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05. 魔の森

 


「アリシュタだ!」


 討伐隊の誰かが叫んだ。

 ──牡牛のような姿の漆黒の魔獣だった。見上げるほど大きく、家一軒くらいはゆうにある。

 王都付近ではまず見ない大きさで、その迫力にイリスは息を飲んだ。


 アリシュタが威嚇の唸り声を発した。地鳴りのような不気味な声が、夜の森を震わせる。魔獣の全身から立ち上る魔素が、まるで黒い炎のように揺らめいた。


「とんでもないわね……」


 イリスが呟くと、隣にいたルドヴィクが「これでも小さい方だ」と返す。

 カロンの魔獣は、王都近辺のそれとは比較にならない──そう説明した彼の言葉は、大袈裟ではなかったらしい。


 ……だが、いかに魔獣が大きかろうと、イリスが怯む理由にはならない。

 将来はこの辺境伯領で、魔獣退治の要員として雇って貰う予定なのだ。


 陣を組む騎士たちの後ろで、イリスは浄化の聖言を(うた)うように詠唱した。浄化は魔獣を弱らせる効果がある。


 アリシュタの頭上にまばゆい白光が生まれ、光を浴びた魔獣が苦しげな咆哮を上げた。

 ルドヴィクが自分をチラッと見たが、すぐに前を向き法呪を唱える。すると魔力で編まれた金の鎖が、生きた蔦のように魔獣の巨躯を絡めとった。彼は追い討ちで炎魔法を放つ。


「わあ魔獣が焼き肉に……!」


 下らない軽口を叩いたが、実際すごい。魔獣のいる辺りは火の海なのに、森には燃え移らない。

 魔法の使い手が調整しているからだろう。

 ルドヴィクは強い魔力の持ち主だが、魔法の練度も相当高い。さすが魔獣討伐の最前線で戦ってきたカロン家当主である。竜の血脈だと言われているのは伊達ではない。


 浄化の光を浴び、動きを止められた上に炎で炙られ、魔獣はすっかり勢いを削がれていた。そのタイミングで、騎士が一斉に斬りかかり──巨大な牛から苦しげな断末魔が上がった。


 戦闘が始まってから数十分。意外とあっさり片付いてしまった。予想よりずっと呆気ない。

 うーんいいのかな、これで……まあ、いいんだろうなあ……とイリスは自分を納得させた。

 これがカロンで雇って貰うための最初の一歩になるはずだ、と信じて。



 イリスが軽傷の数名に治癒をかけている間、ルドヴィクと残りの騎士たちが周辺の安全確認を行って、それがひと通り済むと、全員無事に屋敷に戻った。


 ……屋敷の中庭で討伐隊は解散し、各々帰宅、という段になっても辺りはまだ薄暗かった。

 夜明けまで一刻以上ある。ベッドで一眠りできそうだ、とイリスはほどよく疲れた頭で考えていた。

 屋敷の方に踵を返そうとした所で、何やらアストンとこそこそ話をしていたルドヴィクが、「……部屋まで送ろう」と彼女を呼び止めた。

 イリスは内心少しおののいたが、断るのも気が引けて、礼を言って二人並んで歩きだす。しかし。


「…………」

「…………」


 隣合って歩いている。ただそれだけ。

 ……静寂と沈黙で、とても気まずい。

 互いに相手の出方を窺って、肝心の会話がない。


 ルドヴィクが副官につつかれてるのをイリスは見てしまっていたので、ルドヴィクが自発的に送ってくれたわけではない、と薄々察していた。

 それでも、歩み寄ってくれたことに変わりはない。次は自分の番だろう……とイリスはなるべく明るい声で話しかけた。


「ルドヴィク様、カロンの騎士団の方々って本当にお強いんですね。王都の騎士団でも敵わない気がします」

「…………そうでなければ魔獣に対抗できない」

「ルドヴィク様の魔法も、ムギュー!ドーン!て感じですごかったです」

「……それは褒め言葉なのか?」

「もちろんです」


 そこで、ついでに自分の評価も聞いておこう、とイリスは思い立った。


「ところで、私の神術はいかがでしたか?皆さんのお役に立てたでしょうか」

「ああ、あの浄化のお陰で、魔獣を早く倒せた。治癒も助かった」

「本当ですか?嬉しいです!!」

「…………」


 やったーと心の中で叫んで、満面の笑みを向けたら、ルドヴィクはまた顔をふいっと逸らした。これもう何回目だ?

 ……逸らした側に回り込もうかと思ったが、さすがにおとな気ないので止める。そこで丁度イリスの部屋の前に着いた。


「……送ってくださってありがとうございました。おやすみなさいませ、ルドヴィク様」

「おやすみ」


 挨拶してドアを開けようとしたその時、ルドヴィクがふと手を伸ばして、イリスの髪に触れた。

 そうして自分で触れておきながら、突然水をかけられた犬のような顔で、ルドヴィクはパキリと固まってしまった。無意識に手が出て、後から気づいたとでも言うように。

 自分でやったのに、ものすごくびっくりしている。


「あの、私の髪に何かついてましたか……?」

「……小さな枯れ葉が」


 彼は間を置いて答えると、「鍵はしっかりかけておけ」と言い残し、超高速の早足で去っていった。

 競歩のような速度だったので、イリスは若干呆気に取られた。



 ──寝支度をしてベッドに入ると、心地よい疲労を覚えた。

 今日の討伐を思い返すと、もうちょっと色々出来た気がしてくる。でも、反省は明日にしよう。

 イリスは布団を引き上げ、寝る体勢に入る。


 領主であるルドヴィクに認めて貰えたのは、とても嬉しかった。このまま頑張れば、離縁後も領地で雇って貰えるかもしれない。

 安心すると急激に眠気が襲ってきた。疲れがどっと来て、イリスは泥に沈むように眠りに落ちていった。


 ──しかし、この計画は早々に頓挫した。この時期を境に、カロン領の魔獣が激減したからだ。



 ◇◇◇



「どういうことかしら……」


 せっかく討伐参加許可を貰ったのに、肝心の魔獣が減少している。


「これじゃ功績を上げられないわ……!」


 イリスは頭を抱えた。

 このところ、森から出てくるのは中型~小型の魔獣ばかり。出撃頻度もめっきり減っている。

 活躍する場がなくなったら、困るどころではない。


 ルドヴィクも「こんなことは初めてだ」と言っていた。森の魔素が薄くなっているようだが、原因不明だ、と。


 まあ、魔獣が出てこないに越したことはないので、喜ぶべき現象ではあるのかもしれない。

 魔獣が減ってる今が好機、と街道や農地を整備する話も出ているので、それらが成功すれば、この地が辺境だと貶められることもなくなるだろう。

 それは領民にとっても、カロンにとっても良いことだとイリスは思う。


 だが、カロン辺境伯領で魔獣被害が減るのと反比例するように、王都では魔獣の襲来が増加しつつあった。


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