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追放聖女ですが、白い結婚だったはずの辺境伯がなぜか距離をつめてきます。  作者: es


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08. 離縁しましょう

 


 ──翌日。イリスが目を覚ますと、人間の姿に戻ったルドヴィクにどえらい迫力で怒られた。

 曰く、「竜になってまで庇ったのに、倒れて意識不明とはどういう了見だ?」と。


 たしかに、とイリスも思う。身を呈して助けた相手が、考えなしに自爆してたらそりゃ腹も立つだろう。

 怒りのオーラ全開のルドヴィクに平謝りして、イリスは何とか許してもらった。


 おかげで「なんで竜になったんですか」とか「元々変身できたんですか」等色々聞きたかったのに、すっかり聞きそびれてしまった。

 気になるので、いつか折を見て尋ねてみよう。



 ◇◇◇



 そうして──後処理に追われている間に、事件から1ヶ月が過ぎた。


 王都に滞留していた魔素もほぼ浄化され、付近の魔獣も掃討が進み、王都は再び活気あふれる街に戻った。

 それにしてもあの夢魔は、王国中から魔素を集めたり魔獣を呼んだり、やりたい放題していたようで、魔族というものはとんでもない力があるんだな、とイリスはそら恐ろしくなった。


 しかも、夢魔は生粋のアナキストだった。

 存在感の薄かった国王は、事件の前後から行方不明になっていたが、なんと瓦礫の下から遺体で見つかったのだ。遺体の状況で──王子と同じく胸に風穴が空いていた──、こちらも夢魔の仕業であると断定された。


 国王と王子が死亡。ほかに有力な王族もおらず、王位は空白。

 そのため、半壊の城はさらに混迷を深めてしまった。

 人間の世界に混沌をもたらすのが魔族の特性らしい。だとしても、こんな置き土産ホントいらない。


 そしてこの大混乱にひとまず収集をつけたのが、誰あろう、ルドヴィクだった。

 宰相──パルミラ嬢の父である──に協力を仰ぎ、彼自身が指揮をとったことで、この国は何とか秩序を取り戻しつつある。


 ……前世の経験があるイリスは、これって少数に権力が集中する寡頭政治の弊害だろうなぁ、と思わなくもない。

 とはいえ、かつての社会で得た知識を、ルドヴィクやこちらの人々に披露したいとも思わないのだが。

 何が最善か……それはこの世界の人々が選びとるべきで、己はあくまで傍観者。彼女の自己認識は、吹けば飛んでいくホコリ、ていどである。

 聖女としての矜持はあれど、世界を変えるような大それたことをしようなんて、全然考えていなかった。



 ……まあ、実際は色々考えている暇はなく、イリスも殺人的に忙しかった。聖女は他にもいるが、一番力があるのは、やはり元筆頭聖女のイリスである。

 残った魔素を浄化したり、魔獣の残党狩りに出向いたり……と、仕事は山積み。治癒を頼まれることも多かった。


 社畜魂に火がつき、一心不乱に働いてたら、一度ルドヴィクに呼び出された。

 「働きすぎだお前は。また倒れたらどうする」と怖い顔で叱られたので、やっぱり口うるさい男だな、とイリスは思った。

 その後はなぜか、執務室で強制的にお茶とお昼寝をさせられた。


 久しぶりに会ったパルミラにも、「体には気をつけなさいと言ったはずよ」と開口一番に怒られた。

 一応力をセーブしているので、それは大丈夫だと言っても聞いてもらえなかった。

 その夜は、無理やりパルミラの屋敷に宿泊させられ、フカフカのベッドで朝まで熟睡した。


 ──そんなことがあったが、イリスは基本、元気にバリバリ働いて過ごしている。忙しい生活に充足を覚える、まさにブラック企業戦士のメンタルである。

 充実した生活を送るイリスだが、一つ思い悩んでいることがあった。それは、


「カロン辺境伯こそ、次代の王にふさわしい」

「国王となられる方は、ルドヴィク様以外に考えられませんわ」


 ──という声を頻繁に聞くようになったことに由来している。


 考えてみれば当然かもしれない。

 竜の末裔だと言われていた辺境伯が、本当に竜に変身し魔族を倒してしまったのだ。こんなドラマチックな物語が、熱狂的に支持されないわけがない。

 その熱狂が「ルドヴィクこそ王にふさわしい」という空気に変化したのも、ごく自然な成りゆきであろう。


 加えて、前々から、ルシアンをはじめとした王家の傲慢なやり方に不満を募らせていた人々が、貴族の中にもそれなりにいたらしい。

 彼らは王家のすげかえに肯定的だ。

 ルドヴィクの実務能力が高いことも、この1ヶ月で証明されている。


 手のひら返しがすごいなぁ……とは思うが、ルドヴィクやカロンの悪評を流してたのは十中八九王家だし、イリスだって鵜呑みにしていた。人のことは言えない。


 というわけで……少し前までは思いもよらなかったことだが、ルドヴィクが即位する可能性が出てきたのである。

 もしそうなったら。


 ──王様にお飾りの妻とか、ぜったい邪魔になるだけだよねえ……というのが、最近のイリスの悩みだった。



 ◇◇◇



 王家ってあまり信頼されてなかったんだなぁ。

 まあ、あんなやり方してたら恨みも買うよね。

 ……と、王家への不満をどこか他人事のように思いつつ、イリスは王宮の廊下を歩いていた。


 自業自得な印象もなくはない、けれど。

 国王とルシアン王子の残酷な最期には、やっぱり同情を覚えてしまう。夢魔に乗っ取られて破滅したカトリナも同様に。

 夢魔につけこまれたり、恨みを買うような落度があったとしても、それはそれである。


 イリスは立ち止まって彼らのために祈りを捧げた。それから再び歩き出す。

 今日は久々に、仮初の夫に会う予定だった。



 執務室の扉をノックすると、「入れ」と声がした。

 夫の声だ。久しぶりに聞いたなぁ、とちょっとしみじみする。


「失礼します」

「ご機嫌麗しゅう。奥方の方から、ルドヴィク様に会いに来られるなんて珍しいですね」

「こんにちは、アストン様」


 ルドヴィクの仮の執務室で、アストンがにこやかに出迎えてくれた。

 今、副官のアストンは、ルドヴィクの補佐兼従者も務めている。目が回るほど多忙なようで、王宮ですれ違う度に、「あなたのご夫君は人使いが荒いです」とぼやかれていた。

 ちなみに、侍女を口説いてる姿も時々見かけるので、言うほど忙しくなさそうだ、とイリスは思っている。


「座ってくれ」と促され、イリスは長椅子に腰かけた。ルドヴィクが対面に座る。


「こうしてお話しするのも久しぶりですね」

「……そうだな」

「ルドヴィク様、食事はちゃんととってますか?」

「一応な」


 ふふふと笑うと、ルドヴィクはぎこちなく目を逸らした。これも相変わらずである。

 アストンがお茶を用意してくれ、たわいもない雑談をした後、イリスは「よし今だ!」と気合いを入れた。


「……ルドヴィク様に、折り入ってお願いがございます。どうか、わたしと早急に離縁してくださいませんか?」


 神妙に、願い出た。

 すると、ルドヴィクはカップをガチャンと取り落とし、後ろのアストンが「うえっ」と妙な声を上げた。

 イリスも思わず目を丸くした。

 ……そんなに驚かせるようなこと、言ったっけ。





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