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神様は泣いてばかりだ

(2025.8.2 一部誤字修正しました)

 ファレンから護衛騎士の候補リストを見せてもらった際、この国の文字を見たけれど、まあ全く分からなかった。恐らく数字が書かれてあるのだろうなという部分ですら、数字の形も全く違う。


 耳で聞く言葉は日本語に変換されているのだから、せっかくなら見える文字も変換されればいいのに……。

 ……でも、いま私が手に持っているこの本に書かれてある文字は、確かに日本語だ!


「わー!! これ日本語です、これは読めます! ほら!!」

 感激して興奮を抑えられないまま、パルシーニへ突き出すように見せる。

 しかし私の興奮とは真逆に、パルシーニはとても静かに、じっと文字を見つめた。

「……申し訳ありませんが、”ニホンゴ”を存じませんので、私には読めません。

 何と書かれてあるのですか?」

 非常に的確な指摘に、「……そっか」と高ぶっていた興奮が冷めていく。


 気持ちを落ち着かせて、1ページ目を読む。

「……『他の人には絶対に見せてはならない』って書いてあります。

 このページはこの一行だけで、次のページからが本文っぽいですね」

 ぱらぱらとページをめくってみる。

「『暗い空のこと』、『食べた味のこと』、『母のこと』……? 箇条書きですし、メモみたいな感じでしょうか」

 ほら、と内容が書かれてあるページをパルシーニへ見せる。

 ――途端、パルシーニは顔を歪め、呻くようにその場に崩れ落ちた。


 一瞬遅れて彼女の側近らがパルシーニの身体を支え、護衛騎士の一人が剣に手をかけて私の眼前に現れる――と同時に、私は強い力で後ろに引っ張られ、視界が青いマントで満たされた。

 私の前に飛び出したイオは、剣を抜いて相手と睨み合う。

「――何のおつもりですか、ナギノ様ッ!?」

 部屋中に、相手の護衛騎士の怒声が響く。

「落ち着いてください。何らかの手違いがあったようです、ナギノ様に害意はありません」

「手違いとは? 一体、何をしたんです!?」

 努めて冷静な声色で話すイオと、とても低い声で刺すように相手から向けられる敵意に、血の気が一気に引いた。

「え、あ……その、本を見せた、だけで……」

 歯の根が合わず、声が震える。

 今さら『他の人には絶対に見せてはならない』という文字が、後悔と共に頭の中を埋め尽くした。


「……レヴィ、よしなさい。神に剣を向けるなど、あってはならないことです」


 やや掠れたパルシーニの声が聞こえると、レヴィと呼ばれた騎士は「しかし……」と躊躇いつつ、苦いものを飲み込むように剣を鞘に納める。それを見て、イオも同じように剣を納めた。

