうとすると、「ナギノ様!」と背後から威勢たっぷりの声が響く。振り返ると、ボディビルダーみたいに大きな身体の人が何人も跪いていた。がしゃりと音をたてる銀色の鎧が窮屈そうだ。


「ーーわが騎士団へお越し下さり、心より歓迎いたします!!

 騎士団の団長として守星将を務めます、ゴルジョと申します! お会いできたことを大変嬉しく思います!」


 集団の真ん中にいたのは、さっきも会った騎士団の団長さんだ。そう言えばそんな名前だったな。守星将ってなんだろ?

 あくまでイメージだけど、外国人ボディビルダーの優勝者!みたいな人だ。肌は日焼けして真っ黒で歯は白いし、剣より拳で戦った方が強そう。というか、身体だけでなく声も大きいのね……。


「ど、どうも……。わざわざこの場所を用意していただいて、ありがとうございます」

「いいえ! 個人訓練ぐらいでしか使用していないので、問題ありません! もし何か不足や要望があれば、何なりと仰ってください!」


 語尾に全部「!」が付いて聞こえる。応接間や儀式ではあんな空気みたいに静かだったのに……。

 私は目の前に居るのに、距離感を間違えてやしないだろうか。


「……ありがとうございます。もし何かあれば言いますので、ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。ーーさ、次へ案内をお願いできますか?」

 私は男性神官に案内を促し、名残惜しそうなゴルジョに気付かないふりをして、その場から逃げるように退散した。


「ナギノ様。……何かありましたか?」

 階段を昇りながら、イオが小声で尋ねてくる。よく気が付く人だと思う。

「……私、大きい音や声がちょっと苦手なの。剣道の先生思い出しちゃって、怖いんだよね」

「あの、“ケンドウ“ってなんですか?」

 階段を昇り終えると、話が聞こえていたらしいエフィナも会話に加わってきた。


 ーー小学3年生の時、伊織が習い始めた剣道教室へ「伊織がやるなら私もやる!」と言って、心配する伊織を意にも介さず、私も入会した。

 でも……先生の声が、とにかく大きかった。普段だけでなく、稽古や注意指導の時なんかもう、雷が落ちて爆発したかと思うくらいに大きかった。

 結局1年も経たずに辞めてしまったけれど、それ以来、私は大きな声や音が苦手になってしまった。もはやちょっとしたトラウマだ。


「それは大変でしたね……。でもナギノ様は剣術を習ってたんですね、すごいです!」

「いやいや。伊織はずっと続けて全国大会行っちゃったけど、私はせいぜい耳栓つけて、試合の応援するのが精一杯のレベルだよ」

 エフィナの言葉に顔をひきつらせて笑っていると、イオが眉間に皺を寄せて、なぜか難しい顔になっていた。

「……その、“伊織“様は、その後見つかりましたか?」

 イオが尋ねてきて、私は首を横に振った。

「ううん。あっちの世界の人だから、こっちの世界にはいないと思う。昨日はごめんね、イオと間違えちゃって」

「……そうでしたか。俺は別に構いません」

 そう言って、イオは目を反らした。

 どうしたの、と尋ねようとしたけれど「イオ!!」と前方から声がかかる。


 今度は誰?と思って前を向くとーー昨日見たベリーショートの女性騎士が、立ち塞がるように仁王立ちしていた。



大きな声や音が苦手なナギノ。怒声とか爆音って怖いよね。

次は騎士のあれこれです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