「す、すみませんパルシーニさん……わたし、こんなことになると思わなくて……」

「……落ち着いてください、ナギノ様。他の者も。

 私は平気です。少し、気分が悪くなっただけですから」

 側近らに支えられ、パルシーニはゆっくり立ち上がる。顔色は少し青ざめているが、一人で立っていられるようだ。

「こちらも迂闊でした。触れるだけでなく、見るだけでもこのような効果があるとは……」

「え? 触っても、同じようになるんですか?」

「はい。サホノ様以外の者がその本に触れると、今の私のようになるのです」


 聞くと、サホノはいつもこの本を持ち歩いていたらしい。何が書いてあるのか尋ねても答えず、何か書き込んでいるところを見た者もいない。

 特に大事にしてるようにも見えないが、かと言って他人が少しでも触れようものなら、酷く気分が悪くなってしまうのだそうだ。


「どうやら初めのページは大丈夫のようですが、内容の部分は本人以外、見れないようになっているのでしょう。

 ……ナギノ様がサホノ様と同じ御霊であるのは、もはや疑いようがありませんね」

 パルシーニがにこりと笑ったことで、場の空気から少しだけ緊張が解ける。


 とはいえ、儀式の失敗に引き続いて、私が失態を犯したことで、その後の部屋の空気は最悪になった。

 パルシーニは「お気になさらず。神の愛と御力に感謝します」と言って側近らと早々に部屋から出て行き、部屋には私とエフィナ、イオの3人だけになる。


「ごめんなさい。私の軽率な行動のせいで……」

 もう、いたたまれないなんてものじゃない。いっそもう頭ごと地面に埋めたい。

「……知らなかったのですから、仕方ありません。パルシーニ様もああ仰っているのですから、気になさらなくて良いと思います」

「そうですよ、ナギノ様。これから気を付けましょう。あたしなんか、仕事じゃいつも失敗だらけですよ」

 慰めてくれるイオとエフィナの言葉が、ありがたい反面、とても辛く感じる。

「……うん、ありがとう」

 唇をぐっと噛み締める。


 ……こっちの世界に来て、もう丸1日って経ったのかな。

 勝手に呼び出されて、勝手に期待されて、勝手に失望されて。

 でもさっきは明らかに、『見せてはならない』と書いてあったのに見せた私が悪い。だけどあんなふうになるなんて、全く知らなかった。

 それよりも、平和な日常じゃあり得なかった、怒号や明確にぶつけられた敵意が……本当に怖かった。

 ーーもう頭も感情もぐちゃぐちゃで、自分がいま怒っているのか悲しいのか、よく分からない。


「……家に、帰りたい……」


 無意識に言葉が口から漏れた。

 同時に手から力も抜けて、持っていた本がバサリと落ちる。

「……ナギノ様……」

 落ちた本は閉じた状態で、革の表紙だけが見える。顔が上げられない私の背中を、エフィナがそっとさすってくれる。

 お母さんもよくさすってくれたな、なんて考えると、もっと顔が上げられなくなった。


 ーーコンコンコン


 扉の方からノックが聞こえる。誰か来たらしい。

 エフィナが急いで扉へ駆けて行き、「いま取り込み中です!」と言いながら外へ出て、パタンと扉を閉じる。扉の向こう側からはエフィナと誰かの声が聞こえているので、何か話し込んでいるらしい。


「……どうか、顔を上げてください」


 イオの沈痛な声が、すぐ傍から聞こえる。

 顔を上げたい気持ちはあるのだが、いま上げると涙腺が非常に危ない。かと言って、そう伝えようにも喉の奥が熱くて、言葉にならない。

 私は懸命に唇を噛んで、服の裾を力一杯握り込んだ。


「ナギノ、……さま」


 聞き慣れた声が私の名前を呼び、歯を食いしばりながら、私はゆっくり顔を上げる。

 憂いを帯びた瞳で、少し眉間に皺を寄せ、とても苦しそうな顔をしているイオの顔が見えた。


「焦らないで。俺も手伝いますし、きっと全部、うまくいきます。

 ……一緒なら、多分何とかなるでしょう?」


 不器用に笑って話すイオは、伊織と似ているけれど、伊織とは違う人だ。

 それなのに、柔らかい声も、優しい性格も、似ているものだから。もう、無理だった。


「……う、うっ……もう、やだぁ……」


 堰を切ったように涙があとからあとから溢れてきて、両手で顔を覆っても止まらない。


 イオがどんな顔をしているのかは全く分からないーーでも私の肩に、恐る恐る触れる指先を感じた。

 その指先は初め肩先にだけ触れていたけれど、しばらくするとそっと手のひらで掴み直し、壊れ物でも扱うように私を抱き寄せる。


 抱き寄せられた胸は鎧のせいで硬いのに、不思議と冷たさはない。

 一瞬驚きはしたものの、余裕が無い私は、そのまま抱き付いてーー泣いた。

 イオは時々、不器用にそっと私の頭を撫でたり、背中をさすってくれていた。



 ーーエフィナが扉の外で話し込む時間が長かったのか、案外私が泣き止むのが早かったのか。感情のピークを超えて、ゆっくりイオの胸元を離れた頃、エフィナが戻ってきた。

「ナギノ様……そのように目を擦ってはいけません。腫れちゃいますから、これを使ってください」

 そう言って、冷えたタオルを渡してくれる。もしかすると、離れた所までこれを取りに行ってくれていたのかもしれない。

 甘いハーブのような香りのする冷たいタオルを、目元も含めて顔に押し当てる。冷たくて、それだけで気持ちもすっと落ち着いていくのが分かった。

「……2人とも、ありがとう。ごめん、泣いちゃって……」

 鼻を時々すすりながら、エフィナとイオの顔を見る。2人とも、心配そうにこちらを見ていた。

「別に泣くくらい、いいじゃないですか。あたしもよく泣いちゃいますし、ナギノ様も泣いていいと思います」

「……神様なのに?」

 すると、イオが小さく笑う。

「神様だって、泣くことくらいあるでしょう。生きてるんですから」


 ……そう言えば、この世界の神様は生きてるんだった。


 生きた神様って不思議だなと思っていると、エフィナが申し訳なさそうに「あの……」と口を開く。

「足下に落ちてる本なんですが。本当はあたしが拾ってお渡ししたいんですけど、さっきの話だと、触れないんですよね」

 そう言われて見ると、さっき落とした本がまだ落ちている。正直忘れていた。

「そうだったね」と屈んで拾いあげる。でも手に上手く力が入らなくて、バサリと落とす。もう一度手を伸ばすが、手が滑って再び落としてしまった。

 するとスッとイオの手が伸びてきて本を掴み、「どうぞ」と渡してくれた。私は無意識に「あ、ありがとう」と言って受け取る。


 …………ん?


「……いま、本触ったよね?」


 私が疑問を口にすると、エフィナはもちろん、触ったイオですら驚いて、目を見開いている。


 あれ? この本って、他の人は触れないんじゃなかったっけ?

 この本……神様以外に、イオも触れる?



不思議な本と出会いました。

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